第九話
「ごほ、ごほっ!!」
魔法少女とは言っても少し痛みを軽減することはできても、腹を貫かれた痛みは尋常ではない。込みあがる血の味を感じながらもなんとか今の状況を整理する。正体の分からない相手とはとにかく一旦距離を取る必要がある。春は変わらず無言のま。ま彼方の腹を腕で貫いている。
腹に突き刺さつ腕からなんとか離れようとゆっくりと手を伸ばす。しかし、貫いた手はいきなり力がなくなり、いとも簡単に引き抜かれた。その拍子に彼方は地面に転がり、咄嗟に手を広げて魔法を放つ。
「サンダーショット!!」
バチンと音を立てて春に直撃する。避けることも身を構えることもなく、後方に吹っ飛ぶ。
あまりにも簡単に吹っ飛ばせたことに違和感を覚えつつもお腹に手を当てて回復魔法を使用する。とはいっても、回復魔法は陽菜よりかは扱えるものの得意とはいえない。ダメージも深く、何とか出血死だけは避ける程度の治療しかできない。
「どういうこと?反応が,,,,ない」
たった一回の苦し紛れの魔法でかなりの距離を稼ぐことができてようやく考える余裕が生まれる。
「ブゼリアンに操られてるのかと思ったけど、容姿も少し変わってたし、何より死体が発見されて明確に死亡が確認されている人間だよね」
春は少しピクピクと動いているようだが、起き上がる様子はない。
「如月春。間違いない。私は一度見た顔は忘れない。ちょっと陽菜を探す余裕はないかな。逆にちょっと見つけてもらわないと本当にピンチかもね、でも確かめないと、最悪の場合確実に息を止めておく必要がある」
腹に片手を当てながらフラフラと倒れる春に近づく。春の方も自分が吹っ飛ばされてその相手が近づいてきていることもに気づいた。
目を開けて自分を見下ろしている、謎のコスプレ少女にめを目をやる。
「ごめんね、大丈夫?」
春は申し訳なさそうに呟いた。
「如月さんだよね。どうしてそんな姿に」
この少女に敵意がないことを確認すると、彼方はそのまま疑問をぶつけてみた。
「覚えてないんだ。何も、今さっきまで自分の名前すら忘れてしまってた。あともう一人の名前を思い出したはずなのに、それも忘れちゃった。大切なことのはずなのに、もう思い出せないんだよ」
顔色一つ変えることなく一筋の涙の線だけがその悲痛さを表していた。彼方はそれを見て、硬く拳を握る。魔法少女を受け継いだくせに、世界を守る使命を託されたのに。自分の知らないなにかが起こっている。理不尽に少女を蝕んでいるものの正体も分からない。この少女を救ってやることはできない。
「そう、あなたは如月春。この世界に迷い込んでしまったただの人間、だった人だよ」
「そうか、私普通の人間だったんだ。気づいたらこんな姿になってたから何があったかわからない,,,けど」
春は苦しそうに胸を抑えだした。
「あぁ,,,う、うぅ!!痛い、痛いぃぃ!!」
「どうしたの!?まさかまたさっきみたいに,,,?」
「逃げて、また怪物になっちゃう。早く!!ダメっ!!抑えきれないっ!!」
目が赤く反応し得体の知れないやばさが伝わってくる。
「如月さん落ち着い,,,,きゃああああぁぁ!!」
闇としか表現しようのないエネルギーが爆発し上空まで届く。
彼方はなんとか翼を展開して離れようとしたが、手負いの状態では間に合わなかった。
内部から体を蝕まれる感覚、体が全く機能せず地面に叩きつけられた。薄れゆく意識の中でエネルギーの噴出点に目をやる。黒いエネルギーを身にまとい、さっきまでの綺麗な髪は穢れたように黒ずみ、片目だけだが真っ赤に光っている。
(化け物だ..)
彼方はそう思った。見た目の恐ろしさだけではないその魔力を体感し、その強さ、闇の濃さを肌で感じたからだ。
天候も変化し、黒い雲が集まりだしてゴロゴロと音を立てている。彼方の魔力は完全に食いつぶされて、変身状態のスーツも消える。回復魔法も使えなくなり、なにもできることがなくなった。このままの状態で放置されればあっさりと死んでしまう。
(このままじゃ死ぬ。やばい、もう意識が、、持たない)
彼方は地面に倒れこんだまま目を閉じた。
「ああああああああぁぁぁ!!!!ぐるるるぐらああああぁぁ!!」
闇の中の声はすでに人間の叫び声から獣の鳴き声へと変貌していた。雲がぐるぐると周りを囲って時折、落雷を吸い込んでいる。
研究室の本部では天候の様子をみて神山は笑いが止まらなかった。
「素晴らしい!!美しいぞ!!これが人間とブゼリアンを掛け合わせた力。彼女はもう人間でもブゼリアンでもない新しい生命体だ。あんな力、あんな現象、今までの常識ではありえないぞ」
神山はもう一度高笑いをしてから、実験室に戻る。
「まぁ、DNAから組み合げた作り物の肉体では、あんな力を使って持つはずがない。貴重なデータは得られた。朽ち果てて、自分の力で燃え尽きるがいい」
深い眠りについていたカイもこの力に目を覚ました。
「チカラハオオキイガ、フカンゼンダナ。...スグ二タオレルダケダ。」
春の屈強な精神絵力は闇の中でも完全には死んではいなかった。身動きの取れない密室に閉じ込められたような感覚の中、必死に体を動かそうとしていた。
恐ろしかった。こんな恐ろしい力でさっきみたいに人を傷つけるのが。しかし、あふれ出る力に抗おうとすればするほど、激痛とともに吐き気のようなものが押し寄せてくる。
「誰か私を、助けてよ!!!」
春はずっと誰かが来てくれるようなそんな感覚があった。その希望があるから春は意思を保ち続けることができている。
そこへ二人の男女が現れた。




