フルーリー伯爵
「この度は、うちの息子がとんでもないことを言い出しまして申し訳ありませんでした」
「やめてください、侯爵! 頭をどうかあげてください」
「慰謝料のお支払いももちろんですが、今後の話として……言いにくいのですがチェルシー嬢の婚約者にはユリシーズの弟のシリルをどうか……と」
「シリル殿……ですか。もともとチェルシーとは幼なじみですし、悪くはない話だと思います。うちとしてはユリシーズ殿がシリル殿に代わるだけです。シリル殿はうちの息子と懇意にしていて昔から人柄は知っています。ただ……チェルシーが嫌だと言えばなかったことにさせていただく。あの子の気持ち次第です。それは約束してください」
相手がユリシーズ殿からシリル殿にかわるだけなんて本心ではない。
そんな軽口で終わる話ではないのだ。当の本人チェルシーはお好きにどうぞ。と言っていたが傷ついていることは確かだ。
だけどそのことを侯爵に知られるのも癪だ。
「はい、それはもちろんのことです。シリルに婚約の話をしましたらチェルシー嬢のことは昔から好ましく思っていたとのことで、自分からチェルシー嬢に話をすると言っておりました」
「もうそこまで……。しかしユリシーズ殿がチェルシーとシリル殿の婚約をすすめてくるとは、ベッカー子爵令嬢のことを本気ということですね」
「はい。そのようです、面目ない」
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「チェリー」
「ようこそ。シリル様、本日はどうしましたの?」
シリル様から手紙を貰った。話がしたいから会いたいと。
「うん。まぁね、さて行こうか?」
どこかに連れて行ってくれるらしいのだけれど、いくら婚約者の弟とだからと言って出かけるのには躊躇しましたが、お父様は行ってきなさい。と、おっしゃいました。
馬車に乗り、王都から一時間ほど……
「わぁ。素敵な場所ですね」
川のほとりといったところ。お花も咲いていて涼しくて気持ちのいいところでした。
「気に入った?」
「うん。どうしてこんな場所を知っているのですか?」
「たまたまなんだけど、この場所はヒューと遠乗りにきた際に立ち寄ったんだ。川の流れも緩やかで、疲れた足を入れて休憩していたんだ」
「そうなの? ヒューってば楽しいことをしていたのね」
シリル様と話をしていると、侯爵家のメイドが木陰に敷物を敷いたりテーブルをセットしていました。
「ふふっ。デートみたいですね」
風がそよぐ中、冗談めかしく髪を耳にかけながらシリル様に伝えると
「みたいじゃなくて、デートだよね、うん」
にこりと微笑みを浮かべました。目を細めるエメラルドのような瞳が悪戯成功と言っているようでした。
「な、何を言って……」
冗談と分かっていても少し恥ずかしく思えました。
シリル様に急に手を取られて
「少し歩こう」
と言われ頷きました。手はそのまま繋いでいました。
「シリル様手を離してくださいっ!」
「なんで? 昔はよく繋いでくれたじゃないか」
「だって、」
「チェリー、兄上のことごめんね」
「それは良いの。愛する人が出来たんでしょ? 私には気になる子がいるって言っていたのに、いつの間にか愛に変わったのね、応援しなきゃね」
「その事なんだけど、チェリー僕と婚約してくれない?」
「え?」
「チェリーが僕のことヒューの友達で弟みたいだと思っていると思うけど、僕は昔からチェリーが好きなんだ。兄上と婚約が決まった時は仕方がない……僕は次男だから継ぐ家がないからと諦めていたんだ。でもチャンスが回ってきた、すぐには無理だと思うけれど、僕とのこと考えて欲しいんだ」
真剣な顔つきだけど、穏やかなシリル様の顔を見て、答えました。
「急には……」
「うん、分かっているよ。徐々にで良いんだ。来月のパーティーは僕のパートナーになってくれない?」
「……婚約が白紙になってシリル様と行くの? 変な目で見られない? 困るのはシリル様よ」
「僕は大丈夫。気にしないから」
そう言ってメイド達が用意してくれたお茶を飲み、川辺で涼んで屋敷まで送ってもらいました。
今日のシリル様は私の知っているシリル様とは別人のようでした。