おじいさま、怒る
シリル様のおじい様、前侯爵様がとてつもなく大きな怒声を上げました。
驚いてつい、隣にいるシリル様の腕にしがみついてしまいました。
「無礼にも程がある! 黙っておれば好き勝手言いよって!! このブルーダイヤは隣国の王室からフルーリー伯爵家に賜ったものじゃ! フルーリー伯爵は隣国の王室と我が国の王室の架け橋にもなっておる!
このような話も知らんのか! 子爵家の教育はどうなっている!」
「父上、そんなにカッとしますと血圧が上がります……。ここは私が……」
ふぅふぅ。と息をする前侯爵様を奥様である前侯爵夫人がお茶を渡して背中を撫で落ち着かせていました。
今度は侯爵様、シリル様のお父様が
「ユリシーズ、これはお前に原因があるぞ。そもそもお前は婚約者がありながら、子爵令嬢を望んだ。愛があろうが世間的には浮気と見做される」
「浮気などでは、」
「黙れ! 私たちはお前に何度も確認した。愛を貫くんだな?」
「はい、愛し合っていますから、エイラの腹には私たちの愛の結晶が、ひぃっ」
お次は侯爵夫人、シリル様のお母様が恐ろしい形相でユリシーズ様を睨みました。
「そぉ。愛の結晶がね……」
「婚約をしたので問題ないかと……」
「貴女、エイラさんと仰ったわね?」
「はい……オカアサマ」
「オカアサマ? 貴女にその呼び方は許しておりません。貴女侯爵夫人になるおつもり?」
「はい! ですからそれに相応しい宝石、」
「だまらっしゃい!!」
ピシャリとエイラ様の言葉を遮りました。次の言葉を言わせません。
「は、母上?!」
いつもお優しい侯爵夫人がこんなに怒る様子を見たことはありませんでした……シリル様の腕をさらに強く掴みました。
シリル様は分かっていたのか冷静にこの様子を見ていて、私が掴んだ手を宥める様にぽんぽんと優しく触ってくれました。
続いて侯爵様の番です。
「おまえがこんなに愚か者だとは思わなかった。残念だ、長男だからと思いこの家を継がせようと思ってチェルシーと婚約をさせたが、シリルに継がせることにした」
「「はぁっ?」」
ユリシーズ様とエイラ様の声が重なり、続いて好き勝手に文句を言い始めました。
「なんでよっ、」
「私は長男で、」
「醜い! ユリシーズ! 私達はそれに了承したのです。跡継ぎを決めるのは当主です!」
前侯爵夫人、シリル様のおばあさまがおっしゃいました。
「おばあさま、私は長男で、このエイラと、」
「旦那様が頭を下げてフルーリー伯爵家との縁談を結んだのです。チェルシーは隣国の王子にも望まれていました。その前に婚約をしたのです。おまえは旦那様の顔に泥を塗ったのですよ?」
威厳のある口調に皆がシーンとしてしまいました。それに隣国の王子の話は知りませんでしたわ。
お父様ったら内緒にしてましたのね!
「ユリシーズ、おまえの愛の形とやらを見せてもらおうではないか。子爵家の婿に入れ!」
侯爵様がそう言いますと
「嫌ですよ、あんな貴族とは名ばかりの平民と変わらない生活など、高貴な私には無理ですよ」
「そうですわ。無理ですわ。ユリシーズ様は侯爵様になるんですもの。高位貴族で、ヒイッ」
侯爵様の鋭い眼光がエイラ様に刺さります。
「発言を許していない。ベッカー子爵令嬢、君はまず礼儀から学ぶべきだ。子爵は喜んでおったぞ。我が侯爵家と縁がつなげるとな、支度金は用意してやる。子がいるのならすぐに結婚し子爵家へ入れ」
「せめて私たちの子供は侯爵家で産ませてください!」
「ならん。どうせずるずると侯爵家へ居座るつもりだろう」
「それは……っ、母上助けてくださいっ! 子を産む気持ちは母上が一番お分かりでしょう? 不安が多いことも、」
「なぜ? この浮気者がっ! 侯爵家や、お義父様の顔に泥を塗って……恥を知りなさい! お義父様、お義母様、あなた。私の教育が間違っておりました。ユリシーズが愚か者になったのは私のせいです。チェルシーにも酷い思いをさせてしまいました。申し訳ございませんでした」
「母上っ……!」
侯爵夫人が頭を下げることにより、その場は収まったかのように思えましたが……
「いやよっ! いや。侯爵夫人は私よ! シリルとチェルシーに渡すなんて嫌よ。一体何のためにユリシーズ様に近寄ったと思ってるの!」
「エ、エイラ?」
「なによ? まさかあの出会いが偶然だと思っていたの? か弱い女の子を助けてヒーローになったつもりでいたの?」
「そんなっ!」
「侯爵家の人間だと思って……あの男も仕込みだから!」
「……嘘だろっ。運命の出会いは……私のことを知りたいと言っていたのに、嘘だったのか?」
「知りたいって言ったのは本当よ。だって結婚するんだもの。婚約を認めてくれたからチョロイと思ったのに……まさか婿だなんて。婿なら若くて騎士団に入る予定のシリルの方が将来性があるじゃない! ねぇ。交換してよ」
エイラ様は私に向かってにこりと笑みを浮かべました。
私とシリル様の出番はなかったので大人しくしていたのですが……ターゲットが代わった様でした。
「ねぇ、返事は?」
こちらに近寄ってきました。狂気じみたその笑顔のせいで動けずにいたらシリル様が立ち上がり私の盾になってくださいました。




