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第二十三話 地の底の策謀

順調に終わる筈であったゴブリン退治。

だが、ゴブリンロードの策略は四人のアバター達を惑わしカイルを追い詰めていく。


~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~

「ええ、構いませんよ。」


 ゴブリンチャンピオンの挑戦を受け入れ一歩東風さんが前に踏み出すと、東風さんを囲っていたゴブリン達が数歩退く。


「ガウッ、ゲゲゴオ、ガガガウ、ゲゲエ!」


 その時、ゴブリンロードの声が洞窟の広間に響き渡り東風さんと段に群がっていたゴブリン達が一斉にべべ王とイザネの方に向かう

 そして、ゴブリンロードの周囲にいたホブゴブリンのうち六匹が槍を構えて段の前に進み出る。


「へえ、俺の相手はこいつ等って訳か!

 面白れえっ!」


 段がゴキリッと拳を鳴らす。

 拳闘は対武器を想定した格闘技ではない。

 ナイフやゴブリンの短刀程度の長さの武器ならばそれでも対応できるだろうが、槍の間合いを詰めるのは難しいだろう。

 そして、それを見越してゴブリンロードは槍を装備した者を段に向かわせたに違いなかった。

 しかし、いくら拳闘で槍の相手が難しかろうと段を傷付けるだけの攻撃力がホブゴブリンにある訳もなく、それは脅威に値しない。


『ラパルルリッパポポプルルン』


 俺は呪文を唱え魔導弓に魔法の明かりを灯す。

 俺達の光源となっているのは洞窟に潜る前にべべ王が持つ盾に付けた魔法の明かりなのだが、べべ王達とイザネがゴブリンの大群により足止めされ、尚且つ東風さんと段がそれぞれゴブリンチャンピオンとホブゴブリンの槍隊の相手をするために前進してしまい距離が離れた分、光が届きにくくなっていた。

 俺は明かりを灯した魔導弓を片手に前方へ光源を届けるべく歩を進める。


(おかしい……)


 しかし、俺はすぐに違和感に気づいた。

 ゴブリンロードの指揮によって東風さんにはゴブリンチャンピオン、段にはホブゴブリンの槍隊、そしてべべ王とイザネには東風さんと段を相手にしていた分も合わせて先ほどの二倍の数となったゴブリン達がけしかけられている。


(じゃあ、なんで俺だけノーマークなんだ?)


 他の4人に比べれば地味な活躍しかしていないかもしれないが、俺だってゴブリンシャーマン隊をアイスアローで全滅させている。

 また光源となっているべべ王と前線で戦っている東風さんと段を引き離す意味でも、明かりの魔法を使う俺はゴブリンロードにとって邪魔な存在の筈。

 俺を作戦から漏らす筈がないのだ。

 俺は自分の周囲を慌てて観察する。

 近くにゴブリンが隠れられそうな岩陰や穴はない。

 となると……


(上か?!)


 洞窟の天井を見上げると、丁度こちらに向かって飛びかかって来る小さな影が見えた。


「おらぁっ!」


 俺は洞窟の天井から飛来する影が俺に向かって振り下ろす武器にめがけて魔導弓を振る。


ガキィッ!


 金属音が鳴り響き、魔導弓に付けられた魔法の明かりを直視した襲撃者は目を押さえながら地面に着地する。


(こっちは二度も大猿に上からの奇襲くらってるんだ!

 三度もやられてたまるものか!)


 魔導弓をかざし襲撃者の正体を見定めようとした俺の目に、返り血を浴びて染めたような赤い帽子が入ってくる。


(こいつはレッドキャップか?!)


 赤い帽子に、身の丈に合わぬ斧を構えた不気味な小鬼はこちらを睨んでニタリと笑う。


(ふん、笑いたいのはこちらの方だ。)


 俺はレッドキャップについて詳しくはない、ギルドでもゴブリンの亜種でランクが数段上のモンスターである事くらいしか聞けなかった。

 しかし、だからどうしたというのだ。

 たかがゴブリンより数段上のランクのモンスターが、大猿の攻撃を完全に防いだ守備力 上昇の指輪の防御を敗れる訳がない。

 それに……


カンッ


 俺はレッドキャップの振り下ろした斧を魔導弓の穂先で払いのけた。

 大猿ほどのスピードもパワーもなければ、武技も大した事はない。

 今の俺にとって、こんな攻撃はもう物の数ではなかった。


「ふふっ」


 余裕を感じ、思わず俺の顔から笑みが漏れてしまう。

 俺はここ数日間で今まで俺がとんでもない勘違いを今までしていた事に気づいていた。

 自分に剣の才能がない……俺は今までそう思っていたし、ギルドで学んだ剣術の訓練 も殆ど無駄にだったと感じていた。

 ギルドの訓練場での剣術の試合でも勝った覚えはなかった。

 だが、イザネに稽古をつけて貰ってわかったのだ。

 きちんと丁寧に稽古をつけてくれる師匠さえいれば、俺の剣もまだまだ成長できる。

 そしてギルドで受けた剣術の訓練も、イザネに教えられた技術を吸収する土台となる基礎訓練として役に立っていた。

 今まで剣術のために努力してきた事は無駄だったと俺が勝手に勘違いしていただけで、今まで積み重ねてきた事は今になって俺の中で花開こうとしていた。


「ギャオッ!」


 構わず間合いを詰める俺に向かってレッドキャップが斧を横に振るう。

 もうその顔から笑みは消えていた。


ガキッ!  カラララ……


 俺はレッドキャップの振るう斧を上から抑えるように魔導弓を振り下ろし、そのまま穂先で円を描く。

 レッドキャップの斧は俺の魔導弓に絡み取られるように軌道を変え、レッドキャップの手から離れ地面に転がる。

 稽古でさんざんイザネにやられた技だが、自分でやるのは気持ちがいいものだ。

 しかもそれが実戦であれば感動すらある。


「せいっ!」


 俺はレッドキャップに止めを刺すべく、続けて魔導弓を振るったが弓の穂先はレッドキャップの肩をかすめただけだった。

 ギルドでランクが高いモンスターに指定されるというだけあって、俺が想定したよりずっとレッドキャップの動きは素早かった。


(くそっ!)


 俺は続けて弓の穂先でレッドキャップを狙うが、レッドキャップはゴロゴロと地面を転がりそれを避けたかと思うと一目散に逃げだす。

 レッドキャップの逃げ出した先を見た俺は青ざめた。

 そこにはゴブリンしか通れないような小さな穴があったのだ。

 もしここでレッドキャップを逃したなら、それが後々どれだけの被害を生むかわからない。

 そして俺の足では全速のレッドキャップに追い付けないのは確かな事だった。


ドスッ……


 鈍い音が洞窟に響いたかと思えば、レッドキャップの側頭部にイザネの丸盾がめり込んでいた。


「俺の弟子に手を出して、ただで済むと思うなよ!」


 イザネの方を見ると、既に二人に群がっていたゴブリン達はみな地に倒れ、ゴブリンの最後の一匹からべべ王が白く光る魔法の刃を引き抜くところだった。


『ロドゥムエィガリル!ポチ!戻ってこーい!』


 イザネが呪文を唱えると、既に倒れたレッドキャップから丸盾が引き抜かれ、一直線にイザネに向かって飛んでいく。


「うげぇ……ベトベトォ……」


 ゴブリンの血にまみれた丸盾をイザネが指でつまむ。


「イザネ助かったよ。

 逃がすとこだった。」


「そんな事より、ちょっとは経験値は入ったのかよ?」


 イザネがこっちを見て腰に手を当てる。


「この世界に経験値なんて存在してないって、前にも一度言ったろ。」


 俺はそう言いながら東風さんと段の方に視線を向けた。

 ゴブリンチャンピオンは東風さんに手を出す事もできずにいる様子だった。

 ひょっとするとゴブリンチャンピオンの目的は東風さんの足止めであり、積極的に攻める必要がないのかもしれないが、気圧されている様子は見て取れる。

 東風さんが困ったような表情をしているのが少し気になるが、本気になればすぐにでも勝負はつけられるだろう。


 一方段は、槍を持ったホブゴブリン達に壁に追い詰められていた。

 6匹の内1匹はノックアウトしたものの、槍の間合いで拳闘で戦うのはやはり難しいらしい。


「おーい、ジョーダン!手伝ってやろうか?!」


 イザネが大声で尋ねる。


「バカ言え、これから……」


 段が言葉を発しきる前にホブゴブリン達が段に一斉に突撃する。


バッキィィン


 ホブゴブリンの槍の穂先が一斉に四方に散り、5匹のホブゴブリンの内4匹が陥没した顔面を晒して崩れ落ちる。


「よもや武器破壊まで実装しているとはな!

 流石は神様の作った世界だぜ!」


 槍をパンチでへし折った段がはしゃぐ。


「グブゥゥ」


 残った最後の一匹のホブゴブリンはへし折られた槍を構えたまま数歩退がると、それを手放り出して逃げ出そうとする。


「逃すかよ!

 ゼベック直伝!1発退場反則キーーーック!」


ドガァッ!


 段は身体を空中で勢いよく1回転させ、踵から逃げ出したホブゴブリンの後頭部に着地する。

 ホブゴブリンは勢いよく地面に顔から着地し、その動きを停止した。

 確かにあんな蹴りを拳闘の試合で使えば一発でクビになってもおかしくないが、本当にゼベックはあれを試合中にやったのだろうか?


「残るは東ちゃんだけじゃな。

 ほれ、遠慮せんでさっさと勝負を付けたらどうじゃ?」


 べべ王に声をかけられ、東風さんがこちらを振り返る。


「それが、モンスターのアルゴリズムがバグったみたいなんですよ。

 いつまで経ってもモンスターが攻撃をしてこないんです。

 こんな時はどうしたらいいんでしょう?

 ドラゴン・ザ・ドゥームではマスターが運営にバグを報告して修正してもらっていましたが、この世界は神様が作った世界ですし神様にお祈りすれば直るのでしょうか?」


 俺には東風さんの言ってる意味が良くわからなかったが、戦闘中に敵から目を離して背中を見せて話すのは、いくら東風さんでも流石にヤバいと感じ慌てて叫んだ。


「東風さん!ゴブリンは東風さんを恐れて攻めあぐねているだけです!

 早く後ろを見て……東風さんっ!」


 だが俺が叫んだ時には既にゴブリンチャンピオンは金棒を東風さんに振り下ろしていた。

 東風さんの身体を金棒が貫通し、そのままの勢いで地面を抉る光景を見て俺は絶句していた。


(そんなバカな!

 あの指輪は大猿の攻撃だって無効化したじゃないか!

 東風さんだってあの防御力を上げる指輪をしていたんじゃないのか?!

 どうして?!)


 俺は思わず東風さんに駆け寄ろうとしたが、東風さんの姿は消え代わりにゴブリンチャンピオンの首が俺の前に落ちてきた。


「うわっ!」


 俺が叫んで後ろに飛びのくと、倒れるゴブリンチャンピオンの後ろから東風さんの姿が現れた。


「いや、驚きましたよ。

 いつまでも攻撃してこないからてっきりバグだとばかり。

 こんな事もあるんですね。」


 東風さんは平常運転のようだが、俺は今起きた事にまるで納得がいかない。


「いったい何をしたんです?

 なんで東風さんが……だって、金棒に貫かれて……」


「影陣殺の事かの?

 影を囮に敵の攻撃を誘い、陣に踏み込んだ者に協力無比な反撃を行う技じゃ。

 いわゆる当て身技と呼ばれるものじゃの。」


「武道の常識から言うと、ああいうのは”当て身”じゃないんだけどなー。」


 べべ王が俺の疑問に答え、イザネがちゃちゃを入れる。


「レベルが低い敵とはいえ中ボスクラスの敵ですから、耐久力もあるものと推測して大ダ メージを狙える技を使ってみたんです。」


「だからって首が落ちる事はないだろ。

 この世界のグロ表現に少しは慣れてきたつもりだったけど、これはやり過ぎだぜ。」


 東風さんとイザネの会話は既にリラックスしたいつもの空気に戻っていた。


「さて、残るはボス戦のみだな。」


 段がゴブリンロードの方を向く。

 もう既にゴブリンロードの周囲にはホブゴブリンが3匹いるのみで、広間に集まった他のゴブリンは全滅していた。


「俺!お前たち!降伏する!

 俺達負け!みとめた!お前たち!逆らわない!

 許す!くれ!」


 ゴキッと拳を鳴らしてゴブリンの前に立ちはだかる段に向かってゴブリンロードは前に進み出てそう言った。


ガチャン


 ゴブリンロードが腰に差した剣を棄てると、三匹のホブゴブリン達も自分の武器を投げ捨て皆一斉に頭を地面に擦り付け許しを乞いだした。


(バカな真似を……そんな茶番に今更誰が惑わされるものか!)


 俺は怒りと共にそれを睨み付けていた。

 ゴブリンの降伏など信じてはならない、許してはならない。

 それは冒険者の……いや、それ以外の多くの者にとってももはや常識と言っていいくらいだろう。

 それを信じたが故にある冒険者は不意をつかれ命を落とし、またある村は降伏した筈のゴブリンの襲撃を受けて虐殺された。

 それが何度も繰り返されていたのだ。


(誰が許してやるものか!

 あんな!あんな真似をする奴等を!)


 俺はかつて見た、ゴブリンの襲撃跡の村の光景を思い出していた。


「マジかよ!この世界だとモンスターが降伏する事があるのか?!」


(え?)


 振り向くと段が目を見張って驚いている。

 さっきまで強く握っていた拳も既に開かれ、戦意が消え失せているのがすぐに分かる。


「どうする?これ?」


「そうですね、戦意がないのなら許してあげてもいいんじゃないでしょうか?」


「ワシ等としても、村さえ守れればいい訳じゃし、経験値もないこの世界では戦っても得るものがないしのう。」


 イザネも東風さんもべべ王もすっかりゴブリンの降伏に驚き、乗せられてしまっている。

 冒険者ならどんな新米でも知っている事が、なぜベテラン冒険者である筈のみんなが知らないのか俺にはまるでわからなかった。


「ちょっと待てよおまえら!

 ここに来るまでの通路にあった白骨を見なかったのかよ!

 こいつ等がどれだけの人を殺したのかもわからないのか?!」


「あれって、よくある雰囲気作りのためにダンジョンに設置されたオブジェクトじゃないのか?」


 思いもよらぬイザネの言葉に対して、俺は頭に血が上ってしまった。


「”オブジェクト”ってなんだよ!

 誰がどう見たって人骨じゃないか!

 あいつ等が人を殺して洞窟の通路に捨てたんだよ!」


 俺は地に頭を擦り付けるゴブリンロードを指さし怒鳴る。


「ゴブリン!人間達と!敵!でも俺!人間殺す嫌い!

 俺の部下!人間嫌いな奴いる!

 俺!それ!気づかない!すまない!

 でも!俺!人間殺さない!」


 ゴブリンロードの見苦しい言い訳が、更に俺の神経を逆なでる。


「現に俺達を殺そうとしただろうが!」


「俺!怖かった!

 人間!襲われる!仲間守る!思った!

 許すくれ!もう!しない!」


 ゴブリンロードは頭を地面に擦り付けたまま涙を流し、それを見た四人に更なる動揺が走る様子を見て俺は焦った。


「このゴブリン討伐のリーダーは俺だよな爺さん。」


「そうじゃ。」


「ならリーダーの指示に従ってくれ!

 今すぐこのゴブリン達を殺すんだ!

 逃がしたら後で多くの人が犠牲になるんだ!確実に!」


 俺は慌ててべべ王に詰め寄ったが、既に四人の気持ちはゴブリンロードに支配されていた。


「いや、しかしのぉ……。」


「なぁ許してやろうぜ、反省しているみたいだし、わざとじゃないみたいじゃねえか。」


「そうですね。

 考えてみれば、このゴブリン達が村を襲った訳でもありませんし。」


 べべ王は迷っているようだし、イザネと東風さんは至っては完全にゴブリンロードの話を真に受けてしまっている。


「ジョーダンはどうなんだよ?!

 本気で許す気なのか!」


 俺は半ばすがるような気持で段に尋ねる。


「カイルは少しゴブリンに厳しすぎやしねーか?

 ルルタニアじゃ、ゴブリンロードと素材交換だってした事があるんだぜ。

 悪い奴ばかりじゃねーよ。」


「”素材交換”だと!

 ふざけんな!」


 俺は完全にキレて思わず段の胸倉を掴んでしまう。

 だが、それすらもゴブリンロードの恰好の餌食だった。


「仲間割れ!よくない!

 でも!その弓使い!気持ち!わかる!

 ゴブリン!悪い奴!多い!誤解しかたない!」


「だから悪い奴ばかりじゃなかっただろ。」


 段はそう言うと俺の手を振りほどいた。

 思わぬ冷水を段から浴びせられた俺は、四人の中に俺の味方になってくれそうな者がいないか見渡したがもはや手遅れだった。


(くそ!どうすれば?!)


「まぁ気にするなよ。

 あいつには後でよく言っておくから。」


 イザネはそう言ってゴブリンロードに近づき、ゴブリンロードがその優しさに撃たれ感動したかのような芝居を開始するのを俺はなすすべもなく黙って睨み付けた。


(なんだ?)


 ゴブリンロードの後ろのホブゴブリンの内1匹の肩がかすかに震えている。

 そのホブゴブリンは顔を伏せていたが、よく見ると口元が歪んでいる。


(笑っているのか……)


 恐らくあのホブゴブリンはゴブリンロード同様に人間の言葉がわかるのだろう。

 そして、ゴブリンロードの議論の誘導により俺が孤立させられている事も、俺さえどうにかすれば自分達が助かる事も理解し、そしてまんまと罠にかかった皆をあざ笑っているに違いなかった。


(そういう事かよ!)


 俺はうつむいたまま力なく退がり東風さんの後ろに隠れると、アイスアローをみんなに見つからないように作る。

 幸いにも魔導弓に付けた明かりの魔法が、俺の作るアイスアローの光を隠してくれた。


「みんな離れろ!」


 俺はみんながゴブリン達から皆が離れるタイミング待つと、そう叫んでアイスアローをゴブリンロードに放った。

 最早、この洞窟の広間の気温がどこまで下がるかなど気にしてはいられなかった。


シュッ……カチィィィーーン


 ゴブリンロードと残りのホブゴブリンは全て一瞬で凍り付き、広間の温度は肌寒く感じる程に低下した。


「おい!

 どういうつもりだカイル!

 悪い奴じゃねーって言ったろーが!」


 今度は段が俺の胸倉をつかみ、俺を宙づりにする。


「おまえこそ気づかなかったのかよジョーダン!

 あのホブゴブリンが俺達を笑っていた事に!

 ゴブリンロードに騙されたおまえら四人をあざ笑っていたんだぞ!」


 俺は笑いを押し殺していたホブゴブリンを宙づりにされたまま指さす。


「そう、なのか?」


 俺の言葉に驚いたのか段の動きが止まる。


「他の三人はどうだ!

 自分達の王が涙を流して俺達に謝っている筈なのに、あのホブゴブリンはその様子を見て俺達を笑っていたんだぞ!

 まさか一人も気づかなかったのかよ!」


「すいません。」


 俺の問いに東風さんだけが身体に似合わぬ小さな声で答えた。


「いい加減に手を離せよジョーダン!」


 俺は段の手を振りほどき、地に足を付けた。


「なぁ、本当に……」


 何かを言おうとしたイザネの言葉を俺は遮る。


「文句があるなら地上に戻ってからいくらでも聞いてやる!

 説明して欲しいなら、それも地上に戻ったらいくらでもしてやる!

 それでも気に食わないって言うなら、俺をクランから外して貰っても構わない!

 けど約束通りこの洞窟にいる間は俺がリーダーなんだからな!

 忘れないでくれよ!」


 俺はそう言うと、ゴブリンロードの後ろにある通路に向かい覗き込む。

 思った通りそこにはゴブリン達の足跡が多く、重要な生活空間がこの先にある事を物語っていた。


「ここから先は俺一人でやる。

 文句があるならこの広間で待っていてくれ。

 すぐに戻る。」


 俺は書きかけの地図を取り出すと大まかに広間を書き足し、そして今から進む通路に印を付ける。


(この広間が奴等の最終防衛ラインなら、目的地は近い筈だ。)


 俺が通路を進むと四人とも俺の後ろに黙って着いて来た。

 これから先、俺がやろうとしている事は四人がいない方がむしろやりやすいのだが、肌寒い広間に残っていろというのも考えてみれば酷な事だった。



         *      *      *



 俺の予想どおり、目的地に着くまで5分もかからなかった。

 先ほどより狭い広間に先ほどとは違う悪臭がただよっている。

 そして、その悪臭の正体がそこかしこに散らばっている人骨から漂っている事に俺はすぐに気づく事ができた。

 ゴブリンに捕まった者はこの洞窟にはいなかった。

 少なくとも生存者は。

 そして生存者の代わりにそこに居たのは、ゴブリンの子供たちだった。


ピギィー


 ゴブリンの子供たちは俺達を見ると事態を悟ったのだろう、哀れみを乞う声を発して膝を折った。

 俺は黙ってもう一度アイスアローを生成すべくルーン文字を描き出す。


「お、おい!いくらなんでも!」


 俺の腕を掴んでそれを邪魔をしたのはイザネだった。

 その悲しそうな表情から、その必死さが伺い知る事ができたが俺はそれを止める訳にはいかなかった。


「この人骨の山が見えない訳じゃないだろう。

 放してくれよイザネ。」


 イザネはぶんぶんと首を振り、俺は強引にマジックアローを放つ事を諦めてみんなに話をはじめる。


「なぁ、この巣穴に入ってからメスのゴブリンに会ったか?」


「いや、一匹もそれらしいゴブリンは見なかったのぅ。」


 答えるべべ王に俺はもう一度問う。


「じゃあ、あのゴブリンの子はどうやって生まれて来たと思う?」


「確かにルルタニアでも、この世界でも子がいたのは結婚した夫婦の家族のみでしたね。 なぜゴブリンだけが夫婦を作らずに子を作る事ができるのでしょう?」


 若干ズレた回答をする東風さんだが、おおよその所はわかっていると考えてよいのだろう。


「メスゴブリンがいなくとも、人間やエルフの女をさらってきて子を産ませる事ができるんですよゴブリンは。

 こんな臭くて暗い穴倉に閉じ込められて子を産ませられる女の人がどんな思いをしたか考えられます?」


 俺の腕を掴んでいたイザネの手から力が抜ける。

 うつむいてしまっている様子から、相当のショックだった事が伺い知れる。


「けどよカイルおかしくねーか?

 だってこの洞窟には人間の女もエルフの女も一人も居なかったじゃねーか!」


 段の疑問はもっともな事なのかも知れない、ゴブリン達の残虐性を知らない者であるならば。


「子を産ませたら、ゴブリン達にとってさらって来た女はもう用済みだ。

 子を産んだ後、彼女達がどうなったかは想像もしたくない。」


 本当に想像したくもないのだが、地面に散らばる白骨がどうしてもその悲惨さを訴えかけてくる。


うぅっ……ぐす……


 手で顔を覆うイザネの方から声が聞こえてくる。

 ……泣いている……俺の言葉がイザネにはあまりにショックだったのだろう。

 東風さんがそっとイザネの肩に手を添えるのを横目に俺は言葉を続ける。


「ゴブリンは弱いモンスターだ。

 場合によっては一対一で子供に負けてしまう事もあるくらいに。

 でも、そんな弱いモンスターがなぜ恐れられるかといえば、その行動があまりに邪悪に過ぎるのさ。

 この子供等が成長して何をするか想像してみろよ。」


 そう言って、俺は再びゴブリンの子供達の方を向いた。

 恐らくまだ人間の言葉を理解する事などできないのだろう。

 哀れみを誘う芝居をまだ続けている。

 その時、魔導弓に付けた明かりに照らされてゴブリンの子の足元に何か光る物がある事に俺は気づいてしまった。

 よく見るとそれは女物の髪飾りだった。


(こいつ等まさか、自分の母を喰らったのか?!)


 イザネによって冷やされた俺の殺意に再び熱が戻った。


「殺すぞ。

 もう文句はないよなジョーダン。」


 俺は隣にいる段が黙ってうなづくのを確認して再び宙にルーン文字を描きマジックアローを作り始めようとした。

 イザネは泣き止んで涙を拭い、べべ王は腕を組んで静かに俺を見守っている。


シュ……


 不意に起こった風を頬に受けて気づくと、東風さんが音もなく一瞬で俺とゴブリンの子供達の脇を通り抜け洞窟の最奥へと到達していた。


「カイルさんの言いたい事は理解しました。

 しかし、まだ罪も知らぬ子供の命を絶つのです。

 死の恐怖も痛みも感じさせぬまま黄泉へと送るのが、せめてもの情けというものかと。」


 目にも止まらぬ速度で刃を振るっていたのだろうか、東風さんがそう言い終わると同時に一斉にゴブリン達の首が落ちる。

 イザネがそれを見て肩を震わせるのに気づいた俺は、視線を遮るように彼女の前に移動した。

 そして悲しそうにその光景を眺める東風さんを見て俺は思う。


(確かにそれは東風さんらしい考え方かもしれないけれど……)


「……あまいですよ東風さん。」


カチャーン


 ゴブリンの子供達の身体が倒れるのと同時に、隠し持っていた小さな刃物が一斉に地面に落ち、東風さんが驚きのあまり目を見開く。

 地面に落ちたその刃には、既に乾いた赤黒い血の跡がこびり付いていた。


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