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人は誰もが夢を見る  作者: 輝木吉人
悪夢の始まり
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第八話

時は少し遡る。


研究室の一角。人類殲滅のためにブゼリアンと呼ばれる生物を研究する神山という科学者が人間の血液から新たなブゼリアンを作り出した。ブゼリアンと人間のハイブリットである。

「目覚めたか、知能指数の偏りが不明だが、私の言葉が分かるか?」


培養液から出てきたブゼリアンはどこから見ても人間だった。肌も白く綺麗な髪の毛も生えている。


「ここは、どこ?」


裸のまま研究室を歩き回って、キョロキョロと辺りをを見渡している。

「赤子のようにとまではいかないが、見た目の成長に反してまだ幼いか。少し早かったかもしれんな」

神山はそのブゼリアンの胸元に目をやる。裸だというのに堂々と歩き回っているのを見て、黒い服を投げ捨てる。


「こんなものしかないが、そんな姿で歩くのは見てられん。自分で着てくれ」

そのブゼリアンは自分の姿を見て赤面して大急ぎで服を着る。

「まぁ本能的に羞恥心はあるみたいだな。というか、ブゼリアンの要素が今のところ皆無何だが?」


神山は思わず髪をかく。もともと人間嫌いの彼にとって人と接するのはかなり抵抗がある。

「おい、お前の名前を言ってみろ」

とにかく記憶の状態が知りたかった神山は簡単な質問を投げかける。記憶自体も複製しているので少しくらいは以前の自分を、普通の人間だったころの記憶が残っている可能性がある。

「私の名前?」


しばらく黙り込む。すぐに何かを答えようとしていたのにどう答えていいかすぐに分からなくなったのだ。考えれば考えるほどに頭が痛くなる。

「人夢...」ポツリと名前を呟いた。

「ん?ひとむ?女の名前にしては珍しいな。それは本当にお前の名前か?」

「違う,,,と思う。なぜか分からないけどこの名前が頭に,,,,」



だんだん脳裏に記憶がよみがえっていく雑音交じりで再生されるそれは頭痛と一緒にとめどなく押し寄せてくる。思い出そうとするとすぐに痛みが流れてそれ以上何も思い出せなくなるというのを繰り返している。


「とにかく、お前は俺の手下だ。見た目が人間の雌なのが気に食わないが、お前は期待の兵器だ。これから頼むぞ」


そう言って神山は手を伸ばした。


危険だ。この男は危険だ。そのブゼリアンの人間だった頃の本能が自分に語り掛けているのだ。この男に首を絞められたことがある。その映像が頭に浮かび、その時の痛みも不安も思い出した。

目の色を変えて呟いた。

「あなたは危ない人、だから逃げないと」

「何を言っているんだ。お前の親は私で、お前は俺のために働くのだ。いい子にしていれば何も怖いことなんてないからね」


神山の差し出す手を払いのけて叫ぶ。


「助けて、助けて人夢くん!!」

次の瞬間髪が光って、室内にも関わらず風が吹き荒れる。資料やデータを記した紙が舞い上がり、外にいるブゼリアン達も駆けつけた。


「そう、私は如月春だよ。早く人夢くんと元の世界に帰らないと」

芽生えた意志力に駆られて、一気に飛び上がる。自分に翼が生えていることを異質なことだとは思っていない。如月春の血を使ってブゼリアンの遺伝子と合わせて一から生まれた生物は生前の記憶を、人間だったころの記憶を完全に保持していたのだ。そうはいっても記憶の引き出しから見つかったのはただ一つだけだった。



それは、人夢と一緒に帰ること。


それ以外の記憶、家族や友達の記憶はブゼリアンの遺伝子に侵食されて壊れてしまっていた。ぼんやりと浮かぶ人夢の顔を思い浮かべながら研究室を脱出して、しばらく飛んでいた。

きっと人夢が助けに来てくれるとそう思い続けていた。


しかし、脳の侵食は止まらない、以前の実験ではブゼリアンに人の遺伝子が侵食されてきたデータがある。

春も頭痛がやむことはなく、しばらくして力尽きて、スピードを落とすこともなく、森の中に落下した。その時の衝撃で春はまた何もかも忘れて、死ぬ間際に一番近くにいた存在である人夢のことだけを覚えていた。


「人夢くん、人夢くん」


呼びかけながら、裸足で歩き回る。長時間歩き、石が食い込んで足から血が出ることもあったが痛みを感じることも空腹を感じることもなかった。そのことに何の違和感もない、自分がすでに死んでしまっていることも、もう普通でないことにも。


途中でブゼリアンに襲われることもあったが、無意識の防衛本能だけで、近づくすべてを葬り去って来ていた。そのことにも気づいていないのはもちろんのことブゼリアンに襲われているという感覚もない。ただ春の歩い後には赤い血が流れていた。


フラフラと歩いていた時、目の前に人影が現れた。その影は優しく手を差し伸べてくれた。

「人夢くん?」


春はずっと探していた人物をやっと見つけたと思って、フードを脱いで目を開けた。しかし、次に意識が戻った時には自分の腕が女の子を貫いていたことに気づいた。


血の生臭い臭いと温かい温もりが死ぬほど気持ち悪かった。その時本当の意味で理解した。自分はもう人間ではない、ただの怪物だと。









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