第六十二話 慎の愚者と偽りの賢者
チコがべべ王に渡した破滅の杖は、それに相応しい持ち主を探すかのように様々な人の手を移ろう。
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
怒りに震える巨人を前に、ガーナー侯爵は動じる事もなく話を続ける。
「君達を召喚した具体的な目的までは私も想像できないが、それでも君が欲しがっていた情報はこれで足りるだろう。
さて、私が所属するローズチャーチ派は現在ローズチャーチ家の当主が老齢で病の床にあるうえに、手先となる召喚英雄の数もロッドヒーラー派に大きく後れをとっている。
今ならば、君達を厚遇で迎え入れる事もできるがどうするかね?」
「そのローズチャーチ派というのは、いったいどういう派閥なのです?」
東風は怒りを鎮めながら、それでもまだ興奮冷めやらぬ様子で侯爵に尋ねる。
「ロッドヒーラー派と何も変わらんよ。
戦争で金儲けしている事も含めてな。
唯一違うのは、頭首のローズチャーチ家が正当なウガーラ人の血筋という事くらいだ。」
「ロッドヒーラー派と対立しているのは、偽ウガーラ人が当主だからですか?」
東風はそう尋ねたが、侯爵の提案に全く乗り気ではない事はその表情からも明らかだった。
「いや、それは違う。
ローズチャーチ派にもウガーラを騙るキャシャーク人が大勢いるんだ、そんな事には拘らんよ。
どちらの派閥がより多くの利権を独占するか、世界の支配をする存在になれるかという争いに過ぎん。」
ガーナー侯爵の言葉を聞き、東風はため息を吐く。
「とてもお味方する気にはなれませんよ、好意でお誘い下さった侯爵様には悪いですが。」
東風にとってそれは悪と悪の戦いでしかなく、どちらにも味方をしたくないと思うのは当然である。
だが、その認識は東風にとってのものだ。
戦っている本人達にとってはこの戦いを正義と正義の戦いなのだ。
優れた者のみが生きるべきであり、劣る者達は全て優れた者に従い管理されるべきだという優生思想……それを信望し自身の世界観とする者にとっては優れた自分が富を独占する事も、人々の生殺与奪権利を持つ事も、それを好きに行使する事も正義であり、その正義を貫くための戦いなのだ。
それは常人から見れば狂った思想でも、狂人達が自分達を正当化し論理武装するには適切な思想であった。
「ふむ、それが今の君の限界といったところか。」
侯爵は残念そうに首を振ると、書庫の壁際に置かれた机の鍵のかかった引き出しを開けて箱を取り出した。
「これを見た事はあるかね?」
侯爵が箱を空けると、そこにはL字型に曲がった筒のような物が入っていた。
「いえ、初めて見ます。
なんでしょうか?」
「”銃”と呼ばれるものだ。
召喚勇者達の知識を元に作られた武器で、火薬の力で鉄の弾を飛ばして攻撃をする。」
ガーナー侯爵は銃のトリガーに右指をかけ、銃口から弾が飛び出す様を左の人差し指を動かして表現する。
「この世界にも火薬を武器として使う者がいるのですね。」
「いや、おらんよ。
火薬が様々な用途で使えるとなれば、魔術師ギルドとそれに連なる権益者達の利権を損ねる。
だから”暴発する危険のある火薬を使うくらいなら、魔法を使うべきだ”と、この世界では皆に教えているのだ。
このような火薬を利用する品は、花火などの限られた用途の物を除けばフレイガーデンに所属する者の一部が所有するのみだ。
この世界は山ほどの利権と、それを守るための山ほどの秘密、そしてそれを補強するための嘘で溢れ返っておる。
その秘密をバラそうとした者が何人殺されたかも数え切れぬ。」
そう言いながら侯爵は東風の前の机に箱と銃を並べた。
「弾は抜いてあるから暴発の心配はない。
私が君のメモを確かめている間、それをよく見てみるとよい。」
東風は銃と交換するように、侯爵にメモを記した巻物を渡した。
「その箱の中にあるのが、銃の弾ですか?」
東風は銃の箱に残った先端の尖った小さな鉄の筒を指す。
「ああ、そうだ。
興味があるなら、弾の方も見て構わぬぞ。」
いくら信用しているにしても目の前で銃と弾を渡すなど侯爵の地位にある者としては一見危険な行為に思えるが、東風の指は太すぎて銃の引き金を引く事ができないので弾を渡しても何の問題もない。
(この筒の中に火薬が?……銃からの衝撃で点火するのか。
ここまで発展した火薬の技術があるのに、本当に全て隠され秘密にされているというのか?)
東風が銃の細工を一通り見終わると、それを待っていたのだろうガーナー侯爵が預かった巻物を東風に返す。
「一通りあらためてみたが問題はなさそうだ。」
東風が巻物を受け取り、銃を箱に入れるのを眺めながら侯爵は言葉を続けた。
「東風よ、私が留守の間でもこの書庫に出入りする事を許そう。
戦略論に興味があるのならば、ここにある本で学んでいくとよい。」
「よろしいのですか?」
尋ねながら、東風は銃をしまった箱を侯爵に返す。
「先ほど”君達がフレイガーデンを倒す事は期待していない”と言ったが、だからといっ て何も期待していないという訳でもない。
君等ほどの力があるのなら、フレイガーデンを倒せずともやり方次第……いや、協力者次第で一矢報いる程度の事は可能だろう。
これは、そのための先行投資という訳だ。」
「あいにくと、私にもうこれ以上フレイガーデンと関わる気はありませんよ。
これで失礼します。」
ルルタニアにいた頃の東風ならば、そこに巨悪がそこにあったならば冒険者としてそれに嬉々として討伐に向かっていたのだが、今回ばかりはそんな気は起らなかった。
(フレイガーデンと本格的に戦うことになれば、イザ姐の心への負担がどれだけ大きくなるかわかない……それだけはなんとか避けたい。)
東風はフレイガーデンという組織の禍々しさを知る事で、それを恐れたのだった。
「君が関わりたくなくとも相手もそうであるとは限るまい。
用心はしておくといい。」
巻物を手にズブズブと自らの影に沈む巨人を、侯爵はそう言って見送った。
* * *
「ローン!」
カームが勢いよく麻雀の牌を倒し、グリムから点棒(点数を表す棒)を奪う。
「ちぇー、またかよ~~~~。」
不満そうにグリムは残り僅かの自分の点棒を数える。
べべ王の留守中ジョージの家では、ジョージが没収していた麻雀牌をグリムに返したため、さっそく麻雀大会が行われていた。
四角い机を囲んで麻雀に参加しているのは、グリム・カーム・段・イザネの4人だった。
「ただいまーっ!
今帰ったぞ~~!」
べべ王が部屋に入ると、4人の視線が一斉に集まる。
「おかえりべべ王。」
まっさきにイザネが挨拶を返すが……
「おいジジイ、次の依頼は何にしたんだ?」
続く段が待ちきれぬように次の冒険の予定を尋ねる。
「依頼?受けて来ておらんぞ。」
「はぁ?じゃーエリルの依頼の報酬を取って来ただけかよ?!
使えねーな。」
べべ王の言葉に段は剃った眉をしかめて不平を垂れる。
「わしらはトロル退治に出かけて以来働き詰めなんじゃぞ、暫く休憩してもよかろう。
それに10日もすればキース達がこの街に戻って来る。
奴等と合流してから依頼を受けた方が面白そうじゃろう?
キース達の方が冒険者ランクは上じゃから、わし等だけでは受けられん依頼もできるのじゃからな。」
べべ王の言葉にイザネと段の表情が晴れる。
「へー、いいなそれ!」
「ジジイにしては、気が利いてるじゃねぇか!」
久しぶりに大喜びするイザネと手の平を返す段を見て、べべ王は満足げな笑みを浮かべる。
「ところでカイルはどうした?」
部屋を見回してカイルがいない事を確認したべべ王が尋ねる。
「さっきカームとグリムと手伝い当番を賭けた麻雀でドベになってさ、ジョージの仕事を手伝いに行ったぜ。」
「っていうか、カームおまえ麻雀強すぎじゃねえか?
カイルとの勝負が終わってからもずっと連勝してるじゃねーか。」
イザネが少し笑って答え、段がカームに不満を漏らす。
「へへへへーっ!
みんなの打ち方覚えちゃったからな、もう負ける気がしないぜ!」
べべ王は減らず口を叩くカームと益々ムキになる段の脇を歩き、さっきの勝負に負けてしょぼくれているグリムの横に立った。
「ほれ、グリムにお土産じゃ。」
べべ王は、チコに貰った破滅の杖をグリムに手渡す。
「なにこれ?」
「これは賢者の杖といってな、持ち主を正しく導くアドバイスをしてくれる杖じゃ。
ちと口うるさいかもしれんが、お前さんになら丁度良いくらいじゃろ。」
グリムは杖をしげしげと見つめてからべべ王を見る。
「じゃー、この杖に聞けば麻雀に勝てる方法も教えてくれるかな?」
「賢者が麻雀の事を語るかぁ?」
段が杖の効能を疑うように声をあげるが、グリムはそれを気にする様子はない。
「まあいいや、早速試してみようっと。」
グリムは杖を自分の背に立てかけて椅子に座り直した。
「おいグリムそれズルいだろ。」
「グリムは今6連敗中だし、そのくらいのハンデがあってもいいだろ。
その賢者の杖が本当に麻雀についてアドバイスをできるのかも怪しいしな。」
イザネがそう言うと、グリムに文句を言っていたカームは頭をかいてしぶしぶ引き下がる。
未だにイザネ……というより卓上で揺れるイザネの胸への執着が手放せないカームが、イザネの言う事に逆らう事は基本的にないのだ。
カームを諫めたイザネは、麻雀に混ざりたそうにしているべべ王の方を向く。
「メアリさんから料理の手伝い頼まれてるんで次俺抜けるんだけど、べべが代わりに入るか?」
「おう、代わる代わる!
ふふふ、このわしの牌捌きを見せつけてくれようぞ。」
張り切るべべ王を見て、段があからさまに嫌そうな顔をする。
「昨夜、手元を狂わせて牌を宙に飛ばしてたジジイがなに言ってやがる。
今度やったらチョンボにするからな。」
段はそう言いながら、自分の手牌(手札)と自分の前に積んだ牌を崩し、他の3人もそれに続く。
4人が崩した牌を机の上でジャラジャラとかき混ぜるのを横目に、イザネは部屋から食堂へと向かった。
(……なぜお前は、自分の望む通りに麻雀牌を並べようとしないのだ?)
牌をかき混ぜるグリムの頭の中に、不意に声が響く。
「だれ?」
グリムは声の主を探すが、机の上で牌をかき混ぜる3人以外部屋にはもう誰もいない。
(お前の兄は、欲しい牌を選んで並べているぞ。)
再び頭の中に声が響き、グリムはその不思議な声に従い兄のカームを注意深く観察する。
(あれ?カーム兄ちゃん牌を覗いてる。)
洗牌……つまり麻雀牌を混ぜる時は、不正がないように牌を裏返した状態でかき混ぜるのだが、カームは裏返しになった牌を時々ちょっと持ち上げて裏を覗き込みながら牌を並べ、積んでいた。
べべ王と段は自分の前に牌を積むのに夢中でカームの不正に全く気付いていない。
(今のは、賢者の杖が僕にアドバイスをしてくれたのかな?)
グリムは思わず後ろを向いて、自分の背に触れる賢者の杖を見た。
「おいグリムだけまだ牌を積んでないじゃないか。」
段の声にグリムが驚いて振り返ると、既に3人の前に牌の山が積まれていた。
「ほら、手伝ってやるから早く積んじまえよ。」
せっかちな段に手伝いもあって、グリムの前にあっという間に牌の山が積みあがる。
「さあ、始めるとしよう。」
早く始めたくて先ほどからウズウズしているべべ王が皆をせかし、麻雀が始まる。
だが、グリムの手牌にはまるで役(ゲームをあがるために揃える必要のある牌の組み合わせ)が揃わない。
そもそもグリムは全ての種類の役をまだ全て覚えていないうえに、頭を使う事が苦手なのだ。
(いいよな兄ちゃんは、自分の積んだ牌の中身を覚えてるんだもん。)
順調そうに牌を引くカームの方を見ながらグリムがむくれる。
自分の積んだ場所だけに限られるとはいえ、伏せられた牌の中身を知っているというのは充分なアドバンテージとなる。
牌を引く山が自分の積んだ箇所に差し掛かるとカームの手牌は、あっという間に揃えられいくのだ。
(なにをしている?なぜお前は手牌と捨てた牌をすり替えようとしない?)
その時、再びグリムの頭の中で声が響く。
(え、でもそれって反則なんじゃ……)
(おまえの兄もやっているのだぞ、おまえもやらねば勝負にならぬではないか。)
杖の声を聞いたグリムは驚いて卓上を見渡す。
べべ王も段も自分の手牌を見るので夢中で卓全体をまるで見ていない。
そしてそんな中、カームがこっそりと卓上に捨てられた牌と自分の手牌をすり替えいるのをグリムは目撃したのだった。
「おい、なにボーっとしてんだよ。
次はグリムの番だぞ。」
カームがグリムに見られている事に気づいていない様子でツモ(自分の手番に伏せられた牌を一枚引く事)を急かす。
「ねぇ、兄ちゃん反則してるの?」
思いがけぬグリムの一言にカームが固まる。
「な……なんの証拠があって……」
「だって、捨てた牌をすり替えてたよね?
この杖が教えてくれたよ。」
グリムは破滅の杖を振りかざす。
「いっ、いい言いがかりはよせよっ!」
カームは慌ててグリムから杖を取り上げようとしたがもう遅かった。
「確かに俺がさっき捨てた筈の”白”の牌がなくなってるぜ。」
ジャラッ!
段の声と共にべべ王がカームの手牌をひっくり返す。
「ほほーっ、確かに”白”が3枚揃っとるのぅ~。
どういう事か聞かせて貰えるかの、カーム?」
「いやっ、これは……その……。」
二人に迫られしどろもどろになるカームを見て、グリムは確信する。
(この杖すげーや、あっという間に兄ちゃんの反則を見抜いてくれた!)
しかし、それはグリムの勘違いであった。
もしも杖に言われるままに牌の裏をのぞき見ながら山を積んで並べていたのなら、とろいグリムではあっという間に見つかってしまっただろう。
捨てた牌と手牌をすり替えるにしても、鈍いグリムではカームのように器用にすり替える事はできず、あっという間にイカサマがバレてしまっただろう。
杖はグリムが破滅するようにアドバイスをしていたのだが、グリムが素直に行動し過ぎたがために空振りに終わったに過ぎなかったのだ。
グリムはそれに気づかづに、杖を握りしめてこれからのバラ色の人生に夢をはせていた。
* * *
シュンッ……
今日もカイルは無数のヒールアローを空に放ち、魔法の熟練度と魔力の底上げのための訓練をしていた。
「おはよー兄貴。
イザ姉ちゃんは?」
「さっきギャレットと出かけてったよ。」
シュンッ……
カイルは横目で挨拶をしたカームを見て、再度ヒールアローを天に放つ。
「またギャレットかよ。
兄貴、本当に彼女が取られてもいいのか?」
「ふん、何を企んでいようがギャレットの思い通りになんてなる訳ないだろ。」
シュンッ……
涼し気な表情でヒールアローを放ちながらカイルがカームに答える。
「ちぇっ、やけに余裕だな兄貴。」
カイルの傍から逃げ出そうと構えていたカームは、肩透かしを喰らってバランスを僅かに崩した。
以前カームがイザネとギャレットの事でカイルをからかった時には、ムキになって怒って殴りつけたのだが、今日はえらい違いである。
兄の豹変ぶりに首をかしげるカームにカイルは魔導弓を下ろして顔を向けた。
「それとお前、昨日麻雀でイカサマしてたそうだな。
今日はお前が親父の手伝いをしろよ。」
「グリムにやらせろよ。
あいつだって、親父の手伝いをずっとサボり続けてんだから。」
そう言ってむくれるカームの顔を見て、カイルは再び魔導弓を構える。
「グリムは出かけてるよ。」
「グリムを一人で家の外に出したのかよ?!」
カームは驚くが、カイルはそれに構う事なくヒールアローを宙に描いて具現化して魔導弓につがえた。
「昨日べべ王に貰った賢者の杖を持って出かけたんだからなんの心配もないだろ。
なにせ、お前のイカサマを見抜けるくらいに優秀な杖なんだから。」
「ケッ、たまたまだよ。
あんな杖が役になんて立つもんか。」
シュンッ……
ヒールアローを天に放つカイルを残し、つまらなそうにカームは家の中へと引き上げて行った。
* * *
(これ欲しいなぁ!
でも銀貨1枚は高いよなぁ……。)
グリムが物欲しそうに眺めているのは、魔道具の腕時計。
これは本来は貴族向けの商品であるが、マジックアイテム規制の噂が商人達の間でも飛び回ったため、捨て値で下町でも売られていたのだ。
この商品は魔法の仕掛けにより時間が正確にわかるだけでなく、カレンダーや天気予測機能やちょっとした音楽の演奏機能まで付いている。
特にグリムがそれ等の機能を必要としている訳ではないのだが、目の前に面白そうな物があるとすぐに欲しくなってしまうのがグリムなのであった。
(なにを迷っている?
欲しいのなら買えば良いではないか。
時が経てばおまえは諦めるどころか益々それが欲しくなり、いずれ我慢ができなくなる。
ならば無理に我慢せず、安売りしている今の内に手に入れておいた方が得策というものだ。
お前はジョージが金を隠している場所を知っているのだろう?
それにあのべべ王とかいうジジイは金を持っている。
例えジョージの貯金がゼロになろうとも、家族はどうにでもなる状況であろう。)
「う~~~~ん。」
破滅の杖の惑わす言葉にグリムは悩む。
確かにジョージの金の隠し場所をグリムは知っているが、ついこないだ盗みを働いてこっぴどく叱られたばかりである。
ほとぼりも醒めぬ内にまた悪さを働くのは流石に気が引けるし、ここは家からは遠い。
家から金を持ち出して往復するのがグリムはとても面倒な事に思えていた。
「そうだ!」
何かを思いついたグリムは商店の傍に合った魔術師ギルドの戸をくぐる。
「この杖を買ってください!
とっても賢い賢者の杖です。
銀貨一枚で売ります!」
グリムは躊躇なく魔術師ギルドの受付に破滅の杖を差し出した。
ちなみに魔術師ギルドでマジックアイテムを売る者はほぼいない。
買取価格が他の買い取り店に比べて低いのだ。
が、グリムにそんな知識などまるでなかった。
「は、はい、鑑定いたしますので少々お待ちください。」
あまりにも無警戒で無邪気な申し出に受付の女性は少々戸惑いながら破滅の杖を奥へと運んで行った。
* * *
「くそっ!
どうして俺がこんな事をっ!」
運ばれて来た破滅の杖を前にガラが不満を漏らす。
ダルフを裏切り新たな支部長の補佐官に収まったまでは良かったのだが、自分の管理する倉庫から雷神の杖と炎邪の杖を東風いよって盗まれた事によりガラの信用が失墜してしまったのだ。
今のガラは地位こそ補佐官のままであったが、あからさまに支部長が遠ざけられ閑職へと追いやられる寸前であった。
本来マジックアイテムの鑑定など補佐官の仕事ではないし、魔術師としてより盗賊として優れるガラには苦手とする仕事でもあった。
これはガラに対する嫌がらせ以外の何物でもない。
「賢者の杖だと?どうせ偽物に決まっている!
そんな便利な杖ならば売らずに自分で使った方が得策ではないか!」
だが、そんな愚痴をこぼしながら破滅の杖を握ったガラの心に声が囁く。
(なぜ、あなたは黙ってこの不遇な扱いに耐えているのですか?
あなたはこの魔術師ギルドの恥部もフレイガーデンの秘密もよく知っている。
そして秘密を握る者がどれだけ有利な立場にあるのかも、あなたは良くご存知だ。
奴等に怯えてこのまま我が身が落ちぶれるのを座視するのか、それとも起死回生をかけて今あなたが持っている情報を武器とし謀略を仕掛けるのか、今決断できねば一生後悔する事にもなりましょう。
もし望むならこの杖に蓄えられた知恵をもって、あなたの力となって差し上げます。)
ガラはゴトリと杖をテーブルの上に置いた。
「買取希望価格は銀貨1枚だったか?
ふふふ、どうせなら2枚くれてやるとしよう。」
追い詰められた者ほど、心の隙に付け入られやすい。
破滅の杖の中央にはめ込まれた赤い宝玉は、その杖を持つべき主を見つけてまるで喜んでいるかのように鈍く輝いていた。




