第十九話 病み上がりの散歩道
村に馴染んでいくアバター達とアバター達に馴染んでいく村人達。
それはカイルが当初想像していた以上のものであった。
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
(べべ王は確か畑に手伝いに行ってるんだよな。)
イザネ達と別れた俺はブライ村長の畑に向かって歩いていた。
段の方も気になってはいたのだが、あのゼベックならば段が相手でもなんとかなるのではないかと思えたためこちらを優先する事にしたのだ。
真面目な村長がふざけたべべ王にどれだけ振り回されていても不思議ではない。
畑仕事に支障が出ていなければ良いのだが……。
畑に着くと、べべ王の派手な衣装が柵に掛けられてるのが見えた。
流石にあの衣装で野良仕事は無理があるのだろう。
畑の中を見ると、村長に借りたのかぶかぶかの野良着を着てほっかむりをしたべべ王とブライ村長の姿をすぐに見つける事ができた。
べべ王の事だからまたサボってやしまいかと俺は思っていたのだが、べべ王はサボる様子もなく黙々と畑を耕していた。
(真面目に仕事してるんだったら、邪魔するのも悪いか。)
俺は安心してその場を離れようとしたが、その前にべべ王がこっちを向いて手を振り出した。
「おーーい!」
(みつかっちゃったか……)
べべ王は俺に声をかけながら、畑を荒らさないようにぴょんぴょんジャンプをして作物を飛び越えながらこちらに近づいてくる。
「なんじゃ、もう風邪は治ったのか?」
「体の具合はもう大丈夫だよ。
そっちこそ畑仕事にはもう慣れてるみたいじゃないか?」
「まだまだじゃよ。
今日も村長に怒られたばかりじゃ。」
ほっかむりを外して汗を拭うべべ王の後ろから、採れたての人参の束を腰から下げた村長が大きな声を上げる。
「俺が怒ったのは爺さんのダジャレがしつこいからだ!!
農作業で失敗したからじゃない!
”人参ブラブラブライー”とか、本当に何度も言われるとイラッとするからやめてくれっ!」
「天丼はお笑いの基本なんじゃがのう。」
べべ王はしょんぼりしたような声を上げるが、芝居ががっていて本気ではない事がすぐにわかる。
これはまた怒られる覚悟で……というか怒られるのがむしろ美味しいとすら思ってまた同じ事を繰り返すパターンだろう。
が、ブライ村長も苦笑いしながらべべ王を叱りもしないところをみると、この爺さんの扱いをもう既に覚え初めているらしい。
どうやら、村長を心配する必要はないようだ。
「ところで大猿退治の英雄殿がこの畑になんの用だい?」
村長が冗談めかしたように俺に声をかける。
ブライ村長が俺に悪意なく、むしろ手柄を称えて言っている事はわかるが、正直あの大猿との戦いにはあまり触れて欲しくなかった。
あれは冒険者として誇れる戦いではない。
俺は力なく村長に笑顔を返すのがやっとだった。
「いや、特に用という訳ではないんですが……」
「暇ならカイルも手伝っていったらどうじゃ?
面白いぞ畑仕事は。
やる事が単調だった、ルルタニアのガーデニングコンテンツとは雲泥の差じゃよ。」
べべ王が俺の袖を引くが、俺は笑って首を振りそれを断る。
「病み上がりなんだ、勘弁してくれ。」
「確かに長い間風邪で伏せっていたし、今日はくらいは大事をとった方がいいだろうな。」
「仕方ないのう。」
村長の言葉を聞き、べべ王が残念そうに俺の袖を離した。
「じゃ、他に見たいとこもあるし俺はこれで。」
手を振って俺は畑を後にした。
(次はジョーダンの方を見に行こう。)
ゼベックの鍛冶屋へ続く道を歩いていると遠くから村長の家に向かう人影が近づいて来るのがみえる。
その独特の体系とでかい体から、それが東風さんである事はすぐにわかった。
(遠くからでも目立つな東風さんは。)
ワンワンワンワンッ
東風さんに少し近づくと犬の鳴き声が突然辺りに響き渡る。
(犬なんて飼ってたっけ?)
見ると、東風さんの足元に茶色い中型犬を連れたゲイル君がいる。
「こらロルフ!吠えるなよ!」
……ワンワンワンッ
叱られた犬はゲイルの方をみて少し黙ったが、すぐにまた吠えだした。
「カイルさん、村長さんのところに行ってたんですか?
風邪のお加減は大丈夫なんですか?」
犬の制御に夢中なゲイルをよそに、鹿を抱えた東風さんが手を振る俺に俺に声をかける。
ゲイルの背負っている弓からも犬を連れて森へ狩りに行った帰りなのだろう。
「ええ、もう大丈夫です。
心配をおかけしました。」
ワンワンワンワンッ
ゲイルの手を逃れた犬が俺の足元で吠える。
(こういう時は……)
俺はしゃがんで犬の目線の高さに自分の目線を近づける。
犬は警戒を解いたのか、吠えるのを止めて俺の臭いを嗅ぎに近づいて来る。
試しに手を差し出すと、鼻を近づけて臭いを確認して尻尾を振る。
(ちょろいな)
刺激しないように、ゆっくりと体を撫で始めると犬は甘えるように体をなすりつけてくる。
「かわいいなぁ、ロルフっていうのかい?
見かけなかったけど、どこで飼ってたんだ?」
「そうだよ。
ロルフは畑の番犬にしてたんだ。
森の動物たちが畑を荒らしに来る事があるからさ。」
ロルフは飼い主の声に反応するよう俺の手から離れてゲイルの元に駆けて行き、その足元をくるくると回る。
やっぱり飼い主は別格なのだろう。
「今日は鹿を仕留めたんですね東風さん。」
俺は東風さんの抱えた鹿を見上げて声をかける。
「ええ。
ロルフがいたので簡単に追跡する事ができましたよ。
犬って凄いですね、鼻がこんなにいいとは知りませんでした。」
ルルタニアでは犬が珍しかったのだろうか?
「おいおい鹿を仕留めたのは俺だぜぇ!」
ゲイルが俺と東風さんの会話に割り込む。
しかし鹿は首を折られているうえに矢傷もなく、東風さんが影の中から組み付いて仕留めたであろう事はすぐにわかった。
またゲイルは嘘をついて大人をからかう気でいるのだろう。
「へー、すごいなゲイルくんは。
お手柄じゃないかぁ。」
俺が逆にゲイルをからかうようにわざとらしく驚いてみせると、ゲイルは頬をふくらませる。
「ちぇっ
こんな奴ほっといて行こうぜ東風。」
「すいませんカイルさん。
また後ほど。」
生意気なゲイルが村長の家の方に駆けだし、東風さんとロルフがその後に続く。
東風さんのような大男がその場にいるだけで非日常を感じざるを得ないのだが、今日は不思議と村の日常にそれが溶け込んでみえた。
(残るはジョーダンか。)
二人と別れた俺は、段がおじゃましているであろうゼベックの鍛冶場へ向かって再び歩み始めた。
* * *
「だからそうじゃねーつってんだろ!」
ゼベックが上半身裸になった段の後頭部をペチンとはたく。
「ってーな。
ちゃんとやってんだろ?」
「もっと脇をしめろってんだよ。
楽をしようとして姿勢を崩してんのがバレバレなんだよ!
真面目にやれ真面目に!」
鍛冶場の前でゼベックが段に拳闘を教えていた。
それにしても、あの段の後頭部を遠慮なくはたくとはゼベックもいい度胸をしている。
元拳闘士というのも伊達じゃない。
「こ、こんちわ」
ゼベックの気迫に思わず気後れして言葉がどもる。
「おう、大猿退治あんがとよカイル!
そこの大猿退治する前に風邪で寝込んでたハゲと違って偉いぞオメーは!」
段を親指で指しながらゼベックが大声で返事をする。
「なんだよ。
そいつに稽古つけて強くしたのは俺達だぜ。」
「自分の稽古も真面目にせん奴が、人の稽古の面戸をを真面目にみる訳がねーだろ!
おしゃべりしてる暇があったら、もう10セットだ!」
段は渋々拳闘の練習に戻る。
拳闘のコーチとしてもゼベックさんは堂に入ってる。
あの段をここまでうまく扱うなんて俺は思ってもみなかった。
「凄いですね。
現役時代は拳闘でいい成績残せたんじゃないですか?」
俺はゼベックさんがご機嫌で拳闘の自慢話をはじめるかと思っていたのだが、その反応は予想とまるで違っていた。
「いや、それがなぁ……いいとこまでは行ったんだが俺はクビになったんだよ拳闘士を。」
「え?」
思わず素っ頓狂な声を上げる俺に、ゼベックが昔話の続きを聞かせる。
「俺が現役だった頃、反則が得意なクソ野郎が選手にいてな。
ある時そいつが審判に金を配って抱き込んで、試合でやりたい放題してやがったのよ。
あまりに八百長が酷くてそいつと闘ってた俺だけじゃなく観客も呆れちまってな、真面目に試合に付き合うのがバカバカしくなった俺はそいつの顔面を蹴って試合を終わらせたんだ。
そしたら拳闘をクビになっちまった。」
「拳闘で蹴りを使ったんですか?」
呆れる俺にゼベックはガハハハハと笑ってから応える。
「おうよ!
その蹴り一発で失神させてやったぜ!」
「おい!
その蹴りを俺にも教えてくれよ!」
早速興味を持ったのか段が話に喰いついてくるが、ゼベックさんがそれを跳ね除ける。
「拳闘の基本もまだ覚えてない奴が、反則を先に覚えてどーすんだ?!
おしゃべりしてサボってたからもう10セットやり直しだ!
返事は!!」
「へーい。」
やる気のない返事とともに段が再び拳闘の練習に戻る。
「まったくあいつは地味な事が苦手で困る。」
「ああ、それよくわかります。」
ぼやくゼベックさんの言葉に俺は大いに共感する。
べべ王も段も地味な事は好きじゃないし、自分の興味のない事には更に無関心だ。
そしてどちらかといえばべべ王よりも段の方が興味の幅が狭い。
「あんなガキみたいな大男と生活してるなんて、お前も大変だな。」
「ええ、まぁ。
ところでゼベックさんはなんでこの村に住んでるんですか?
街で拳闘していたのなら市民権も持っているんでしょう。」
壁に囲まれた安全な街に住むのは多くの人の憧れであり、それには街の市民権が必要になる。
冒険者ならば街にとって有益な人物と自動的にみなされ、街をモンスター等から守るための依頼への強制参加を条件に市民権を獲得する事が可能だ。
そして引退した冒険者が”街への貢献不足”を理由に市民権を取り上げられるのもよくある話である。
しかし、ゼベックさんの場合は拳闘士だったのだし、大金を払って市民権を買ったのか、もしくは街で生まれて初めから市民権を持っていたのか、そのどちらかしかありえない。
ゼベックさんがわざわざ市民権を手放した理由に俺は検討もつかなかった。
「惚れた女がこの村にいたからさ。
そいつの市民権を買うだけの金が用意できない以上、俺が村に住むしかないだろう。」
それは男らしい、そしてゼベックさんらしい答えだった。
「セリナさんの事ですか?」
「ハッキリ言うなよ、照れるじゃねーか!」
余程女房に惚れこんでいるのだろう。
ゼベックは上機嫌で俺の肩を強く叩く。
段をゼベックさんに任せても問題ないと確信した俺は、しごかれる段をもう少し眺めていたい気持ちに後ろ髪を引かれながらゼベックさんに別れの挨拶をしてその場を後にした。
* * *
「ただいま」
家に戻ると先に東風さんが既に帰っていて、鹿肉の料理の準備をしているところだった。
「おかえりなさい。
今夕飯の準備をしますので、ちょっと待っていてください。」
「手伝いますよ。」
俺はまな板の前に立とうとしたが、それを東風さんが通せんぼする。
「まだ病み上がりなのでしょう。
無理はしないでください。
ララさんに料理の仕方は教わってますし私一人でも大丈夫ですから。」
「ならお言葉に甘えます。」
俺は料理を手伝うのを諦め自分のベットに腰かけた。
東風さんはところどころは迷いながら料理を作っているが、概ね問題はなさそうだ。
俺だって料理の知識がさほどある訳でもないし、もしかしたらララさんに真面目に料理を教わっている東風さんの方が、既に俺より料理に詳しくなっているのかもしれない。
他の三人と違って、東風さんは面倒臭がらずに日常の仕事をこなしてくれているのには感心する。
「偉いですね東風さんは。
みんな面倒な事を嫌がってしないのに。」
俺がそう言うと、東風さんは少し複雑な表情を浮かべた。
「この世界だと冒険に行く事すらままなりませんし、私だって面倒だとは思っているんですよ。
でも、その面倒な事に馴染む事こそが、この世界を楽しめるようになるコツなんじゃないかと思っているんです。
ドラゴン・ザ・ドゥームとはかけ離れてはいますが、そういうゲームバランスの世界なんでしょう?」
「ええ、そうですね。
そんなふうに考えた事もありませんでしたが、だいたいその通りだと思いますよ。
”ゲームバランス”っていうのはよくわからないですけど。」
異世界から来た人間に、この世界はそんな風に見えるものなのだろうか?
それは東風さんが築こうとしている、この世界に馴染むための道程を考えさせられる一言だった。
「おや、東ちゃんも先に戻っておったか。」
不意に野菜を抱えたべべ王がドアを足で開けて家に入ってくる。
「その野菜、村長さんに貰ったのかい?」
「そうじゃよ。
畑仕事を手伝ったお礼だそうじゃ。」
俺にそう応えるとべべ王は机の上に野菜を並べる。
「早速料理に使わせてもらいますね。」
鹿肉を切り分けていた東風さんが、野菜を見て嬉しそうに言う。
「そうしとくれ。
わしは風呂の掃除を手伝いに行ってくるよ。
急がないと食事前に泥を落とす事もできんからのぅ。」
べべ王は忙しそうに再び家から出て行ってしまった。
(あのべべ王が、こんなに村の生活に馴染むなんてな。)
べべ王は恰好から言動までありえない程ふざけていて、四人の中で最も非常識に思っていたのだが適応力は俺が想像していた以上のものを持っていたのだろう。
(ドアを開けっ放しで出かけていくのはどうにかして欲しいけどな。)
俺がべべ王が開けっ放しにしたドアを閉めようとノブに手をかけると、外から腫れた顔がこちらを覗き込んでいた。
「うわっ」
「”うわっ”てなんだよ!」
不満そうに声を発したのは段だった。
段の後ろから同じく顔を腫らしたイザネが入って来る。
「どうしたんです二人ともその顔は?」
東風さんが料理の手を止めて二人に尋ねる。
「ジョーダンの奴が軽くスパーリングしようって言うから付き合ってやったんだよ。
そしたらコイツ急に本気を出しやがって。」
イザネが段を睨む。
「お前が防御ばっかして、攻撃が全然当たんないからだろ。」
「俺は冒険者を始めた頃からずっと防御中心の立ち回りしてたろ。
今更なんだよ。」
「攻撃当たんないとイライラすんだよ!
おいカイル、回復魔法してくれ。」
俺はため息をついて、魔導弓を取り出す。
「二人とも動くなよ。」
ヒールアローを生成して、まずはイザネの額に打ち込む。
段は……顎でいいか。
「おい、俺のヒールアローの位置おかしくねーか?」
顎の先にヒールアローをぶら下げた段が俺に文句をつける。
「顎が一番腫れてたんだからしょうがないだろ。」
俺は笑いを堪えながら誤魔化すように言う。
べべ王がこの場にいたらきっと笑い転げていただろう。
「なら仕方ねーか。」
よくる見ると段は腫れた手首を顎にささったヒールアローに近づけて癒している。
「どうしたんだい、その手首は?」
「イザネにパンチしたら、手首を狙って払いのけて来るんだよ。
おかげでパンチが全然当たらなくてよ、クロスカウンターを狙って一発で沈めてやろうとしたらタイミングが合わずに相打ちになっちまったって訳だ。」
段の言う事を聞いていたイザネが我慢できなくなったように口を開く。
「だから、軽くスパーだって言ってたのに”一発で沈める”って発想になるのがおかしいんだよ。
だいたいジョーダンと俺とじゃリーチの差が大きいんだから、狙いを体の中心から伸ばした手足の末端に切り替えて攻撃するのが基本だろ。」
「なるほど。」
手を打って納得した段の一言にイザネが呆れたように続ける。
「なるほどじゃねーよ。
ルルタニアにいた時はみんな普通に大型モンスター相手にやってた事だろ?
ボケてんのかよジョーダン。」
それを聞いて途端に段の表情が険しくなる。
「おいイザネ、まさかオメー俺に部位破壊をしてやがったのか?」
「当たり前だろPvP(プレイヤー対プレイヤー)なんだから。」
「当たり前じゃねーだろタコ!
軽くスパーだって言ってたのに、オメーの方がえげつない事やってるじゃねーか!
表に出ろ!今すぐスパーの続きをしてやる!」
「望むところだ!
二度もあんな出来損ないのカウンターが当たると思うなよ!」
やばい二人とも負けず嫌いが爆発してエキサイトしている。
二人を止めてくれないかと、助けを求めるように東風さんの方に視線を向けたが、オドオドしていてなにもできない様子だった。
東風さんは二人の後輩だし、どうやら二人に頭が上がらないらしい。
べべ王もいないし、ここは俺が止めるしかないようだ。
俺は大きく息を吸い込んだ。
「続きすんのは勝手だけどさ、今度は怪我しても回復魔法はもうかけないからな。」
チッ
フンッ
手を腰に当てて俺がそう言うと、不満そうに二人が反目を止める。
こういう時、ヒーラーは立場が強い。
東風さんは安心したように料理を再開し、段は自分のベットにゴロリと横になり、イザネは東風さんの料理の手伝いをはじめた。
(帰ってきたらべべ王に一応このことを報告しておいた方がいいのかな。
あれでもリーダーなんだし、パーティメンバー同士のいざこざは軽いものでも把握しといた方が間違いがないだろうし。)
横をみると騒動の張本人である段がもう寝息をたてていた。
ゼベックのしごきとイザネとスパーリングがそれなりに堪えていたのだろう。
(そのうち俺にもスパーに付き合えとか言い出さないよな?)
俺はそんな事を考えながら魔導弓をカバンに戻していた。
……尚、その日の段は風呂からべべ王が帰って来た時にも起きる事ができず、べべ王によって寝顔に落書きをされ、食後に本日二度目の騒動をべべ王と引き起こす事となった。
散歩道 歩き始まる 蝉供養




