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第二十九話 街

この世界の街は、村でしか生活したことのないアバター達にとっては意外な場所であった。


~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~

「うっひゃあ~!

 こんなに混んでいるのかよ。」


 街の門の前に並ぶ馬車の列を見て、イザネが悲鳴をあげる。


「祭りの前日ですからね、明日はもっと混みますよ。」


 御者台から振り向いてマークさんがこちらに声をかける。

 馬の手綱はべべ王にまかせて、マークさんはリラックスしてのんびり順番を待つ構えでいるようだ。


ウモォーッ


 周囲を見渡すと街を覆うように耕された畑とそこで働く農夫達、それに彼等が農作業に使う牛達の姿が見える。


「まぁ、イライラしても仕方がねぇさ。」


 そう言ってガフトが小さな木の札を袋から取り出し、馬車の荷台の床に並べ始める。


「それは何かのゲームですか?」


 俺が尋ねるとガフトはニヤッと笑う。


「これは花札っていうゲームで、この世界に来た異世界勇者様が作った遊びさ。

 役さえ覚えれば簡単にできるぜ。

 どうだ、これでさっきのオークの懸賞金の取り分をかけるっていうのは。」


「面白そうだな、俺はのったぜ。」


 さっそく段がガフトに同調する。


「お前も一緒にやろうぜ東風。」


「いえ、残念ですが私はそのサイズの大きさの物は小さすぎて上手く扱えないんですよジョーダンさん。」


 東風さんは大きな手を広げてみせる。


「でもルールだけ聞かせていただけませんかガフトさん、そのゲームには興味があります」


「俺はゲームのルールを聞いて面白そうだったら参加するぜ。

 金をかける前に何ゲームか練習はさせてくれよなガーフ。」


「いいぜイザ姐、少しくらいならハンデをくれてやってもいい。」


 イザネもこういう遊びは好きなようだ。

 俺もルールが理解できそうなら参加するつもりで身を乗り出したが、キースさんとフィルデナンドは乗り気ではないようだ。

 二人ともこの種のゲームは苦手なのか、それとも以前にガフトにかけで巻きあげられた経験でもあるのだろうか。

 もし後者なら要注意だな。


「それよりいいんですかべべ王さん、オークの懸賞金を山分けにして。

 僕等3人は一匹も倒してないんですよ。」


 なるほどキースさんはそれを気にしていたのか……


「それならわしだって何もしとらんわい。

 東ちゃんがあっという間にオーク共の首を刎ねてもうたからの。

 じゃが、手柄の大小でパーティ内の分け前の分量を決めればどうなる?」


 御者台からべべ王がこちらを振り返ってキースさんに問い返す。


「確かにそれをやったら手柄の取り合いになりますし、パーティ内の諍いの元になりますね。」


「わしらは今、一つの多人数パーティのようなもんじゃろ。

 なら分け前は平等に山分けにするのが一番じゃよ。」


「話が分かるじゃねーかじいさん。」


 ガフトが嬉しそうな顔をべべ王に向ける。


「って訳だからよ、遠慮する事ねーんだぜ。

 お前も一緒にやれよフィル。」


 ガフトがニヤニヤしながらフィルデナンドを誘うが、フィルデナンドは気が乗らないかのように重そうに腰を上げて木の札の近くに座りなおす。


「構いませんよ。

 ですが、今度イカサマをしたら只ではおきませんよガーフ。」


 ガフトはそれを聞いて慌てるが、もう手遅れだった。


「おっと、そいつは聞き捨てならねぇな。

 どういう事か説明してもらおうか、ガーフ。」


 段がガフトに満面の笑みで迫っていた。


「次!

 この馬車の荷物を改める!

 いいな!」


 その時、馬車の外から聞き覚えのない大きな声が聞こえてきた。

 どうやらゴータルートの衛兵が、怪しげな馬車が混ざっていないか見回りに来たようだ。

 段の注意が外に逸れたのを見てガフトはそそくさと、荷台に広げた木札を袋にしまう。


「ええ、構いませんよ兵士さん。」


「そっちの派手なじいさんではなく、おまえがこの馬車の持ち主なのか?」


 マークさんが兵士達に対応するが、それを見た兵士達は訝しがる。

 確かに身なりで判断するのなら、べべ王の方が雇い主に見えてしまうだろう。


「王である!!」


 いつものべべ王の大声が聞こえ、俺とキースさん達は青ざめる。

 あのバカじじい、こんなところで王を名乗ったりしたらヤバい事もわからんのか!


「王?!……」


「ああいえ、この人は私の雇った冒険者です。

 どうやら道化師見習いでもある変わり者のようでして……」


 マークさんが慌てて取り繕う。


「む、なるほどな、その派手な身なりは道化師のものなのか。

 しかし、今のネタは笑えんぞ。

 王族を詐称した事が、役人や貴族の耳に入れば罪に問われかねんからな。

 作家とて劇中の王族の扱いには気を遣うものだというのに、まったく命知らずのじいさんだ。」


 この馬車の確認に来た3人の衛兵の内、隊長とみられる人物はそう言うとマークさんの案内で荷台の後ろにまわろうとするが……


「お、おいなんだこの巨人は!」


 荷台のホロからのぞく3メートルの東風さんの巨体を見てたじろく。

 部下の兵士達も一斉に持っていた槍を東風さんの方に向ける。


「なんだと聞かれましても、私は普通の冒険者ですよ。

 こちらの街での冒険者登録はまだなのですが。」


 困ったようにそう言う東風さんの陰からガフトが媚びた笑みを衛兵にのぞかせている。


「この者も、私の雇った用心棒です。

 先ほども街道でオークに襲われた時に助けてもらったばかりです。」


 マークさんは慌てて隊長の前に進み出て弁解をする。


「オークだと……確かにこの体格ならオークとも互角に戦えそうだが。」


「退治した証拠のオークの鼻も取ってありますよ。」


 驚く隊長に荷台の上からフィルデナンドが、オークの鼻を入れた袋を振ってみせる。


「ふむ、しかしオークか……」


「確か数年前、街道近くに出現したオークの群れを退治した事がありましたよ隊長。」


 顎に手を当てる隊長に部下の兵士が、ささやく。


「それは覚えている……が、あれ以来オークは我々を恐れて森から出てこなくなった筈だが……。

 そのオークは何匹いたのだ?」


「9匹いたぜ、確か。」


 イザネが元気よく答える。


「9匹!」


 部下の兵士の一人が声を裏返らせる。


「どうやって9匹ものオークから逃げ……いや退治したのか?まさか……」


「疑うなら確認してみたらいかがです?

 9匹分ありますよ。」


 尚も納得いかない様子の隊長にフィルデナンドがオークの鼻の入った袋を差し出した。

 隊長は袋の中身を改め、東風さんの方を向いて話し始める。


「いや、おみそれした。

 手練れの冒険者ですら2人で1匹のオークを退治するのが普通だというのに、余程腕がたつのだな。

 恐らくは、街道を荒らしていたという盗賊達がオークの巣穴にでも迷い込んで、オーク達に人の味を思い出させてしまったのだろうな。

 報告によれば街道を荒らしていた盗賊は10人足らずだったようだし、もし9匹ものオークと鉢合わせしたのなら一溜りもなくあっという間に食われた事だろう。

 ま、そうでなかったとしてもオークのうろつく街道に留まる盗賊もおるまいし、盗賊の件も同時に片付いたと考えるべきだな。」


 機嫌よく話す隊長の様子をみるに、どうやら東風さんへの衛兵達の警戒は解けたようだ。


「ではこれより荷を改めよう。

 おかしな物は積んでおらんだろうな!」


 隊長がわざとらしく大きな声を出すと、それを待っていたかのようにマークさんが小さな袋を差し出した。

 隊長は、それをさも当然の事であるかのように懐にしまうと荷を改め始める。


(冒険者になってまで、この嫌な光景を見る羽目になるとは思わなかったな。)


 あからさまな賄賂の受け渡し光景をみて、俺はこの街にいる親父の姿を思い出していた。



         *      *      *



「くっせえな、なんだこれ。」


 長い馬車の行列を並びやっと街に入った思えば、その途端にイザネが悲鳴をあげる。

 しかしそれも無理もない、村に比べれば街は格段に臭う。

 壁で囲われているため臭いが篭るというのもあるかもしれないが、街が臭うのは主にトイレ事情のせいだ。

 村では汲み取り式の便所もあったし、便所がなくてもそこいらの森でする事だってできたが、街では道に糞尿を捨てるのが主だ。

 道の脇には糞尿が流せるように溝があるが、それで窓から糞尿を道に捨てる人々に対応するには無理がある。

 貴族達に流行のハイヒールやマントも確かにカッコイイが、元を正せば街を歩く時に遭遇する糞尿を避けるために考えられたものだ。

 まして今は祭りの前日で、街は人でごった返している。

 その臭いはいつもに増して強烈なものだ。


「ダニーの言った通り、確かに祭りの飾りつけは見事なものじゃが、これはたまらんのう。

 わしらは街ではなくリラルルの村に住めて幸運じゃったわい。」


 御者台から降りて、石畳を歩きながらべべ王も街への不満を口にする。


「皆さんは強いからそんな呑気な事が言えるんですよ。

 巨大な壁に守られた街での安全な生活は我々にとっては憧れなんです。

 現にあなた達が付いていなければ、私は先ほど遭遇したオーク達によって命を奪われていましたよ。」


 苦笑いをしながら御者台の上のマークさんが言う。


「という事は、マークさんはここに住めないんですか?」


 不思議そうに東風さんが尋ねる。

 東風さんの巨体は自然と町人達の注目を集め、周囲からどよめき声が上がっている。


「よそ者が街に住むには市民権を買う必要がありますが、それが高いんですよバカみたいに。

 我々冒険者ならば一定期間の滞在が許されますが、そもそも冒険者の仕事自体が命がけですし、ギルドの仕事をサボったまま滞在期間が過ぎてしまえば冒険者の資格をはく奪のうえ街から追い出されますから。」


 こちらに集まる人目を気にしながら歩いていたフィルデナンドが東風さんの問いに答える。


「だがよ、カイルが街から出て冒険者になった気持ちがわかる気がするぜ。

 ここにずっと住んでいたら息が詰まりそうだ。」


「まぁね。」


 俺は段に本心を隠すように気のない返事をした。

 ”息が詰まる”というのは当たらず度も遠からずだが、やはり少し違う。


 現実は確かにマークさんの言う通りなのだ。

 生存の欲求は人間の欲求の中で最大のものだ。

 街の環境や臭いを気にする者がいるとするならば、それは生存の危機を抱く必要もない者だけだろう。

 しかし俺はこの街の中で、それをエサにして権力者が人々を従える姿を……権力者に媚びる父の姿を嫌というほど眺めてきた。

 だからこそ俺は、その生存欲求に対して自分から背を向ける冒険者という生き方を選んだ。

 例えそれが夢想であろうとも物語の中の英雄のように生きたかったし、無理だとしてもそれに近づく道を俺は選んだのだ。


「やっぱそうだよな!

 男なら!スリルを求めて飛び出すもんさ!

 カイルも俺達と同じって訳だ!」


 なにを勘違いしたがガフトが俺の肩を抱く。

 本当にこの人はお調子者だ。


「でもさぁ、それならリラルルの村を俺達の手で安全な村にしちまえば、住みたがる奴も 多いんじゃないか?

 絶対この街より住みやすくなるぜ。」


 イザネの思い付きの一言に俺はハッとする。

 権力者に媚びへつらわずに安全に暮らせる場所。

 街を捨てた今の俺にとって、その提案はこれ以上ない程に理想的なものだった。


「なるほど面白そうじゃのぅ。

 クラン拠点を皆で力を合わせてレベルアップさせたように、あの村をワシ等の手で発展させるのも面白そうじゃ。」


「そうですね、オーク達を退治してわかった事ですが、この世界の魔物は我々が戦いを求める相手には弱すぎます。

 それならば、別の事を目標にした方が楽しめるのではないかと私も思います。」


「……そうだな、そいつも悪くねぇな。」


 べべ王も東風さんも乗り気のようだし、段も少し考えてからそれに賛同した。


「ははは、これから冒険者ギルドに登録に行こうって人の会話に聞こえないな。」


 キースさんは笑ってそれを聞き流すと、御者台の上からマークさんがこちらに大きな声で指示を出した。


「目的の商会はそこの角を右に曲がってすぐですよ。

 着いたらすぐに荷下ろしを手伝って頂きますから、話の続きはその後でお願いしますね。」


 東風さんの事を見物しに集まった群衆をかき分けるように、マークさんの操る馬車は右へと進路を変えた。



         *      *      *



「あー、こっちのも可愛い。

 なぁ、カイルどっちがいいと思う?」


 ゴータルートの街で一泊した翌日、イザネが露店の櫛屋の前で俺に尋ねる。

 街での買い物にはキースさん達も手伝ってくれる事になっている。

 昨夜の話し合いの結果、ファルワ祭の料理の材料の買い付けは段とキースさんとガフトが、クランSSSR用の馬車の買い付けはべべ王と東風さんとフィルデナンドが、そして村への土産物の担当が俺とイザネが担当する事になっている。


「俺にはよくわかんねーよ、そういうのは。」


「なんだよ、つれないなぁ。」


「そんな事言われてもなぁ。」


 イザネに意見を求められても、俺にはどの櫛だって似たよう物にみえてしまう。

 ましてクリスのような女の子にどんな櫛を喜ぶかなんて俺には想像もつかない……いや、つくわけがないだろ女性と付き合った事なんて全くないし、兄弟もみんな男ばっかだったんだから。


「お嬢ちゃん、良い櫛が欲しいならこれなんかいいんじゃないかね?」


 店のおばちゃんがニコニコしながら鮮やかな色の櫛をイザネに勧める。


「えー、でもちょっと派手じゃないかこれ?」


「いえいえ、こういう櫛が最近では喜ばれるんですよ。

 少々値は張りますが、この見事な色と装飾は……」


 ああ、これは高い櫛を売りつけるつもりだな。


「いや、俺もこの櫛はちょっと派手すぎると思うぜ。

 クリスには似合わないんじゃないかな。」


 俺はわざと大きな声でおばちゃんの声を遮る。


「やっぱ、そうだよな。

 俺もこっちの櫛の方があいつには良いかなって。」


 幸いイザネもおばちゃんの櫛には興味を示していないようだ。

 おばちゃんは一瞬表情が真顔に戻るが、すぐにいつもの笑顔に表情を戻してそそくさと櫛をしまう。


「イザネの直感でいいと思うぜ、こういうのは。

 長く悩むより、そうした方が気に入る物を選べるもんさ。」


「そうだな、じゃーこれにするぜ。」


 イザネは小さな花の飾りが柄に付いた櫛を選び、代金をおばちゃんに手渡す。


「あいよ、お買い上げありがとうね。」


 これでマーサさんに頼まれた薬草類とダニーに頼まれたロルフの新しい首輪、そしてクリスに頼まれた櫛の買い物が終わった。


「あと俺達の担当はメルルの猫ぬいぐるみと……ゲイルからもなにか頼まれていなかったか?」


「ゲイルのはいいんだよ。

 あいつは新しい狩猟用の弓を欲しがってたけどさ、ここで買うより俺達がクラフトで作る方がよっぽど良い物ができそうだからさ。」


「じゃあ、ぬいぐるみだけだな。」


 俺は薬草の袋を担ぎ、イザネを連れて織物の売っている区画へと向かおうとしたが、すぐにイザネに呼び止められる。


「あ、ちょっと待ってくれ。

 この店にも寄ってくから。」


 イザネは俺を置いて近くの小物を売る店に入っていく。


「おい、なにやってんだ?

 後はぬいぐるみだけじゃなかったのかよ?」


 俺が慌ててイザネの後を追って店に入ると、イザネは店の窓際に置かれた工芸品の小箱を見ていた。


「マーガレットばーちゃんへの土産を買ってくんだよ。」


「マーガレットさんには何も頼まれてなかったろ?」


「でも、婆ちゃんはもうすぐ村を出て息子夫婦のとこに行っちゃうじゃないか。

 その時になんかさ、俺達の事を忘れないようになんかプレゼントをしたいんだよ。」


 言われてみればそうだった。

 イザネは特にマーガレットさんと親しくしていたし、ちょっとしたものでも別れる前にプレゼントされればマーガレットさんは喜ぶに違いないのだ。


「わかったよ。」


「実は店の窓からこれが見えてさ。」


 俺がプレゼントの提案に同意するとイザネは先ほどまで眺めていた小箱を手に取って、それを見せる。

 それは小さなニワトリを模した飾りの取っ手がついた小物入れだった。



         *      *      *



「まーだ決まんないのかよ~。」


 俺とイザネはぬいぐるみの店を巡っていた。

 しかし、イザネはどのぬいぐるみも気に入らないらしく、もう今は4件目の店に入ったところだった。


「だってさー、全然かわいくないんだぜどれもこれも。」


 イザネはそう言うが、俺には充分よくできたぬいぐるみに見える。

 余りにもイザネがダメ出しするので、庶民の暮らす下町にあるにも関わらす高級なぬいぐるみも扱っている店に思い切って来たのだが、ぬいぐるみを見るイザネの反応はまるで変わらなかった。

 昼には冒険者ギルドの受付前の酒場で食事を取る予定だったが、この調子で悩み続けられたら間に合わないかもしれない。


「あ、これ可愛い。」


 イザネがようやく気に入ったぬいぐるみを見つけたようなので、俺はほっとしてそのぬいぐるみを確認したのだが……。


(なんだこれ?)


 それは頭が異様に大きい、出来損ないの猫のぬいぐるみだった。

 店に並ぶ周囲のぬいぐるみは形が整ったリアルな猫と見間違うほどの完成度だった事もあり、俺にはそのぬいぐるみは非常に異常に見えた。


「本当にそれでいいのか?」


「だって可愛いじゃん。」


「む~?」


 確かに見ようによっては可愛く見えなくもない……か?


「すいません、これください。」


 悩む俺を他所に、イザネはさっさとそれを買ってしまった。


「それは先日俺の弟子が初めて作った失敗作なんだが、気に入ってくれたのかい。

 まぁ、失敗作だし安くしとくよ。」


 店の親父はそう言うとただ同然の値段でそのぬいぐるみを譲ってくれた。


(あまり高いものを買ってもララさんが恐縮しちゃうし、失敗作の安物のぬいぐるみの方がいいか。

 見ようによってはかわいく見えない事もないし、このまま悩まれても約束の時間に遅刻しちまうとこだったしな。)


 俺はそう考えて心のもやもやをどこかに追いやってしまった。

 どのみち俺にぬいぐるみの良し悪しなんてわからないのだから、悩んでいても仕方がない。


「さ、急ごうぜイザネ。

 もうすぐ昼になっちまう。」


 俺はそう言いながらイザネに急ぐように手を振って合図をしてギルドに向かって駆け足で歩きだした。



         *      *      *



ギィィィ


 ギルドのスイングドアを開け、一か月ぶりのギルドに俺はイザネを連れて入った。

 だが、そこには先に到着していると思っていたべべ王達の姿も段の姿もない。

 どうやら俺達以外に約束の時間に間に合った仲間はいなかったらしい。


(げっ、チコがいる。)


 だがチコは荒くれ風の冒険者仲間と話をしていて、こっちには気づいていないようだ。

 いやしかし気づかれたとしても、もうあんな奴が何人絡んでこようがもう怖くもなんともない。

 それなりに強くはなったし、チコに絡まれる以上の修羅場もくぐってきているのだから。


「ようカイル久しぶりだな。」


(げ、ギャレット!)


 ギャレットは俺がギルドの訓練所に通っていた時、俺を馬鹿にしていたグループの……いや同期の剣士希望生全体のリーダー格だった男だ。


「ああ、久しぶり。」


 が、それも過去の話だ。

 俺は自分でも驚くほど冷静に挨拶を返していた。

 今となってはギャレットの長身を更に大きく見せるように逆立てた金髪も、その額に巻かれた派手なバンダナも、精一杯粋がってみせようと見栄を張ってるだけにしか見えない。


「カイルの知り合いか?」


 村人への土産物を入れた袋を大事そうに抱えて、俺の後ろからイザネが声をかける。


「ああ、ギャレットって言ってギルドの訓練所で一緒に剣を習ってたんだ。」


 が、俺の言葉を聞いてギャレットの顔が歪む。


「”一緒に”だって?

 確かに同じ訓練所にいたが、”一緒”じゃなかったろ、やってた事も、訓練の内容も、その濃さも。

 才能がなくて途中で剣の訓練を投げ出したお前と一緒にされちゃたまらないぜ。」


 相変わらずだなギャレットは。

 訓練所にいた時と何も変わっていない。


「カイルに才能がないだって?

 その訓練所では余程教え方が下手だったんだな。

 才能豊かとまでは言えないが、筋は悪くないんだぜカイルは。」


 そう言うとイザネはまだ誰も座っていない大きめのテーブル席を指さした。


「今の内にあそこの席を取っておこうぜカイル。」


 無礼な邪魔者など気にも留めず机の方に歩き出すイザネの肩に後ろからギャレットの腕が伸びる。


「おいこのチビッ!

 無視してんじゃ……」


 しかし、ギャレットが言い終わる前にイザネの手はギャレットの手首を捉えて捻っていた。


ドンッ!


 ギルドに大きな音が響き、冒険者達の視線が一斉にこちらに集まる。


ゲホッ


 まるで自分から倒れ込むかのように、ギルドの床に垂直に背中から落ちたギャレットが咳き込んでいる。


FFフレンドリファイアありの世界なんだろ。

 そんな不用意な行動をすれば反撃されたって文句は言えないんじゃないのか?」


 そう言い放ってイザネは床に倒れたギャレットを見下ろしていた。


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