第十七話 大猿の冒険譚
大猿退治に再び向かうカイル。
まるで自信がなく怖気づきそうになるカイルだったが、実際の大猿との戦いは彼の予想だにしないものだった。
続・冒険譚~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
バンカーさんの宿に着いた俺は急いで二階へ上がり昨日干した洗濯物を確認した。
(まだ湿っているな……)
けど、贅沢を言っている時ではない。
俺は洗濯物に手を伸ばしたが、二階に昇って来たララさんが止める。
「ちょっと、まだ乾いてないじゃない。
あんたまで風邪をひいたらどうするの?
余っている服を貸してあげるからいらっしゃい。」
ララさんが貸してくれたのはバンカーさんのお古の服だった。
俺は宿の一室でその服に袖を通すと、1階の調理場に戻ったララさんに声をかける。
「すいません、すぐ出かけなければならないので朝食をお願いしてもいいですか?」
「はーい。
お粥作った後になるけどいい?」
「ええ、お願いします。」
のんびりと朝食ができるまで待っている暇はなかった。
俺は宿を出ると村長の家に向かう。
「ブライ村長。」
村長宅に着くと、ブライ村長は農具を持って畑に向かうところだった。
「どうだったねカイル。」
べべ王達との相談の結果尋ねる村長に、俺は動揺させないようになるべく自信ありげに答える。
「俺が一人で大猿退治をする事になりました。」
「バカな!
あのゲイルですら敵わなかった相手だぞ!」
驚く村長に俺はカバンから取り出した新しい魔導弓を見せる。
「この武器ならあの大猿でも倒せますよ。
彼等も同じ意見です。」
村長は俺の魔導弓をまじまじと眺め、そして口を開く。
「これはあの召喚者から貰ったのか?」
「ええ、信じられない程の威力が出ます。
接近戦は厳しいですけど、遠距離から大猿をこれで射貫くなら勝ち目は充分ありますよ。」
「わかった、ならば大猿を目撃したゲイルを呼んでくるから、中に入って待っていてくれ。」
俺は村長宅に入り、マーサさんに案内された部屋の椅子に腰かける。
(うまく演じられたか。)
村長宅に到着してからの俺の行動は全て事前に考えたシナリオ通り。
なるべく村長に動揺を与えぬよう大猿退治を納得させた。
だが、俺自身の動揺はまだ収まっている訳ではない。
新しい魔導弓の威力ならば、大猿相手でも戦えるとは思うが、べべ王達の言うように楽勝で勝てるなどとはとても思えなかった。
(とはいえ、これでもう後には引けないか……)
今頃になって手が震えだした。
ガチャ
ノックもなしに突然ドアが開け放たれ、ゲイルが飛び込んで来る。
「兄ちゃんが一人で大猿退治に行くって本当かよ!
すっげー!」
それにしてもゲイルは最初に会った時、マーサさんのスカートにしがみついていたのとはまるで印象が違う。
いや、恐らくあの時は周囲の大人全員が大猿に怯えていたから、それが子供であるゲイルにうつったのだろう。
逆から言えば、今は俺達がいるから村人は安心していられるし、ゲイルも本来の自分でいられるのだ。
そう考えると手の震えはなぜか消えていた。
頼りにされているという事が力になる事もあるのだと実感できる体験だった。
「じゃ、大猿を見た時の話を聞かせて貰えるかな。」
俺はゲイルに続いて入って来たブライ村長と一緒にゲイルの話を聞き始めた。
* * *
ララさんが用意してくれた遅い朝食を食べてから俺は村を出発したのだが、その時にはもう昼に近い時刻だった。
サイズが僅かに大きいバンカーさんの服を若干気にしながら俺は森をクラン拠点のある方向へと向かう。
ゲイル君の話では、以前大猿が縄張りとしていた辺り……つまり、クランSSSRのクラン拠点周辺に大猿はいたらしい。
(クラン拠点のすぐ近くにいるのなら、クランに籠って拠点を侵入者から守る魔法の壁を盾に戦う事もできるな。)
べべ王の作った防御の指輪を信頼していない訳ではなかったが、どの程度大猿の攻撃を軽減できるのか俺には予想できなかった。
沼ではスライムの攻撃を無効化していたのをみたが、大猿の攻撃はどのくらい軽減できるのだろうか?
せめて短いナイフで斬られた程度の傷を負うくらいに威力を抑えてくれればいいのだが、その爪がゲイルの鎧を切り裂いていた事から考えるとそれも期待できないように思えた。
「くそっ」
俺は小さく毒づいた。
クラン拠点の近くで大猿の足跡を発見する事はできたものの、それはクラン拠点とは逆の方向へ向かっていた。
クラン拠点の魔法の壁を利用する作戦は早速使えなくなってしまった。
大猿の足跡は比較的新しいものの様だ。
俺は魔導弓をカバンから取り出した。
(ちょっとまずいな……)
魔導弓が目立ち過ぎるのだ。
以前の魔導弓も新しい魔導弓も同じ黄色なのだが、新しい魔導弓は表面が金属質で光を反射してしまうのだ。
俺は湿った土で魔導弓を汚してからそれを持ち直し、大猿の足跡を追う。
風向きも悪くなく、音にさえ気づかれなければ大猿を不意打ちで仕留める事も可能な筈だ。
ガサッ
少し離れた場所から何かが動いた音を聞いた俺は身を屈めて、音のした方向を伺う。
大猿らしき大きい影が動くのが見えるが、まだ距離が遠く、また茂みのせいで視界も悪くその姿をはっきり確認する事もできない。
先ほどまで吹いていた向かい風は既に止んでいる。
次の風向きによっては大猿に気づかれかねない。
俺は急いで大猿らしき影との距離を縮めた。
(メスか。)
胸が膨らみで判断したのだが、俺が追っていた影は大猿のメスだった。
大猿は足を止めて木の上の方を何かを探すように見渡している。
(チャンスだ!)
俺は魔法の光が見えないように木の影に隠れ、アイスアローを生成する。
ここ数日の修行の成果で、俺のマジックアローは以前より少し大きいものを作り出せるようになっていた。
(この強化されたアイスアローと、今の魔導弓ならあの大猿だって一撃で仕留められる筈だ!
信じろっ!)
森が火事になる心配のないアイスアローを選択したのだが、これを大猿のどこに命中させるべきか考えを巡らせる……
(頭か心臓か……心臓だな。)
俺はアイスアローをつがえた魔導弓で大猿の胸を狙う。
頭の方が命中させれば確実だとは思うが、小さい方の的を狙って外すリスクが怖かったのだ。
シュ……
音もなくアイスアローが飛ぶ。
が、大猿が何かに気づいたようにこちらを振り返る。
(しまった!風向きが変わっている!)
既に追い風が緩やかに吹き始めており、俺の臭いがちょうど大猿に届いたのだろう。
だが大猿にそれを避ける時間はなかった。
アイスアローは胸から逸れ脇腹に命中したものの脇腹から腰・胸の周辺まで凍らせて大猿の血の流れを止める。
グガッ……ァ……
大猿は僅かにうめき声を上げてその場に倒れ伏した。
この威力ならばわざわざ急所を狙わずとも、手や足の末端以外に命中したのなら確実に仕留める事が可能だろう。
「なるほど、一撃で倒せる相手なら多少のリスクがあっても俺一人に退治を任せようって気になるかもな。」
俺はまだ大猿が生きていた時の用心にアイスアローをもう一本生成して魔導弓にセットする。
(おとなしく死んでいてくれよ……)
俺は魔導弓を構えて倒れた大猿におそるおそる近づこうとしたが、身体の異変に気付いてすぐに立ち止まった。
頭がクラクラする。
(あいつらに風邪をうつされたか……)
俺は既に体のダルさも自覚し始めていた。
(早く決着を付けて風邪が悪化しないうちに帰ろう。)
俺は倒れた大猿に再び意識を集中しようとしたが、その瞬間に俺の頭上からの叫び声が響いた。
グガァッ
俺は慌てて魔導弓を上に向けるが、何者かが振り下ろした爪を防ぐのがやっとだった。
とっさに放ったアイスアローも明後日の方向に飛んで行ってしまった。
(あの大猿つがいだったのか!)
木の上から飛び降りて俺を襲ったのはオスの大猿だった。
おそらく、俺が仕留めた大猿と夫婦であったのだろう。
(くそっ!
二匹いるなんて聞いてなかったぞ!)
もっと注意して足跡を探すべきだったし、以前も木の上から大猿に不意打ちされたにも関わらず上に注意を向けようとしなかった自分の迂闊さを呪う。
もう距離を詰められてしまったから、マジックアローを生成する時間もない。
さっき大猿の攻撃を防いだ魔導弓を持つ手の痺れから、大猿の爪の破壊力を俺は実感し俺は冷や汗を流した。
ウガアァァァァッ!
俺が考えをまとめる間もなく、大猿が目の前で咆哮をあげ襲い掛かる。
(この程度の早さなら!)
稽古で見慣れたイザネの攻撃と比べるなら、大猿の攻撃は鈍くさえ感じていた。
だが風邪で気だるい体は僅かに俺の反応を鈍らせてしまう。
俺は魔導弓を使って大猿の振り下ろす爪を払おうとしたがタイミングが合わない。
キィィィン
金属音とともに大猿の爪が魔導弓を俺の手から引き剥がし、遠くへと飛ばす。
ズガッ!ドガッ!バキィッ!
肩から胸にかけて、腹、そして側頭部に痛みが走り、景色が逆さになる。
最後に頭に受けた一撃で俺の身体は宙に浮き、回転した状態で吹っ飛ばされたようだ。
ドガッ!
次の瞬間、俺の肩に木がぶつかり地面へと叩きつけられる。
(痛い……しかし、まだ動ける……)
ドガッ!
起き上がろうとした瞬間、後頭部に痛みがはしり地面に顔が叩きつけられる。
ドガッ!ドゴッ!ガッ!ドンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!
物凄い勢いで背中と後頭部に何回も何回も痛みがはしる。
うつぶせに倒れた俺に大猿が何度も何度も爪を振り下ろし、足で踏みつけているのがわかる。
だが、俺は死んでいない。
痛みはあるが、地面には一滴の血すら落ちていない。
(そういう事か……)
俺はようやく何故一人で大猿退治を任されたのかを理解した。
そして俺の中で戦いの熱が急速に冷めていくのを感じた。
これは最初から”冒険”でも”戦い”でもなかったのだ。
”狩り”と言うにも容易過ぎるし、”駆除”という言葉の方がむしろ適切なのかもしれない。
”虐待・虐殺”という言葉で表現してもいい。
(まさか装備だけで、ここまで強さに開きが出るなんてな。)
俺は大猿の攻撃が止むのを待って身を起こした。
ララさんから借りた服は汚れてしまったが、破れてる箇所は一つもない。
少々の打撲はあるかもしれないが、俺の肌にも傷一つなく赤く腫れている箇所がちょっと目立つ程度だ。
大猿は少し俺から距離を離した場所で怯えたような表情でこちらの様子をうかがっていた。
(俺を恐れているのか?)
試しに一歩前に進むと大猿は一歩後ずさった。
もう戦うまでもない、戦う必要すらない。
リラルル村の周辺から大猿が逃げるのなら村長の依頼は達成される。
人食いの化け物とはいえ、人に対して恐怖を覚えてしまったこの大猿がもう無暗に人を襲うとも思えないし、なにより戦意を失って無抵抗な者をなぶり殺しにするような真似は好きではなかった。
後はこいつが逃げ出すまで脅してやるだけでいい。
それでもう充分だ。
「どうした?
逃げたければ逃げていいんだぜ?」
俺が更に一歩前進すると、大猿はまた一歩下がった。
(……もう少しだ。
もう少しでこいつは逃げ出す。)
この大猿は俺が仲間を一撃で殺しているところも目撃している。
さらに自分の全力のラッシュすら通用しないとなれば、勝ち目がない事くらいとっくに理解できている筈だ。
(さぁ、逃げろ!)
俺は三歩目を踏み出して大猿を威嚇する。
が、大猿はもう引き下がらなかった。
相変わらず俺に怯えている様子だが、必死に牙を剥いてその場にとどまっている。
「なにしてんだ?
とっとと逃げろよっ!!」
俺が怒鳴りながら四歩目を踏み出すと大猿はビクッっと怯えるそぶりを見せたが、やはりもう下がろうとしない。
グルルルル……
大猿は逃げるどころか逆に威嚇の声を上げて踏みとどまり、姿勢を前傾にして攻撃の構えをみせる。
(……そうか、こいつは逃げないんじゃない。
逃げられないんだ。)
俺はこいつが樹上にいるのも知らず、大猿のつがいを……恐らくはあいつの嫁を目の前で殺している。
いくら恐ろしい相手でも、そんな事をした奴からおめおめと逃げる事などできない。
この大猿は俺に怯えながらも、命の危険を感じながらも嫁の敵をとろうと勇気を振り絞ってここに踏みとどまっているのだろう。
もう一歩進んでも大猿は逃げ出さなかった。
俺と大猿との距離だけがいたずらに縮む。
「わかったよ。」
俺はショートソードをゆっくりと抜きながら水平方向へ歩き、距離はそのままに大猿との位置を調整する。
この戦いに勝っても自慢などできない。
装備が規格外だっただけで、俺がなにをしたという訳ではない。
けど、だからこそせめて決着だけは自分の実力で付けたかった。
「うおおぉぉぉぉっ!!『ロドゥムエィガリル!戻れ我が弓よ!』」
俺が呪文を唱えながら大猿に突進すると、大猿も覚悟を決めたのか俺に向かって突進する。
ウガアァァァァッ!
が、大猿の動きが止まる。
大猿の背に、俺の呪文で俺の手元に戻ろうとした魔導弓が刺さっている。
ラッキーだった。
俺は大猿に魔導弓をぶつける事を考えていたが、それが刺さるとは思っていなかった。
一瞬だけ動きを止める事ができれば充分と考えていたが、これならば暫く動きが鈍る筈だ。
(っ?!
こいつ、ここまで覚悟を決めていたのか?!)
が、内心ほくそ笑んだ俺の予想に反して大猿はすぐに突進を再開した。
背の痛みなど意に介さずに一直線に俺を目指して牙を剥く。
俺と刺し違える覚悟が既に大猿の中にあったとしか思えなかった。
俺は奴の気迫に飲まれないよう必死で剣を突き出し、大猿は大口を開けてその牙を俺に突きたてようと迫る。
それしかなかったのだろう。
幾ら爪で裂こうとしても、踏みつぶそうとしても平然としている俺に通用する武器が大猿にまだ残っているとすれば、もう牙しかない。
その顎の力で噛みちぎる以外、もう俺に対してできる事はなかったのだろう。
けどそれは俺にとっても同じ事だった。
ショートソードで大猿を仕留める事ができるとすれば、よっぽどの急所を突くしかない。
そう例えば、その大口を開けた大猿の口中にショートソードを突き立てる事ができたのならば……。
ザクッ……
大猿の血が勢いよく俺の顔にかかり、ショートソードを伝い俺の腕を濡らす。
大猿の顎は閉じる前にその動きを止め、剣を握る俺の手にかすかに牙が当たる。
「すまないな。
本当だったらお前の勝ちだったのに……。」
俺の首を鷲掴みにする大猿の爪を静かに払うと、その巨体は音もなく崩れ落ちた。
* * *
「鼻は一つあればいいか。」
オスの大猿の鼻を削ぎ、俺はそう呟いた。
村長は二匹大猿がいた事を知らないし、二匹分の手柄を誇る気にもなれなかった。
ゲホッ!ゴホッ!
俺は不意に喉に違和感を覚え、せき込む。
風邪が悪化している事は確かなようで、既に俺は寒気を感じはじめていた。
(早く村に帰らないともっと風邪が悪化しそうだ。)
俺は急いで村に帰ろうとしたが、その足が途中で止まってしまう。
野ざらしの大猿達の遺体がどうしても気になってしまうのだ。
「くそっ、こんな事している場合じゃないのに。」
俺は大猿の元に戻り、その身体に落ち葉の混じった土をかける。
「本当は土に埋めなきゃならないんだが、これで勘弁してくれよ。」
モンスターを弔うなど、段のような変わり者でなければやらない事だ。
このことを他の冒険者に話せば笑われるだろう。
だが、この大猿の勇気に俺は敬意を示さずにはいられなかった。
俺は大猿の夫婦愛がどの程度の物か知らないし、大猿に勇気を持てる程の知性があるのかも知らない。
だが、恐怖に怯えながらもそこに留まり俺に立ち向かった姿に間違いはない。
それは俺が冒険者として憧れを抱くだけの勇気に満ち溢れた姿だった。
ゲホッゲホッゲホッ、ウゲッゴホッ
咳が酷くなっている。
メス猿の身体が隠れるまで土を掛け終わった頃には既に日は暮れようとしていて、俺の風邪は更に悪化してしまっていた。
俺は大猿の収まった盛り土に手を合わせると、今度こそ大急ぎで村に帰る準備を始める。
魔導弓の入ったカバンを背負うと、その重さがいつもより増しているように感じた。
俺はこの魔導弓から逃げないと決めたし、それに相応しい冒険者になる事を誓った。
しかし、それをいつまでも達成できないのならば、ただ装備に頼るだけで本物の冒険などできない冒険者もどきになってしまう事を俺は悟らずにはいられなかった。
* * *
「大丈夫?!」
村の門で俺を見つけたクリスが駆け寄って来る。
俺の風邪は最悪に近い程に悪化していた。
遠目から見ても体調が悪い事が一目で分かってしまう程に。
「単なる風邪だよ……」
強がりだった。
村に到着できた安心感から既に俺の片方の膝は地面に落ちている。
俺はクリスの後から駆け付けるダニーに大猿の鼻の入った袋を押し付ける。
「大猿は退治できたよ。
村長に渡しといてくれ。」
ダニーは袋の中身を確認して驚きの声を上げる。
「本当におまえ一人で退治したのかよ!」
「俺の力じゃねぇ!
あいつらに貰った武器と防具が強すぎたんだよ!!」
自分でもビックリする程の大声で俺は叫んでいた。
自覚してなかったが、余程実力で勝てた訳ではない事に後ろめたさがあったのだろう。
(ダニーに八つ当たりしても仕方がないのに、何をやってるんだ……。)
見れば膝をついた俺の肩を支えてくれているクリスまでもが驚いて硬直している。
「すまない、疲れてるんだ。」
俺は二人の緊張を解くよう、なるべく静かに言った。
「見ればわかるわよそんな事。」
クリスは俺の肩を支えたまま立ち上がり、熱でふらつく俺が歩くのを助けてくれる。
「なあ、あの召喚者達の武器ってそんなに凄いのか?」
ダニーが俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。
「強いなんてものじゃない、滅茶苦茶だ。
そうでなければ、あのデニムでも敵わなかった大猿を俺一人で倒せるものかよ。」
「じゃあ、あいつらが強いんじゃなくて、もしかして装備がバカみたいに強いだけなのか?」
べべ王達が装備だけではなく、ちゃんと実力もある事はイザネとの稽古で俺は嫌と言うほど思い知っていたのだが、ダニーの好奇心にきちんと答えるだけの余力は既に残っていなかった。
「さあな。」
ゲホッゲホッゴホッゲホッウゲェ……
俺はクリスに肩を支えられたまま突然咳き込み出す。
(……!咳が止まない!)
「ダニー、ここを任せていい?
あたしはカイルを家まで連れて行くから。」
「わかった。
早く行って来いよ。」
俺は咳込んだまま力なくクリスに家まで運ばれて行った。
* * *
どのくらい寝ていたのだろうか?
目を覚ますと、そこはベットの上だった。
「やっと目を覚ましたか。」
覆いかぶさるように俺の顔を覗き込んでいたイザネの顔がどくと天井の板が視界に入る。
俺はまだボーっとしたまま天井を暫く眺めていたのだが、やけに額が冷たい事に気がついた。
「なんだこれ?」
俺は額の上に乗っていたビチャビチャのタオルを手に取って眺める。
「なにやってんだよ。
ちゃんと熱を冷ましてないと駄目じゃないか。」
なにやら机の上の食器を整理してたイザネがこっちを振り向く。
周りを見渡すとべべ王達の姿もない。
どうやら俺以外はみんな風邪が完治したらしい。
「だってこれべちゃべちゃじゃないか、もっと絞ってから乗せるもんだろ?
ほら、額までびちょびちょに濡れてるじゃないか。」
俺は水で濡れた額を服の袖で拭う。
「そうなのか、濡れてた方が良く冷えると思ったんだが。」
イザネはひょいと俺からタオルをひったくるとタライの上で軽く絞る。
俺はイザネから目を離し、今しがた額を拭いた服の袖をもう一度見て違和感を感じる。
(おかしいな?)
「こんくらいでいいか?」
イザネから渡されたタオルの濡れ具合を確認してから俺は答える。
「うん、このくらいで大丈夫だよ。
ありがとう。
ところで俺は半袖の服を着ていたと思ったんだが?」
「ああ、あの泥と血でドロドロだった服だろ。
すぐに着替えさせたよ。」
「なんだって?!」
イザネの返事を聞いて俺は動揺する。
「おまえが着替えさせたの?」
「俺は風邪が治ってなかったから寝てたよ。
ララさんがやったの。」
(なんだ、ララさんか……)
俺は胸を撫でおろした。
「覗かなかったろうな?」
「俺がそんな事する訳ないだろ。
ああ、でもべべとジョーダンは着替えてるとこ覗いてたかも。」
あの二人に弄られるネタを提供してしまったか。
でもまぁ、いいかその程度なら。
俺は安心してベットに横になり、イザネが絞ってくれたタオルを頭に乗せた。
再び机の上で食器を弄っていたイザネが盆の上に皿を乗せてこっちにやってくる。
もしかして料理を持ってきてくれたのか?
イザネはスプーンで皿の中身をすくうと息を吹きかけて冷まし、それを俺に差し出した。
「はい、アーンして。」
「何の真似だよそれは?」
イザネらしからぬ行動に俺は眉をひそめる。
「病人にはこうやって飯を食わせるんだろ?
メルルが教えてくれたぜ。」
いやまぁ、確かに間違いではないのだが。
「もしかして、おまえらもメルルにそうやって食わせて貰ってたのか?」
「そうだよ。」
さもそれが当然であるかのようにイザネが答える。
どうやらメルルちゃんはおままごとの要領でここの病人の世話を手伝っていたらしい。
イザネがもう一度スプーンを俺に差し出す。
「食わないのか?
それとも俺に食わせて貰うのが嫌なのか?」
イチイチ説明するのもめんどくせえ。
もうイザネの誤解を解くのは後回しにしよう。
今は腹が減っているし、俺はおとなしくイザネに従う事にした。
「そんな事ないよ。」
俺はイザネの差し出したスプーンに食いついた。
ガチャリ
が、その瞬間ドアが開き、俺とイザネはそのままの姿勢でそちらに視線を送る。
「あらあらあら、お邪魔だったかしら。
ごめんなさい。
あ、イザネちゃんここに乾いたタオル置いておくから後でカイルさんの身体を拭いてあげてね。
汗を拭かないと風邪がまたぶり返しちゃうから。
じゃ、またね。」
ララさんはタオルを置くと、そそくさとドアから出て行ってしまった。
「何赤くなっているんだよカイル?
ほら、アーン。」
(後でどうやってララさんの誤解を解こうか……いやそれより、この事をべべ王や段が聞いたらどうなってしまうのだろう。)
イザネの差し出す二杯目のスプーンを俺はもう開き直って口に入れていた。




