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第三十二話 クソ野郎 対 クソ爺

試験官を引き受けたチコリーノもまた曲者だった。

カイルの願いを他所にギルド試験でのトラブルは加速していく。


~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~

「お、おいおい、それ魔法剣って奴か?

 そんな大層な奥義を身に付けてるなら、俺が敵う訳ねーよ。

 合格でいいよ、合格で。

 降参だ。」


 チコはべべ王が光の剣を出した途端に態度を一変させた。

 さっきまでの喧嘩腰が嘘のようだ。

 魔法剣とは、攻撃魔法を武器に纏わせて攻撃する技の事で、ナイトのように魔法と武技の両方を扱えるクラスの達人にしか習得できない技術だ。

 その威力は纏わせた魔法の威力によっても変わるのだが、並みの冒険者では太刀打ちできないものと思って間違いないだろう。

 ただし、べべ王のそれは刃に魔法を纏わせるのではなく魔力で刃そのものを形成している。

 魔法剣とはまた別の技術なのだろう。


「なんじゃ、もういいのか?

 せっかく剣を出したのに。」


 べべ王はてもちぶたさに光の剣を空中でブンブンと振る。


「ああ、もういい。

 もういいからその物騒な剣をしまってくれ。」


「ほい。」


 べべ王の掛け声とともに光の刃は姿を消し、そしてそれを見たチコがにこやかな表情を浮かべる。


(こいつ……)


 俺はその時はじめてチコの本当の狙い、策略を理解した。

 先ほどのイザネとギャレットの様子を見てチコはこう思ったに違いないのだ。

 こいつ等は”底なしのお人好し”だと。

 確かにそう思われても仕方がない。

 明らかに自分に悪意を向けていたギャレットに対してイザネは自分の持つ武術を親切に教えていたのだから。

 だから同じパーティを組んでいるべべ王の事もチコはお人好しに違いないと考えた。

 いや、それどころかギルドにやって来てからのべべ王の行動はただのバカにしか見えない。

 バカでお人好しなのに力だけはある。

 これだけの条件が揃っているのなら騙して利用するにはうってつけの相手だ。

 だからチコは見定めに来たのだ。

 べべ王達がどこまでお人好しで利用のできるおいしい相手なのかを。

 喧嘩腰でべべ王をからかって煽ってみせたのも、そこからの掌返しでそれまでの無礼をどこまで許すお人好しなのかを試すためのもの。

 べべ王が武器を隠し持っていなかった場合の芝居だって用意していたに違いない。

 全てはチコのシナリオ通りであり、そしてその狙い通りにべべ王の反応を導き出した。

 そして、もしそうだとすればチコは素直に自分を許してくれたべべ王のことを”コイツもすぐに騙せるお人好し”なのだと判断した筈だ。

 ここまでくれば恐らくチコは次の行動に入るだろう。

 自分をべべ王に信用させ、油断させるための懐柔の策を仕掛けて来る筈だ。

 お人好しで騙すのに容易いべべ王達を完全に自分の鴨にするために。


「しかし、このまま試合もせずに合格というのもなんだか味気ないのぉ~。

 どうじゃ?わしはこの盾しか使わぬから試合をしてみんか?」


 べべ王はニコニコと不自然に微笑むチコの方に向けて大きな顔の彫られた盾を振り回してみせる。


「いや、けどよぉ……あんた強そうだし俺なんかじゃ敵わないよどうせ。

 もしさっきの態度が気に食わないっていうなら謝るぜ。

 よそ者にあまりデカい顔をされたくなくてつい……な。

 でもそんな事より……」


「まさか、ナイフすら持たぬ爺さんに怖気づいたのか?チンコリーノくん?」


ブッ!


 俺は思わず吹き出していた。

 見れば、周囲のやじ馬達もクスクスと笑っている。

 チコは完全にべべ王の性格を読み間違えていた。

 このジジイはイタズラされたらイタズラで返すし、おまけにそれがやたらとしつこいのだ。


「おい爺さん。

 いくらなんでも……」


「チコチコチンコ~♪チコチンコ~~♪チンコチコチコチンコッコ~~~♪……」


 調子に乗ったべべ王が歌いだした。

 こうなったべべ王はひたすらにウザい。

 だからこそ俺達はべべ王がこの状態に突入しないように普段から気を付けていたのだが、それを知らぬチコはべべ王のスイッチを思いっきり最悪の形で押してしまっていた。

 そう、この爺さんに”悪ふざけ”をする口実を与えては絶対にいけないのである。


ギャハハハハハッ


 あまりにもバカバカしい歌にやじ馬達が声に出して笑い転げ、笑顔のチコの額がみるみる赤に染まる。

 チコの化けの皮は完全に剥がされていた。


「なぁ爺さん……本当に盾しか使わないんだな?」


 チコが笑顔を引きつらせながらべべ王に尋ねる。


「ああ、もし盾以外の武器を使ったら不合格にしてもいいぞチンコくん♪」


ブンッ


 チコの笑顔が一瞬で憤怒に変わり、大斧がべべ王に振り下ろされる。


ガンッ……


『痛い……』


 べべ王がチコの一撃を盾で受け止めると、顔の彫られた大盾がいつもの様に文句を言う。

 そしてチコはその声を聞いた途端、顔を青ざめて動きを止めてしまった。


「隙だらけじゃの……」


ガインッ!


 べべ王が盾を振るうと大斧はチコの手から吹き飛び、ギルドの二階の壁に突き刺さる。


オオオォォッ!


 やじ馬達から驚きの声が上がり、一斉に上を見上げる。

 チコの顔は絶望に歪んでいた。


「ジジイなにしやがった!

 その呪いの盾で、この俺にどんな呪詛をかけやがったぁっ!」


 青ざめたチコがべべ王を怒鳴る。


「これは只のおしゃべりな盾じゃよ。

 プ~~~クックックックッ……。」


 怯えるチコをべべ王は指をさして笑う。


「本当か!本当に呪いの盾じゃないんだな!」


「ああ、そうじゃよ。

 臆病な奴じゃのぅ、クスクスクスクス……」


 人は自分の考えている事を他人にも投影させる。

 俺ならこう考えるから、相手もそう考える筈だ……と。

 だからチコはこう考えていた筈なのだ。

 ”俺がべべ王の立場なら、呪いの盾を使って自分に呪いをかける”と。

 何のことはない、自分の心を鏡で覗いてチコは怯えているのだ。


「さて……」


 べべ王はギルドの二階に刺さった大斧を見上げる。


「このままではギルドの人に迷惑がかかってしまうのぅ。

 お~い東ちゃ~ん!」


 べべ王はそう言いながらギルドに入って行き、東風さんを連れて戻ってくる。


「あの斧取って。」


 ギルドの裏口に身体をねじ込む東風さんに向かってべべ王は子供がねだるような口調で言う。


「あんまり派手な事はしない手筈じゃなかったんですかべべ王さん。」


 東風さんは呆れたようにそう言うと、音もなく跳躍して刺さった斧を引き抜いてチコの前に着地する。


「あなたの斧ですよね?」


「あ、あぁ……」


 チコは東風さんが軽々と片手で差し出す斧を重々しく両手で受け取った。


「で、試験は合格でいいんじゃろ?

 チンコロリーノくん?」


 べべ王の問いに、チコは怒りで震えながらうなだれるように頷く。

 二人の勝負は完全についたのだ。



         *      *      *



「ちょっとちょっとアンタ達!用が済んだのならここから出てってくんない?

 これから東風さんのシーフの試験なんだから。」


 うなだれるチコと、それを取り囲んだままのやじ馬達の後ろから突然ソフィアさんの大声が響く。

 この広場の奥の方にはシーフの訓練用に使う小屋がある。

 ソフィアさんはそこで東風さんの試験の準備をしていたのだろう。


「さ、試験の邪魔よ!

 みんなギルドに戻ってちょうだい!」


 ソフィアさんは訓練所の広場に集まったみんなを一喝した。

 シーフのクラスの試験はなるべく人に見られないようにするのが基本だ。

 盗みの手口が広く知られてしまえば、それに対策されてしまい仕事がしにくくなってしまう。

 例え同業者であろうと、盗みの技はなるだけ秘匿するのが基本なのだ。


「ごめんなさい。」


 べべ王はソフィアさんの前に進み出て頭を下げるとギルドに駆け足で戻り、その後に続くようにやじ馬達がゾロゾロとギルドへ歩き始める。


「あんな太った大男がなんであんなに高く飛べる……おかしいだろ……」


「なんであんなとぼけた爺さんが魔法剣なんか……」


 ギルドに引き上げるやじ馬達のボヤキが聞こえる。

 そこにはべべ王達に対する称賛など一言も含まれていない。

 べべ王達に対する愚痴や文句ばかりが聞こえてくる。

 そして、それは彼等が俺達に向けた悪意の正体でもあった。

 俺やキース達はべべ王達が異世界から来た事を知っているからこそ、彼等がどんな滅茶苦茶な強さを発揮しようが、我々の世界の常識が通用しないのだから仕方ないと思える。

 また、俺はまだまだ冒険者として積み上げた物が僅かだ。

 だから自分の遥かに上を行く冒険者が幾らいようとそれは仕方ないと思えるし、これから積み上げればいいと思っている。

 けれど彼等はべべ王達が異世界の住人だった事も知らなければ、俺と違って冒険者として山ほどの経験を積み上げて自信を付けて来た。

 しかし、桁外れのべべ王達の力をいきなり見せつけられた彼等は自身が積み上げてきた物を根底から崩されてしまうのだ。

 彼等にとってべべ王達は自分達の今まで作り上げてきた世界の破壊者でしかない。

 肩を落としてトボトボとギルドに戻るチコがそれを象徴しているようだった。


「ちょっと、なんであんたまで戻ろうとしてんのよ。」


 やじ馬に混じってギルドに戻ろうとした俺の腕をソフィアさんが掴む。


「ガーフから聞いたわよ、あんたが居ればこの人達がやらかした時にフォローして貰えるんでしょ?

 嫌よ、なんかあった時にアタシだけで対処しなくちゃならないなんて。」


 ああ、そんな風に俺の事を説明していたのかガーフの奴……確かに間違いじゃないけど。


「フォローはしますけど、俺だってできる事に限りがありますよ。」


 俺はそう言いながら東風さんと試験の場となる広場の隅の小屋へと向かった。



         *      *      *



「さ、東風さん。

 この小屋に侵入して中の杖を取って来て。

 言っとくけど、意地悪でこの小屋を選んだ訳じゃないのよ。

 このギルドのシーフの試験はいつもこの小屋を使ってるんだから。」


 試験の小屋は東風さんが入るには小さ過ぎるものだった。


「大丈夫ですよソフィアさん。

 この国の建物のサイズにはもう慣れてますから。」


「ルルタニアの建物ってそんなに大きかったの?」


「そうですね、洞窟も建物もだいたい中型モンスターが通れるくらいのサイズのものばかりでしたよ。」


「なんでモンスターのサイズに合わせて建物作ってんのよ?」


 東風さんの話を聞いてソフィアさんは困惑する。


「では、杖を取ってきますね。」


 東風さんはそう言うといつものように影に潜り、ドアと地面の隙間を通り抜けて小屋に侵入した。


「ちょっと!何よあれは!」


 驚いたソフィアさんが俺を問い詰めようとする。


「ニンジュツっていうらしいですよ。

 ルルタニアの技術なんだそうですが、原理は俺もわからないです。」


 俺の話している間にソフィアさんの傍で影が不自然に膨れ上がり、それがあっという間に杖を持った東風さんの姿へと変わった。


「この杖ですかソフィアさん?」


「え、ええ合格よ。

 でも確かにこれは、何も知らない人が見たら大騒ぎになるわね……。」


 東風さんの差し出す杖を受け取りながらソフィアさんが言葉を続ける。


「できれば鍵開けや罠を外す技術も見たかったんだけど……。」


「そういう事なら、今からやってみましょうか。

 影に潜ってしまえば大抵の鍵は無視できるので、最近では殆どやってなかったんですよね。」


 そう言いながら東風さんは腰に下げたバックを開け、やたらと柄の太い工具を取り出して小屋の鍵穴の前に座り込んだ。


「あ、意外と簡単でしたよこれ。」


 数十秒もかからぬ内に、小屋のドアがギィと軋んで開けられる。

 仕掛けられているはずの罠も発動した様子はなかった。


「もういいわよ。

 影に潜れるだけでも、並みのシーフじゃできない仕事が山ほどできるわ。

 その目立って仕方ない大きな体もハンデにならないくらいにね。」


 ソフィアさんは腰に片手を当てて東風さんを見上げて言った。



         *      *      *



「え?こんなに!?」


 東風さん達と共にギルドに戻るとフィルデナンドがマリーさんにオーク達の鼻の入った袋を差し出して懸賞金に換金しようとしているところだった。


「べべさん達と一緒だったからね。

 私達だけではこんなに倒せなかったよ。」


「あ、なるほどそういう事ですか。

 お金を用意してきますからちょっと待ってて下さい。」


 マリーさんは受付の奥へと引っ込んでしまった。


「よぉ、試験はどうだった?」


 こちらに気づいたフィルデナンドがソフィアに声をかける。


「合格よ。

 未だに自分で見たものが信じられないんだけど、なんでガーフがアタシにお金を払ってまで頼み込んできたかよく分かったわ。」


 そう言いながらソフィアさんは受付のカウンターに片方の肘を置く。


「あら、もう試験は済んだのソフィア?」


 そう言いながらマリーさんが受付の奥から戻り、フィルデナンドにオーク退治の謝礼を渡す。


「ええ、あっという間に課題をクリアされちゃったわ。

 合格よ。」


「それ、本当なの?」


 驚いて目を丸くするマリーにソフィアが話を続ける。


「侵入も開錠も罠解除も問題なし。

 欠点があるとすれば変装ができそうにない事だけど、それ以外は完璧よ。

 実際に見てもらわないとマリーにも信じられないかもしれないけど。」


「あたしはソフィアが言うなら信じるけど……

 あ、おめでとうございます東風さん。

 もう聞いてるかと思いますがギルド試験が終わっても盗賊ギルドに加入してからじゃないと冒険者としての本登録はできませんので、先に盗賊ギルドでの登録を済ましてまたいらして下さい。」


「ええ、その辺の事情は既に心得ていますよ。

 盗賊ギルドへの案内もよろしく頼みますよソフィアさん。」


 東風さんはすぐに盗賊ギルドに向かうつもりだったようだが、ソフィアさんが待ったをかける。


「はいはい、今から馬車を手配してくるから待っててね東風さん。」


「私は徒歩でも構いませんが……」


「そういう問題じゃないのよ東風さん。

 盗賊ギルドの場所は部外者には決して教えないの。

 だから目隠ししてどこに向かうかわからない状態で馬車に乗せて近くのアジトに連れてって、そこで盗賊ギルドに忠誠を誓わせてからギルド本部に連れて行くのよ。

 だいたいアナタが歩いて盗賊ギルドまで行ったら目立って仕方ないじゃない。」


「随分用心深いんですねぇ。」


「当たり前でしょ!

 盗賊ギルドの存在は、いわば公然の秘密なのよ。

 裏社会の窓口組織みたいなものなんだから。

 あんたも、盗賊ギルドに入ったらそんな裏社会の一員になるのよ。

 本当に理解してる?!」


 呑気な東風さんにソフィアさんが喝を入れる。

 盗賊ギルドとは、いわばこの街の政府と犯罪者が手を組むための組織だ。

 如何に政府が法を厳しくしようと一定数の犯罪者はどうしても生まれるし、如何に政府が厳しく取り締まろうとそれを根絶やしにする事も不可能だ。

 であれば犯罪者の頭目と裏で手を組んで、政府の組織と犯罪者の組織でお互いに利益を損ねぬように協力した方が得策という訳だ。

 そして裏社会を統括して表社会と協議を行う組織として盗賊ギルドが作られたのだ。

 最近ではギャングの経営するカジノに元警備兵隊長の用心棒がいる事だってザラなのだが、これも盗賊ギルドを介して兵隊長に再就職先をあてがった結果である。

 また、シーフクラスの冒険者とは早い話が犯罪をする技術を持った冒険者である。

 当然、政府としても冒険者ギルドとしても、こういう危険な技術を持つ者は盗賊ギルドに入れてその管理課に置いた方が都合がいい。

 その冒険者が万が一その技術を悪用して犯罪を起こした時を考えると、その方が安心できないのである。

 盗賊ギルドに所属する犯罪者であれば、盗賊ギルドを介して話を付ける事は簡単だが、未登録の犯罪者はその足取りを追う事も面倒なのだ。

 そしてシーフクラスの冒険者にとっても盗賊ギルドに入る事には大きなメリットがある。

 それは盗賊ギルドに加入すればこの街の裏も表もあらゆる情報を手に入れられる事だ。

 最もそれには盗賊ギルドに出入りする情報屋達との付き合い等、ギルド内のネットワーク構築も必要になる事ではあるのだが。

 そして、これらの事を東風さんがわかっているかというと……


「たぶん東風さん、そういう事全然わかってないですよ。

 ソフィアさん空いた時間で説明お願いできます?」


 俺がそう言うと、それに続いて東風さんもソフィアさんに頭を下げる。


「すいません……。」


 ソフィアは黙って机の方に歩きガフトの前に掌を上にして手を差し出した。


「なんだよソフィア?」


「追加料金。

 聞いてないわよこんなの。」


「ええーっ!」


 ソフィアの料金請求に驚くガフトを庇うように東風さんが前にソフィアさんの進み出る。


「あの、代金でしたら私が……」


 しかしソフィアさんは不機嫌そうな顔で東風さんに向き直る。


「あんたねぇ、あたしはガーフに要求してるんだから黙って見てたらいいじゃない。

 なんで自分から金を払おうとしてんのよ?」


「いえ、お世話になるのは私ですし……」


「そういう事を言ってるんじゃないわよ。

 裏社会の一員になるなら、もっとしたたかに図々しくならなきゃ駄目って事よ。」


「はぁ……。」


「仕方ないわね、あなたが一人前になるまで盗賊ギルド内の事はあたしが世話してあげるわ。

 その代わり、今度街に来た時にはあたしの仕事も東風さんに手伝って貰うからね。」


「ええ、その程度の事でしたら。

 よろしくお願いしますソフィアさん。」


「だから、あたしがどんな仕事をやらせるかも分からないのになんでそんなに安請け合いできるのよあんたは?

 そういうとこなんだからね。」


 東風さんはデカい体を小さく縮めるようにしてソフィアさんにやり込まれている。

 ソフィアさんが東風さんにどんな仕事をさせるつもりなのかは気になるが、盗賊ギルドの事は任せてもよさそうだ。


「じゃあ、俺達もそろそろ魔術師ギルドに行こうかジョーダン。」


「おうっ!とっとと面倒な事は済ませてしまおうぜ。」


 俺が声をかけると、段はすぐに席から立ち上がった。

 これから魔術師ギルドで起こるであろう騒動を考えると、俺は気が重いのだが段がそれを気にしている様子はない。


「君たちの分のオーク討伐の分け前はべべ王さんに預けておくよ。

 いろいろ大変そうだけど、がんばってな二人とも。」


「任せときなキース!」


「ありがとうございます。

 キースさん達もお仕事がんばって下さい。」


 キースさんの優しい声に励まされながら、俺と段は冒険者ギルドを後にした。



         *      *      *



「でっけぇ建物だな~。」


 段が魔術師ギルドの建物を見上げて声を上げる。

 はたから見れば典型的な田舎者の反応だろう。

 魔術師ギルドは冒険者ギルドの近くの大通りに面した場所にある。

 その建物の広さは冒険者ギルドとその裏手にある訓練所の面積の広さを足しても半分にも満たない程だ。

 そして建物の大きさと立地条件の差は、両組織の手にした利権の大きさにも比例しているのだ。

 冒険者ギルドは所詮は冒険者を纏めるだけの存在。

 いわばモンスター退治などに便利に使える傭兵集団を抱える組織だ。

 これに対して魔術師ギルドは、この街の魔術に関する全ての利権を握る組織であり、冒険者ギルドに所属する魔術師などはこの組織にとっては落ちこぼれや、魔術師ギルド内の権力抗争に敗れて左遷された魔術師に過ぎない。

 この組織の幹部やエリート連中は、貴族や役人や富豪達と組んで魔術に関する利権を独占し、裕福な生活を送っている。

 魔術師ギルドの幹部に要求される能力は魔力の大きさや魔術の技術ではない。

 魔術の知識と、そして利権を巡る権力闘争を生き抜くための政治力だ。

 利権を使って多くの者の生き血を吸う伏魔殿。

 これこそが、魔術師ギルドに対して俺が抱いているイメージだった。


「さ、いくぞ。」


 俺はギルドでの騒ぎもあり嫌な予感がしていたが、平静を装って魔術師ギルドの重厚なドアを押す。

 が、そのドアの先は静かだった……。

 俺の後ろの段の姿は既に確認している筈なのに、事務員達は黙々と自分に与えられた仕事をこなし、ざわつく声やこちらを伺うようなヒソヒソ話の声も聞こえない。


「なんだ、カイル達が脅すから身構えていたが、どうって事なさそうじゃねーか。」


 別に今まで身構える様子など一切なかった段が耳を疑うような事を言う。

 だが、静かなのは逆に不気味だ。

 ガッついて来ないという事は、それだけ相手に余裕があるという事でもある。


「ご用件はなんでしょうか?」


 魔術師ギルドの三角帽子の制服を着た女性の事務員が案内に来た。


「魔術師ギルドに登録に来たんだよ俺の。」


 段はそれにぶっきらぼうに答える。


「ではこちらの窓口にどうぞ。」


 案内の事務員に段と俺が順に続いて窓口に向かう。


「魔術師ギルドへの登録を頼む。」


「ルルタニアの大上=段様ですね。

 こちらへどうぞ。」


 事務員は段が名乗る前から、その事を知っていたかのように近くの個室に段を案内しようとする。

 どう考えてもこれは、魔術師ギルド側であらかじめ準備がなされている。

 ヤコブの報告を受けて平静を装いつつ俺達を待ち構えていたと考えるしかない。

 俺は段の後に続き個室に入ろうとしたが……


「すいません。

 お付きの方はあのソファーにかけてお待ちになっていて下さい。」


 案内の事務員の女性によってそれを制止されてしまった。


「あ、はい、でも彼はこの国に来たばかりでこの街の事情もよくわからないと思いますので……。」


 だが、俺がそれを言い終わらない内に案内の女性は言葉を被せる。


「そういうお客様の対応も心得ておりますから大丈夫ですよ。

さ、あちらでお待ちになってください。」


「……わかりました。」


 何を言っても言いくるめられるだろうし、それでも引き下がらなければガードマンを使ってでも俺を排除するつもりであろう事は容易に想像ができた。

 俺はそう答えて素直に広い部屋の隅に据えられたソファーに座るしかなかった。


(最悪だ。

 この世界の事を、とりわけ街や魔術師ギルドについて何も知らぬ段を一人にしてしまうなんて……)


 俺は段の入った個室を湧き上がる不安に堪えながらひたすらに凝視していた。


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