第六話
「どかないよ!!陽菜ちゃんがなにしたっていうのよ!馬鹿!」
桜は鬼崎を睨みつけ、陽菜をかばって動こうとしない。
「何だと!こいつ!」
桜の顔を蹴り飛ばして、さらに地面に転がったところを蹴る。何度も蹴る。
「むかつくんだよ。女はいつも口ばっかりで命令して!」
鬼崎の行き過ぎた行動を良くないことだと後ろにいた男子たちも思ったが、誰も止めなかった。ここで止めれば逆に自分がいじめられるかもしれない。そんな小学校低学年のようなもやもやがこの幼稚園では起きていた。
男子たちの考えは陽菜にもわかる。そんなことでいじめられて傷つきたくないから、陽菜は一人で遊んでいたのだ。そんな自分の考えと同じく何もせず見ているだけの男子たちに苛立ちを覚えた。声を押し殺すように泣いている女の子を前に動かない理由なんて存在するのか。
「私、間違ってた。自分さえよければなんておかしいもん。カミルンはそんなことしない」
「なんだよ陽菜。その目は。俺に反抗するのかよ」
蹴る足を止めて鬼崎は陽菜の方を見る。
「私、カミルンになるんだから。友達は守るから。あなたみたいな悪者に負けないから!!」
「うるさい!悪いのはそっちだろ!」
鬼崎だってわかっている。この苛立ちの矛先は別に陽菜でも桜でもない。
でも幼い彼は止まることができない。
本気で陽菜に襲いかかる。
でも陽菜は、逃げなかった。
(カミルンは言ってた。今は勝てなくてもいつか勝てるから。でも信じた正義だけは曲げない!!)
しかし次の瞬間、鬼崎の体は横に倒れる。騒ぎに気づいた彼方が勢いよく教室に飛び込んで鬼崎を蹴り飛ばしたのだ。
「陽菜。カミルンになるんじゃなかったの」
彼方は陽菜に手を差し伸べる。
「彼方ぁぁ...ぐすっ」
いつものように彼方が来てくれた。あんなひどいことを言ったのに。
「力を合わせて鬼崎をやっつけよう。カミルンもいってたでしょ?一人じゃできなくても二人なら」
陽菜は彼方の手をとって起き上がる。
「できる」
「彼方!!また邪魔するのかよ!ここで一番強いのは俺だ。女子二人なんかに負けないぞ!」
外にいた他の女子たちも合流し、教室にはみんなが集まっていた。怪我の治療に行っている先生もすぐ戻ってくるだろう。
「いくよ彼方!!」
陽菜は鬼崎の足に飛びつく。両足をしっかりと抑えて動きを封じる。
「くそっ!!放せ。こいつっ!!」
必死にしがみついていた陽菜を強引に引っぺがしたが、すぐさま今度は彼方が足を取る。振り払う余裕もなく鬼崎は足を取られて倒れこむ。
目を開けると陽菜が覆いかぶさるようにして首根っこを掴んでいた。陽菜は腕を曲げて攻撃態勢に入った。
「おい!くそっ。やめっ!!」
暴れてもしっかりと彼方が抑えている。もう勝敗は決した。
パンっ!!!
顔を殴る鈍い音ではなく、短く甲高い音が響いた。
鬼崎はヒリヒリ痛む頬を抑える。てっきり殴られると思っていたため痛みよりも驚きが勝っているのだ。
「あなたは強くなんかない。勘違いしないで!....ちゃんと桜に誤って」
鬼崎は泣き出した。本気でビンタされたからではない、涙の理由は幼い彼には分からなかった。
そこで勢いよく扉が開いて先生が入ってきた。号泣する鬼崎を二人がかりで押さえつけていた陽菜と彼方を先生は怒鳴りつけた。すぐに教室から引っ張り出されて、他の組の先生も駆けつけてきた。
陽菜と彼方と三人きりになったところで先生はしゃがんで二人の目を見る。
「理由があるなら説明して。」
二人は事の成り行きを先生に話した。先生は真剣に話を聞いて最後に二人の頭を軽くチョップした。
「「いてっ」」
二人して間抜けな声をあげる。
「気持ちはわかるけど人を叩いたりしたらだめよ。これからは、と言っても後もう少しで卒園だけど、先生にちゃんと相談すること」
「「ごめんなさい」」
二人はペコリと頭を下げた。
「じゃあ先生は他の組の先生たちに任せてる鬼崎くんの話を聞いてくるから教室に戻ってなさい」
先生が部屋から出ていった瞬間、陽菜と彼方は拳をぶつける。
「やったね。陽菜。私達、鬼崎に勝ったんだ」
「助けてくれてありがとう彼方。あの時は本当にごめん」
「いいって、私達親友なんだから。あの程度じゃ喧嘩のうちにも入りませーん」
教室に戻る最中、陽菜は呟いた。
「私、一人じゃ何もできなかった。私みたいな子カミルンみたいになんて慣れないのかな」
「確かに陽菜は泣き虫でおっちょこちょいでどうしようもないからね」
「ひどくない!?」
感動した後に普通に悪口で涙目になる陽菜に彼方は振り返って笑う。
「陽菜が一人前に、カミルンみたいになれる日まで、私は全力で協力する。だから絶対に夢をかなえること!約束ね」
「うん。約束する!絶対にカミルンみたいになる!!」
ーーそんな約束をした。ーー
「もう、また泣いてる」
「だって彼方が嬉しくなること言うからぁ」
ーーちゃんと一人前になるまでは。ーー
「泣いてたらまた鬼崎に馬鹿にされるよ」
「それだけは嫌だ!泣き止む!」
ーー私が陽菜を助けるから。ーー




