第三十四話 祭りの夜
迎夏を祝うファルワの祭り。
この日を境にこの地の季節は入れ替わり、運命の輪は勢いよく回り始めた。
～消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ～
「アーサー！、ロム！、村に帰ったら沢山人参あげるからがんばれよーっ！」
イザネが村のみんなへのお土産を広げてそれを自慢をしながら馬車を引く馬達に声をかける。
東風さんの体重の事を考えた結果、べべ王は２頭立てで荷台も広い馬車を選んでいた。
馬はフィルデナンドが吟味の末にどちらかといえば荷運びに適した２頭を選んでくれていた。
俺達は、その馬車で沈みかけの太陽の光を受けながらリラルルの村に向かっている。
俺はゴータルートの街から出る際に魔術師ギルドの連中が妨害して街から出れないようにしてくるかともしれないと警戒していたのだが、そんな事を仕掛けて来る様子は全くなかった。
恐らく魔術師ギルドは、俺達が冒険者として依頼の受けやすい街に留まるものと考えてマークしていなかったのだろう。
「ふんふんふんふ～～～ん♪」
先ほどから段が鼻歌交じりに街で買ってきた花札の絵柄を眺めている。
どうやら村に帰ったらゼベックと賭けを楽しむつもりらしい。
俺も半ば無理矢理に段からルールを教え込まれたばかりだ。
揺れる走行中の馬車でなければ、今頃俺は段の花札の相手をさせられていただろう。
「べべ王さん！地図を見せて下さい！」
その異変に最初に気づいたのは、荷台の後ろに腰かけていた東風さんだった。
「どうした東ちゃん？！」
御者台で馬に鞭を入れながら俺と一緒にイザネの相手をしていたべべ王が、自分の道具袋を大声を出した東風さんの方に放ってよこす。
「道に馬の蹄の跡が……こんなに……」
東風さんはべべ王の道具袋からバンカーさんから貰った地図を取り出す。
「……ここから先は村への一本道で脇道すら地図にありません！」
俺は慌てて東風さんの脇から道を覗き込む。
（ッ！！）
１０？いや２０は超える数の新しい馬の足跡が俺達の馬車が走る街道の上に付けられている。
（俺達の留守中に村になにかあったのか？）
俺もようやく異変に気付いた。
「私はここで馬車を降りますので、全速力で村に向かって下さい。」
「わかった！」
べべ王が東風さんに返事をすると同時にガタンッと音を立てて馬車が傾く。
東風さんが馬車を降り、荷台が軽くなったのだ。
「揺れるぞみんな！」
べべ王が馬に鞭を入れ、馬車が速度を上げる。
べべ王も道についた蹄の跡を確認したのだろう、先ほどまでの緩んだ様子はなく声もすっかり厳しいものへと変わっていた。
俺は段とイザネと共に荷台の後ろへ移動して、そこから馬の蹄の跡を眺める。
「大丈夫だよな村のみんなは？」
「わからない……」
不安げなイザネの問いに俺はそう答えるしかなかった。
（往復した蹄の跡がある……数も30に届くかもしれない……）
身に付けたレンジャーの技能が、俺に知りたくもない不吉な情報を教えてくれる。
馬車と並走できる程の物凄い速度で走って俺達を追う東風さんもそれは同様だろう。
（魔術師ギルド……いや、違う！）
俺は頭の中に浮かんだ考えを即座に否定した。
魔術師ギルトが自由に活動できる範囲は街の中に限られる。
奴等が街の外にすぐに兵を派遣できる訳がないのだ。
（じゃあ、オークから逃げ出した盗賊達……）
それもありえない。
街道に出るという盗賊達の数はせいぜい１０人前後だった筈。
三倍近い数の、それもこれだけの数の馬を揃えられる大盗賊団がいるのならマークさんのような旅商人の情報網に引っかからない筈がないし、そもそもリラルルのような傾いた貧しい村を襲うためにそれだけの人数と装備を揃えるのも不自然だ。
「村が見えたぞ！」
べべ王の声と共に俺達３人は馬車の前方へと移動した。
村を囲う柵は見える、門も見える……が、そこにいる筈のダニーとクリスの姿はなかった。
代わりに俺の目に入って来たのは、地面に横たわる人影だった。
「クソったれがあぁぁぁっ！」
叫ぶや否や、段は御者台を乗り越えて減速し止まろうする馬車の前方を走り出し、イザネもそれに続く。
俺はべべ王の脇の御者台に乗り、村の様子を一望した。
柵にもたれて倒れるダニーには首がなく、倒れたクリスは鎧を剥がれ肌が露わになっていた。
ブライ村長と思われる男の背中には大きな血の跡があり、周囲にはヒールポーションの瓶と思われるガラスの破片が散らばっていた。
もう一人のうつ伏せに倒れた男は、その体格からゼベックとすぐにわかった。
俺はこれと同じような光景を見た事がある。
昔に見たゴブリンに襲撃された村……それは、今のリラルルの村よりも悲惨な光景だった。
が、しかしあの時と決定的に違うのは、地に倒れ骸となっているのが親しい知人・友人達である事だ。
辺りに漂う血の香りの中で頭をフル回転させ現状を理解しようとする一方、俺の中で急速に感情の一部が麻痺して現実感が消失していく。
（門の前に倒れる武装した二人の男は何者だ？）
俺は親しい者の死から意識を逸らすように、そちらに視線を向ける。
血を流し絶命しているこの男達はダニーとクリスが倒した村を襲った賊共の一員なのだろう。
（レザアーマー？……いや、レザーアーマーの一部に金属板を貼り付けたブリガンダインだ。）
男達の鎧は決して雑な作りではなく、村を襲ったのが普通の盗賊団ではなかった事を俺に告げていた。
「おいゼベック！
なにがあった！ゼベック！」
段がゼベックの安否を確かめるべく抱き起すが、その片目をくり抜かれた顔がこちらを向き彼の死を俺達に告げる。
ヒヒーンッ
鳴き声に驚き後ろを振り返ると、ただならぬ事態に驚いた馬達をなだめるべべ王と、そのすぐ後ろで東風さんが苦しそうに息を整えているのが俺の目に入った。
ハアッ……ハァ……
東風さんの息が異様に荒いのは、全力疾走だけが原因ではないのだろう。
村に視線を戻すとイザネが立ち尽くしている。
その小刻みに震える肩が、彼女が受けたショックの大きさを俺に伝えている。
「イザネ……」
俺はその肩に手で掴みイザネを落ち着かせようとしたが、俺の方を振り向いたイザネの口元は震え、歯がガチガチと音を立てていた。
「メ……メルル……」
そう呟くと、俺の掌からすり抜けるように肩の感触が消え、気づけばバンカーの宿へとイザネは駆け出していた。
＊ ＊ ＊
イザネを追って俺が宿に入った時、イザネは既に２階へと登ろうとしているところだった。
よく俺達が食事をしていたララさんの食堂は家探しをされたのであろう、乱暴に荒らされ、見る影もなかった。
俺が大急ぎで２階への階段に駆け登ると、イザネの声が宿に響く。
「うわぁぁぁぁっ！
離れろ！メルルから離れろネズミ共おぉぉぉっ！」
イザネに続き２階に到着した俺は、床に血まみれで倒れるララさんの横に奇妙な黒い塊を発見する。
（あの黒いネズミの塊かから伸びる小さな手は……まさか！）
「見るなぁぁぁっ---！」
俺は大声でイザネに怒鳴ったが、遅かった。
既にネズミ達は散り散りに逃げ去り、ネズミ達が群がっていたものを見たイザネは力なくその場にへたり込んでいた。
「…………べ……べべ王……みんなを蘇生させよう。
ギルド拠点の財産があれば街の寺院で蘇生できる筈だろ！」
イザネの震える声を聞いて振り返ると、俺のすぐ後ろにべべ王達３人が追い付いていた。
「もし金が足りなかったら、少しぐらい倉庫の素材を売ったって構わないだろ！
だから早くみんなを馬車に乗せて街へ……」
「無理だよっ！」
俺の声を聞いて涙を浮かべたイザネの顔が歪む。
「どうして！どうしてだよっ！
だって……」
「教会での蘇生が認められるのは貴族とか特別な身分を持つ者に限られるんだ。
例外的に冒険者でも蘇生が認められる場合があるけど、それもBランク以上に限られている。
それに、死体の状態が良くなければ蘇生なんて……」
俺は答えるのが辛かった。
その言葉にイザネがどれだけ悲しむか分かっていたのだから。
「そ、それよりお前達の方こそ皆を生き返らせる事ができるんじゃないのかよ！
ルルタニアの魔法やアイテムならできるんだろ？！」
俺はイザネから目を逸らしてべべ王に問う。
「ドラゴン・ザ・ドゥームに蘇生魔法もアイテムも実装されてはおらん。
ルルタニアの神殿に行けば蘇生も可能じゃろうが、わし等にはそこに戻る手段がない……」
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァァァッ」
イザネの絶望の叫びが辺りに響き、べべ王は床に倒れ伏して泣くイザネの方へ歩き、その傍らに力なく座り込むと彼女の背に手を置いた。
「チクショウ！
ゲイルのガキはどうした？
セリナさんやマーサさん、それにマーガレットのババアはどこだ？
生き残った奴はいないのかぁっ！」
段は大声でそう叫ぶと、ドカドカと宿の階段を駆け下りて行ってしまった。
「今ならば、まだ足跡も新しい。
私ならば村を襲った賊共の足取りを追えましょう。」
なにかを押し殺そたような声で、東風さんがべべ王に静かに提案する。
「頼む……だが、抜け駆けはしてくれるなよ東ちゃん。
この仇はクランSSSR全員で討つ。」
「心得ました。」
べべ王に返事をすると東風さんは俺の方に視線を向ける。
「凄いですねカイルさん、あなたが一番冷静さを保っているようだ。」
「俺は壊滅した村を以前にも見た事がありますから。
でも辛いですよ、親しい人のこんな姿を見るのは……」
東風さんは俺の言葉に答えるように目をしばしの間つむってから再び口を開いた。
「カイルさん、イザ姐の事をよろしくお願いします。」
そう言うや否や東風さんは踵を返して階段を駆け下りて行った。
「……遺体をこのまま放置しておく訳にもいかぬ。
わしとジョーダンで運ぶから、イザネはカイルと共に墓穴を掘ってはくれぬか？」
イザネのすすり泣く声が小さくなるのを待ってべべ王がイザネに問いかける。
俺もイザネを助け起こすために二人に近づいた。
「嫌だ！」
「イザネ……」
「俺がみんなを運ぶ。
べべ王達は墓穴を頼む。」
イザネはそう言って身を起こし、べべ王はそれを見てため息をつく。
「ならば、わしとジョーダンで村の広場に墓穴を掘ろう。
カイル、イザネを手伝ってやってくれ。」
べべ王はそう言うと、宿の階段を降りて行った。
俺はメルルを抱きあげようとするイザネを待たせ、メルルの瞼を指で閉じさせてやる。
「ララさんは俺が運ぶよ。」
イザネは力なく俺にうなずき、メルルを大事そうに抱き抱える。
俺は傍らに横たわるララさんの顔を持ち上げその瞼を閉じさせる。
メルルの事を必死で庇ったのであろう、ララさんの背中には何度も刺された跡があり、傷の血は既に乾き始めていた。
俺はララさんの遺体を持ち上げようとしたが、その力の抜けた冷たい身体は重くて持ち上がらない。
（死んだ人とはこんなに重いものなのか……）
俺はカバンから魔導弓を取り出すと、アタックアローを生成して自分の足にそれを撃ち込む。
以前は良くて1.2倍程度の筋力増強の効果しか期待できなかった俺のアタックアローも、この一か月余りの修行でかなりその効果が上昇している自信がある。
俺の予想通り、先ほどの重さが嘘のようにララさんの身体を俺は軽々と持ち上げる事ができた。
今の俺ならば魔法の効果時間も恐らく15分以上は保つだろう。
「さ、行こうララさん。」
抱えたララさんの身体から伝わってくる冷たさが、俺の心を絶望に染めていた。。
＊ ＊ ＊
広場に着くと、べべ王がスコップを使って一人で穴を掘っていた。
段はまだ残る村人を探してどこかへ行ったまま戻らぬようだ。
この広場は、俺達の歓迎会を村人達が開いてくれた場所だ。
広場の隅には段が酔ったゼベックに言われて落雷を落として岩を砕いた跡が未だに残っている。
「穴が掘れるまでもう少し時間が掛かる。
そこに寝かせておいてくれ。」
べべ王の指示に従い俺とイザネは母子の遺体を掘りかけの穴の脇に寝かせた。
「ちょっと取って来る物がある。
待っててくれ。」
イザネはそう言って駆けて行ってしまった。
「ちくしょおおぉぉ！
ちくしょおおぉぉぉーーっ！」
イザネと入れ替わるように村長の家の方の道から段の声が聞こえてくる。
「ゲイルのガキも！マーサもセリナもマーガレットの婆もみんな逝っちまったぁ！
みんな！みんな逝っちまったぁーーっ！」
涙でぐしゃぐしゃになった顔の段が広場に入って来た。
「向こうの小屋にスコップが余っている……手伝え……」
べべ王は段に広場の脇の小屋を指さした。
「ちくしょう……ちくしょう……」
段は肩を落としたまま小屋へ向かう。
「掘れたぞ、寝かせてくれ。」
俺がメルルの遺体を穴の底に寝かせると、イザネが広場に大急ぎで走って戻って来た。
その手には街で買った土産物の袋が握られていた。
「ちょっと……ちょっと待っててくれ。」
イザネはそう言うと袋から街で買ってきた大きな頭の猫のぬいぐるみを穴の底で寝るメルルに抱かせた。
「頼む……」
べべ王はイザネに促され、土の布団をメルルにかけはじめた。
＊ ＊ ＊
バンカーさんは腕しか見つからなかった。
イザネは狂ったように宿中を探し回ったが、どうしてもバンカーさんを見つける事ができず。
その腕だけを、メルルとララの眠る横に掘った穴に収めた。
＊ ＊ ＊
「こんなになるまでよくがんばったな……」
イザネはダニーの首を抱えて、その頭を撫でる。
「身体は俺が運ぶよ。」
俺とイザネは二人がかりで二つに別れたダニーを墓穴へと運んだ。
＊ ＊ ＊
「なにやってんだよ！」
いきなり服を脱ぎだしたイザネに驚いて俺は思わず大声を出す。
「だってクリスの奴、こんなに服をビリビリに裂かれててこのままじゃかわいそうじゃねーか。」
気付くとイザネは胸に布を巻き、赤いパンツにベルトをした、初めて出会った時と同じ格好に戻っていた。
イザネは脱いだ服をクリスの遺体に着せはじめる。
「これ羽織っとけよ。」
「すまねぇ。」
俺はとっさに上着を脱いでイザネに渡した。
＊ ＊ ＊
俺はゼベックを、イザネはブライ村長を抱えて広場へと向かう。
二人がそれぞれの息子と娘を救うために村の門へ駆け付け、そして殺されたと思うとやるせなかった。
「土産を渡しとくぜ、ゼベック。」
段はそう言って、ゼベックの墓穴に花札の入った袋を入れた。
＊ ＊ ＊
マーサさんとゲイルの遺体は村長の畑の中にあった。
俺とイザネは二人の身体に刺さった矢を一本一本丁寧に、遺体をなるべく傷つけないように抜いていく。
べべ王がブライ村長と共に耕した畑はすっかり踏み荒らされ、もう見る影もない有様だった。
＊ ＊ ＊
犬のロルフもマーサ親子のすぐ傍に遺体があった。
主人を守ろうとして命を落としたであろう忠犬の遺体をイザネはやさしく穴の底に寝かせ、街で買った首輪を一緒に置く。
「向こうでも、ゲイルを守ってやってくれよ。」
イザネはそう言ってロルフに別れを告げた。
＊ ＊ ＊
セリナさんの遺体はゼベックの鍛冶場にあった。
窯で顔を焼かれたその遺体には美人だったセリナさんの面影は残っていなかった。
あまりの惨状に嘔吐を抑えられないイザネに代わり俺がセリナさんの遺体を運んだ。
セリナさんに土をかける段の手は、怒りに震えていた。
＊ ＊ ＊
「婆ちゃんごめんよ！
助けられなくてごめんよ！」
イザネは床に倒れるマーガレットさんの遺体に追いすがるようにして泣いていた。
マーガレットさんの家の横の小屋も覗いてみたが、あれだけ沢山いたニワトリは一羽もいなくなっていた。
＊ ＊ ＊
マーガレットさんをお土産に買ったニワトリの飾りの付いた小箱と共に土に埋めた時には、既に日は落ち月明かりが俺達を照らしていた。
俺の魔導弓と段の杖の先に付けた魔法の光が辺りを照らしている。
「まだ村の入り口に仏さんがいたな。」
段が村の門に向かおうとするのをイザネが阻む。
「あれは村を襲った盗賊だぞ！
墓を立ててやる必要なんてねーよ！」
が、段もそれで止める気はないようだ。
「俺は坊主だぞ！
仏さんが転がってるのに放っておく訳にはいかねぇよ。」
その時、とっさに険悪な顔になった二人の間に割って入ったべべ王が俺に問いかける。
「この世界にも、弔わなかった死体がゾンビになる事があるのか？」
「ああ、あるよ。」
俺がうなずいて答えるとべべ王はいがみ合う二人に向かって話始めた。
「ならば、あの盗賊も弔わねばなるまいな。
この村をゾンビの徘徊する地にはしたくない。」
「わかったよ。」
べべ王の言葉を聞き、遺体を運びに向かおうとするイザネを俺は明かりを放つ魔導弓を持って追いかけていた。
＊ ＊ ＊
「これはクリスにやられたんだな。」
イザネは魔法の明かりに照らされた盗賊の遺体の傷口を見て、呟く。
「へっ、ざまぁみろ……俺の弟子に手を出すからそういう目に遭うんだ……ざまぁみ……ろ……。」
そう言ってうつむいたままイザネは動かなくなってしまった。
「く……うぅ……もっと厳しくあいつ等を鍛えてやればよかった。
例え嫌われたとしても、そうすればあいつ等は負けなかった筈なんだ……こんな奴等に……こんな奴等なんかに……うっ……ううぅぅ」
イザネのすすり泣く声が聞こえる。
俺はその泣き声が止むのを待って声をかけた。
「こんな奴等にいつまでも構ってて仕方ない。
すぐに済ませてしまおうぜ。」
「あぁ。」
俺とイザネはそれぞれ盗賊を乱暴に担ぐと、広場へと向かった。
＊ ＊ ＊
広場ではどこからともなく木の棒を集めてきたべべ王が俺を待っていた。
「これを墓標にするからみんなの名前を彫ってくれカイル。
わし等は、この国の字が上手く書けんのだ。」
俺は無言でその木の棒を受け取ってカバンからナイフを取り出す。
べべ王達はルルタニアから持ってきた翻訳用のアクセサリを耳に付ける事で言葉や文字の読み方を覚える事ができたが、文字の書き方までは実際に書いて練習しなければ身に付かない。
無理に書こうとしても、練習不足で歪んだ汚い文字にどうしてもなってしまう。
よって、この場で文字を最も上手く書く事ができるのは俺だけなのだ。
（ダニー・クリス・メルル・ララ・バンカー・ゼベック・セリナ・ブライ・マーサ・ゲイル・マーガレット・ロルフ）
親しい者達の名を墓標に刻む度に、薄れていた筈の現実感が戻り視界が滲んでいく。
「なぁ、あいつ等の墓はどうする？
なんて彫ればいい？」
俺は盗賊達を乱暴に放り込んで埋めた盛り土を指して問う。
「”悪党の墓”で充分じゃろ。
埋葬されるだけありがたいと思ってもらわんとな。」
ぞんざいに答えるべべ王の口調からも、奴等に対する憎しみが伝わってくる。
（”この村を襲った悪党の墓”と。）
俺はそれを乱暴に墓標に刻んで、そのまま段に放って渡した。
「遅くなって申し訳ありません。」
振り返ると暗闇の中から大石を担いだ東風さんが姿を現した。
「どうじゃ？
この村を襲った者達のアジトは突き止めたか？」
べべ王の問いに東風さんはうなずく。
「ええ、すぐにでも案内できます。
遅くなったのは、奴等のアジトを焼き払うには火薬の量が心もとなかったのと……」
そう言って東風さんは担いでいた大石を墓の後ろにドスンと置く。
「これを用意しておりましたので。」
俺は魔法で明かりを付けた魔導弓で東風さんの置いた大石を照らしてみた。
大石にはなにやら文字が刻まれていたが、その奇妙な文字を俺は読む事ができなかった。
「これは何語の文字ですか？
なんて書いてあるんですか？」
「これは日本語と言って、我々のマスター達がチャットを使う時に使っていた文字です。
書いてあるのは、私に思いつく限りの慰霊の文です。
本当はこの国の文字で書くべきなのでしょうが、私はこの国の文字は上手く書けませんから……」
東風さんと話してみて、俺はようやくその意図を察する事ができた。
「これは慰霊碑なんですね。」
東風さんは静かにうなずいて俺に返事の代わりにする。
「なぁ、俺はこの国のソールスト教なんて知らねぇんだがよ。
密教のやり方で経を唱えても問題ねーのかな？」
段が困ったように言うのを見て、東風さんが口を開いた。
「私のマスターが以前こんな話をしていたのを覚えています……。
沢山の国を侵略して大帝国を築いた皇帝が、予言者にこんな質問をした事があるそうです。
『わが帝国には４っつの宗教があり、４っつの異なる神がいるが、私が死んだら果たしてどの神に会うのだろうか？』と。
しかし予言者は笑って『どれも同じでございます。』と答えたそうです。」
「つまり、どういう意味だ？」
首を捻る段にべべ王が解説する。
「つまり、ジョーダンが経を唱えても問題ないという事じゃろ。
神は一つなのに、宗教が違うだけでそれが同じ物である事に皆は気づかないという意味じゃろうからな。」
「なんだ、それなら最初からそう言えよ。」
段の唱える経が夜空に響き、イザネが馬車から運んできたファルワ祭の料理に使われる筈だった果物が完成したばかりの墓に供えられる。
「さ、参りましょう。
賊共のアジトに案内します。」
段の読経が終わるのを待って、東風さんはそう申し出たが段はまだ墓の前を動かなかった。
「少し待ってくれ、ちょっと試したい事があるんだ。」
そう言って段は杖を取り、夜空に向かって呪文を唱え始める。
『のうまくさんまんだ ばざらだん せんだん まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん』
ドドーーーーンッ！
夜空の一点にどこからともなく光が集まり大爆発を起こして辺りを照らす。
「手向けになるかとやってみたが、やはり俺の魔法は花火の代わりにならないらしい……」
段は寂しそうにそう呟いた。
