第七話
「結局あの日はその後、陽菜が人気者になってモテモテになったんだよね。俺もビンタされたいなんて奴らも出てきて、あの歳でマゾに目覚めてたやつはどうしようもないわね」
彼方は頭に手を当ててため息をつく。
「鬼崎はあの後、陽菜を好きな女の子として意識し始めて、その上、ライバル視して色んな勝負を挑んでつきまとってたわね。まぁそれは今もなお変わんないけどね。対する陽菜は今も鬼崎には一ミリも興味ないし。でも、あの後、鬼崎にちゃんと桜に謝らせたってのは陽菜の凄いところだよね」
休憩してからどれぐらいたっただろうか。近くにブゼリアンの気配もしてきた。
「そろそろ探しに行こうか。ちゃんと生きててよ陽菜!!」
彼方は一気に上昇して空から陽菜を探し始めた。
「方向が分からない以上、円を描きながら飛んでもいいけどブゼリアンの立ち位置的には大体の方角は予想できてるから当たりをつけて探そうか」
現実世界との時間のシンクロ具合は正確ではない。ここで過ごした時間が長くても向こうでは少ししか時間が経ってないこともある。そのまた逆も然りだ。
「流石に学校はさぼりかな。まぁ仕方ないね。私はともかく陽菜の親にどう説明したものか」
親に迷惑はかけられない。自分の娘が命を懸けて戦っているなんて聞いて、はいそうですかと送り出す親はそういない。これは二人で決めたことだ。全てを終わらせていつも通りの生活に戻りたいというのが願いだ。
「現実世界の人たちに迷惑をかけないのが第一だし。口下手な陽菜に代わって私が言い訳考えとかないとね」
時々名前を呼びかけるが反応はない。
「そこまでぶっ飛ばされたとは思わないし、そろそろ降りようかな。ん?あれは、まさか人間??」
彼方はふらふらと歩く姿を目にした。その容姿は間違いなく人間だ。
「迷い込んできちゃった人ってことかな?でも周りにブゼリアンの姿はないし。まさか自分からワープゲートに?」
彼方は少女の前に立って笑いかける。
「迷い込んできてしまった人ですよね?安心してください。私が助けに来たから、一緒に帰りましょう」
そう言って手をのばすと、少女はぴたりと足を止めた。真っ黒な服から色の白い顔が見える。
「助ける?まさか、あなたは人夢くん?」
ぼそぼそと呟いたため、彼方には届かなかった。
「すみません、私は人間ですから。怖がらないでそのフードをとって顔を見せてみて」
服に顔をうずめながらしゃべる様子から怖がっているのだろうと判断した彼方はポンと優しく肩に手を当てた。
その少女はフードを脱いだ。綺麗な髪がなびく。
その姿を見て、彼方は固まってしまった。いるはずのないその少女の瞳には光が灯っていなかった。悲しそうにうつむいたまま彼方の方を見つめている。
「なんで、あなたがここに?だってあなたはこの前,,,,」
彼方は得体の知れない恐怖に襲われて、差し伸べていた手を引っ込めて一歩一歩後退する。
彼方を目にして少女は口を開いた。
「違う、あなた、誰?助けて、助けてよぉぉぉ!!!」
瞬間少女の髪が光って目の色が変わった。叫び声が耳に刺さり、一帯に風が吹き荒れる。
彼方が少女の変化に気づいて戦闘態勢に入ろうとした時には、もう遅かった。
「ごぼっ!!」
大量に血を噴き出して腹部に手をやる。槍のように尖った何かが腹を貫通している。よく見るとそれは、少女の腕だった。何が起こったかを理解して初めて体中に今まで感じたことのない程の激痛が走る。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
どうしようもない痛みに頭が真っ白になり、ただ叫ぶことしかできなくなった彼方を目の前の少女は何の反応もなく滴り落ちる血を眺めていた。




