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第四十四話 情報の真価

東風はようやく情報がもつ力に気づき、それを利用する術を次々と覚えていく。


~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~

 東風がジョージの作業場の入り口をくぐりながらイザネに話しかけた。


「なにか良い事でもありましたかイザ姐?

 先ほどより顔色が明るいように見受けられますが。」


 先にカイルと共に作業場に入ったイザネは首を振る。


「いや、別になにもないぞ。」


「まぁ元気になってくれてよかったわい。

 あまり心配をかけさせんでくれ。」


 作業机の前の椅子に腰かけたべべ王が髭を振るわせてにこやかに話す。

 薄暗い作業場にべべ王の黄金の鎧が光を反射して光っている。


「悪かったよみんなに心配かけちまって。

 で、話したい事ってなんなんだ東風?」


 イザネは東風が作業場に身体をねじ込む事に成功したのを確認して問う。


「実は例のトロル退治の件なのですが、急がねばならぬ様なのです。」


 作業場に集まったパーティメンバーの顔が一斉に東風に集まる。


「盗賊ギルドにたまたまハロルド男爵家に詳しい者がおりまして、冒険者ギルドに依頼を出した事情を聞けたのですが、それがあまりにとんでもないものでして……。

 要約して話しますと、一年ほど前にハロルド男爵が領地のリーフウッドの森で狩りをした際に遭遇した数匹のトロルと捕らえられてしまったそうです。

 男爵はトロルに命乞いをし、リーフウッドの森をそのトロル達に譲り渡すという約束をして一命を取り留めたそうですが、今ではそのトロル達が数を増し周辺の村にまで出没するようになり慌てて冒険者達に依頼を出した……という事なんです。」


 トロルは人をさらい、その肉を喰らうといわれる巨人である。

 力があるうえに肉体再生能力に優れるため退治するのも容易ではなく、そんな怪物が村の周辺に現れ始めたとなれば村人にとっては言うまでもなく死活問題である。


「村はまだ無事なのか?!」


 イザネが身を乗り出し作業場に集まった全員の表情も自然と鋭くなる。

 そこにいる皆が皆、依頼の全容を知りリラルルの村と今回の事件に巻き込まれた村を重ね合わせていた。


「わかりませんが、日が経てば経つほど事態が悪化する事は間違いありません。

 なにせトロル達は周辺から仲間を呼び集めて森で繁殖し、その数は今や百体を超えているようなのです。

 森から溢れ出たトロルが数体ほど幾つかの村の近くをうろつき被害が出始めたのだと聞いていますが、それも数週間前に男爵がギルドに依頼を出した時点での話です。

 森周辺の村々では自警団や村を囲う防壁を強化し対抗しようとしているようですが……」


 そこまで言って東風は言葉を一瞬詰まらせた。


「……恐らくは、かつてのリラルルの村と同様に追い詰められておりましょう。」


 バンッ!と段が机を掌で叩く。


「今すぐ助けに行こうぜ!」


「準備の時間も考えろよジョーダン。」


 いきり立つ段をカイルが諫めると、東風は一枚の布に書かれた地図を取り出して机に広げた。


「これがリーフウッドの森周辺の地図です。」


 皆がその地図を注目する中、状況をいち早く理解したべべ王が真っ先に口を開く。


「村のある位置が森を挟んで東西に分かれておるが、全ての村を守る事を考えるならパーティを2つに割かねば間に合わん!

 馬車を2台用意せねばなるまいのぅ。」


「例えパーティを2つに割ったところで5村もあるんだぜ。

 どうすんだよこれ?

 他の冒険者パーティを金で雇ってみるか?」


 地図の村を一つ一つを指で追って確認していたイザネが意見を挟むが、カイルはその意見に首を振る。


「一度に何匹のトロルを相手にするかも分からない危険な依頼を受ける冒険者がそう簡単にいるものかよ。

 それより各村に狼煙を上げさせて、俺達にトロルの襲撃を知らせて貰えばいいんじゃないか?

 狼煙を上げるのに使用する青杉の枝を仕入れておいて各村に配ろうぜ。」


「狼煙って?」


「煙だよ。

 大量の煙を焚いて、それを合図にするんだ。

 流石に森を挟んで向こう側の村から狼煙を確認するのは難しいだろうけど、西側と東側の村同士なら問題ない筈だ。」


「なるほど、チャット機能がない代わりにこの世界にはそういう通信手段もあるのじゃな。」


 イザネとべべ王がカイルの提案にうなずいた。

 一方、顎に手を当てて地図を睨んでいた段が東風に尋ねる。


「この街からその森までどのくらいの距離だ東風?」


「南に延びる街道を馬車で行くとして、1日半から2日くらいです。」


「くそっ!

 思ったより離れてるな。」


 苛立つ段の肩にべべ王が手を置いて落ち着かせる。


「今日の内に準備を整えて明日の早朝……この街の門が開くと同時に出発しよう。」


「ああ、そうだな……そうするしかない、だろうな。」


 段は渋々納得するが、すぐにも飛び出したくてうずいているのを隠せていない。


「地図はこの1枚だけなのかい東風さん?

 パーティを2つに分けるならもう1枚必要になるけど。」


「この地図も件の情報屋から譲って貰った物ですから、今から探して見つかるかどうか分かりませんし……」


 カイルに問われた東風は巻物を取り出して机の上に置く。


「いっその事、これに地図を書き写してしまってはどうでしょうか?」


「これは?」


「白紙の巻物というアイテムです。

 本来はこれに呪文を書き込んで使用する物ですが、ここでは紙の流通が乏しいため何かの役に立つのではないかと盗賊退治直前にクラン拠点に立ち寄った際に倉庫から火薬と一緒に数本持ち出してきました。

 カイルさんにも一本お渡ししておきます、マッピングにも便利でしょうから。」


 カイルは東風が新たにカバンから取り出した巻物を受け取って自分の道具カバンにしまう。


「その地図を書き写すのか?」


 冒険者達の相談が気になったのか、いつの間にかジョージが仕事場に入って来ていた。

 ジョージは置いてあった白紙の巻物を広げ、机の地図と見比べる。


「素人が不正確に書き写した地図など役には立たん。

 俺が正確に模写してやろう。

 いろいろあったが、確かに生活は楽になったのだから少しはあんたらの手伝いもしてやるさ。」


「今日中に頼むぜ親父。」


 カイルに言われてジョージの眉がピクリと揺れる。


「今日中だと?

 明日、街を出るのか?」


「そうじゃ。

 とはいえロジャーとの一件もあるから、ジョージさんの家族の護衛のために一人は街に残しておかんといかんな。

 済まんが東ちゃん、街に残ってジョージさん達を警護しててくれんか?」


 べべ王は東風を見上げた。

 ロジャーとジョージの諍いは、ジョージの一家をべべ王達が常に護衛していても怪しまれぬための言い訳にもなっていた。

 ジョージは彼等が本当に警戒しているのがフレイガーデンの刺客とは未だに知らない。


「はい、その役目なら私が最適でしょう。

 それに私がいない方が馬車を引く馬の負担も軽くなりますから。」


 東風はその口ぶりからも、自分が留守番役を引き受ける事になるであろうと予め考えていたのがみてとれた。


「頼んだぞ東ちゃん。」


 べべ王は安心したかのように椅子の背もたれに身を預けた。


「そうそうロジャーといえば、赤猫亭からの帰りにロジャーに雇われたゴロツキ達が襲ってきたぜ。

 返り討ちにしてやったけど。」


「は?なんだと!

 それは本当かカイル?

 怪我は?怪我はしてないのか?!」


 カイルの言葉を聞き、途端に地図を眺めていたジョージが総毛立つ。


「大猿退治を一人でやった話をしたのを忘れたのかよ親父?

 今の俺ならゴロツキに絡まれる程度、どうって事ないさ。」


 呑気に話すカイルとは対照的にジョージの顔が険しくなる。


「あんな話など信用できるものか!」


 カイルにそう言うや否やジョージは身体をべべ王の方に向け、顎を突き出してカイルの事を指す。


「とにかくあんた等は、こいつが無茶をしないように見張っててくれよ!

 世間の厳しさを知らんから、なにをしでかすか分からんのだこいつはっ!」


 カイルはたまらずジョージとべべ王の間に割って入った。


「もう邪魔だから親父は引っ込んでてくれよ!」


 カイルは二人の間に入ったまま東風の方を向き、思わぬ横槍で途切れてしまった話の続きを再開する。


「で、俺を襲ったグループのリーダーはマイケルって名乗ったんだけど……」


「本当の名前じゃないですよね、たぶん。」


 顎に手を当てながら東風が呟くようにカイルに言う。


「俺もそう思う。

 だから、印を付けといたよ。

 右手の甲に十字の傷、右の頬に痣がある盗賊風の男だ。

 盗賊ギルドで探せないかな東風さん?」


 カイルは自分の手の甲と頬を指でさして東風に説明する。


「でもカイルさん、その程度の傷ならポーションですぐに治してしまうんじゃないですか?」


 カイルは東風の言葉に首を横に振る。


「それは逆だよ東風さん。

 回復魔法を使える知り合いがいるのなら話は別だろうけど、浅い傷ならポーションを使うなんて金がもったいないからやらないよ。

 応急処置して自然に治るのを待つのが普通だね。

 だから手の甲に付けた傷もわざと浅く斬りつけたし、頬も軽く蹴っただけだから痣も目立つほどには腫れてはいない筈さ。」


「なるほど、その目印の付けた男を暫く泳がせてその近辺を洗えばロジャーと裏社会の関りも知れますし、弱みを握る事もできそうですね。」


 二人の会話を聞いて、ジョージの表情が明るくなる。

 ずっとロジャーの影に怯えて暮らすなど、ジョージには耐えがたい事だった。

 カイルは更に話を続ける。


「それから赤猫亭からの伝言なんだけど、夕方なら問題ないだろうってさ。

 なんか不都合があればここに連絡が来るってよ。」


「了解です。

 ありがとうございますカイルさん。」


 カイルと東風の会話もひと段落したのをみて、べべ王が椅子から立ち上がる。


「残るは街で巻き込まれた騒動の事をジョーダンに話すだけじゃが、これは後でも問題なかろう。

 とにかく今は腹が減った。

 先に昼飯にするとしようかみんな。」


 一同は塗料の臭いが染みついたジョージの仕事場を後にして、美味しそうな臭いが漂ってくる食堂へ吸い込まれるように向かっていた。



         *      *      *



「まさか、そんな酷い状態になっていたなんて。」


 東風に呼び出されたソフィアが、倉庫に放置された木箱の上で腕組みをする。


「ソフィアさんは、あの依頼についてどこまでご存知だったんですか?」


「依頼主の貴族が相当追い詰められた状態だって事と、内容がヤバすぎて誰もやろうとしない類の依頼だって事くらいかしらね、予想してたのは。

 金貨6枚のために百体を超えるトロルを退治しろなんて依頼だなんて、流石に想像できなかったわ。」


 ソフィアは頬にかかった赤髪を風にとかすように手で散らせた。


「ハロルド男爵家は、数年前に爵位を下げられ領地を減らされたため借金が多かったと聞いております。」


 ソフィアの正面に座る東風は、倉庫に積まれた木箱に僅かに寄りかかって話す。


「なるほどね。

 おまけに今年はウガーラ教の休息年。

 ウガーラ人の金貸しや政商達がこぞってお金の流れを止めてるから収入も更に減って、資金が底をついてるって訳ね。」


 東風はゆっくりとそれに頷く。

 以前マークとべべ王が馬車でしていた話を聞いていたため東風もウガーラ人に関する噂話を知ってはいたのだが、盗賊ギルドで出回っているウガーラ人の情報に触れる程その影響力の大きさを思い知るようになっていた。


「ともかく、我々のパーティは明日トロル退治のため私を残してこの街を離れます。

 ですのでソフィアさんにもジョージさんの一家を見張るのを手伝って貰いたいのです。」


「お金さえ貰えれば、あたしは構わないわよ。」


 東風の申し出にソフィアは笑顔で答える。

 彼女にとって、儲かる仕事が増えるのは望むところなのだ。


「それからもう一つ。

 ジョージさんと商人のロジャーが仲たがいしまして、ロジャーの雇った盗賊と思われる連中がカイルさんを襲いました。」


「知ってるわよ。

 赤猫亭のすぐ側での騒動だったからね。」


 ソフィアは自信ありげな様子で応えた

 赤猫亭のマスターと深い繋がりのあるソフィアは、あの騒動について東風以上にむしろ詳しいのだろう。


「襲撃犯のリーダーは右頬と右手の甲に傷を負ったらしいのですが、心当たりはあるでしょうか?」


 ソフィアは黙って掌を上に向けて前に突き出し、東風は銀貨を一枚その上に落とす。


「ジョージさん一家の見張りを手伝う分も込みということで。」


 ソフィアは銀貨をゆっくりと革袋にしまいながら話を再開した。


「ブライアンの事ね。

 前からロジャーと組んでたみたいだったし、襲撃に失敗して怪我をしたって話は聞いてるわ。

 もっとも、怪我を負った箇所までは知らないけどね。」


「ありがたい!

 長い付き合いがあるのなら、そのブライアンからの線を洗えばロジャーの弱みも握れそうですね。」


 東風は胸元で握りこぶしを作るが、ソフィアは革袋を結わえた縄を指に引っ掛けて回しながらそれを興味なさげに聞き流す。


「そんな面倒な事をしなくても、ブライアンを買収しちゃえばいいんじゃない?」


「買収……ですか?」


 買収などという方法を考えた事もなかった東風は驚きの表情をソフィアにみせる。

 ソフィアはその様子を楽し気に見つめながら再び口を開いた。


「ブライアンはお金次第で誰にでもつく男よ。

 ロジャーと組んでるのも当然お金のためなんだけど、ブライアンに支払う報酬を年々少しずつ削ってるから不満が溜まってるみたいなのよ。

 今なら簡単に裏切らせる事ができると思うわよ。

 今回の闇討ち失敗のおかげで仲間達の治療代の工面で大変らしいしね。」


 ソフィアの言葉を聞いて、東風は少し困ったように後ろ頭に手をやる。


「我々のお金も無限にある訳じゃないんですがねぇ。

 ロジャーとの決着が早々に付けられそうなのはありがたいのですけど。」


 盗賊ギルドで積極的に情報を集めるようになってからというもの、思った以上にべべ王から預かった資金の浪費が早くて東風は困惑していた。


(早いうちに一度クラン拠点に戻って追加の資金を取って来た方がいいかもしれないですね。)


 ソフィアは先ほどまで指で回していた革袋を掌に収めると、改めて思案している東風の顔を覗き込んで尋ねる。


「ねぇ、あんた達はあのカイルって坊やになにをしたのさ?

 ブライアン達に襲われた時、小指で剣を止めてみせたって聞いてるわよ。」


「小指で剣をですか……他ならぬソフィアさんからのお尋ねですし答えてあげたいのは山々なんですが、いつ裏切るか分からない人にこれ以上手の内を明かすのは怖いんですよ。

 すいません。」


「ウフフフフ。」


 悩ましそうに答える東風を見て、ソフィアは夕暮れの廃倉庫の中で楽しそうに笑った。



         *      *      *



 その日、ロジャーは酒を大量に飲んでから夜遅くにベッドに入った。

 カイルへの襲撃失敗の報告を言い訳混じりにするブライアンに怒り心頭したロジャーは彼を思う存分に罵倒したが、それでも怒りが収まらず夜遅くまで酒で憂さを晴らしていたのだ。


(どうにかしてブライアンより腕の立つ奴を探し出さねば話にならんか……くそっ!ジョージ1人のためにこんなに出費をする羽目になるとは……)


 ベッドに横になって尚、ロジャーは怒りで目が冴えていたが酔いとその日の疲れのおかげですぐに睡魔に襲われ気持ちよく寝る事ができた。


「…………」


 誰かが自分を呼ぶ声がする。


「……ロジャーさん、ロジャーさん。」


「うるさい……今何時だと思っている?

 明日にしろ、明日に。」


 ロジャーは部屋のドアに向かってそう言うと、ドアを背にするように寝返りをうった。


「……ロジャーさん、ロジャーさん。」


「うる……」


 ロジャーは今言おうとした言葉を止め、息を飲む。

 気付いてしまったのだ、自分の名を呼ぶ声は部屋の外ではなく部屋の中から聞こえてくる事に。


「誰だ!」


 ロジャーは布団を払いのけて暗い部屋の中を見渡すが、暗闇に目が慣れておらず人影すら確認する事ができなかった。


「ここですよロジャーさん。」


 ロジャーが声の主を探して天井を見上げると、そこには大きな2つの目が自分を見下ろしていた。


「おまえは……」


 暗闇に慣れてきたロジャーの目が、ようやく声の主を捉える。

 太った巨人がロジャーのベットの脇に座っており、その覆面から覗いた目がじっとロジャーの姿を捉えていた。


「おまえは、ジョージの所にいる巨人かっ!

 どうやってここに入って来た!」


 巨人の体はとてもこの部屋のドアを通れる大きさとは思えず、またロジャーの屋敷の警護の者の目をこの巨人がどうやってくぐったのか想像もできない。

 ロジャーは部屋から逃げ出して助けを呼ぼうと考え巨人の隙を伺うが、ロジャーの問いに対する巨人の答えは、”逃げる”という選択肢をロジャーから奪うものだった。


「あなたには、もっと先に私に聞くべき事があるんじゃないですか?

 例えば”この場所を、どうして私が知っているのか?”というのはどうでしょうかね。」


 巨人に問われロジャーの額に冷や汗が浮かぶ。

 ロジャーは屋敷をこの街に複数所持しているし、この屋敷の部屋数も半端ではない。

 今夜ロジャーがどこで寝るかを知っている者など一握りなのだ。


「なんだと……」


 うろたえるロジャーを上から眺める巨人が、その覆面から覗く目を僅かに細めた。


「ブライアンさんが裏切りましたよ。」


ガタンッ


 驚きのあまり後退ったロジャーがベッドの角に躓き、傍にあった棚に手を付いてその太った体を支える。


「当然、ブライアンさんの知っていたあなたの秘密は全て私の手の内にあります。

 あなたの隠し財産、愛人、役人に送った賄賂、裏社会との繋がり、商売でも法律に触れる事を幾つかなさっていますよね。」


 巨人は腰に下げていたランプに火を灯すと、巻物を取り出しロジャーの前に広げてみせる。

 そこには下手な字で書かれてはあったものの、ロジャーの秘密がびっしりと書き込まれていた。

 巨人はロジャーの顔が青ざめたのを確認すると巻物を丸めてしまい、ランプの火を消した。


「ご感想は?」


「な……なにが狙いだ!」


 身震いが止まらぬロジャーを見下ろしながら巨人が言葉を続ける。


「今後、ジョージさんの一家にも我々の仲間にも一切手を出さない事……これをお約束して下さいますか?」


 ロジャーは苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んだ後に、覚悟を決めたように口を開く。


「分かった、それで秘密が守られるというのなら安いものだ。

 だがそんな事より、いっそ俺と手を組まないか?

 なぜそんなにジョージに肩入れする?

 ジョージのような貧乏人より俺に付いた方が金になるのはすぐに分かる事だろう。

 決して悪いようにはしない!」


「ハハハハッ!」


 突然笑い出した巨人に同調するようにロジャーは芝居がかった笑顔を浮かべるが、その目が決して笑っていない事に気づいて笑みは引きつり不安げな表情の中に消えていく。


「ブライアンさんがなぜあなたを裏切ったか分からないのですか?

 長年手を組んできた相棒に支払う報酬も渋るような人と組む気はありませんよ。」


バサッ!


 そう言うや否や、巨人はベッドの上の布団をはがしてロジャーの上に被せ、その視界を塞ぐ。


「むぐっ、なっなにをする!」


 ロジャーが被せられた布団をどけた時、既に巨人の姿はなかった。

 部屋の明かりを点けたロジャーはドア・窓・そして床から天井まで探したが、巨人がどこから侵入したのかついに分からなかった。


「くそっ!」


 ロジャーは再び部屋に置いてあった酒瓶を手にする。

 疲れている筈なのにその目はもう完全に醒めてしまっていた。


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