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第二十一話 神の世界

狼を飼っていたゴブリンを発見した冒険者達は、ゴブリン退治の準備をはじめる。

そしてその最中にカイルはアバター達のいた世界とこの世界の決定的な差を理解する。


~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~

「それじゃ、こいつらゴブリンに命令されて俺達を襲っていたのかよ。

 そうと知っていれば手加減してやったのに、かわいそうな事したかな。」


 寂しそうに地に倒れた狼を見ながらイザネが言う。


「それにしても、どうしてゴブリンが狼を飼うのじゃ?

 ルルタニアでは、ゴブリンが狼に命令してるところなど見た事がなかったぞ。」


「飼いならした狼をゴブリンは乗騎として使うんだよ。

 狼の背に乗ってゴブリンが人を襲うんだ。」


 俺は首を傾げるべべ王の質問に答えた。

 狼に乗ったゴブリンは、ゴブリンライダーと呼ばれる。

 俺も実際に見た事はなかったが、ギルドの講習でその知識だけは得ていた。


「ルルタニアでは人が馬にすら乗れなかったのに、ここではモンスターすら騎乗が可能なんですね。」


「前から思ってたけどよ、この世界の開発は本当に優秀だな。」


 東風さんと段が、いつものようなよくわからない会話を交わす。

 俺はいつもこういう会話に深く突っ込まないようにしていた。

 以前こういう会話を彼等がしている時に、ルルタニアについて質問した事が何度かあった。

 だが、その答えは「仕様だから」「システムだから」の一辺倒でなにもわからず、俺は彼等の世界を理解する事を諦めていたのだ。

 しかし諦めてはいても、長く付き合ううちに彼等の世界についてわかった事がいくつかある。

 開発と呼ばれる者が、彼等の世界の創造主である事。

 そしてその開発と呼ばれる者はズボラな性格で、世界を歪に不完全に作ってしまったがために、彼等がその事に対して不満を持っている事だ。

 恐らくは、それこそがこの世界と彼等の世界の差なのだと俺はようやく理解するに至っていた。


「この世界に開発って呼ばれてる存在はいないよ。

 この世界を作ったのは神様だからね。」


 俺の言葉が以外だったのか、四人がざわめく。


「神アプデとか、神開発とか、そういうのか?」


 またよくわからない事を段が言う……


「いや、アプデでも開発でもなく神様だよ。」


「いやしかしだな、神様って言われてもピンとこねーよ。」


 混乱している段とは対照的にが、東風さんは納得した様子で口を開く。


「考えてみれば、ここにはルルタニアには中途半端にしか存在しなかった物も、飾りとして形だけしか存在しなかった物も、完全な姿で存在していますね。

 ルルタニアがユーザーから見ても不完全な世界だったのに対し、ここは完全な世界と言えるのかもしれません。

 神が作った世界だといわれるのもわかるような気がします。」


 東風さんの言葉を聞いたべべ王は、この世界を見上げるように空を仰ぐ。


「確かにここにはマスター達がいくら運営に乞うても実現しなかった物が殆ど存在しておる。

 マスターからはぐれてしもうたワシ等がそれを堪能しているというのは、皮肉な話じゃのう。」


「そうかぁ?

 ルルタニアの方が冒険しやすくてむしろよくできてたと思うぜ俺は。」


 段だけは相変わらず納得がいかない様子で首を傾げている。

 イザネがさっきから静か過ぎるのに気づきイザネの方を見ると、まだ寂しそうに狼の死骸を見つめていた。


「こいつらもゴブリンに利用されていただけなんだし、せめて死体は埋めてやるか。

 誰かさんが魔法で穴を掘ってくれたことだしさ。」


 俺はなるべく明るく大きな声で言い、段が魔法で森ごと地面をえぐった跡を指した。


「そうだよな。

 それくらいはしてやってもいいよな。」


 イザネは平静を装っていたようだが、俺にはその声が少し嬉しそうに聞こえた。


 普通ならばそんな事をしている暇はない。

 近くにこれほど多くの狼を飼育するゴブリンがいたのだ、更に大きなゴブリンの群れが村に迫っていると考えねばならないし、本来ならば大至急村に戻って対策を相談するべき事だ。

 しかし今回は状況が違う。

 大猿ですら赤子扱いできる冒険者が何人もいるのだ。

 ゴブリンが何匹いようがすぐに対処できる。

 そう考えていた俺の心に焦りはなかった。


 俺は自らショートソードで仕留めた狼を穴の中に寝かせ、軽く手を合わせた。



         *      *      *



「心配ないですよ村長。

 ゴブリン相手なら戦いにもならないですから、害虫駆除みたいなもんです。

 今からだと遅くなりますから、朝を待ってまだ動きの鈍いゴブリンを退治します。」


 俺は不安がる村長を安心させるように言う。


「あんたがデニムと退治したゴブリンの群れも、もしかすると……」


「ええ、この群れの一部と考えられますね。

 大きな群れの割に、リーダーを務める亜種のゴブリンのいない不自然な群れだったし。」


 俺の意見を聞いて、村長は複雑な表情を浮かべる。


「そうか、大猿退治の報酬でさえ払えていないというのに済まないな。」


「気にする必要はないぞ村長。」


 その時、それまで何かを静観していてこの会議で一切口を開かなかったべべ王が初めて言葉を発した。


「ここは既にワシ等の村でもある。

 金に不自由している訳でもなし、自分の居場所を守るのに報酬など求めようとも思ってないわい。」


「たまにはいい事を言うじゃねーか、ジジイ。」


 段がべべ王の肩を遠慮なくバンバン叩く。


「さて、明日は早朝からゴブリン退治に行く事だし早めに休ませてもらおうかの。」


「ああ、よろしく頼む。

 村長として本当に感謝するよ。」


 べべ王が席を立ち、俺達がそれに続いた。



         *      *      *



「のぉカイル幾つか聞いておきたい事があるんじゃが……」


 村長の家を出てすぐにべべ王が口を開いた。


「なぜ、おぬしはゴブリンの事にそんなに詳しいのじゃ?」


 意外な質問だった。

 およそ歴戦の冒険者が駆け出しの冒険者に聞く質問ではなかったからだ。


「なぜって、ギルドで習ったからだよ。

 当たり前じゃないか。」


「そんなの習ってないぜ、俺達は。

 ルルタニアでゴブリンとは飽きるほど戦ったけど、知識なしの状態で戦ってモンスターのおおよそのステータスを把握してたし、朝か夜かでゴブリンの行動が変わるなんて事もなかったぞ。」


 イザネが不思議そうにそう言ったが、俺にはそっちの方が意外だった。


「嘘だろ!

 ギルドじゃ、ぶっつけ本番でなんとかしようなんて奴は早死にするって教えられたぜ。」


「デスペナが重い世界じゃから、ルルタニアと同じ要領で冒険する訳にもいかぬという事じゃろうな。」


 べべ王はなにか考えるそぶりを見せながら言葉を続ける。


「のぉ、カイル。

 今回のゴブリン退治のリーダーはお前がやってみんか?」


「いいのかよ、このクランのリーダーは爺さんだろ。

 それにさっきの会議でも言ったとおり、相手がゴブリンとはいえ百匹以上いてもおかしくない群れを相手にするのに新米の俺がリーダーで大丈夫か?」


 俺は内心驚いていた。

 ベテランの冒険者パーティのリーダーを駆け出しの新人冒険者がやるなどという話は聞いた事がないからだ。


「別に構わんよ。

 この世界のゴブリンについてはカイルが一番知っておるし、わしらがルルタニアでやっていた冒険の仕方では、早死にするのじゃろう?

 もしカイルがリーダーをやりたくないというのなら、話は別じゃが……。」


 べべ王は気後れしている俺の心を覗くように方眉を上げてこちらを見る。


「わ、わかったよ。

 リーダーなんてやった事ないけどさ、みんなもそれで文句ないんだよな?」


 俺は三人の方に顔を向けた。


「いいんじゃねーの?

 百匹以上いたって、所詮はゴブリンだし。」


「何も知らずにスライム退治の時のような事になっても困るしな。」


「カイルさんが適任だと思います。

 よろしくお願いしますね。」


 段もイザネも東風さんも、俺がリーダーを務める事に不安はないようだった。


「ところでカイルさん。

 カイルさんはモンスターの知識をどのくらいお持ちなのですか?

 ゴブリンや狼やスライムについて詳しいのはわかりますが、他のモンスターについての知識はどこまであるのですか?」


 東風さんの質問に、俺は冒険者ギルドの講習の事を思い出しながら答える。


「俺がゴブリンについて詳しいのは、駆け出しの冒険者がよく退治に向かうモンスターであるため念入りに教えられたからですよ。

 狼も同様だし、スライムは要注意モンスターとして教えられましたね。

 でも、強いモンスターの知識はギルドから教えられてません。

 せいぜいオークぐらいの強さのモンスターの知識までしかないです。」


「じゃあ、強いモンスターを相手にする時にはやっぱり戦いながら攻略法を編み出すのか?」


 考えなしの意見に呆れながら俺は段の方に顔を向けた。


「そんな訳ないだろジョーダン。

 強いモンスターの知識が欲しいならギルドの先輩の冒険者に聞けばいいのさ。

 討伐経験のある先輩に依頼を手伝って貰う事だってできるだろ。」


 もっとも、チコのような金に汚い先輩に頼んだらどれだけ吹っ掛けられるかわかったものではないのだが。


「ギルドに入らにゃならん理由が増えたのう。

 まあ、ワシ等は幸運なのやもしれぬ。

 強いモンスターに出会う前にルルタニアとこの世界での戦い方の違いを知る事ができたのじゃから。」


 べべ王がそう言いながら髭を撫でる。


「そういや、旅商人が来るっていうファルワの祭りはあとどんくらいだっけ?」


 俺の顔を見上げるようにして傍を歩いていたイザネが尋ねる。


「だいたい二週間くらいかな。」


「そういえば、ファルワの祭りってどういうイベントなんですか?」


 視線を下に向けてイザネに返事をしていたら、今度は上の方から東風さんの声が降ってきた。


「ファルワの祭りっていうのは迎夏の祭りとも言われていて、夏の到来を祝う祭りです。

 飾りつけをしてみんなで踊ったり、祭り用の特別な料理を食べたりするんです。

 そしてこの時期になると祭りの準備のため街と周囲の村との交易が盛んになるから、旅商人達も町周辺の村を巡るんですよ。」


「交易要素かー。

 ルルタニアじゃバザーくらいしかなかったよなぁ、そういえば。」


 イザネが呟く。


「祭りなら酒も飲めるんだよな。」


「お前はゼベックと毎日のように飲んでるだろジョーダン。」


 俺は段を横目で睨む。


(まったく、これからゴブリン退治の用意だってあるというのにここまで呑気なのは度が過ぎるだろーが。)


 俺はそう思っていたが、冒険よりも祭りの方により強い興味を示すみんなの変化にまだ気が付いていなかった。



         *      *      *



「ほーらメルルー、べろべろばぁ~~!」


「キャハハハハ」


 イザネが鼻栓を付けた顔で”いないいないばあ”をして、メルルが笑い転げる。

 バンカーの宿の一階で晩飯をごちそうになりながら、俺達は作戦会議をしていた。


「本当にこんな布を鼻に詰めてゴブリンと戦うのかよ!」


 段がイザネの顔を見て文句を言う。


「ゴブリンの巣って臭いんだよ。

 実際に行ってみれば鼻栓があってよかったって思うぜ。」


 段がわざとらしく渋い表情をして顔をこっちに向ける。


「ゴブリンの巣というのは、どこら辺にあるのか見当は付いてるんですか?」


 ララさんの手作りスープを飲み干した東風さんが俺に尋ねる。


「狼の群れがいた周辺ですね。

 何度か往復した跡があったからあれを追えばすぐ見つかりますよ。

 大規模な群れである事は間違いないでしょうから足跡も多いだろうし、見つけるのは簡単です。」


「なぁ、この地図を使ってくれよ。」


 料理を運んできたバンカーさんが脇にはさんでいた丸めた紙をテーブルの空いたスペースに広げてみせる。


「ほう、この村の周辺の地図じゃな。」


 フォーク片手に覗き込んだべべ王が声を上げる。


「これ羊皮紙じゃないですか。

 こんな高そうな物をどうして?」


 職業にもよるのだが文字を書く事ができる人も多くないし、生産量も少ないため紙は一般的に高価な物とされていた


「まだ村に余裕があった時に作ったんだよ。

 あの頃は新しく村に住んだ人達が欲しがったからね。

 ずっと使わずにとっておいたんだが、あんたらが使ってくれよ。」


 バンカーさんが一直線にべべ王をみる。


「そういう事なら、ありがたく使わせていただくかの。」


 べべ王はそう言って軽くバンカーさんに頭を下げた。


「なぁ、この地図には現在位置が表示されないのかよ?」


 段がべべ王の後ろから地図を覗きながら訪ねる。


「現在位置ってなんだい?」


 バンカーさんが、不思議そうな顔をする。


「いやだって、自分たちのいる位置が地図に表示されるだろう普通は?」


 メルルをあやしながらイザネが質問する。


「貴族達がもってる魔法の地図にはそんな機能がある物もがあっても不思議じゃないけど、普通はないよそんなもん。」


「そうなのかぁ?

 でも現在位置がわからなきゃ迷うだろ。」


 イザネに続いてジョーダンが再度疑問を投げかける。

 俺はイザネとジョーダンに説明するためポケットから方位磁石を出してみせる。


「これで方向を確認して、周囲の景色と地図を照らし合わせて位置を確認するんだよ。」


「マジ?

 そんな事できるスキルなんて俺はもってないぞ。」


「慣れろ……。」


 俺は自分のこめかみを抑えて段に答えた。


「ほら、たぶんゴブリンの巣があるならこの崖の付近だぞ。」


 バンカーさんが地図の一点を指す。

 そこには森が割れて崖がそびえ立つ絵が描かれていた。


「確かに狼がいた場所から近いですし、そこが怪しいですね。」


「なぁ、今夜のうちにゴブリン達がこの村に狼の群れの報復に来るなんて事はないよな。」


 バンカーさんが不安そうに表情を曇らせる。


「まず問題ないと思いますよ。

 万が一に備えて、ダニーとクリスには今夜は寝ずの番をしてもらう事になってますし、ジョーダンの奴が魔法をぶっ放したんで警戒してるでしょうから。」


「なんだよ、文句あんのかよ。」


 不満そうにこっちを見る段。


「あんな地面ごと森を裂くような魔法をみたら普通は警戒して自分から攻めようって発想はしないだろ。

 闘う気なら、魔法の使いにくい自分たちの洞窟に誘い込んでから仕掛けるに決まってるじゃないか。」


「なんで洞窟の中だと魔法が使えないんだ?」


「あんな魔法を洞窟の中で使ったらこっちが生き埋めになるだろ!」


「ああ、なるほど。」


 この分だと段はまだ周囲を気にして魔法を撃つ習慣ができていないようだ。

 恐らくは、このゴブリン退治で最も気を付けなければならないのは段の魔法による自滅だろう。


「なぁ、そんな凄い魔法があるなら、それで洞窟の入り口を塞いでしまえばいいんじゃないか?」


「なるほど、そういう魔法の使い方もあるのか!

頭いいなバンカー!」


 バンカーさんの提案に段がおおはしゃぎするが、そいつはダメだ。


「却下。」


「なんでだよ!」


 顔を近づけてくってかかる段から俺は顔を背ける。


「洞窟の入り口が一つならいいけどさ、複数あったらそこから逃げられるだけだぜ。

 益々厄介な事になる。

 だいたいジョーダンは洞窟の中で使う魔法が一つでもあるのかよ?」


「炎の魔法で問題ないだろ?」


「おまえの炎の魔法は威力が高すぎるんだよ。

 洞窟の中では熱がこもるし、洞窟の中を燃やし尽くして息ができなくなる恐れすらある。」


「じゃあ、毒霧の魔法はどうだ?」


「その魔法は見た事ないけど、洞窟の中で俺達にまで毒霧の影響を与えないように使えそうなものなのかい?」


「むー……」


 段は少しの間考え込んだ後、拳闘のポーズをとる。


「じゃあいっそのこと、これで戦うってのはどうだ?」


「ああ、そうしてくれ。」


 ゴブリン達は村の用心棒の魔法使いを洞窟の中に誘い込んで自由を奪って殺すつもりでいると思われるが、その魔法使いが剛力のモンクになって襲い掛かって来るとは思ってもいまい。


「ゴブリンとの知恵比べに負けて死んだ冒険者もいると聞いている、あんたらなら大丈夫だと思うけど注意してくれよ。」


 バンカーさんはそう言うと、取り出した紐で地図を結わえてべべ王に差し出した。



         *      *      *



『ラパルルリッパポポプルルン』


「ギャハハハハハ!

 なんだよその愉快な呪文は!」


「ひぃーー、笑い過ぎて腹が痛いわい!」


 ゴブリンの洞窟の前でべべ王と段が笑い転げる。

 敵地の目の前だというのに、気づかれたらどうしようとか考えないのだろうか?


「いいからその盾を出せよジジイ」


 べべ王が苦しそうに腹を押さえながら大きな顔を模した盾を俺の方に差し出す。

 俺がその盾の額に手を触れると、そこに光の玉が貼りつけた。


「へえー、明かりになるのかそれ。」


 笑いを押し殺した表情のイザネが珍しそうに光の玉を見つめる。

 基礎魔法として最初の頃に習う明かりの魔法なのだが、彼等にとってはそんなに珍しいのだろうか。


「まぶしい……」


 不意に盾の方から声が聞こえた。


「これ、じゃま……」


 もしかして、この盾がしゃべっているのか?


「どうじゃ素敵な盾じゃろ。

 なにかあると愉快におしゃべりしてくれるのじゃよ。」


 べべ王は自慢するようにそう言ったが、愉快どころかただただ文句を垂れ流しているようにしか俺には見えない。

 もともと先に敵に見つかる事を覚悟で暗がりで目立つ明かりの魔法を使ったのだがら盾が音を発したくらいでは作戦には支障がないとはいえ、心情的に常に士気が下がるような文句を垂れ流されるのは勘弁してもらいたかった。

 とはいえ、明かりの魔法が暫くその効果を発し続けるのは止められないので盾も黙る様子がない。


「しかたない、このまま行こう。

 みんな鼻栓を付けとけよ。」


 俺はそう言うと、ゴブリンの足跡だらけの洞窟の入り口に向かった


「確かにこの臭いは強烈じゃわい。」


 鼻栓をしたべべ王が先頭行き、続いて段、その後ろに俺が洞窟に入る。

 むせ返るような悪臭に俺は顔をしかめる。

 知識として臭いが強烈な事は知っていたし、ゴブリン達が匂う事も先日経験をしていた。

 だが、実際に巣に潜ってみるとその臭いは想像以上のものだった。

 後ろを見ると狭い通路の天井につかえそうになりながら東風さんが体を洞窟にねじ込んでいた。

 一番俺が心配していたのは、大きな東風さんが狭い洞窟の中に入れるのかという事だったが、それは問題なさそうだ。

 しかし裏をかえせば、それだけ大きい洞窟ならばホブゴブリンどころかチャンプと呼ばれるもっと大きなゴブリンの個体さえこの奥に潜んでいる可能性がある。

 俺は足跡からそれを判断できないか調べようともしたのだが、ゴブリン達の足跡が何重にも折り重なっていて判断がつかなかった。


「うええぇ……」


 不意に後ろから声がして振り向くと、洞窟に入ったイザネがその臭いの強烈さに悲鳴を上げている。

 後ろからの襲撃に備え、洞窟の中で身動きの取りにくい東風さんを護衛すべくイザネにしんがりを任せていた。

 無事全員が事前の作戦通りの順で洞窟に入った事を確認した俺は、木の板とチョークを袋から取り出し、早速マッピング(洞窟の地図作成)を始める。


 普通ならば、敵地に乗り込む緊張感あふれる冒険の始まりとして語られる場面なのかもしれない。

 だが、例えどんな亜種がいたとしてもどうせゴブリン程度のモンスターならば防御の指輪のおかげで敵の攻撃を恐れる必要はない。

 だから数が多いとはいえ楽な害獣駆除の仕事としか俺は思っていなかった。

 自分が身に着けている冒険者ランクに釣り合わない強い武装に対する負い目はない訳ではないが、ゴブリン相手ならば大猿のような獣相手とは話が違う。

 奴等は獣のように本能で人を襲うのではなく、明確に悪意を持って人を襲っている。

 そしてその結果、どのような残酷な状況を作り出すのかはゴブリンに襲われた村を見て俺は知っている。

 過剰な武器を振るう負い目があったとしても、ゴブリン相手にそれを遠慮をする気などまるでなかった。

 むしろ身の丈に合わぬとはいえ、ゴブリンを圧倒できる力を得ていた事を喜ばしいとさえ俺は感じていた。


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