第三十一話 悪意の試練
冒険者ギルドでアバター達に向けられる視線は、一部の者達の思惑もあり悪意を含んだものに変わっていった。
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
俺と段がギルドに戻ると、その周囲を囲むように冒険者達が取り巻いていた。
みんな突然の騒動にどうしていいかわからず慌ててその原因を確認しようと考えもなしに集まったのだった。
「おい!今のはなんだ?!」
「俺は魔法を本気で撃ってみろと言われたから、そうしただけだぜ。」
前に進み出たファイタークラスと思われる鎧を着た冒険者に段はそう答えて、マリーさんの待つ受付に向かって歩き出し、俺もそれに続く。
試験官を務めた年配のソーサラーの姿は既にギルドになく、揺れているギルドの入り口のスイングドアが彼がそこを通過したであろう事を伝えている。
「合格でいいんだろ?」
受付の前に仁王立ちした段がマリーさんに問う。
「はい。
でも登録の前にちょっと確認をさせて下さい。
別の国で冒険者をしていたと聞きましたが、いったい何処の国でランクはどのくらいの冒険者だったか教えて頂きたいのです。」
騒ぎを見て段が只者でない事を悟ったマリーさんが、早速その身元を確かめるべく質問をする。
「ここから遥か東の海を越えた先にあるルルタニアって国で冒険者をしていた。
ランクっていうのはよくわからないが、最高レベルには到達してたぜ。」
段の答えを聞いてギルドがまたざわつき始める。
ルルタニアのくだりはあらかじめ質問されるであろう事を予測し打ち合わせをしておいた嘘だが、段はそれ以外については正直に答えてしまっていた。
なるべく目立つのを避けるなら”最高レベル”というのは伏せておいた方が良かった情報だ。
もしべべ王達の尋常ならざる力が知れ渡ってしまったのなら、それを利用してやろうと考える連中がこの街には山ほどいる。
彼等に付き合わされて権力闘争等に巻き込まれる事は、べべ王達にとって最も避けたい事の一つに違いないのだ。
「最高レベル……ですか……
あの、ですがルルタニアというのは聞いた事もない国ですし、ここで冒険者として登録するのなら最低ランクのFからしか登録できないのですが構わないでしょうか?
当ギルドとしても、こちらで実績のない冒険者に対して高いランクを与えると信用に関わってしまいますので……。」
マリーさんは段の言葉に動揺しながら、そして遠慮しがちにギルドの都合を告げた。
「別に構わないぜ。」
「では、冒険者として仮登録をしておきます。
ここでソーサラーとして依頼を受けるのであれば、この街の魔術師ギルドへの登録が必要になります。
ですので本登録は魔術師ギルドのギルド員プレートを取得されたのを確認してから行います。
段さんは魔術師ギルドの場所はご存知でしょうか?」
「ああ、魔術師ギルドにはこいつに案内して貰う予定だ。」
段は斜め後ろに立っていた俺の方をチラッと見てマリーさんに答える。
「じゃ、あとで案内よろしくなカイル。」
段はそう言うとこちらに向かって走って来たイザネとパンッとハイタッチして自分の席に戻って行く。
「よしっ、次は俺の登録を頼む。」
ホッと息をつく間もなく、マリーさんにイザネが話しかける。
「俺はイザネ。
段と同じくルルタニアで戦士やってた冒険者だ。
登録を頼む。」
「ええっと、ファイタークラスですよね?」
「そうっ、それで頼む。」
「では、ファイタークラスの試験官を務めてくれる方は……」
その時、受付の傍でそれを待ち受けていたかのように声が上がる。
「俺がやってやる!」
まるでイザネが登録試験を受けるのを待ち構えていたかのように、マリーさんが募集をかけると同時にギャレットが名乗りをあげる。
「いいぞー、ギャレットー!やっちまえーっ!」
どこからともなく野次が飛んでくる。
この野次はまともなギルド試験など期待していない。
試験を口実にしたギャレットのリベンジマッチを見世物にしたいだけなのだ。
「あの、もっとベテランの方に試験官をお任せした方が……」
マリーさんがギャレットに気を遣って提案する。
先ほどのイザネとの騒動をみれば、ギャレットがムキになって仕返ししようとしたところで同じ結果になる事は容易に想像できる事だ。
「俺がやるって言ってるんだ!
黙ってろよマリー!」
ギャレットはマリーさんを怒鳴りつける。
「乱暴な奴だな。
俺は誰が相手でも構わないぜマリーさん。
試験の場所はさっきと同じでこのギルドの裏でいいのか?」
イザネがギャレットの態度に呆れたように言う。
「ええ、そうです。」
「じゃ、行こうぜ。」
イザネはギャレットに親指でギルドの裏を指さす仕草を見せてから、スタスタと歩きだす。
「ケッ!」
ギャレットはそう毒づいて床に唾を吐くとイザネを追うように歩き出し、更にその後を囲むようにやじ馬達が続く。
(チコの奴……)
見ればやじ馬に紛れてチコがニヤニヤとしながらギャレットの後を追っている。
あの態度は微塵もギャレットの心配などしていない。
むしろチコが面白がってギャレットをイザネにけしかけたのかもしれない。
(仲間を一体なんだと思っているんだ!)
俺はギャレットに訓練所時代の借りが……いや恨みがある。
あの頃にギャレットがしていた事を思えば、今アイツがこんな扱いを受けているのも自業自得なのかもしれない。
だが、今の奴の姿を見ても俺の溜飲は下がらなかった。
もしも俺がデニムのパーティではなくチコのパーティに入っていたのなら、今あの姿を晒しているのは俺だったのだ。
(けど、イザネならギャレットに怪我をさせる心配もないよな。)
やじ馬連中の中にはギャレットがどんな酷い目に遭うのか、残酷な興味を掻き立てられている者もいるのかもしれないが、イザネはそんなショーを披露する訳がない。
ギャレットは恥をかく羽目になるだろうが、せいぜいそこまでだ。
それ以上の騒動にはならないだろう。
(むしろ問題なのはさっきの段の方か。)
あのソーサラーの手によって魔術師ギルドに噂はもう広まっているのかもしれない。
なんとかうまく誤魔化して、騒ぎが広まるのを防がなければ……。
(あ、そういえば。)
俺は心配そうに裏の訓練所の方を見るマリーさんに話かけた。
「あの、マリーさん。
デニムの事をなにか聞いてませんか?」
キースさん達に話を聞いてデニムが俺と別れてすぐに冒険者を引退した事は知っていたが、その後どうなったかまではキースさん達も知らなかった。
チコの奴はもしかしたら何か知っていたかも知れないが、アイツとはあまり話したくもないしデニムと仲が悪かった事もあり真面目に答えるとも思えなかった。
「デニムさんは、ルルさんと一緒に故郷に帰ると言っていましたよ。
確かポラートだったと思います。」
「ポラートですか……。
ありがとうございますマリーさん。」
ポラートとと言えばこのゴータルートの街から馬車で数週間の距離にある街だ。
一度世話になった礼を言いに行きたいのだが、暫くの間は尋ねて行けそうもない。
ワーーッ!
突然、裏の訓練所の方から歓声が上がる。
(もう勝負がついたな。)
俺はイザネの勝利を確信してテーブルに戻った。
「ねぇ、アタシは東風さんをなるべく目立たないよう試験に合格させて欲しいって頼まれ てここに来たんだけど、もう手遅れじゃないの?」
ソフィアが段の方をジト目で見ながら言う。
本来であれば、一番目立ちしそうな東風さんをなるべく静かに騒ぎを起こさずにギルド試験をクリアさせるため、シーフクラスの知り合いに東風さんの試験官をやってもらう計画だったのだ。
しかし、一番手の段の時点で既にギルドは大騒ぎになってしまっていた。
「今更、焼け石に水だと思いますがやってくださいソフィアさん。
たぶん他の人がやったらもっと大騒ぎになる筈なんで。」
「まー、お金もらってるしアタシはいいけどさ……」
そう言ってソフィアさんは言葉を区切って大きな伸びをする。
「でも、半端な奴を合格させたって事がバレたらアタシは冒険者ギルドからも盗賊ギルド からも信用を失う事になるのよ。
だから試験の内容に手は抜けないからね。」
そう言いながらソフィアさんは少し心配そうに、スープをすする東風さんを見上げる。
「問題ないでしょ、東風さんなら。」
「そうそう、動きも信じられないくらい早いんだ。
並みの盗賊じゃ追い付けないぜ」
俺の意見にガフトも同意するが、ソフィアさんは呆れたように首を振る。
「あたしはあんた達の能天気さの方が信じられないわよ。」
「まぁ、問題はヤコブの方でしょうね。」
フィルデナンドが話に割り込む。
「ヤコブ?」
心当たりなさげに尋ねる段にフィルデナンドが呆れたような顔をして額を抑える。
「ジョーダンさんの試験官を務めたソーサラーですよ。」
「ああ、アイツかぁ。」
段はその事をさほど気にしてないのか呑気にエール酒をあおる。
「あの人は魔術師ギルドでそれなりの地位にある……というか、地位にあった人でしてね。
最近落ち目だから手柄を立てて地位を回復したがってるんですよ。
ジョーダンさんの件も間違いなく魔術師ギルドで大騒ぎしてますよ。」
ウンザリした顔をみせるフィルデナンドだが、魔術師ギルドに段を連れて行くのは俺の担当だ。
できればフィルデナンドにも一緒に来て欲しいのだが、午後からキースさん達はマークさんの手伝いに向かわなければならないので付き合って貰う訳にもいかない。
「ところで本当に落雷の魔法って気象現象を操っているのかいジョーダン?」
俺には落雷が天候操作を要する魔法だとは未だに信じられないでいた。
もし段が使用した魔法が本当は天候を操る魔法でなかったのなら、魔術師ギルドで騒ぎが起こっていたとしても収める事は容易だろう。
「知らねーよ。」
……知らないだって?
段の返答に俺は耳を疑った。
「なんで魔法を使ってる本人が知らないんだよ?」
「ルルタニアにいる頃はあれが普通の呪文だったからな。
俺だって便利で使いやすい魔法程度にしか考えてなかったんだよ。」
「過去に召喚勇者がもたらした知識によれば、落雷は天候によって起こる現象らしいですよジョーダンさん。
私も理屈は知りませんし、本当の意味できちんと理解している学者もそう多くないらしいのですが。」
俺と段の埒があかないやりとりを見かねたフィルデナンドが助け船を出してくれた。
しかしフィルデナンドの言う通りならば落雷魔法の一件は誤魔化す事が可能なのだろうか?……いやフィルデナンドも知っている事なのだから魔術師ギルド内にその知識に詳しい者がいても不思議ではない。
どうやらそれなりのトラブルを覚悟しなければならない事態のようだ。
「まいったなぁ……。」
笑顔でエール酒を飲み干す段とは対照的なシケた面で俺はエール酒の入ったコップに口をつけた。
「それより、イザネさん達遅くないか?
もうとっくに試験が終わってていい頃だろう。」
俺はキースさんに言われてギルドの訓練所の方を慌てて見る。
やじ馬達に囲まれてるせいで裏手の窓からは何が起こっているのかわからないが、時折笑い声や口笛の音が聞こえてくる。
「なにをやってるんだ?」
俺は慌てて席を立つ。
イザネの事だから滅多な事はないと思うのだが、この世界の常識に疎い事は彼女だって他の3人と変わりがない。
訓練所に続くドアを開けると、一緒について来たガフトがその光景を見て呆れたような声を出す。
「ははは、イザネさんらしいなこれは。」
俺に続いてギルドの裏口をくぐったキースから笑顔が漏れる。
訓練所の広場の真ん中で、イザネはギャレットに剣の指導をしていた。
「だから、そこがいい加減なんだよ。
フォームが崩れてるじゃねーか。」
「こっこうか?」
「いや、もう半歩くらい右足は前。」
イザネがギャレットの足の位置を手で修正すると、やじ馬達から冷やかす口笛ピューッと響いた。
なんてことはない。
もうとっくに勝負は付いていたのだろうが、イザネがいつものような世話焼きをギャレットにしていたようだ。
しかし、おかしい。
ギャレットの事だからこんな見世物にされたらメンツを潰されたと怒り狂いそうなもの なのだが、なぜか楽しそうな顔をしている。
先ほど復讐する気まんまんでイザネの試験官を名乗り出たのはなんだったんだろう。
「あの試験の方はどうなっているのでしょうか?」
なかなか戻ってこないイザネ達を心配したのか、いつの間にかマリーさんが俺のすぐ後ろまで来ていた。
「登録試験なら終わっている。
合格だ。」
ギャレットは今更ながら緩んだ顔を厳しく引き締めてマリーさんに返事をすると手で軽くイザネに挨拶をしてから俺の脇を通ってギルドへと引き上げてしまった。
* * *
ギルドに戻ると受付に立つ東風さんがマリーさんを待ち受けていた。
「次は私の登録試験をお願いします。」
「ちょっと待ってて下さいね。
先にイザネさんの登録証を発行しちゃいますから。
あっ、それからギャレットさん……」
マリーさんは受付に駆けて戻るとギャレットに試験官を務めた報酬の銅貨を差し出した。
「ふん。」
ギャレットは不機嫌そうに銅貨を鷲掴みにして受付を去り、マリーさんは棚から羊皮紙を出してなにやら書き込みはじめる。
これがギルドに正式登録を記録する書類となるのだろう。
そして羊皮紙の入っていたのと同じ引き出しから小さな金属のプレートを取り出すとイザネに差し出した。
これが冒険者の身分の証明書となるギルドの登録証だ。
プレートに刻まれたギルドの紋章がそのギルドに登録済の冒険者である事を示し、その脇に刻まれた番号とギルドの名簿を照合する事でプレートの持ち主を特定できる。
プレートの両脇には穴があけられており、冒険者はそこに細い縄を通して首や手首にかけて身に付けるのが一般的だ。
俺も矢避けの魔法がかけられたマフラーの下に登録証をぶら下げている。
「サンキュー!
ひゃっほーっ!」
イザネは登録証を持ってクルッと回転する。
「おめでとうございます、イザネさんは当ギルドのFランクの冒険者として登録されました。
これから当ギルドの冒険者として信用を落とさない行動を心がけて下さい。」
マリーさんが機械的にイザネに本登録完了を告げた。
俺はバックから細い縄の束を取り出してイザネに放る。
「ほら、これで結わえとけよ。」
「おっけー。」
イザネはそれをキャッチするとべべ王達の待つ机に戻り、プレートの穴に縄を結わえはじめた。
「では、えっと……」
マリーさんはイザネの登録書類をしまって東風さんを見上げる。
「東風です。
仲間と共にルルタニアから来ました。
シーフクラスの登録試験を希望致します。」
「シ……」
マリーさんが硬直し、こちらに聞き耳をたてていた冒険者達もざわつき始める。
「あ、試験官はあたしがやるわね。」
ソフィアさんが東風さんの前に進み出る。
「本気なのソフィア?」
マリーさんは素に戻ってソフィアさんに話しかける。
「こんな大きな人がシーフクラスって……それに知り合いだからってわざと手を抜いた試験なんてしたら……。」
「あたしだって、それくらい分かるわよ。
試験はちゃんとやるし、大きな騒動も起こらないようにしたげるから……ね。
マリーもこれ以上のバカ騒ぎに付き合うのは疲れるでしょ。」
ソフィアの提案にマリーさんは少し指を顎にあてて考えたのち頷く。
「わかった。
それじゃあ、ソフィアに任せるからくれぐれも問題を起こさないようにね。」
「じゃ、試験の用意してくるから東風さんは待ってて頂戴。
シーフクラスの試験は用意が面倒なのよ。」
「はい、よろしくお願いします。」
ソフィアさんは訓練所に向かい、東風さんは席に戻ってソフィアさんの用意の終わるのを待つが、それと入れ替わるようにべべ王が受付にやってくる。
「では、先にわしの登録試験を頼む。
出身はこやつ等と同じで騎士をやっとる。」
「え、あ、はいナイトクラスですね。」
休む間もなくマリーさんが手続きを始める。
「試験官を務めてくださるプリーストクラスの方はいらっしゃいますか?」
マリーさんが声を張り上げる。
貴族はともかく庶民でナイトクラスを持っている者など殆どいない。
よって、ナイトの冒険者登録試験を行う際はナイトの合わせ持つ2つの特性、プリーストとファイターの資質試験を別々に行う事が多い。
「では私がやろう。」
1人のタバコのパイプをくわえた神官風の冒険者が進み出た。
「私はソールストの神官アルバだ。
よろしく。」
「べべ王じゃ。
よろしく。」
アルバの差し出した手をべべ王が握り返す。
「では、さっそく……」
そう言うや否や、アルバは自分の人差し指の先をナイフで斬りつける。
「さて、あなたの神聖魔法でこの傷を治せますかべべさん。」
「ふむ、『ヒール』っと。」
腰に下げていた小ぶりな杖をべべ王がかざすと、アルバの傷があっという間に塞がってしまう。
「お見事……フゥ~~~ッ。」
アルバはべべ王が魔法をかけた人差し指に向かって息と一緒にタバコの煙を吹きかける。
なんらかの術がかかっているのだろう、煙はゆっくりと形を変え龍の姿になって消えた。
「ほう、白龍の加護を授かっておりますな。」
「それって異教徒って事ですか?」
マリーさんが不安げな声をあげる。
この国ではソールスト教徒以外を敵とみなしている。
異教徒とわかるだけで牢に繋がれてしまい、最悪火あぶりとなるのが常なのだ。
もっとも最近ではソールスト教徒同士でも宗派の違いによる争いが激化しており、ソールスト教徒だからといって必ずしも安心できる訳でもないのだが。
「ははは、我等プリーストは神の加護によって奇跡を起こしますが、ナイトの中には聖獣の加護を受けて奇跡を成す者も少なくないのですよ。
聖獣達と特別な契約を結んだのか、もしくは代々聖獣の加護を受けた一族の出身なのでしょう。
聖獣の加護を受け継ぐ一族は貴族や王族ばかりと聞きますし、王を名乗るのも道化ではなく本当に王族の血を継いでいるのからではないのですか?」
『王である!』
アルバはまともに答える気のないべべ王のワンパターンな芸に口元を歪ませるが、すぐに表情を戻す。
「もし異国の王家の血を引いておられるのなら、冗談でもそれは止めておいた方がいいですな。
そんな人物が街に紛れ込んだとなれば、どんな厄介ごとに巻き込まれても仕方がありませんから。」
「ごめんなさい。」
「はははは、掴みどころのない御仁だ。」
頭を下げるべべ王を素直に笑い、アルバはマリーさんの方を見る。
「プリーストとしての資質は合格ですよマリーさん。」
「あ、はい。
ありがとうございましたアルバさん。」
アルバはマリーさんから受け取った銅貨を革袋に詰めながら、自分の席へと戻って行った。
「では続いてファイタークラスの試験官を……」
「そいつは俺が引き受けてやるぜマリー。」
今度はチコがニヤニヤしながら名乗り出た。
何を企んでいるのだろうか?
段の試験もイザネの試験も見ていたのだから、べべ王の実力とて半端でない事は予想できるだろうに、なんでわざわざ相手をしてやろうだなんて考えるのだろう?
チコの性格からいって真面目に試験官をやるとも思えないし、向上心から強い相手に挑戦しようと考えた訳でもないだろう。
「じゃあ、チコリーノさん試験官をよろしくお願いします。」
「ついて来な爺さん。」
マリーさんの了承の返事が終わらないうちからチコは訓練所の方へと歩き始めていた。
べべ王がチコを追うと、その後にまたやじ馬達が続く。
チコが何を企んでいるのか気になった俺も急いでその後を追う事にした。
* * *
ブンッ!
訓練所に出たチコは広場の中央に進み、背負った戦斧を勢いよく構えた。
「爺さん、これから俺と試合してアンタのファイターとしての資質を見せてもらう訳だが、アンタの武器はなんだい?
武器も持たずに試合場に立つような間抜けを俺は合格にする気はないぜ。」
「くっだらねぇ!」
俺は思わず大きな声を出していた。
要するにべべ王が大盾しか持っていないのを見て、それを不合格にする口実にして困らせてやろうという考えだったのだ。
俺の声を聞いたチコが物凄い顔をしてこっちを睨んだが、負けずに睨み返してやった。
「武器ならこれでよかろう?」
べべ王が大盾を構えるが、チコは待ってましたとばかりにニヤリと笑う。
「おいおい、ボケてんのかよ爺さん!
そいつは防具だろうが!
武器を出せよ!武器を!
剣でも槍でもいいから持っていないのか?
まさかナイフ一本すら持ってないなんて事はないよなぁ!
それともあんたの国では武器も持たずにナイトを気取れたのかぁ?
いくら未開で野蛮な国でもありえねぇぜ!」
ギャハハハハハッ
品のない笑いが訓練所に集まった冒険者達から上がる。
残念ながら、冒険者にはガラの良くない連中が多い。
ギャレットのように喧嘩ばかりしていた不良がそのまま冒険者になったような連中から、チンピラまがいの連中などなど、暴力で世の中を渡って来たような者が集まっている。
魔術師や神官にしたって、品行が悪すぎて公職に付けなかった者達が集まっている。
デニムさんもキースさん達もハッキリ言って少数派なのだ。
だからこそチコにとってはこのギルドは居心地がいいのだろうし、チコに味方してべべ王の足を引っ張ってやろうという奴等がここに集まっているのだ。
(こんな揚げ足取りで悦に浸れるなんて、なんて安っぽい連中なんだ……)
俺は怒るよりも、呆れ果てていた。
そしてそれはべべ王が武器を隠し持っている事を知っているからこそ抱けた感想でもあった。
「剣があればいいのじゃな?」
べべ王は腰に下げていた小さな杖を構える。
「ハハハハハッ!
おいおい爺さん、その杖のどこが剣だって……」
ブゥゥ……ン
鈍い音がして、べべ王の杖の先から光の刃が伸びる。
「これで問題なかろう?」
べべ王が光の剣の切っ先を地面に向けると、そこに落ちていた石がその光に吸い込まれるようにシュゥゥゥッと消滅していくのが見えた。




