第二話
「いやぁ、野上。最近寝てんのか?真面目なお前が授業中にあんなに爆睡するなんて今までじゃあり得なかっただろ?」
人夢の前の席のクラスメイト、坂上は昼食の時間に後ろを向いて聞いてきた。
「俺はちゃんと睡眠はとってる。ていうか、今日に関していえば!昨日お前がドッジボールで俺の顔面にボール叩き込んだせいで、影響がでた可能性もあるぞ?あと、どさくさに紛れて俺の購買メロンパンちぎって食ってんじゃねぇよ」
人夢はとっさに残りのメロンパンを坂上から取り返す。メロンパンは気づけばゴッソリちぎられていた。
「てか、野上いいのか?そんな不良くんじゃ赤崎に嫌われちまうぞー。多分性格上きっちりした男じゃないと認識すらしてもらえないと思うね」
「うるせーよ。ったく別にそんなんじゃねぇっての」
人夢は大きく口を開けてメロンパンを頬張る。
「俺は思うにだなぁ。赤崎さんは顔は良いんだが、女の子らしさってのが欠けてる気がするんだよ。ほら、昨日だって馬鹿どもの仲裁を一人でやってのけてたしさ。」
そんなことを言っている坂上の後ろに赤崎陽菜が近づいていることに気づき、人夢は戦慄した。
「んん!んんんー!」
合図しようとするが、坂上は全く気付く様子はない。
「は?何言ってんのお前。そんなことないって?いや、赤崎に足りないのは圧倒的に母性の象徴!包容力の膨らみが足りな…。」
そこまで言って坂上の口が止まる。
後ろから殺意に近いものを感じたのだ。
「悪かった、、冗談だ。ゆ、ゆるせ…」
赤崎陽菜は坂上に拳を石のように固めてゲンコツを入れる。ガツーンと一発。これがギャグ漫画なら確実に星が飛び、ひよこが坂上の頭の上で歩いていることは間違いない。
「貧乳で悪かったわね。坂上君?」
坂上はしばらく机に突っ伏したまま動かなかった。
陽菜は自分の席に戻って自分の胸に目をやり、息を吐く。
「まぁ落ち込みなさんな、陽菜さんや。それだけ伸びしろがあるってことよ」
陽菜の幼なじみ霧ヶ峰彼方は、ずるずるとカップラーメンをすすりながら言った。
「べ、別に気にしてないし!男って本当にくだらない。普段からそんなことばっかり考えて…」
「坂上君、結構良い男だと思うけど、確かにそういうところあるよねぇ。陽菜さぁもういっそのこと公言しちゃいなよ、本当はきらきらしたかわいい物大好きでフリフリのスカートとか憧れてますって」
彼方は食べていたカップラーメンの汁まで飲み干し、片手でごみを放り投げてゴミ箱に放り込む。
「そ、そんなの言えるわけ…ないよぉ…」
机の上に伏して赤面する。そう、そんなこと言えるわけない。
女子から頼りにされ、男に恐れられている自分がガチガチの少女趣味を持ってるなんて。
「家ではフリフリスカートはいて、
愛犬のアーモンドとじゃれあって、
休日の朝にはテレビの前で魔法少女カミルンの応援して。この前は…」
そこまで言って彼方は陽菜に両手で口を覆われる。
「あーー!声がでかいから!絶対に言わないでよね。私のクラスでの立場がなくなるから!」
「ぷはっ!言わない、言わないから。息できないから手を離して!悪かったよ陽菜ルン?」
「カミルンみたいに言ーうーなぁ!」
またもや両手で彼方の口を塞ぐ。
そんな光景を人夢は窓際の席からボーっと見ていた。
「おい人夢。片思いフルマックスな相手に、見惚れてるところ悪いんだけど」
坂上はおーい、と人夢の顔の前で手を振る。
「ば、ばか!別に赤崎を見てたわけじゃないからな!眠くてボーッとしてただけだ」
「嘘つけ、女子が二人でわちゃついて、スカートの中が見えそうで見えない。見たいな光景に目を奪われてたんだろ?」
坂上は楽しそうに囁いた。
「んなわけあるか!」
「あ、今も見え、見え、」
坂上は陽菜と彼方の方を指差す。
人夢は不覚にも指差された方向を向いてしまった。人夢はそこで陽菜と目が合う。
向こうから、(何見てんだよ変態)的な視線が痛いくらいに刺さり、咄嗟に目を離す。
「てめぇ、図ったな坂上。」
坂上は頭を抱え込む人夢の肩を笑いながら叩く。
「悪い悪い。本当、お前をからかうのは格別に面白い。そうだ、今日放課後暇ならラーメン食いに行こうぜ。いつもの店に新作がでたらしい」
「わかったよ。それと、今からかったお詫びに味玉奢りだからな!」
睡魔と戦いながらも(負けた)、放課後にみんなが教室から出終えた後、人夢も黒板掃除を早々に終えた。
門で待たせている坂上のため扉を開けて教室から出ようとしたその時、入ってこようとした陽菜と至近距離で目が合う。
人夢が咄嗟に道を開けると、陽菜は何も言わずに教室へと入っていく。
一言も会話したことのない相手に、さようならの挨拶さえ躊躇われ、そのまま教室を出ようとした時、
「野上くん。」
呼び止められてピタリと足を止めた。
ガチガチに緊張して、ガタガタと人夢が振り返ると、陽菜は振り向くことなく言った。
「最近、黒い影のUMAみたいなのがここらへんで発見された。なんて噂がたってるから、気をつけて帰ること。さようなら。」
その落ち着いた真剣なトーンに疑問を抱いたが、掘り下げることはでききなかった。
「あ、あぁバイバイ赤崎さん」
そう言って扉を閉めると坂上がまつ校門へと走り出した。
(赤崎さんならてっきり、都市伝説なんて馬鹿馬鹿しいとか言って気にしてなさそうなのにな。)
ともあれ、挨拶できた喜びは大きかった。心の中で大きくバンザイする、
カウンターの席が数席おいてある、年季の入ったラーメン屋に着いた二人は新作メニューメガ盛りチャーシュー麺にがっつく。
「どうでぇ、新作ラーメンの味はよぉ。うめぇだろう。」
店長は常連である坂上に意見を求める。
「うめぇ、この豚骨がクセになるぜ。さっすが大将!」
坂上はスープを飲み干し、口の周りについたスープを舌で舐めとる。
「なんだよ人夢、顔にやついてるぞ。良いことでもあったのか?」
「え、あ、おう。実はな…赤崎さんと帰りに挨拶したんだ」
「はっ。お前挨拶だけでときめいちゃうなんてどんだけピュアなんだよ」
坂上は、カウンターを手で叩いて大声で笑う。人夢は顔を赤くする。
「人の純情を笑うんじゃねぇ!、、そう言えば、、、知ってるかよ。黒い影のUMAの話。」
坂上は水もごくごく飲み干して答える。
「あぁ、今ここらを騒がせてる都市伝説か。最近じゃあ発見情報があると警察まで出動してるらしいぜ?まぁ、所詮は都市伝説よ。都市伝説。おっちゃん、ごちそうさん!また来ますわ。」
人夢が最後の一口を食べ終わると二人で店を出た。
夕焼けが綺麗で外が明るかった。
お腹がふくれた2人はゆっくり歩きながら帰路に着く。
「それにしても人が少なくないか?まだこんな時間なのに。」
人夢は疑問に思った。
街灯がつき始めた程度の時間でいつもなら家に帰る子供たちの姿が見えるはずだ。人夢は以前、子供が蹴ったサッカーボールを顔面に喰らった不運なことを思い出す。
「最近テレビでも言ってるが、子供たちは早く帰るように言われてるらしいぞ。根も葉もない噂だが、実際数人、行方不明者が出てるらしい。」
しかし、そんな話をしている矢先、女の子の声が聞こえてきた。近づくにつれそれが泣き声だと気づく。前方に小学生低学年程度の女の子が取り押さえられているのが見える。
取り押さえているのは髪の長いヒールをはいた女性だ。
「助けて!痛い。痛いよ!うわぁぁぁ!!!!!」
平和な空間が一転した。目の前の光景によってラーメンの味も陽菜との会話も塗りつぶされる。
「さかが、、、!!」
人夢が坂上に声をかけようとした時には既に前方に駆け出していた。遅れて、人夢もすぐに後に続いた。
「今すぐその手を離せ!!」
坂上の叫びに反応することなく女性は女の子の首を絞め始めた。それに明らかに女性の様子がおかしい。
坂上はその異常な状態から判断して、女に勢いよく回し蹴りを入れる。女は横に飛ばされ、女の子もその拍子で転がった。
坂上は2人の間に立ち、倒れた女を観察する。
「ぐるるる。ぐるぐぐ…」
獣のような呻き声を上げてゆっくりの立ち上がった。
「人夢!その子を頼む!早く、安全なとこ…」
そう坂上が言った瞬間、女は地面を強く蹴り飛びかかる。
一歩引いた坂上だったが、女が振り回した手についたネイルによって頬が軽く裂かれる。ピッと避裂けた傷口から頬から血が飛びだす。
その見た目とは裏腹なスピードに得体の知れない恐怖を感じ、坂上は思わず後退する。
(こいつ…速い…)
しかし、間に合わない。
女は勢いよく拳を坂上の腹に叩き込んだ。容赦のない一撃に思わず息を吐き出す。
「ぐっ…!かはっ!!」
まともに受けてしまった坂上は腹を抑え地面に沈む。
「ぐるぁぁ!!」
女は逃げる獲物を逃すまいと女の子を睨みつける。無意識に人夢は女の子の前で構えていた。
しかし、それは何故か剣を抜く構え。人夢は腰のあたりで何回か、何かを握ろうとする。
そこで人夢は我に帰る。
腰に剣は愚か武器など一つも持ち合わせてはいないのになぜ自分はこんなことをしているのか。そんなことを考える余裕もない。
人夢には女の目が赤く光ってるように見え、恐怖で硬直する。この赤い目には何故か見覚えがある気がした。
(この感じ…何か見覚えが…)
「あ、ああ、あ、、」
動くことは愚か、声も出ない。
じりじりと近づいてくる足音、女の子の泣き声が痛いほど耳に響く。
(なんで、動かない!?今動かないで何がヒーローだよ!!)
人夢は自責の念に駆られる。そうやってとりあえず選ぶ選択肢は何もしないこと。すぐに自分で決断して行動することができない弱さ。そんな自分が心底嫌いだ。
その時間が実際よりも遥かに長く感じた。
女はよろよろとした足で人夢の前に立ち、腕を振り上げ、勢いよく振り下ろす。
「ぐるぁぁぁぁ!!」
人のものとは思えない唸り声が夕暮れの道路に響いた。