第二話
陽菜との約束の日の前夜。普通なら緊張のあまりなかなか寝付けず、ごろごろと寝相を変えたり、羊を数えたりして何とか寝ようとするだろう。野上人夢もまた、初めての二人きりデート?に心臓が飛び出そうな緊張に襲われていた。
「あぁ!!!寝れない!!!なぜこういうひに限っていつもの強烈な眠気が来ないんだよ!!!」
人夢はもともと寝つきが良い方ではなく、ベッドに入っても眠りにつくまでかなり時間がかかるほうだった。それが突然ある日を境に眠気が襲うようになったのだ。
その時人夢の意識は異世界へ、あのブゼリアンがいる遥か昔の世界に飛んで行っているのだが、本人には一切自覚はない。
「まずい、二時を越えちまった...」
時計の針の音が耳に入り込み、変に意識するあまり余計に眠りにくくなっていた時、いつもの感覚がやってきた。
「待ってました、これで...ねむれ...」
さっきまで気が立っていたのが嘘のように静かに瞼を落として眠りについた。
異世界。人夢は目を覚ました。目覚めるとそこには、既に何体かブゼリアンが迫って来ていた。
「やれやれ」
人夢は素早く一体一体順番に切りかかり、切り裂かれたブゼリアンのうめき声と共に、ゆっくりと剣を鞘にしまった。
「この近くにでっかい個体がいたんだよな。それになぜか特撮ヒーローのカミルンのようなかわいい服を着た赤崎さん。そして、近くに倒れていた霧ヶ峰さん。」
以前この世界に来た時、なぜかクラスメイトの女の子が戦っていて、そこにたまたま通りかかったのだ。
「どうして二人はこの世界に来れたんだ?それにあの力もよくわからないし。俺みたいに何もないところから炎を出したり、盾を出したり、赤崎さんも魔法が使えるってことなのかな。」
人夢は手に火を灯して大きく振って消し去る。正直この力の仕組みもなぜ自分がこんな力を使えるのかもわかっていない。聞きたいことは山ほどある。
「でも、学校での二人は特に変わった様子はなかった。あんなことがあって何事もなく学校に来れるのか?となるろ一番可能性が高いのは、俺のように現実世界には記憶が持ち越せずに、眠っている間だけこの世界で戦えるっていうこと。」
しかし、現実世界へ記憶を持ち越せるかどうかを本人達に聞いてみることはできない。現実世界の人夢は
そんなことを知る由もなく、陽菜とのお出かけを楽しみにしているのだ。
「もういちどこの世界で会ったときに色々聞いてみるか。さぁて、よいしょっと、そうと決まれば仕事に入るか。」
人夢は遠くに見えるブゼリアン達の巣と思しき岩場へ走り出した。
「明日のために今日はとっとと終わらせてやる。
朝。アパートの一室で大音量で部屋中に響き渡る。携帯電話のアラームで人夢は飛び起きてすぐにその音源を停止する。人夢は現在の時刻を確認して、ゆっくりと起き上がる。
「よし、どうやらすっかり眠れたみたいだし、出発の準備をするか。」
トースターで朝食を手早くすませて、人夢はいつものように顔を洗い、歯を磨く。いつもと違うことはそれを三回繰り返したところくらいだ。清潔感は大事だ。事前に選んだ服に着替える。結局選んだのはクラスメイトの坂上と一緒に遊びに行ったとき、「お前もうちょいまともな服ないのかよ。そんな適当に服着てるやつなんて、女子からの好感度は最悪だぜ?」なんて言われて、少ないおこずかいでいやいや購入した服だ。珍しく坂上に感謝の気持ちであふれていた。
そして最後に人夢は鏡を見て何度も髪型をセッティングする。普段はいつも遅刻と隣り合わせ、こんなことをする時間なんてないが、今日はベストな状態で出撃したい。何度も髪の毛を整えて準備万端。計画通りの時間に家を出て、陽菜との約束の駅前へ向かう。
陽菜は陽菜で慌ただしい朝を迎えていた。人夢もそうだが、陽菜だって異性と二人でのお出かけなんて父親以外に人生で一度もない。
着替え以外の支度を全て終えて、クローゼットの前に立ち、着ていく服を決めかねていた。はっきりいって自分のファッションに自身がない。一様、形上は男の子と二人きりなのだ。
「女の子ってこういう時何を着ていくのが正解なの?やっぱり可愛い服の方が良いよね。」
陽菜は自分の趣味ガチガチの私服ときっちりフォーマルスタイルしか持っていない。
あるとすれば、
「前に彼方と買い物に行った時に買った服でいいか。」
彼方は男友達も多く、そういうことについて陽菜はかなり信頼している。
「丁度いい服はこれしかないし、これにしよう。てか、何でこんなに悩まなきゃ何ないのよ!別にデートってわけじゃないし!」
いきなりぷんすか腹をたてて、駅へと向かった。隣の家に住む彼方は陽菜が自分の選んだ洋服で駅に向かう様子を窓から眺めていた。
「いや、可愛い。可愛いよ陽菜。頑張ってきてね。さてと、陽菜がいないから、奴らが出てきたら私一人か。もう前みたいにヘマしないようにしないとね。陽菜、任せて」
駅前。約束の9時の30分前。8時半に丁度二人は合流した。駅前には待ち合わせしているカップルを横目に少し恥ずかしさを感じながら、陽菜は走ってくる人夢に声をかけた。
「ちゃんと30分前に来たようね。いつも遅刻常習犯のわりには頑張ったんじゃない?」
「そりゃあ、俺が誘ったんだから遅れるわけには、というか最近は赤崎さんも学校に遅刻がちな気が....」
「ちょっと疲れてるの。やることがいろいろあるのよ。ていうか、なにじろじろ見てるの?っひょっとして、私のこの格好、変かな?」
陽菜は腕を引き寄せるように胸元を隠すと、恥ずかしそうに人夢に目をやる。
「いや、そのすごく似合ってるから。かわいいなって思って!」
人夢は初めての陽菜の私服にどぎまぎが隠せない。すらっと伸びた長めのスカートに黒いブラウス。学校での制服姿とはまた違った雰囲気を醸しだいている。
「本当?具体的に評価してよ。私男の子に良く見られたいなんて思ってないけど、馬鹿にされるのは嫌なのよ。」
「えっと普段よりもずっと大人っぽく見えるし。その、清楚な感じがする、かな。」
人夢は恥ずかしながらもかわいい以外の単語でなんとか褒めたつもりだった。
「それじゃあ普段の私はやっぱりがさつで子供っぽいって印象があるわけね」
陽菜はため息をついた。人に頼られるときっちりしなくてはいかえないと、厳格になりすぎて荒っぽくなったり、そして、
「野上くんも彼方みたいに大人っぽいスタイルがいいんでしょ?どうせ男子なんて考えることは同じよ」
「そんなことないって!赤崎さんの良いところはいっぱいあるよ。」
人夢は思わず陽菜に近づいて言う。
「あ、ありがとう。」
人夢が急に勢いよく自分のフォローをしてくれらのに驚き、とりあえず感謝の意を示した。
「そろそろ電車に乗ろう。早めに入場しといたほうがいいよな!」
困惑するその表情を見るなり、陽菜との距離に気づいた人夢は咄嗟に離れる。
しばらく電車に揺られて、大きな会場についた。普段アーティストがライブをしたりミュージカルを上演したりしている場所で収容人数もかなり多い。全国のファンがこの地に集うのだ。そしてヒーローショーにも関わらず、子供の姿はほとんどなく、ほとんどが社会人のようだった。ジャクティスもカミルンも歴史あるシリーズのため、コアなファンの年齢層は幅広い。人夢達と同じくらいの高校生らしき人もちらほらいた。
会場が開くのを心待ちにして、二人は行列に並ぶ。
「ねえ、そういえば聞いてなかったけど、野上くんはカミルンのどこが好き?」
入場口で並んでる間に陽菜が聞いてきた。
「え?いや、俺はカミルンも好きだけどジャクティスの方が好きなんだよ。」
「ちぇー。まあ男の子ならそうだよね。彼方もどちらかといえばジャクティスの方が好きって言ってたし、この歳で子供向け特撮ヒロインの魔法少女が好きな女の子って私だけ?なのかな」
「いやっでも!俺カミルンも大好きだぜ?普段はただの女の子なのに、いざとなると勇敢に悪に立ち向かう姿がジャクティスみたいにかっこよくて、、、」
肩を落とす陽菜にあわてて人夢は補足する。
「そうなの!後、めちゃくちゃかわいい!ここ重要!」
「あぁ、めちゃくちゃかわいい。」
人夢は目を輝かせて迫る陽菜に思わず呟いた。
時間になり扉が開く。中からジャクティスのテーマ曲が聞こえてきて、本当に来れたんだと実感した。
会場に入るなり、ヒーロー達の巨大なポスターが出迎える。歴代のヒーロー達がずらりと並ぶその
存在感は圧倒だった。くじ運も悪くついていない人夢がこんな素晴らしい場所に来れたのは他でもない協力者。霧ヶ峰彼方のおかげである。
「すっげえ迫力、、本当に霧ヶ峰さんには感謝しないとな。帰ったら改めてお礼言わないとな。」
人夢は脳内でいえーいとピースする彼方を思い浮かべながら、顔を上げたまま呟いた。
「なんでそこで彼方が出てくるの?やっぱり私なんかじゃなくてもっといっしょにいて楽しい彼方と来たかったんじゃないの?」
陽菜はぷいっとそっぽを向くと、先に会場の中にずかずかと入っていく。
「違うって!ちょっと、赤崎さん待って待って!」
「やーだ。待たないよ。ショーが始まるまでの時間にカミルンの限定グッズを追い求めるんだからね」
軽くスキップしながら会場を進んでいく陽菜の後ろ姿を他のお客さんをかき分けながら追いかける。
その背中は厳しい真面目な委員長という学校での陽菜よりも遥かに楽しそうで、人夢は思わず微笑んでいた。
その時、バチっと頭に違和感を感じた。周りを見渡すと一瞬だけ、空間がぐにゃっと不自然に歪んだように見えた。しかし次に瞬きしたときには何も変化は無かった。
「ま、多分気のせいだろ。」
人夢は思わず目を擦る。
立ち止まる人夢に陽菜は呼びかける。
「ちょっと野上くん。本当に置いていくよ。さっさと来て!」
(はは。そうか。やっぱり俺は、赤崎さんが好きなんだな。)
その純粋無垢で子供のような笑顔の陽菜を見てそう思った。




