第三話
物販コーナーには、フィギュアやラバーストラップや文房具、服や武器などのおもちゃがぎっしりと並べられていた。今までのシリーズのグッズを完全網羅しており、しかも在庫処分の目的で格安で売られている。物販の人気はショーの人気に引けを取らない。
「おっこれは初代ジャクティスのフィギュア、昔母さんに買ってもらって今もずっと部屋にあるやつだな。こんなレアな物もあるのか。しかし、このフィギュアだけやけに高いな、三万ねぇ。流石にプレミアがつくよな。」
人夢は見慣れたフィギュアを手にとって懐かしさを感じる。このフィギュアを母親からもらった時が今までのプレゼントで一番嬉しかったのを思い出す。その並びには最新のフィギュアも置いてあった。昔のものよりも良く再現されている。
「すげーな。最新技術はここまで来たか、ジャクティスソードのクオリティがすげーぜ。」
目を輝かせて箱の中を凝視する。
「ここはどこで買うよりも安いし、買っちゃえば?私はもうカミルンの最新フィギュアはしっかりと回収したよ。」
人夢が声のほうに目をやると、陽菜はどでかい紙袋を引っ提げていた。カミルンの最新フィギュアと言えば今回の大目玉。カミルンは大人の層では圧倒的に男性ファンが多い。今もなおカミルンのコーナーでは、最新フィギュアを求めて大人達がひしめいている。
「赤崎さん、まさかさっきまであの中にいたの?」
大勢の人を整理するために、整備員のホイッスルが鳴り響く場所を震えながら指を指す。
ここは会員の、しかもその中から選ばれたものだけが集っている。それだけしか参加人数はいないはずなのに、こうも混んでいるということは、参加者のほぼ全員が売り切れを心配してショーの開始前に押し寄せているのだろう。
「そうだよ。聞いてよ、私のことを珍しそうに見てくるの。普通に考えてカミルンは女の子向けなんだよ?おかしいのはそっちじゃないって話よ。」
陽菜は呆れたようにため息をつく。
「赤崎さん、よく我慢できたね。あの中に突っ込むなんて。」
「私はカミルンのためなら大概のことは我慢できるの。今日だって恥ずかしかったけど野上くんとここにきたのよ。」
(もしかしたら赤崎さんのカミルンへの愛は、俺のジャクティス愛よりも強いかもしれない...)
「そろそろショーが始まるけど、その手に持ってる最新のジャクティスフィギュア買うんでしょ?なら急いでよね。」
人夢は手に持っているフィギュアを見つめる。こんなもの買ってどうするのか、小遣いに余裕があるわけでもないのに。
「赤崎さんは自分の趣味をどう思ってるの?」
人夢はポツリと呟いた。
「えーっと、どういう意味?」
人は誰もが夢を見る
陽菜は腰に手を当てて答える。
「この歳になってこんなものを買うのってやっぱりおかしいのかな。」
「何、野上くんは自分の趣味を誇れないってこと?自分の趣味に嘘をつくの?」
陽菜の声色が変わる。
「そうね。もちろん、私だって学校の人達には黙ってるし、ひけらかせとは言わない。でも、私はやめないよ。だって好きなんだもん。その気持ちだけは裏切れない。」
陽菜は真っ直ぐな目で答える。
人夢は誰かにそういう風に肯定して欲しかった。その言葉が欲しくて自分は陽菜に質問したのだと思った。
「そうだよな、変なこと聞いて悪かった。とっとと買ってくるよ。」
(そうだよな、俺はジャクティスが好きだ。無理に遠ざける必要なんてないよな。)
待っている間、陽菜は会場の大きいモニターに釘付けになっていた。これから始まるショーの宣伝だ。
純粋にジャクティスをテレビで応援していたのはいつまでだろうか。周りの目を、世間の目を気にして一般的に見て自分が特殊であることが嫌になり、昔ほど熱中することはなくなった。家にあるフィギュアだって目につくところから遠ざけていた。それなのに毎年発売されるフィギュアを集めていたのだ。確かに好きなものに嘘をついていた。
「ごめん待たせて。」
人夢は陽菜と同じように紙袋を引っ提げて帰ってきた。陽菜は嬉しそうな人夢の顔を見て安心したように微笑んだ。
「遅いよ!走る走る!ショーはもうすぐだよ!」
人夢が戻ってくると陽菜はすぐに走り出した。
ガタンゴトンと電車に揺られながら人夢は陽菜と素晴らしきショーについて語ろうとしたが、陽菜は胸にカミルンのフィギュアを抱き寄せながら陽菜は眠っていた。
陽菜は体制を崩して、人夢の肩に倒れこむ。その柔らかな感触に人夢は驚きのあまり心臓が飛び出そうになる。
(ち、近いっ!!ま、まぁ眠くなるのも無理はないよな…)
ヒーローショーをあの場で一番楽しんでいたんじゃないかと思うくらいはしゃいでいた姿を思い出す。
(最近寝不足で学校に来るのが遅れてるって言ってたけど、どうしてなんだろう。)
人夢は今日になってまだまだ彼女のことが知らないことばかりだということに気づいた。そして、もっと赤崎陽菜という人を知りたいと思った。
肩に寄りかかっている陽菜は幸せそうに寝ている。時おりむにゃむにゃと寝言を言っているが聞き取れない。
昔はよくこんな風に親にもたれかかっていたのを思い出した。
(---人夢は将来何になりたい?---)
(ーーージャクティスみたいに格好いいヒーローになる!!それでみんなを、この街を守るんだ!---)
幼き日のことをふと思い出していていた時。脳裏に自分の声が響き頭に痛みが走る。後頭部をいきなりどつかれたように激しい痛み。
「ーーー危険だ!!!早く何とかしないと!ーーー」
視界が揺れる。
「ぐっ!なんだ!また眠気が...」
狭まる視界に陽菜の顔が映る。
「赤崎さ..ん」
人夢は夢の世界へと落ちていく。
異世界で目を覚ました人夢は、ブゼリアン達のもとへと駆け出した。黒い影がひしめき合い何かに集まっている。
時空の穴。つまり、世界を繋ぐ道だ。
「まずい、あれだけの大きな穴ならあいつらは実態で現実世界に現れる可能性がある。しかもあれだけの数となると大混乱になるのは間違いない!!!」
人夢は手をかざし、一気にエネルギーを充填させる。
「爆炎弾!!」
時空の穴に群がっていたブゼリアン達は一気に飛び散っていく。人夢は連続で炎の球を打ち込みながら進み、なんとか穴にたどり着いた。もうその場には立っているブゼリアンはいない。爆炎弾によって殲滅することができたようだ。
ところどころでかすかにうめき声を上げていた個体もやがて力尽き辺りを静寂がつつんだ。
「この世界での経験によって、かなりパワーアップできたみたいだな。もう普通のブゼリアンに苦戦することはなさそうだ。」
人夢はその大きな時空の穴の向こうを覗く。いつもより世界同士の繋がりが強く、鮮明に向こうの様子が見える。
「如月駅?これはまさか、あの如月駅か?ここは、駅の裏にある廃墟!」
つまり、この穴の向こうは人夢達が降りてる終点の駅。自分達の家や学校がある町だ。
その時、穴の向こうで黒い何かが動く。その影は二つ。ゆっくりと辺りを警戒しながら動いている。
「嘘だろ、やっちまった。向こうに二体も行かせちまった!」
人夢は穴から咄嗟に向こうの世界に行こうと腕を突っ込んだが、バチン!!と音を立てて、力強く後方に吹っ飛ばされた。
「くそっ!やっぱり駄目か!どうする俺、どうすればいい!この世界でしか俺は戦えない、現実の俺は腰を抜かして赤崎さんにすがることしかできないくらい弱い人間なんだぞ!」
人夢はだだをこねる子供のように拳を地面にたたきつける。地面にはひびが入り、手には血が滲む。唯一の希望は赤崎陽菜のあの力。
「もし、赤崎さんが現実世界であの姿になれなかったら?」
陽菜があの時のような力を現実世界でも使えるならブゼリアン二体くらい倒すのは簡単だろう。
ただ、陽菜も自分のように夢の世界でしか、この世界でしか戦えなかったら?
最悪のケースを思い浮かべて、如月春を守れなかった時のことを思い出す。あの時に浴びた血の温度を。あの時に感じた胸の痛みを。
「俺はまた守れないのか!今度は初恋の人を殺されるのか!!赤崎さんだけじゃない、近くにいる人が何人殺されるか!!ブゼリアンを簡単に倒せるようになっても、それはここでの自分が成長したからだ。所詮、現実の俺は何も変わっちゃいない!!」
うなだれる人夢の影が少しずつ光に包まれて薄れていく。向こうでの目覚めが近いようだ。
頭の中に聞きなれた声が響く。
「---野上くん!起きてってばーーー」
向こうで陽菜が人夢を起こそうとしている。おそらくもう終点の如月駅に着いたのだろう。向こうで目覚めれば何事もなかったかのように人夢は目を覚ます。
「信じるしかない。現実の俺を、せめて…せめて赤崎さんだけは守れよ……俺。」
終点に到着し、乗客はいなくなって、駅のアナウンスだけが聞こえる。
「起きてってば!!ねぇ!急がないとブゼリアン達が来ちゃう。数は二体だからちゃちゃっとすませられるんだけど正確な位置がわからない以上置いていく訳にもいかないし。あー!もう!」
爆睡している人夢は陽菜の膝元に倒れ込む。
「ひゃっ!ちょっ!!どこに倒れてるの!早く起きなさいよ」
「あの、すみませんがいちゃつくのは降りてからにしてくれませんかね。これから車庫に出発いたしますので。」
見回りにきた職員に注意された時、ちょうど人夢は目を覚ました。
「あれ?もう着いてる?」
時間がとんだように感じた人夢は辺りをキョロキョロと見回す。
「すみません!今出ていきますから、ほらっシャキッとする!」
陽菜はバシッと人夢の背中を叩く。
あんなに子供のようにはしゃいでいた陽菜がいつもの委員長モードに切り替わっていることに気づき、急いで電車を降りる。
改札を通り、階段を降りて駅を出る。
「本当に大変だったんだからね?寝ぼけた野上くんが肩に顔を乗っけてきたり、終いには膝枕を要求してきたり!」
「ごめん。そのなんか急に眠たくなってきて...いつの間にか意識がなくて。」
肩に最初に寄り添ってきたのはそっちじゃないかとはとても言えたものではなかった。
「まぁいいわ。ちょっとお願いがあるの、これ持って少し前の公園で待っててくれない?私、ちょっとトイレに行ってくるから。」
陽菜は人夢に自分のカバンとフィギュアの入った袋を手渡し走り出した。
「待って!今公園に鬼崎たちがいる。駅の裏に空き地があるからそこにしよう。」
しかし、届いたと思っていた人夢の声は、焦っている陽菜には届いていなかった。
「じゃ、駅の裏の廃墟前にあるベンチで一息つくとしようか。」
人夢は公園にいる鬼崎達に見つからないようにそっと駅の裏に向かった。
陽菜は大急ぎで物陰に隠れて光と共に変身する。
「ロストサイト!!」
姿を消すことができる魔法が使えるといっても変身の瞬間は見られてしまうため、一度は身を隠さなければならない。
変身した陽菜はレーダーを頼りに駅周辺を探索する。ランニングする中年や走り回る子供たちの近くでフリフリスカートの魔法少女が走り回っているかなり異常な状態だが、姿を隠しているため問題はない。
レーダーの方に着信がかかる。つまり、彼方からだ。
「”ごめん陽菜!如月駅前の公園で少し前にブゼリアンを見つけて倒したけど、あと一体の行方が分からない!気を付けて!"」
「大丈夫、引き続き彼方は駅の表側をお願い!私は裏側に向かう!」
すっかり夕暮れの時間になり暗くなった空の下、人夢はゆっくりとベンチに腰掛けた。
「ここなら人気もないし、安心だろう。昔はこの誰もいない建物で遊びまわってたんだよな。変わっちまったんだな、ここも。」
今は入口に黄色いテープが張られており、大きく立ち入り禁止、崩壊注意と書かれている。
建物には蜘蛛の巣がびっしりついていて、もし今が夜なら怖くなってきそうなくらいボロボロに姿を変えていた。
「いや、今日は楽しかったなぁ。ひさしぶりにヒーローショーなんて見たな。迫力もすごかったし、赤崎さんのお陰で心から楽しめた。それに、寝顔もかわいくて、それに…その…近くに寄るといい匂いがしたなぁ。」
電車での出来事を思い出してぼんやりと空を見上げる。
そんな風に恋する相手との幸せな時間の余韻に浸っている人夢の背後からぐるぐると鳴き声が聞こえてきた。
「何だ!?野良犬か?」
驚いてベンチから立ち上がり後ろを振り返る。
そこには、真っ赤な目をした真っ黒な生物が大きな口を開けて立っていた。身長は2メートル位だろうか。
「まさか、これが噂の黒いUMAっ!!」
人夢は恐怖のあまりすぐに謎の生物から距離を取る。
黒い影は大きな口からよだれを垂らしながら容赦なく人夢に飛び掛かった。
「キシャシャシャァァ!!!」




