第九話
ゲームセンター。放課後の学生やカップルで賑わう店内。その一角。新商品を置いているUFOキャッチャーの機体の前に二人の高校生が熱心に挑戦していた。
「もう少し右、、、今度こそ決めるわ!」
ウィンウィンと大きな電子音を出しながらアームが獲物目掛けて降下する。ガッチリ掴んだと思われたがフィギュアの箱の重さには敵わなかった。
ピクリとも動かずにするすると箱からアームが抜ける。
「あ、俺が取ろうか、霧ヶ峰さん。」
びくともしない箱に力なく頭を下げている彼方に、人夢は言いにくそうに提案した。
「うう、この限定フィギュアを手に入れて陽菜を喜ばせたかったのに。」
「赤崎さんにこのカミルンのフィギュアを?」
「あ、やば、まぁいいか。野上くんになら言っても問題なさそうだし。」
彼方は人夢を機体の前にぐいっと引っ張る。
「陽菜はこのシリーズが大好きなのよ。ま、クラスメイトには少女趣味を隠してて言い出せないでいるけどね。あ、これは陽菜には絶対内緒ね。」
まぁ自分も似たような物だ。特撮マニアなのは公表してないし、限定フィギュアなんてファンなら獲得しておきたい代物だ。
「わかった。俺が取るよ、ここまでお金使って引き下がるのももったいないし。」
人夢は財布を開ける。そこにお札なんてなかった。新作ゲームを買ったり坂上に連れられて買い食いしたりと貧乏学生にとっては痛い出費を繰り返していたのだ。
(赤崎さんに喜んでほしいし、少し痛いけど500円6プレイコースで行くか、、、。)今晩の夕食は家の近くの定食屋の一番安いメニューに決定する。
人夢は思いを込めて500円玉を投入する。チャララン♬人夢の思いを鼻で笑うかのようなマシンの電子音。
「ちょ、なんかいきなり真剣モードになって、、、ってあれ?やっぱりこの表情あの時の人に似てる?」
人夢がUFOキャッチャーに集中し、少しずつ穴へと近づかせている最中、彼方はその真面目な横顔を観察していた。
最後の一回。ギリギリのところでアームを景品に接触させて押し倒すようにして何とか獲得した。
「よ、よし!やったよ霧ヶ峰さ、、ん?」
横を向くとボーッと自分のことを見つめている彼方の姿があった。
「あ、あの、俺の顔に何かついてる?」
「い、いや!何でもないよ?それより凄いね野上くん。結構こういうの得意なんだね。」
「ま、まぁたまにこういうのもやったりするから、、たまにね?たまに。」
嘘である。特撮の新シリーズや、新しい商品が出たらすぐさま大金を注ぎ込んでプレイしている。それは多少なりとも上手くなってくる。
「これは陽菜が喜んでくれること間違いなしだよ。ありがとう野上くん。そうだ、この先の公園前のソフトクリームでも食べようよ!おごるからさ。」
「いや、さすがに悪いよ。前もおごってもらったのに。」
「駄目だよ。私は今超絶暇なのよ。話し相手が欲しいってわけ。まぁ公園のベンチに座っててまっててよ。」
結局公園のベンチまで来てしまった。遠くに遊具で楽しく遊んでいる子供達が見えた。
子供達はなにやらヒーローごっこをしているようだった。
「くらえ、エンジンマンの必殺技ぁ!爆炎弾!」
「無駄だよ!僕は神の速度で移動することができるんだ!行くぞ、神速!」
「カミルンも効かないもん!エネルギーぃシールド!」
楽しそうだなぁと人夢は眺めていた。(ヒーローごっこか懐かしいな。幼稚園の頃はよくやり過ぎて喧嘩になったっけな。大概、最後は俺が泣いて友達が謝って来たっけ。)
今のこの光景を見て、大人は子供っぽくて喧嘩があっていいと思うだろう。でももしあれが高校生だったならどうだろう。それはたちまち何やってるのあの子に変わってしまう。
(ヒーローごっこは子供達の特権ってわけだよな。楽しめよ、子供達。)
人夢がボーッと子供達を眺めていると不意に横から頬をつつかれる。
「野上くんて子供が好きなの?」
「いや、別にそんなことはないけどただ楽しそうだなって。」
「はいこれ、味はバニラで良かったよね。」
「あ、ありがとう霧ヶ峰さん。」
彼方は人夢の横に腰掛けて笑う。
「私達も、、私と陽菜もよく公園でカミルンごっこしてたよ。超魔法少女カミルン!女の子だからって舐めないでよねっ!てやつ。」
彼方はソフトクリーム片手にビシッとポーズを決めて、落としそうになって慌てて両手でキャッチする。
「赤崎さんがカミルンが好きなんて意外だね。そういうのは、逆に子供っぽいって興味ゼロだと思ってた。」
「やっぱりそうだよね。陽菜は学校じゃかなり真面目で完璧に見えるからね。実は甘い物が大好きでかわいい洋服が大好きだったりするんだよ。まぁ、誰かに見られるのは恥ずかしいらしいけどね。」
「へ、へぇー。」
言われてみれば、人夢は学校での、委員長としての赤崎陽菜しか知らない。
(そんな一面もあるんだ、、赤崎さんのかわいい私服。)
人夢は頭の中でかわいい服を着て恥ずかしがっている陽菜を想像してしまい、顔を赤くしながらソフトクリームにかぶりつく。
「ねぇ野上くん。私達二人に何か隠し事とかしてない?」
彼方の声のトーンが変わる、顔を上げると真剣な表情の彼方が真っ直ぐこちらを見つめている。
「え?別に何も隠してないけど、急にどうしたん、、ですか?」
人夢はじりじりと距離を詰められてベンチの端まで追いやられ、溶けそうになったソフトクリームを慌てて食べる。
「昨日私達を助けてくれた赤い髪の男の子は、野上くん、あなたじゃない?」
バサバサと公園にいた鳩達が飛び去る。
「昨日?昨日は霧ヶ峰さんと喫茶店で別れてからは家でゲームしてたけど、、、。」
「とぼけないで。」
ついに彼方の体がピッタリとは人夢はにくっつく。
(なになになにこの状況!話が全く見えないんですけど!?凄くいい匂いがするし柔らかい感触が、、)
公園にいた家族連れも、老夫婦もその光景をイチャつくカップルと捉えているだろう。どこから見てもそう見えるはずだ。
(まさか、霧ヶ峰さんは俺のことが、、、)
「本当は私が言いたいこともうわかってるんでしょ?」
人夢は変な汗をかき始める。残り少しのソフトクリームが溶けて指に到達する。
「な、何が言いたいのか分からないなぁ、、ってうおぁ!」
人夢は彼方に肘掛に押し倒され、背中に肘掛が食い込む。
顔の距離が数センチにまで近づく。彼方の体温が伝わってくる。
(この心臓の脈うつ速さ。間違いなく何か隠してる。やっぱり近くでみれば見るほどそっくりだわ。)
「私は本気よ。ちゃんと答えて。悪いようにはしないわ。私、何でもするから。」
彼方は人夢をじっと見つめる。その真剣な表情を見て人夢は決心する。(向こうが本気ならこっちも本気で答えないと失礼だよな。)
「ごめん。霧ヶ峰さんには答えられない。」
「私には?それってどういうことよ!どうして!?どうして答えてくれないの!?」
彼方は人夢の体を揺する。
「確かに、霧ヶ峰さんは明るくて、俺なんかにも優しくて、それに美人だしスタイルもいいし、凄く素敵な人だと思う。」
「は!?」
唐突な人夢のセリフに顔を急に赤らめて人夢に覆いかぶさっていた体を退く。
人夢は起き上がり、彼方の両肩を掴む。
「ひゃう!?」
彼方は驚きの余り変な声を上げる。
「いや、確かに何でもするって言ったのは事実だけど、いきなりそういうのはちょっと、、」
(野上くんてこんなに肉食男子だったの!?)
「好きなんだ。」
「はい!!??」
彼方は人生史上最高の赤面を記録した。
「赤崎のことが、好きなんだ。だから霧ヶ峰さんの気持ちには答えられない。」
「は?」
さっきまでの動揺をどこかに吹っ飛ばされ、彼方はぽかんと口を開ける。
「赤崎さんにとって親友の霧ヶ峰さんには言いたくなかったけど、真剣に答えるのが礼儀だと思ったから伝えた。」
「は?」
彼方は人夢が想定した表情とは違う表情を見せる。
「え?いや、だから俺は赤崎さんが好きだから霧ヶ峰さんとは付き合えない、、、ってあれ?」
彼方は無言で拳を握って立ち上がる。
「何で、、何で私が振られたみたいになってんのよぉぉぉ!!!」
彼方の拳は人夢の体にクリーンヒット。人夢の体が突き上げられる。ああ宙に舞うというのはこういうことなんだと思った。
「何で、殴られ、、、がくっ。」
人夢は背中から地面に落下し、がくりと首の力を抜いた。
「野上くんのアホー!!」
彼方の怒鳴り声が耳に痛いほど響いた。