第十話
公園に二人の男女の影。
「何で私が告白して、挙げ句の果てには振られた展開になってのよ!馬鹿!」
彼方は顔を真っ赤にして怯える人夢に怒鳴りつける。今まで告白されたことは何度もあったが、いきなり積極的になった人夢にかなりのギャップを感じ、その勢いに完全に押されてしまったのだ。今のやりとりは間違いなく今までで一番恥ずかしいかった。
地面に横たわった人夢はゆっくりと体を起こしながら言う。
「え…だって霧ヶ峰さんが私の真剣な気持ちに応えてっていったから…つい告白されたんだと…」
「真剣なのは野上くんに対しての気持ちとかじゃなくて、質問に対する私の熱意だよ!どうも途中から話が逸れてる気はしてたけど、まさかそんな大きな誤解を生んでるとはね!」
「ご、ご、ごめん…なさい。」
その剣幕に人夢はまだ訳もわからないままとりあえず謝罪する。
人夢はそこでふと我に帰り、自分がしたことを振り返ってみた。
(俺、さっき霧ヶ峰さんに迫られて、逆に押し倒して…)
公園には家族連れや小学生、老夫婦などそこには色んな人がいた。どうやら今もたくさんの視線を浴びている。
「やぁね、昼間からどうどうといちゃついて。家かホテルでやんなさいよね」「私も主人との青春を思い出しますよ」老人のこそこそ話がしっかりと耳に入る。
「ごめん!その俺すごい勘違いを!しかも、こんな大勢の前であんなところを…」
「はぁ、もういいわよ。勘違いさせちゃった私も悪いし。」
彼方は倒れる人夢に手を差し出す。そして、人夢はその手を取って起き上がる。
(私の勘違いだったのかな。さっきも誤魔化した感じはなく、本当に勘違いしてただけに見えたし)
単なる思い過ごしだったとわかると、ここからは魔法少女としての霧ヶ峰彼方ではなく、普段通りのピチピチJKの霧ヶ峰彼方として接すればいいのだ。
「ごめん、折角買ってくれたのに」
放り出されたソフトクリームがベチャリと地面に落ちていたことに気づいた人夢は申し訳なさそうに言う。しかし、彼方は何やらにやにやと人夢を見つめる。
「別にいいのよ、ソフトクリームの一つや二つまた買ってあげるから。」
「何でそんなに急に嬉しそうな顔してるんだ?」
付き合いの短い人夢にもこれだけはわかる。
この顔は何かよからぬことを考えている顔である。
「ねぇ、私が本当に告白してたら、野上くんOKくれなかったんだよね。」
「う、うん。そうだね。」
「それはどうしてなのかもう一回聞かせて?」
「どうしてって…うげっ!!」
確実に地雷を踏んでしまった。真剣な気持ちには嘘偽りなく応えるのが礼儀だと思い、ついこの世で坂上しか知らない自身の純情な片思いの相手を口に出してしまったのだ。
それもその人の親友に。
非常事態発生である。
「それは、その、えーっとー。俺なんかじゃ霧ヶ峰さんに釣り合わないから…」
「ちゃんと答えないと、今日の出来事私の親友に話しちゃおうかなぁ」
彼方は人夢の顔を覗き込む。
「好きな人がいる…から」
ごにょごにょと答える人夢の様子が面白くて彼方はさらに追い討ちをかけていく。
「それは、誰?」
「クラスの女子…」
「そ、れ、は、誰?」
「赤坂陽菜。クラスの委員長で霧ヶ峰さんの友達の…」
彼方は笑い出した。あまりにも顔を真っ赤にする人夢が面白かった。その様子を見て、人夢は必死に叫ぶ。
「いや!別に付き合おうとかそういうんじゃ無くて、ろくに話したこともないし!何もするつもりはないから!」
「いいんだよ。別に。日頃、私が陽菜に近づいてくる男を蹴散らしてるから怖くなった?」
陽菜に近づく男がいたら突き放し、馬鹿にするものがいれば武力行使をしてでも黙らせるイメージがある。坂上も陽菜の制裁をくらっていたのを見たところだ。
「私、別に陽菜が彼氏を持つのに反対してるわけじゃないのよ?ただ下心全開で近づいてくるやつが嫌いなだけ。まぁ妬いちゃう部分も"多少なり"ともあるけど」
人夢にはその"多少なり"がほとんどの割合を占めているようにしか見えない。
「別に、赤崎さんに近づくつもりはないから!そもそもそんなこと出来ないし…絶対に本人になんか言うなよ!」
「ふふっ。私はそんな面白くないことしないよ。ところでさ、野上くん。陽菜のどこが好き?どこに惚れたの?」
彼方の声のトーンが真剣になる。恥ずかしかったが、人夢は自分が気づいた時には答えていた。
「クラスの委員長として責任感をすごく持っていて、誰よりもクラスのことを、クラスメイトのことを考えていて、ものすごく真面目なところ。男に負けないくらい気が強くて間違いがあれば正そうとする真っ直ぐなところ。でも、実は恥ずかしがり屋で子供のように明るくて苦手なことを隠したりするところ。そして、霧ヶ峰さんといる時に見せる笑顔がとても可愛いところ。かな…。」
「いや、何というか…あまりにも多すぎてちょい引く?どんだけ陽菜のこと見てるのよ。」
「ご、ごめん。つい目がいっちゃうというか…」
「よし、合格。」
彼方はポンと人夢の肩を叩いた。
「野上くんはクラスの中じゃ私の次に陽菜のことをちゃんと理解してる。顔がかわいいから、優しくしてくれたから、とかありふれた理由をつけて近づいてくるやつらとは違う。」
「その、合格っていうのは、どういう?」
「私、霧ヶ峰彼方の陽菜の彼氏認定試験には合格したってこと。そして、野上くんには教官から指令を与えます。私がOKしても陽菜に認められないと話にならないからね。」
ビシッと人差し指を人夢に突きつけて言う。
「いきなり告白しろとか言われても絶対にしないぞ!玉砕確定なのに!」
チッチッチと彼方は人差し指をたてて横に振る。
「私から一つお願いがあるのよ。聞いてくれる?いや、聞くしかないけどね。」
また何かを企んで微笑む彼方に、人夢はとんでもなく嫌な予感がした。
「今度、陽菜と二人でデートに行って欲しいの。変な男に引っかかる前に、あの子に男の免疫をつけさせてあげたいのよ。」
男と付き合うとはどういうことか、それを陽菜に教える必要がある。カミルンの恋人のようにキラキラ王子様以外との付き合い方を知らないのだ。そもそもそんな人間は実際にはいないのだ。いつまでも白馬の王子が駆けつけるのを待つだけではすぐに青春が終わってしまう。
デートという単語に人夢は激しく動揺する。
「デ、デート‼︎?俺まともに話したこともないし、絶対迷惑だし、断られるに決まってるよ!」
生まれてからデートに誘ったことなんてないし、普段から寄ってくる男を嫌う陽菜が、クラスの冴えない居眠り問題児からの唐突なデートの誘いを受けるはずがない。
「大丈夫。ここに秘策があるのよ。ファン感謝祭の時に販売していたチケットをネットでポチッと購入してたのよ。本当は私がサプライズプレゼントするつもりだったんだけど、この際、この最強の手札カードを切るわ。」
彼方は二枚のチケットを財布から取り出して、人夢に手渡した。
「これは…カミルン&ジャクティス特別ヒーロー公演‼︎」
手渡された物の正体を確認して人夢は声を出し、震え上がる。ジャクティス、というのは人夢が愛するシリーズ子供向けのシリーズで今もなお放送が続く人気シリーズである。
(これは……紛れもなくファンクラブ会員専用のくじ引き抽選で当たる、ヒーローショーのチケット!俺が一回千円のガチャを小遣いはたいて三回引いて、爆死して獲得できなかった代物!それに二枚も‼︎)
まさかそんなものが出てくるとは思ってもみなかった。
「ネットで買ったって、半端な額じゃないと思うんだけど?」
そのあまりにもレアな代物はメインターゲット世代の子供ではなく、完全にコアなファン向けになっている。世の中の優しいお父さんお母さんに子供がおねだりしても、我慢しなさいと言われる金額である。そよ千円で出るまで引けるといういかにも金儲けを考えている大人のシステムの匂いがプンプンする。
「まぁ、私は親友への投資は惜しまないからね。陽菜はチケット1万円分回して大爆死。あの時の顔を見ていてもたってもいられず購入したのよ。」
そういえば霧ヶ峰彼方の親は金融会社を経営しているからかなりのお金持ちだとクラスで聞いたことがある。
小遣いのほとんどがヒーローフィギュア一体に消えるどこかの庶民さんとは大違いである。
「このチケットで陽菜をショーに誘いなさい。このチケットはペアチケットで二人でしか入場できない。野上くんが二枚当選したことにしよう。私達がヒーローショーの話をしているところに野上くんがやってくる。完璧な作戦ね。」
人夢だってこのショーには行きたい。
ここでしか買えない超がつくレアグッズを始め、実際の役者さんがショーをするのだ。カミルンも実際の声優が声をあてるらしい。
もはやその規模はテーマパークで定期的に行われているようなレベルではない。
しかも、片思いの陽菜と二人になれるチャンスなのだ。どう考えても断る理由はない。
「わ、わかった!勇気を出して誘ってみるぞ!」
人夢は両手をグーにして意気込む。こんなチャンスは二度とないだろう。それに、普通にヒーローショーに行けることが心の底から嬉しい。
彼方はその様子を見て、人夢に肩を組む。
「それじゃ、決行は明日の放課後。陽菜の仕事が終わった後、私達は教室で二人きりになる。そこに荷物忘れた振りして自然な流れで入ってきてね。」
こうして二人の(陽菜ヒーローショーデート作戦‼︎)が幕を開けた。
第二章はここで終了となります!ここまで読んでくれ方には絶大な感謝を。ぜひ評価感想などお待ちしてます。一つ一つが励みとなり、創作意欲を掻き立てます。
次回から三章になり、本格的にこの作品の二人の主人公が互いに干渉していきます。
一章二章の挿絵も頑張って描いております。お待ちください!
それでは第三章をお楽しみに!