第三話
陽菜は病院の待合室で一人、誰もいない空間で下を向いて座っていた。さっき彼方の両親に連絡したため、もうすぐここに来るだろう。その時どう説明すればいいのか。
手術室の部屋のランプが消え、医師がゆっくりと陽菜の横に座った。
「出血がひどかったけど、見た目ほどの怪我ではなかった。命に別状はないし、数週間で退院できるだろう」
「本当ですか、、?ありがとう、、、ございました」
陽菜は安心して全身の力が抜ける。ひとまずの安心を得て、陽菜は胸をなでおろす。
「体のど真ん中に大きな損傷があったんだけど、奇跡的に内蔵は無事だった。木の枝とかにささったんじゃないかと思ったんだけど、そうかい?」
医師は陽菜の精神がかなりすり減っているのを考慮して、深堀りすることをしなかった。そこにちょうど彼方の両親がやってきた。医師は立ち上がってお辞儀する。
「すみません!!彼方は大丈夫なんでしょうか?」
彼方の母親が医師に叫ぶ。
「はい、安心してください・数週間で退院して、もとの生活に戻れると思いますよ」
「そうですか、本当に良かったです、もしもう会えないなんてことがあったら、私」
彼方の母は夫の胸で泣き始めた。いや、正確にはもう一度泣いたというべきか、ここに着いた段階でも目がパンパンに張れ、ハンカチを持っていたのだから。
「陽菜ちゃんは大丈夫かい?電話もらった時は、彼方が事故にあったこと連絡くれてありがとう。ごめんなさい、ごめんなさいって言ってたけど、とにかく無事だったんだ。あまり気負い過ぎないでね」
陽菜には慰めの言葉を貰う資格なんてなかった。自分がもっと強ければこんなことにならなかった。
「それにしても何があったんだい?今日、彼方は陽菜ちゃんに振られたから一人で出かけるって言ってたけど?」
陽菜はそれを聞いてはっとした。時間軸があまりにもずれている。この世界を出発したのはヒーローショーの後、野上人夢別れてすぐに向こうから来たjであろうブゼリアンの侵入を確かめるために向かった。つまり、もう日が暮れていた時間帯だった。
(まさか、出発から一日経ってないどころか、3時間程度しか経ってないんじゃ、、?)
陽菜たちは向こうでどれくらいの時間過ごしていたか定かではないが一日以上は確実に経過していたはずである。今までも数時間の誤差はあったもののここまで時間がずれることはなかった。
彼方の父親の質問に対し、陽菜は答えるのを戸惑っていると医師が間に割って入った。
「まぁ、今は精神ケアが大事です、彼方さんのは無事ですし、もうオペは終わって病室へ移動し終えたので、ついてきてください。詳しい説明をいたします。何があったかは陽菜さんが落ち着いてから聞きましょう」
そう誰が見ても陽菜の状態は異常だった。今質問攻めをしてもパニックに陥りかねないと判断したのだ。
「もう少し休んでても大丈夫だから、ゆっくりしててね。そこにある水も好きに飲んでくれて構わないから」
医師はそういって両親を案内しようとした時、陽菜は立ち上がって頭を下げた。
「待ってください。私も彼方のところへ連れて行ってください。顔を見て安心したいんです」
「分かった、ならついてきて」
医師が病室の扉を開けて、彼方の両親の後に陽菜は病室へ入る。陽菜はそこで驚くべき光景を目の当たりにした。あれだけ傷ついてボロボロになった彼方がもう目を覚ましていたのだ。
「あ、ごめんね父さん母さん、心配かけたよね?」
彼方はベッドに横たわったままの状態ではあるが、元気そうな声でそういった。
「彼方ぁぁ!!」
彼方の母親はベッドに横たわるわが子の手をとって再び泣き始めた。
彼方は両親に謝りながら、陽菜の方を向いて、にこりと微笑んだ。
「陽菜、私がなんでこんなことになったか、話した?」
彼方は予め陽菜に問いかけた。もしここで彼方が作った話と、陽菜が説明した話に食い違いがあると面倒なことになる。
陽菜はその質問の意図を直ぐに汲み取った。
「ごめん、私どうしていいかわからなくてパニックになってたから。彼方を抱えて病院に入ってから今まで、事情は何にも話してない」
陽菜は申し訳なさそうに下を向く。
きっと彼方なら上手くやり過ごしてくれる。
「そっか、無理もないよ。こんだけ血だらけになられちゃ怖いよね。じゃあ私から話すよ。駅で陽菜と会ったから二人で雑談しててさ、いつもの調子でふらふら歩いてたら足を滑らせちゃって」
彼方は明るく身振り手振りで両親に事情を説明する。
「それで運悪く柵を乗り越えちゃって、そのまま下の街路樹にぶっ刺さってそのまま思い切り落ちちゃったの」
彼方はそう言って母親に笑いかける。
パンッ!
母親が彼方の頬をはたく。
陽菜は驚いてキャッと声を上げたが、彼方は顔を逸らしたまま黙っていた。
「彼方、あなたはいつもそうやってへらへらして、私達本当に心配したんだから!!」
母親は彼方のベッドに顔を埋めながら、彼方の手を握る。
その手は力強かったが、全身に麻痺が残っている彼方は痛みを感じることはなかった。
「ごめん、お母さん。お父さん」
陽菜はそれを見て、死と隣合わせの戦いであることを再確認した。もし、救助が遅れていたら。もし、当たりどころが悪かったら。陽菜はその場に膝をつき、恐怖で胸を押さえた。




