冤罪裁判
「で、この死体はどうするか」
「ひとまず帝国軍に引き渡しますか」
足元には頭部の欠損した遺体。
まじまじと見つめるのは嫌だが、殺したのは俺だ。
余計なことにならないといいけどな
そう思いつつ、ルインに帝国兵を呼んできてもらう。
腰に携えたエクスカリバーをマジマジと見つめる。
さっきのキットとの戦闘、この体の耐久力がなきゃ普通に死んでた。
たまたまルインが耐えてたから良かったものの、一歩違えばルインは死んでた。
もっと強くならないとな。
「レオ様ー!呼んできました!」
ルインとその後ろに武装した兵士が来るのが見える。
「ルイン。今何時だ?」
「窓がないのでわかりません」
「3日は経ったか?」
「3回ほど眠ったことを考えると今日が3日目でしょう」
手を挙げるとジャラジャラと耳障りな音がするので、動くのも嫌になった。
「ルイン今何時だ」
「レオ様、それは先程話しました」
天井のシミを数えるのも、しりとりをするのも飽きた。
もはや、灰色の天井のどこにシミがあるかの位置さえ暗記したし、しりとりは確実に『り』で返せるように極めた。
あの日、帝国兵に遺体を引き渡してすぐ帰ろうとしていたが、遺体を見つけた経緯を聞かれて、襲われたから倒したという話をしたら…
通常の戦闘で人間の顔上部が消し飛ぶことはあり得ないと、そらそうだわ。
そして身分証を持ってもいない俺は連行、ルインも俺についてきて連行。
逃げることも可能だが、追われる身になるのも辛い。
そしてかれこれ3日だ…。
カツン、カツン
看守の足音がする
飯の時間か?いや、それはないだって飯はさっき食べたはずだ。
コワモテの看守が牢屋の前まで来て、そのままカチャカチャと牢の鍵を開ける。
「出ろ」
「釈放か!」
助かった、やっとお天道様を拝める。
外に出たら、まず風呂に入って美味いものを食って…
「いや、お前らは今から裁判にかけられる」
「被告人、ルイン=ザルツバーグとレオ、前へ」
裁判を進行する役目と思われるハゲに言われて、台を上がる。
手を拘束された状態で段を上るのは苦労する。
豪勢な装飾に囲まれた空間は、人を捌くというより金持ちの見世物小屋に近いのだろう。
台の手すりに、手をつく。
木とは感じさせないほどヤスリで削られた木目は暖かさを感じるともに、帝国の栄華を感じさせる。
進行役のハゲが咳払いをして
「ただ今より、被告人2名の男性殺人容疑についての裁判を始める」
え?殺人?いや、まぁ確かにしたけど。
でもそれにしても正当防衛が妥当だろ!
「おい!死んだやつは蠍座とかいう暗殺集団なんだろ?正当防衛じゃないか!」
思わず口から言葉が溢れる。
カンカンと木槌をつく音がする。
音の主は、3人いる裁判官のうちの真ん中、一番偉そうなやつ。
てかあいつ何処かで…確か帝国宰相のリカルド
教会で講演をしていた男だ。
「被告人、今はお前が喋る時間じゃない。検事よ求刑を読み上げろ」
リカルドが豪快に頬杖をしながら威圧する。
俺を含め、裁判所中の者が全員萎縮する。
それだけの覇気がある。
検事らしき、ガリガリに痩せた男が出てくる
「被告人は3日前の夕方、蠍座の一味であり、現在B級指名手配犯であるアバンク=ゴウシンを、なんらか方法で頭部を欠損させ殺害した容疑がかかっております。
被害者がB級指名手配犯ということもあるため、今回は懲役3年の求刑を致します」
ガリガリの検事は耳から落ちかける眼鏡を、直しながら読み上げる。
「3年は長すぎるだろ!無罪にしろ!てか俺らは被害者だろ!」
「静かにしてろと…言ったはずだが?」
リカルドに威圧され黙る。
おそらく単純な力量差としては俺の方が強いだろう、しかしなんだか奴は俺より、精神力かなんかで勝っている。こんなに萎縮するのは傲慢な俺にしては珍しい。
「では次に弁護人、答弁をお願いします」
ハゲの進行役が、伝えた方向には異様に太った体に、唇から大きくはみ出す出っ歯の男がいた。
容姿はムカつくが、頼むぞ…!お前次第で俺らの命運が決まると言っても過言じゃない!
弁護人である、出っ歯の男は、あー?とめんどくさそうに鼻をほじりながら
「検事側の求刑を妥当であると認めます」
「何言ってんだーコイツ!!!」
コイツ、マジで何しに来たんだ。
もはや弁護じゃない、ただ言われたことを右から左に認めただけ。クソ中間管理職と同じだ。
「なんと、では判決を…」
早!!!こうなりゃ俺の身は俺で弁護するしかない!
「異議あり」
沸騰しそうな俺の思考とは別に、とても冷静で芯の入った声が裁判所内に凛と響く。
ルインだ。
「確かに、我々はアバンクを殺しました。しかし蠍座の一味の指名手配書には『生死は問わず』と書いてあります。よってこの裁判は不当であり、本来なら報奨金が出てもおかしくないはずですが?」
ルインはもう存在しない眼鏡をあげる動作をしながら冷静に答える。
なかなか的確な指摘だ、検事と弁護人はぐぬぬという顔をしている。
てか弁護人の出っ歯、テメーはなんで、ぐぬぬって顔してんだ。
「ハッハッハ!」
リカルドが豪快に笑う。
「ならばこうしよう、今から勝負をして貴様が勝ったら無罪にして報奨金をやる、ただし負けたら3年は牢屋に入ってもらう」
もはや、これは裁判なのかどうかすら怪しい、地元の半グレのようなことを楽しげに提案するおっさんに俺は「YES」という他はない。
「決まりだな、では領域魔法、『闘技空間』!」
ゴゴゴゴ
さっきまで俺を見下す位置にいた裁判官や検事や弁護人がそのまま50メートルほど離れていく。
いや、正確にはこの裁判所が伸びているのだ。まるでこの空間に闘技場が折りたたまれていたかのように。
あっという間に、硬い砂でできた決闘場がその場にできる。
その光景を眺めていると、今度は俺とルインが立っている台がどんどんと透けていき、俺とルインはそのまま砂の決闘場に落下する。
バサッ
という音ともに硬い闘技場叩きつけられる。
「フンッ!」
リカルドが裁判長の席から、跳躍し俺とルインのそばに着地する。
巨体の落下の衝撃に俺とルインは後ろに転げる。
体勢を直し、顔を上げると目の前にリカルドがいた。
まじまじとリカルドを見つめるがデカい。
ゴテゴテとした派手な鎧に身を包み、白髪混じりのグレーな髪は手入れがしっかりとなされている。
身長は2メートル程だろうか、俺より遥かに高く感じるのは、あまりにもゴツすぎる体のせいだろう。
「これを使えい」
リカルドから細い短剣と鍵束を投げられる。
「勝負は簡単!盾を構えた俺に一撃を喰らわせ、一歩でも動かせたらお前らの勝ちだ」
なるほど、確かに簡単だ。単純に俺の攻撃力とやつの防御力、どちらが上かの純粋なぶつけ合い。
「ルイン、ここは俺にやらせろ」
「かしこまりました、お願いします」
「手錠したままで鍵を外せないなら手伝うが?」
リカルドが少々見下したように言ってくる。
「いらねーよ」
パキンッ
心の中で外れろと命じると、いとも容易く手錠の鎖は千切れた。
おぉ!と傍聴席からは驚嘆の声が漏れる。
地面に落ちている短剣を拾い、リカルドを見る。
2メートルをゆうに超える男、推定体重は150〜200キロほどだろうか。
その上にゴツゴツとした大鎧。そしてその身長を覆うほどの巨大な盾を構えて立っている。
この盾に攻撃をぶち当て、奴を動かす。
現実的ではない、どう考えても物理的に不可能だろう。
だが今の俺は物理的な縛りすら超越する男。
なめるなよ!
手に持つ短剣の形を変える。
短剣は細身の剣に
【エクスカリバー弍号機】
もはやロボットのような名前をつけてしまったこの剣は先代【エクスカリバー】からより洗練した、まさに勝負にふさわしい名剣
その刀身は鞘に収まっており、剣というより刀といった方が正しいだろう
赤い鞘から放たれる殺気は俺のデザインの最高峰を更新してくれる。
「ほぅ…」
リカルドは剣の形状変化に目を見張ったようだ。
しかしそれと同時に
「素人だな」と呟いた。
持ち方か、それとも雰囲気だろうか。
奇しくも3日前に同じのようなことを言った少女の顔が思い浮かぶ。
彼女を証人に呼んでいたら、この裁判は良くなっただろうか、いや無いな。
確かに俺は素人だ、そもそも現代人に剣を握だだことのある奴などほぼいない。
ただそんな俺でもわかることは、今回の勝負は瞬間最大火力。
一撃しかチャンスがないなら、その一撃で全てを終わらせるほどの破壊力が必要だ。
勝利条件は奴を一歩でも動かすこと。
つまり力の入れる方向は上から下でも、下から上でもない。横から横だ。
振り下ろし、振り上げでなく振り切り。
腰を低くかがめて、刀を腰の横に据える。
いわゆる居合い切りの姿勢を取る。
この居合い切りに全てを賭ける。
ここでもし、負けたら俺は脱走しなきゃならなくなる。
そうなりゃ、異世界なのに快適の『か』の字もない。
振り抜いた先にリカルドがいるイメージを固める。
この距離なら確実に俺の力、刀身の最高速にちょうどやつの盾を捉えられる。
距離は完璧。
姿勢も大丈夫そうだ、肩から指先に全身の力が伝わっていくのを感じる。
姿勢も完璧。
後は気を込めるのみ、奴を吹き飛ばすという強い気持ち。
アバンクを殺した時も、『死』という結果を求める強い気持ちが引き起こした結果である。
ならば、確実に吹き飛ばす!!!
鞘に手をかける。
右手の指を一本一本、布で覆われた鞘に這わせる。
肩と指に力が流れるのを感じる刹那
「ハァ!!!」
抜刀し、刀身を加速させる。
振り抜く力に合わせて、刀身が音速を超え、知覚の限界の速度を超える。
弾け飛べ!
バァン!!!
限界まで加速した刀身が、リカルドの大楯に当たると同時に、光を伴い砕け散る。
リカルドはその巨体のまま、数十メートル吹き飛び、裁判長の席に衝突し止まる。
200キロをゆうに超える塊の直撃を受けた、法廷は音を立てて崩落し、他の裁判官や検事が逃げ惑う。
「俺の勝ちだ…」