第五話
どれだけ眠っていただろうか。
昨日の事件の後、家に帰ってそのまま眠ってしまったため、制服を脱ぎ、風呂へ向かおうとして立ち上がった。立ち眩みしたと思って右足で踏ん張ろうとした時、足元に得体の知れない何かが襲う。
「痛っ!!!!!」
右足にいきなり激痛が走り、その拍子に左足に全体重がかかる。同時に左足に恐ろしい程の痛みが走る。
「ぐっ!!!!!うおぉあ!」
派手にすっ転んで、部屋の中に鈍い音が響く。倒れた拍子に机の棚の上に飾ったフィギュアが落ちてきて頭に落下する。
埃を被りながらも顔を上げると古くなって色あせたヒーローフィギュアが転がっていた。
「ーー守ってくれてありがとうーー」
「チッ!」
昨日の女の子の言葉が頭によぎり、たまらず手で払いのける。
立ち上がろうとして足に力をいれたが、痛みで立ち上がれない。
「は?あれ?何なんだこれ…?」
別に自分ら怪我をした記憶はない。だって昨日、自分は何もできなかったから、擦り傷一つ負ってないのだ。なのに、動かすと痛みが襲ってくる。
「まったく…。意味わかんねえよ…」
(もしかしたら昨日の出来事がまだ怖くて痙攣しているんじゃないのか)
そんな考えが脳裏によぎる。動けなくなった人夢は体を反転させて天井を見上げる。
坂上は今頃何をしてるだろうか。ふとそんなことを考えた。自分と違って昨日、体を張って戦っていたのだ。
(あいつのことだから普通にゲームセンターにでも行って遊んでるような気がするな)
倒れたままの姿勢で、テレビのリモコンを掴んでテレビを点ける。暗い部屋に明るい画面が映し出される。
その明るさに人夢は一瞬目が眩んだ。甲高い女性リポーターの声が耳に届く。
”謎の黒いUMAに迫る!ということで、目撃情報の多いここ如月にやってまいりました。ここには様々な目撃情報があります。目が黒かった、目が赤かった、小柄だった、大柄だった、怖かった、可愛かったなど、色んな情報が飛び交っていて、確かなことは定かではありません”
レポーターのお姉さんは、資料を読みながら人夢が良く知る街を歩いていた。
「結局デマ情報ばっかりじゃねーか。所詮噂ってことか」
これ以上変なデマ情報を受け取るともやもやしそうなきがして、チャンネルを変えようとしたその時だった。
”それでは、あの可愛らしい女子高生の二人組にも噂について聞いてみましょう”
人夢は体を起こしてテレビに近づいた。そこに映っていたのは、人夢の意中の女性であるクラスの委員長赤崎陽菜とお調子者の陽菜の親友だった。
”すみません、少々お時間よろしいですか?”
最近テレビでよく見るレポーターさんだと気づいた彼方は、断ろうとする陽菜の手を抑えた。
「なんでもご質問ください。好きなタイプですか?この若々しくみずみずしい、美肌の秘訣ですか!?」
ぐいぐいくる彼方に多少引き気味のレポーターが愛想笑いを浮かべているのを見て陽菜はため息をこぼしていた。
”えーとでは、今日はどこへお出かけですか?”
「女子高生二人でかわいい服を買いに行くところです!?」
”二人ともスタイルいいからどんな服でも似合いそう!”
「そんな…私なんて別に…」
彼方とは対照的に顔を赤らめる陽菜。
「かわいい……」
テレビの前の人夢は思わず声を漏らした。
もはや何の取材だか分からなくなっているが、そこで敏腕レポーターは話を本題へ移した。
”実は今世間を騒がせている黒いUMAについて情報を集めているんですが、、”
その時、二人の顔が一瞬険しくなった。テレビ越しに見ていた人夢はその変化に気づいた。その時、人夢はこの前の陽菜がいっていたことを思い出した。
「ーーー最近黒い影のUMAみたいなのがここらへんで発見されたなんて噂がたってるから、気をつけて帰ること---」
(彼女がほとんど男子と会話しないことは一年の時からそうだ。それに、そんな噂を信じる人でもない)
テレビの向こうでは、「すみませーん、私、それについてはよくわかんないですぅ」
彼方は頭の後ろに手を当てて笑っていた。
「そんな意味わかんない物取材するよりー、この先にあるケーキ屋さんに足を運んで取材したらどうですか?美味しいので。是非!!!」
”隣のお姉さんは何か知ってるかな?”
レポーターのお姉さんは陽菜にマイクを近づける。
陽菜は真剣な表情のまま言った。
「すみません。私達急いでいるので、失礼します」
そのまま陽菜はその場を急ぎ足で立ち去った。
「すみません。トイレでも我慢してたんですかねー。それじゃ失礼します。ちょ、待ってよ陽菜ー」
その後を慌てて彼方が追いかけていた。
次インタビューを受けていた男性は黒いUMAを見たと言い張って、一方的にぺらぺらと話し始めたが、胡散臭く感じる以外の何者でもなかったので人夢はたまらずテレビの電源を切った。
「赤崎達は何か本当に知っているのかも知れない。次、機会があれば聞いてみようかな…」
でも、インタビューを受けているときの様子から考えて、聞かれたくないのは明白だ。それに普段喋らないただのクラスメイトからいきなり話しかけられたら迷惑だろう。
「ま、まぁ坂上に相談してからにするか……」
そもそも自分から陽菜に話しかけることなんて恥ずかしすぎて絶対にできない。
立ち上がろうとした人夢は、先ほどの痛みが薄れていることに気が付いた。
「足が痺れていただけか?まだ痛みはあるが…よっ!」
足にまだ痺れのようなものを感じるが、人夢はよろよろと風呂に向かった。
シャワーを頭から被って、頭をごしごしと洗っている間も何か落ち着かなかった。
「何か忘れている気がする。何かやらなきゃいけないことがあった気がする。そう、大事な約束があったはずなんだ。どこかに行かなくちゃいけない気がするのに……あぁ!思い出せねぇ…」
風呂から上がり、部屋着に着替える。
「腹減ったな…カップ麺でも食うか……」
棚をあけてがさがさ探していると頭の中で、聞きなれた声が聞こえてきた。
(急げ、早く、、、)
自分の声だ。人夢が頭を抱えるとどんどんその声は大きくなり、頭痛がしてきた。
(時間がない、早く戻らないと、、、!!)
何のことかわからない。
戻る?どこへ?
しかし聞こえるのは間違いなく自分の声だ。
「何なんだ!!!しかもまた…眠くなって…」
体に力が入らない、見つけ出したカップ麺も手から離れる。地面に倒れこんだ人夢は重くなる瞼に抗うことはできなかった。
そして人夢は再び果たすべき使命のため、夢の世界へと落ちていく。
人夢は目を覚ますとすぐに如月春が待つ洞窟へと向かった。
「春!!」
呼びかけた人夢の足にリスが駆け寄って来た。そして暗がりの中から笑顔で迎える顔があった。
「おかえり、人夢くん。」
どうやら無事だったようだ。人夢は胸を撫で下ろした。
「春、この世界から抜け出そう。」
人夢は春に手を差し出した。
「怖かったよ……」
春はポツリと呟き、笑顔だった春から涙が零れた。
「夜、あの怖い生き物の足音が聞こえてきたの。息をころしてやり過ごしたと思ったら、、また聞こえてきてきて、うめき声も聞こえてきて…」
その様子を見ていたリスは感情を汲み取る様にして春のもとへ駆け寄る。
「その間、この子は私の傍で寄り添ってくれたの、、ありがとうね。」
きっと人夢が帰ってきた時は心配させないように、明るく振る舞おうとしていたのだろう。
でも実際、春はかなり苦しかったのだろう。
(家庭でのいざこざに加えて、よく分からない場所で一人きりにされて…俺はそんな女の子を一人きりでこんな暗がりに放置していたのか)
外に出るのが怖いのも当然だ。
「もうわけ分かんなくて、怖いの。」
「わかった。帰る条件がそろうのにまだ時間がある。この世界がどういう場所なのか話すよ、俺の知っている範囲で、だけどな。」
人夢は洞窟に入り、春の横に腰掛け、初めてこの世界に来た時の野上人夢のほんの少し前の昔話を始めた。