第一話
二人の少女は異世界の住人であるブゼリアンよりも遥かに強く、数匹が一斉に襲い掛かろうが敵ではない。しかしそれは今まで通りならの話だ。
明らかに異変が起きている。個体の形態だけにとどまらず、根本的な力の向上。そして何よりも知恵の発達。ただ縄張りに入ってきた異物を払おうとするだけの動物ではなくなっている。
今までは気のせいなのかも知れないなんて楽観的に考えていられることはもうなくなった。
彼らは確実に成長していると実感するしかなかった。
ブゼリアンの気配もなく油断していた陽菜の足にツタのような植物が巻き付いた。
「きゃっ!!!!」
声を出す暇もなく陽菜の体が横倒しになった。
陽菜はすぐに足に絡みつく植物に手を伸ばしたが、すぐに体が勢いよく宙に舞った。
「陽菜ぁ!!!」
彼方は気が気でなかった。この世界で油断なんてできない。彼方がその植物の先に目をやると数匹のブゼリアンが笑いながら手で植物を引いていた。
自分たちの気配を消してじっと草陰に隠れていたのだろう。なにも考えずに奇声を発しながら飛び込んでくる以前の状態ではない。罠にかかった陽菜は木の枝に巻き付いた植物に足をとられてぶら下がっていた。
ケタケタといたずらが成功した小学生のようにはしゃいでいる。彼方は無言で手からバチバチと電気を発生させる。それを見たブゼリアンたちは茂みの奥へと退散しようと背を向ける。しかし、逃がすはずはない。彼方は潜んでいたブゼリアンに向かって怒りの電撃を放つ。バチンと大きな音を立てて丸焦げになった死体が数体転がる。
「今のは一体、、私たちを捕えるためにあの罠を張ったのなら、陽菜が木にかかった時点ですぐに襲い掛かるはずだし、何よりもあいつらは楽しんでいた」
遊びとかいたずらの感覚。ただ見つけた人間を罠にはめてその様を見て楽しんでいた。
「私たちも馬鹿にされたものね」
彼方は思わず作った握りこぶしを片手でそっと包む。
「ここで苛立ちを覚えてむしゃくしゃしたらそれこそやつらの思うつぼってことよね」
陽菜は足に絡みついた植物をなんとか引きはがして着地する。
「ごめん彼方。油断してたよ」
「しーっ。まだ謝るのは早いかもしれないよ陽菜」
「え?どういうこと、もうあいつらはいないし....」
ドスンドスンと音が聞こえてくる。この音には聞き覚えがある。
「たぶん前に出くわした巨大な個体が近づいてきてる」
「なら早く逃げないと!!!」
「いや、もう遅いみたい。どうやら足音が一つじゃない」
細い道の前から後ろから、更には左右の茂みの向こうからも聞こえる。こいつらも気配を消そうとゆっくり近づいてきたのだろう。
「つまりさっきの子供のいたずらのような罠はただの時間潰し。時間を稼ぎさえすればそれでよかったってわけね」
「彼方。どうする?空から逃げるっていう手があるけど」
「陽菜の飛行技術が心配ではあるけどそれが正解みたいね。あの時の怪物が複数いて勝ち目があるとは思えないし」
二人は目を合わせてうなづくと背中に光の羽を生やした。
「一気に上昇して一度もと来た方角へ飛ぼう。じゃあ陽菜、一気に飛ぶよ!!」
二人は高く飛び上がって引き返すべく体を動かして体の向きを整える。しかし。目の前には巨大な影があった。
「嘘。こんなでかいのがいるなんてっ!!!」
彼方は以前戦ったやつよりもさらに巨大なものを想像してはいなかった。いや、想像したくなかったのだ。その長い腕の射程距離はかなりのものだ。
その姿を確認して彼方はすぐにこの場から離れようと翼に力を入れたが、そこでふと後ろを振り返る。
一人なら飛び立ってこの最悪な状況から逃れられるかもしれない。しかし、陽菜はまだ飛行を使いこなせていない。今も現にフラフラと羽ばたいている。
立ち塞がった巨大なブゼリアンは手を横に払う。素早く回避すれば当たる攻撃ではない。しかしその手が狙っているのは彼方ではない。
「陽菜!!早くよけて!!」
彼方は陽菜に高速で突撃して陽菜を吹っ飛ばした。しかし今度は自分が間に合わない。
「エネルギーシール...きゃああああああああ!!」
すぐに防御魔法で防ごうとしたが間に合わなかった。陽菜をなんとか射程距離買いに吹っ飛ばしが彼方はその払いを直で受ける。拳の重さは彼方の体よりも大きい。圧倒的な質量差で一撃をもらう。
「彼方っ!!!」
地面を大きく削って這いつくばる彼方に陽菜は思わず叫ぶ。
しかしそれでも攻撃はやまない。今度は逆の方向からやってきたブゼリアンが陽菜の前に立つ。ブゼリアンは大きな拳を握りこみ容赦なくその小さな人間に叩き込もうとする。
「エネルギーシールド!!!!」
うまく魔法が発動し陽菜の正面に光の盾が現れる。しかし、圧倒的なその質量の拳を止めきれない。エネルギーシールドが砕け散り、目の前に砕け散った光の破片と黒い拳が目に映る。その黒い拳は容赦なく陽菜の体に叩き込まれた。
「かっはっ!!!......」
鈍い音とともに体内の空気が外にこぼれ、咄嗟に構えた腕の骨がめきめきと嫌な音を立てる。陽菜はそのまま空中に吹っ飛ばされて、どんどん元居た場所から、今もなお倒れこんでいる彼方から遠ざかっていく。
「早く彼方を助けないと...」
背中の翼に力を入れようとしても入らない。痛みで力のコントロールがままならず、やがて翼が消える。陽菜の意識は朦朧としつつも何とか目を開いて、保っていた。目の前に海が広がった。「だめだ。こんな状態で落ちたら間違いなく死......」陽菜は泳げない。ましてや腕にダメージも負っている。しかしその状況を切り抜ける手段なんてない。
陽菜はそのまま重力のままに落下し、ドボンと海に沈んだ。




