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第五十四話 不幸な男

べべ王達4人を屋敷に招待したハロルド男爵は、自らの不幸を呪い続ける男だった。

だが、自業自得の出来事さえも彼にとっては不幸であり、そこから発生する周囲への怒りは理不尽なものでしかなかった。


~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~

 リーフウッドの森周辺の土地を治めるハロルド男爵は、感謝というものを知らぬ男であった。

 例え家臣がその忠誠心から命がけで彼の身を守ったとて、彼はそれが当然の事としか思わない。

 ハロルドは生まれついての貴族であった。

 家臣が自分に忠誠を尽くすのは、もはや彼の中では当たり前の事であり、それごときの事で感謝には値しない。

 自分の思い通りに動き、自分の望みを全て叶えてみせるのが家臣達の当然あるべき姿だと心底信じて疑っていなかった。

 もし百姓達が日の光や雨の恵みに日々感謝している事を知ったなら、ハロルドは腹を抱えて笑い転げるだろう。

 ”イチイチそんなものにまで感謝していたらきりがない”と。


 ギャレット候の謀略により爵位を下げられ、領地を奪われた時も彼はそれが自分の警戒不足が招いた結果とは思わなかった。

 ”部下が不甲斐ないないからだ!”と彼は考えた。

 ”なぜ、何も悪い事をしていない自分がこんな目に遭わなければならないのか?””なぜ自分には使えぬ家臣ばかりなのか?””なんて自分はこんなに不幸なのだろうか?!”と彼は考え、悲観に暮れ、そして家臣達に八つ当たりするようになった。

 憂さ晴らしに行った狩りでトロルキングに家宝の剣を奪われてからは、ハロルド男爵の癇癪は更に悪化し部下を鞭で打たぬ日がない程にエスカレートしていた。

 だが、彼に罪の意識はない。

 家宝の剣を失った時、ハロルド男爵はこう思った。

 ”貴族に生まれながら、なぜこんな理不尽な目にばかり自分は遭うのだろう?”、”自分はこの世界で一番不幸な人間なのではないか?”と。


 だから、リーフウッドの森のトロルが百体以上に増えた事すらハロルド男爵は知らなかった。

 男爵の家臣達は、彼にリーフウッドの現状を包み隠さず報告したのなら自分が鞭で打たれる事を知っていた。

 例え真実を報告したとしても彼を不愉快にさせる話を耳に入れたなら、その家臣を癇癪を起した男爵は許そうとはしないのだ。

 トロル退治の依頼の報酬がたった金貨6枚だったのも、男爵がトロルの本当の頭数を把握していないがためだった。

 家臣たちの報告を信じたハロルド男爵は、リーフウッドの森のトロルの頭数を十数匹程度なのだと信じて疑わなかったのだから。


 さて、そんなハロルド男爵が心からべべ王達に感謝をするために衛兵達の取り調べから救ったのだろうか?


 答えは否。


 彼の目的の一つはトロルキングに奪われた家宝の剣。

 先王から賜った大事な剣だ。

 トロルを退治した冒険者が今この剣を所持しているに違いないと男爵は考えていた。

 もしその剣が取り調べの最中に衛兵達に押収されるような事になったのなら、自分の失態が世間にバレてしまう。

 だから、トロル退治をした冒険者の話を聞いたハロルドはその身元を急いで調べ、衛兵達に連れていかれたと知るやすぐさまそこから助け出した。


 彼のもう一つの目的は、自分を助けてくれるナイトとの邂逅。

 ”自分は世界一不幸な人間だ”と思い込んでいるハロルド男爵は、自身を救い出してくれる英雄の出現を切望していた。

 無能な部下達と違い、高貴な貴族である自分の従者に相応しい英雄の出現を彼は待ちわびていた。

 ハロルド男爵は依頼も受けずにトロルを退治した冒険者の報告を聞いた時、こう思ったのだ。

 不幸に苦しむ自分を哀れに思った神が、自分を助けるために英雄を遣わしてくれたのだ、と。

 彼等が自分を不幸のどん底から救ってくれるに違いない、と。

 本気でハロルドはそう考えていたのだ。


 が、彼の一つ目の望みである家宝の剣は段の魔法によりトロルキングと共に消失している。

 ハロルド男爵は執事が預かった冒険者達の武器を検めたが、当然そこに家宝の剣はなかった。


 そしてもう一つの望み、べべ王達が男爵の心強い味方になるかどうかだが……これは更にありえない。

 段のハロルドに対する敵意のこもった眼光からも、それはすぐに理解する事ができた。

 そもそも、悲劇のヒロイン気取りの人間の前に都合よく救世主が現れる事などまずないのだ。

 自身が悲劇の中にいると思う者には、不思議と引き寄せられるように不幸が訪れる。

 例え救いの手が差し出されていたとしても、悲劇に浸っている人間はそれと気づかず振り払ってしまっている事すらあるのだから。


パチンッ!


 べべ王達を一瞥したハロルド男爵は指を鳴らし執事を側に呼ぶと、その耳に口を近づける。


「部屋の前に兵達を待機させておけ。」


 執事は男爵の囁き声に頷くと、冒険者達を残して書斎の外へと一礼をして出て行った。


「掛けたまえ。」


 冒険者に机を挟んで向こう側のソファーに座るように促しながら、執事を見送ったハロルド男爵は奥のソファーに腰かける。


「気楽にしてくれたまえ。

 君等庶民がマナーに疎い事は知っているし、多少の事には目を瞑ろう。

 さて、トロルを退治した勇敢な冒険者諸君に敬意を表し我が屋敷に招待してみたのだが、どうかね感想は?」


「へぇ、無駄に豪勢なお屋敷で恐縮しておりますだ。」


 卑屈に答えるべべ王の言葉の端に、本音が漏れていた。

 が、男爵は段の睨み付けるような眼光が気になってその程度の事を気に留めてはいない。


「大変広くて立派なお屋敷で、驚いています!

 お料理も見た事もない豪勢なものばかりで、あんなの食べた事ないですよ!!」


 カイルが慌ててべべ王を押しのけるように前に乗り出して大声でおべっかを述べる。

 男爵は段から目を離してカイルを見ると、満足げにうなずいた。


「ふふ、気に入ってくれたようでなにより。」


 だが、カイルが男爵の機嫌を取る一方で段はソファーにふんぞり返ったままハロルドの言葉を聞き流し、イザネもまた落ち着かない様子でモゾモゾと座る姿勢を変えていた。

 ハロルドはイザネの方をチラリと見る。


「どうしたのかねお嬢さん。

 ひょっとして慣れないソファーの座り心地が気持ち良すぎたのかな?」


「いや、そうじゃねーよ。

 武器を持ってないと、なんか落ち付かなくてさ。」


 イザネの返事を聞いてハロルドは不快そうに眉を一瞬しかめたが、ソファーの背もたれに身を預け足を組み落ち着いた表情を浮かべる。

 少なくともこの冒険者達から家宝の剣を手に入れるまでは、どんなに不快に思っても癇癪を起す訳にはいかないのだ。


「なるほど、確かにファイターの習性とはそういったものだと聞いた事がある。

 なかなかの心がけだお嬢さん。

 ところで武器といえば、トロルを倒した時に君等は剣を手にいれなかったかね?

 トロルが持っているにはいかにも不釣り合いな、金の飾りの付いた白い剣だ。

 それを君等の希望する金額で引き取る事で、今回のトロル退治の報酬としたいと私は考えている。

 誰か信用のおける人物にでも預けてあるのだろう?

 まさか、金に困って商人達に売ってはいまいな?」


 ハロルドはなるべく静かな口調でそう冒険者達に語り掛けた。

 本当は喉から手が出る程に剣が欲しい。

 一刻も早く家宝の剣を取り戻して安心したかったのだが、それを悟られては足元を見られかねないと男爵は用心していた。


「剣ですか?

 トロルの巣穴にも潜って掃討しましたが、そんな物はどこにもありませんでしたよ。」


 カイルの想定外の返事にハロルドの顔から作り笑いが消える。

 王家より拝領した剣を脅されてトロルに奪われたなどという失態が知れれば、家格が落ちるだけでなく男爵の王家への忠誠すら疑われかねない。

 なんとしてでも取り戻さなければならないと思えば思う程、それは焦りとなってハロルドの態度に出てしまう。


「そんなばかな!

 あの森のトロルのボスが持っていた筈だ!

 ……いや、いやまさか……フフ……やるではないか、貴様等は嘘を言って私を焦 らそうとしているな。

 報酬の額を吊り上げるための駆け引きなのだろうが、欲を張り過ぎると寿命を縮める結果になると知る事だ。」


 再び無理に余裕の笑みを浮かべたハロルドは手櫛で自らの髪をとき、冒険者達を睨んだ。


「何を言っておるのじゃ?

 石斧とか弓とか、トロルはそんな物しか持っておらんかったわい。

 だいたいなんでトロルがそんな豪華な剣を持っているのじゃ?」


 余裕を見せつけるための渾身の演技に動じようともせずに答えるべべ王の態度をみて、神経の細いハロルド男爵はすぐにその芝居を続ける事ができなくなっていた。

 この短気さこそが、ギャレット侯爵の謀略にハロルドが引っかかり爵位と領地の多くを失った原因であった。

 ハロルド男爵は額に青筋を浮かびあがる。


「い、命が惜しければ余計な詮索は止める事だ!

 隠し立てなどせずに剣のありかを答えるのだっ!!」


 ハロルドは身を乗り出して震える手でべべ王を指さし、歯をむき出しにする。

 そしてそんなハロルドの様子が余程無様に見えたのか、フッと鼻で笑ってから今までハロルドを睨んだまま黙っていた段がようやく口を開いた。


「もしかして俺が魔法で消し飛ばしたトロル達の中に、その剣を持っていた奴がいたのかもな。」


「ま、魔法で……け、消し飛ばした?

 では、剣はどこに?」


 振るえる声で問うハロルドを見て、段はニッと笑う。


「バカかてめぇ!

 トロル達と一緒に消し飛んだに決まっているじゃねぇか。」


「はぁ~~~~~っ。」


 段の言葉に間抜けな声をあげて呆ける男爵を見て、カイルが慌てて二人の間に割り込むように身を乗り出して段の方を睨む。


「おいっ!

 口を慎めよジョーダン!」


 段を叱責したカイルは急いでハロルドの方を向く。


「あ、あの……剣は持っていませんし、俺達は別に金はいらないんです。

 報酬をというのなら、男爵様が知っているであろうフレイガーデンの情報を……」


 だが、剣の喪失した事を知った男爵は既に癇癪を起し見境を失っていた。

 癇癪を起したこの男には、もはやなだめる言葉も弁明の言葉も届きはしない。

 男爵は相手の言葉から自身の腹の立つ部分ばかりをフォーカスし、その怒りを限りなく加速させていく。


「報酬だと!

 剣がないのなら報酬もなしだっ!

 やさしくしておれば付け上がりおってバカがっ!!

 特にそこのソーサラーは私の所有物であるリーフウッドの森を魔法で大層傷つけたそうだな!

 貴様から被った我が家の財産の損失を訴え、報酬どころか賠償金を請求しても良いのだぞ!」


 ハロルドは、甲高い金切り声で一気にその内で燃え盛る怒りを言葉に変えてキイキイとまくし立てた。

 トロルが十数匹しかいなかったと信じているハロルド男爵は、目の前に座るソーサラーが敵の規模も考慮せずに魔法を使用してリーフウッドの森を焼いたのだと思っていた。


「おいおい、あんなにトロルを倒したのに報酬なしだなんて、いくらなんでもそりゃないだろー?」


 不満を口にするイザネは、当然ながら自分達が百体以上のトロルを退治した事を前提に話をしている。

 それがどんなに無茶な依頼だったのか、どれだけ苦心して村への被害を最小限に留めたのかを思い、ハロルドの自分達の仕事に対する評価が酷すぎると訴えたのだった。

 が、本当のトロルの数すら知らず、村の安否にすら興味の薄いハロルドが相手ではまともに説明したとて話が通用する筈がなかった。

 ハロルドはいやらしい目つきでソファーに座るイザネの体を舐めまわすように見る。


「ほう、そんなに報酬が欲しいのか小娘?

 ならば、貴様が私の言う事を聞くのなら考えてやらんでもないぞ。」


「”言う事”ってなんだよ?」


 思わずたじろぐ、イザネにソファーから腰を上げたハロルドが迫る。


「なに、大した事ではない。」


 ハロルドの手がイザネの豊満な胸へ向かって伸びる。


 ハロルド男爵はかつて自分の領地に住む平民の娘に手を出した事が何度もあった。

 貴族にとって身分違いの平民は、それこそ野山に住む動物と違いはない。

 相手は人の形をした動物なのだから奪うも、殺すも貴族の自由。

 周囲にその娘の家族がいようと、恋人がいようと貴族のハロルドを止める事はおろか不平を口にする事すらも許されない。

 平民の娘達は事後にいくばくかのはした金を男爵から受け取り、涙を呑むしかなかった。

 そしてその経験からハロルドは今自分のしている事が悪だとも、それにより平民である冒険者から反撃を受けるとも考えてはいない。


シュル……


(えっ?)


 イザネに伸ばしたハロルドの腕にイザネの手が絡みついた。


ドッ!


「ぎゃああああぁぁぁぁっ!

 痛い痛い痛いぃぃーーーっ!!!」


 イザネに右腕の肘関節を極められたハロルドの顔が、気づいた時にはソファーの間に置かれたテーブルの上へ垂直に落下していた。


「無礼者ぉぉぉっ!

 きっ貴様!貴族に対してなんという無礼を!」


 机に押え込まれたハロルドは叫びながらなんとか脱出しようと試みるが、イザネに完全に関節を極められていて身をよじる事すらままならない。


「何が貴族だ!

 そこいらのエロガキとやっている事が何も変わらねーじゃねーかっ!」


 机に押し付けられたハロルドの頭上からイザネの声が響く。

 そしてそのイザネの言葉によってハロルドの記憶の中からギャレット候の策略に嵌められた時の屈辱の感情、トロルに剣を奪われた時の屈辱の感情が蘇り、そのどうしようもない彼の怒りを更に暴走させた。


「なんだとーーっ!

 この私を愚弄する気かーーっ!!

 私の貴族としての誇りをぉぉぉぉっ!

 許さん!絶対に許さんぞ小娘ぇぇーーーっ!」


 目の前のイザネに、ハロルドは今までの生涯で溜め込んだ屈辱と怒りの感情を叩きつけるべく声が潰れるのも構わずに叫び散らすが、その顔は机の上に押し付けられており唾をイザネに飛ばす事すら叶わなかった。


 必至で叫んだハロルドの声が外にまで響いたのだろう”バンッ”という音と共に書斎の扉が勢いよく開き、外で待機していた鉄鎧で身を固めた兵9人が部屋になだれ込んできた。


「ハロルド様ぁっ!!」


「こっこれは一体?!」


 イザネによって机の上に組み伏せられたハロルドを見て、兵達は驚きの声を上げる。

 ハロルドも兵達も、この状況を想定していた訳ではない。

 冒険者達が剣のありかを明かそうとしなかった場合、もしくは剣と引き換えに無理難題を要求してきた場合の脅しのため、ハロルドは廊下に私兵が控えさせていたのだ。


「何をしている!

 早くこの無礼者共をひっ捕らえろ!

 抵抗したら殺しても構わんっ!」


 机の上に頭を押し付けられたままハロルドは命令するが、兵達は動けない。

 それは冒険者達がハロルドを人質にしているので、下手に動けば男爵の命が危ないと判断したからであったのだが……


「面白れぇ、やれるもんならやってみろよ!」


 段がゴキリと拳を鳴らして兵士達の前に立つ。

 剣と盾と、そして鎧で身を固めた兵を前に、丸腰の冒険者は余裕の表情だった。


「このっ!」


シュ……ガッ!


 段に向かって掛け声と共に剣を振り上げた兵の兜が飛び、カランカランと音を立てて床に転がる。

 段によって兜の隙間から顎をパンチで撃ち抜かれた兵士は、意識を失って鉄鎧の重さに押しつぶされるようにガシャンと音をたてて床へと崩れ落ちる。


「かかれ!かかれぇっ!」


「生かして返すなぁ!」


 崩れ落ちる仲間を見た兵士達は口々に叫び声をあげ、冒険者達に襲い掛かる。

 冒険者達が男爵を人質にするつもりがない事がわかったからだ。

 そして兵達が冒険者達の実力を勘違いしていたからでもあった。

 無理もない、武器も持たぬ丸腰の冒険者が倍の人数の兵に敵う道理はないと思うのは当然である。


「シッ!」


カカッ!ガシュン!


 段は一呼吸吐く内に3人の私兵の顎をその拳で撃ち抜いた。

 兵の1人はズレた兜を被ったまま、1人は拳の形に凹んだ兜を頭に乗せたまま、最後の1人は先ほどの兵と同じく兜を床に叩き落とされて崩れ落ちる。


「ほいっと!」


 段の脇を抜けてイザネに突進し、男爵を救出しようと私兵にべべ王が目にも止まらぬスピードで肩からタックルをかます。


ドッ……ドガァッ!


「ぐ……おぉ……」


 タックルに吹っ飛ばされた兵は、後ろの兵を巻き込んで廊下まで飛び出して壁に叩きつけられる。


「ひっ……いぃぃぃっ!」


 廊下から室内の様子を伺っていた執事が、情けない悲鳴を上げて廊下にへたり込んだ。


「何をしている無能共が!

 殺せぇ!

 殺してしまえ!」


 男爵がイザネに組み伏せられたまま部下達に檄を飛ばすが、既に私兵達の戦意は喪失している。

 遠巻きに囲うだけで、誰もこれ以上冒険者達に襲い掛かろうとはしなかった。


「うるせーよ。」


 怒りと恨みに任せて見苦しく吠えるハロルドの腕の関節を、イザネが少し強く捻じった。


「ぐぎゃああぁぁぁぁっ!」


 大きな悲鳴を上げるハロルドを見てカイルが慌てた。


「怪我はさせるなよイザネ。

 後々面倒な事になる。」


 カイルはそうイザネに注意したが、もう遅い。

 怪我を負わせなかったとしても貴族の屋敷でこれ程の騒ぎを起こしたのだ、後々大事になる事は覚悟せねばなるまい。

 だがそれは今ではない。

 この場にはもう苦しむ男爵を見ても、もう助けようとする兵は誰もいない。

 実力の差がわかってなお、命がけでも男爵を護ろうという者はここには誰一人いなかった。

 イザネはそんな私兵達の様子を一瞥し、警戒を緩めてからからカイルに答える。


「わかってるよ、けど情報は聞き出さねーと、なっ!」


 イザネはハロルドの首の上に膝を落として更に動きを封じ、腕を捻じる手から少し力を抜いた。


「フレイガーデンの情報を教えろ!

 エロ親父!」


「だ……誰がエロ親父だ!」


 尚もイザネに抵抗して素直に話そうとしないハロルドの顔を、今度はソファーの上でしゃがんだ段が覗き込む。


「知ってるのならさっさと吐いた方がいいぜ、さもないと……『ロドゥムエィガリル!我が杖よ我が元へ来たれ!』」


ドゴッ!バキバキバキバキッドガァッ!!


 けたたましい音共に、段の杖が床を貫いて呪文を唱えた段の手元に飛んでくる。

 段が使った武器を手元に引き寄せる呪文は、普通の者の魔力ではこれほどの力は発揮しない。

 呪文の射程は短く、引き寄せる力も大した事はない平凡な魔法だ。

 しかし、有り余る魔力を持つ段の手にかかればその射程も武器を引き寄せる力も破格に上昇してしまうのだ。


「なっ!なんだこれぇ!」


 余りの事に、飛んで来た杖によって床に空いた穴の傍の私兵が腰を抜かして座り込んでいる。


「へぇ、俺達の武器はあの部屋にしまってたのか。」


 段は額に手を当てて床に空いた大穴の先にある一階の武具の保管部屋を覗いてから、ハロルドの方を向く。


「で、男爵さんよ、さっきの口ぶりからして俺の魔法の威力は知ってるんだろ?

 この屋敷をこれ以上ぶっ壊されたくなかったら素直に答えるんだ。

 ”フレイガーデン”についておまえが知ってる事を全て俺達に教えな。」


 ドンッという音と共に段の手に持った杖が、組み伏せられた男爵の顔の前の床に突き刺さった。


「知らん!

 本当に知らないんだーーっ!

 フレイガーデンなんて今初めて聞いたんだ私はっ!」


「本当に知らないらしいのぅ、これは。」


 怒りから醒め、恐怖に震えて泣き叫ぶハロルドを見てべべ王が肩を落とす。


「えーーっ、ここまでやってなんの手がかりもなしかよ。」


 イザネはそう言うとハロルドの腕を離し、膝を彼の首からどける。


「まぁ、仕方ない。

 武器を取り戻して帰るとしよう。」


 べべ王のその声を合図に冒険者達は一斉に部屋の外に向かって歩き出し、怯えた男爵の私兵達は慌てて道を開ける。

 執事は廊下で頭を抱えて座り込み、男爵のすすり泣く声が書斎から漏れてくる。

 貴族としての誇りを傷つけられ屋敷に穴を開けられたハロルド男爵は、彼の妄想どおり、にまた一歩”悲劇のヒロイン”へと近づいた。



         *      *      *



「何をやってるんですか、まったく。」


 月明かりが差し込むジョージの仕事場の床で胡坐をかく東風が、4人の仲間からハロルド男爵の屋敷で大暴れした話を聞いてため息をついた。

 衛兵の取り調べは免れたものの、ハロルド男爵から秘密結社フレイガーデンの情報を聞き出す事もできず、ハロルド男爵と喧嘩別れしたために貴族のコネを利用する計画も全ておじゃんとなってしまった。

 これではトロル退治の依頼を受けた当初の狙いは何も果たせぬばかりか、怒り狂ったハロルド男爵からどのような報復を受けるかも分からないのだ。


「だって、あのエロ親父が俺の胸を掴もうとするからさ……。」


 最初にハロルドに手をあげたイザネがすまなそうに東風に言うが、東風は身を乗り出してイザネを心配する。


「えええっ!それは本当ですかイザ姐!

 確かにそれならエロ男爵に報復するのもやむを得ないですねっ!!」


 東風の掌返しをべべ王が口をあんぐりと大きく開けて眺めている。

 そんなべべ王の視線に気づいた東風はコホンと咳払いをして一度落ち着くと、そのまま何事もなかったかのように話を続ける。


「しかし、これからどうします?

 貴族街の門が出る人に対する警戒が緩かったのは幸いでしたが、落ち目の男爵とはいえ 貴族を敵に回したのは厄介ですよ。」


「そこはほれ、東ちゃんがなんとかしてくれるのじゃろう?

 ロジャーの時も上手くやったではないか。」


「商人相手と貴族相手ではまるで話が違いますよべべ王さん。」


 べべ王の呑気な言葉を聞いて、東風は掌を悩ましそう顔に当てる。


「そうだ、貴族といえば魔術師ギルドに貴族から盗んだ魔法の杖が2本あるそうだよ東風さん。

 エドワード伯爵とガーナー侯爵から盗んだ杖が6番倉庫にあるそうだけど、これって使えない?」


 東風と同じように悩まし気に顎に手を当てて考え事をしていたカイルが顔を上げて東風に提案すると、東風も顔から掌を離して悩むのを止めた。


「礼のピエロの茶番の続きをやる計画の話ですね。

 その情報がもし本当なら、その貴族達に杖を返して恩を着せ、フレイガーデンの情報を聞き出す事も、男爵の報復から身を守る事もできると思います。

 しかし、いったいどこからそんな情報を手に入れたんです?」


「衛兵隊の本部だよ。

 そこの牢屋にダルフが放り込まれてたんだ。」


 東風の問いに、ハロルド男爵を散々な目に遭わせて上機嫌な段がニコニコしながら答える。


「権力闘争に敗れた結果でしょうか。

 哀れなものですね。

 そういう事なら、明日ソフィアさんと相談してからすぐに行動を開始します。

 出来る事ならハロルド男爵が、報復を開始する前に済ませなければ。」


 腕組をしてさっそく明日からの予定を考え始めた東風の横でイザネがジョージの仕事場を見渡して、ここにいる筈の人物が一人足りない事に気づいて口を開く。


「ところでエリルさんはどこ行ったんだ?」


「今メアリさんの夕食の後片づけを手伝ってますよイザ姐。

 居候してるだけじゃ申し訳ないって言ってました。」


「へぇ~。」


 エリルに関心するイザネの後ろでべべ王が大きく口を開けてあくびをした。


「エリルさんには明日話すとしよう。

 今日はもう疲れたわい。」


 まだ旅の疲れも抜けていないべべ王はそう言ってもう一度あくびをすると、母屋のベッドを目指して歩きはじめた。


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