第八話
「野上お前、何かいいことあったの?」
いつもの昼休み。文化祭前で浮かれるクラスの端で人夢が購買のサンドイッチをでつまんで食べていると、前の席に座る坂上が聞いてきた。
「いや、どこがだよ。最近は気持ち良い朝を迎えていたのに、また目覚めが悪くて、今日も一から四時間目までほとんど話かけてないっての。」
もぐもぐとサンドイッチを頬張る人夢に坂上は、深くため息をつく。
「お前それ自覚ないのかよ。すんげーにやけてるぞ。赤崎と何か良いことでもあった?最近仲良く二人で登校してるじゃん。」
「いや、別にたまたま時間が同じになるだけで一緒に登校してるってわけじゃないぞ。理由は分からないけど最近赤崎さんどうしたんだろう。」
紙パックのオレンジジュースをストローで飲みながら人夢はチラッと陽菜の席を確認する。今日も鬼崎と文化祭関係の決め事でもしてるんだろうか。
「なぁ坂上。赤崎さん、文化祭の仕事を家でもやってるから寝不足なんじゃないか?あかなり真面目な人だからなぁ無理しすぎてないといいけど。」
坂上はその言葉を聞いて、にやけながら人夢の両方に手を置いて首を横に振った。
「な、何だよ。気持ち悪いぞお前、、、。今からろくなこと言わないだろ、、。」
「お前は何も分かっていない。女の子が寝不足になるほど夜に熱中するもの。男の匂いがするな。」
人夢はブーッとオレンジジュースを坂上に放出する。
「汚ぇ!!何すんだよ!」
「馬鹿野郎!お前が変なこと言うからだろ!あの人がそんな、、、そんなことするはずが、、。」
「ないとは、言い切れんだろ?確かに性格はちとあれだが、大人しくしてればかなりモテるだろ?」
確かにそうだ。陽菜に彼氏がいるかなんて人夢には分からない。耳に届いてないだけで自分なんかよりはるかに格好良い相手がいるかも知れない。
人夢がため息をついた時、前方から霧ヶ峰彼方が近づいてくるのが見えた。人夢は昨日のコーヒー代のお釣りを返そうとカバンから財布を探した。
坂上は彼方の接近に気づいていない。それどころか声量を上げて喋り始めた。
「いいか!?赤崎さんが同年代の男に興味なさそうなのはもっと大人な相手がいるからだ!」
人夢が財布を見つけて顔を上げた時、ピタリと彼方の歩みが止まって、右の拳が硬く握られていた。
「お、おい坂上、、」
「そして、色々経験してるに違いなぁい!」
ビシッと人夢に人差し指を突きつけた坂上に、逆に人差し指を突きつけ返す。
「おい、、後ろ、、。」
「はっ。その展開はこの前やっただろう。今このクラスには赤崎さんはいない。つまり、俺が机に叩きつけられることはなぁぁぁぁぁ!!!」
彼方は後ろから坂上の後頭部を握り、文字通り机に叩きつけた。
「坂上くん?言っていいことと悪いことがあるよ?陽菜がそんないかがわしいことするわけないよねぇー?」
まるで幼稚園児を叱りつけるようなトーンで彼方は坂上を机に擦りつけながら言う。
「ねー。野上くん?」
「も、もちろん赤崎さんがそんなことするわけないよね、、ははは。」
そう霧ヶ峰彼方は基本明るくおちゃらけていて、男子とも気兼ねなく話すタイプだが、陽菜のことになるとその怖さはこのクラスでトップである。
「それと、霧ヶ峰さん、昨日のお釣り渡そうと思って。」
人夢は彼方に小銭を差し出したが、彼方はそれを手のひらで押し返す。
「いいよいいよ。君の分のコーヒー代込みで置いていったからさ。付き合ってくれたお礼!」
「何!!聞き捨てならないぞ野上!お前昨日霧ヶ峰さんとどっかいったのか!」
坂上が顔を上げて質問する。
「私が喫茶店に誘ったのよ。あんたには関係ないでしょ。」
「お前、前に俺のことをいい男だとか言ってたじゃねぇか、、、何で俺じゃなくて野上なんだ?」
「勘違いするのも大概にして欲しいなー別にいい男ってのは顔だけだし、私が好きってことにはならないよー。」
彼方はもう一度坂上の顔を机に擦り付ける。
「坂上くんなんかよりも」
彼方は人夢の後ろに周り抱きついた。
「野上くんの方が純情で好きよ。昨日もとっても楽しかったしね?」
人夢は顔を真っ赤にして、体を丸める。
「う、うん昨日はあ、ありがとう。」
坂上は目を細めて言う。
「騙されるなよ野上。悪いことは言わない、その女はやばいやつだ。」
彼方は人夢の耳もとでクスクス笑うと、肩をポンと叩いて人夢達から離れて、会議から戻ってきた陽菜に抱きついた。
「陽菜。おかえりーー。」
「もう、あんまりくっつかないでよ。その、みんな見てるし、恥ずかしいからさ。」
いつもより大人しい反応だったため、彼方は陽菜の顔を覗き込む。
「ははーん。何か、陽菜嬉しそうだね。まさか昨日の人のことが、、?」
「ち、ち、違うから!べ、別に感謝してるけどそういうんじゃないからぁ!」
陽菜は、恥ずかしがって左右に体を揺すって彼方から逃れようとする。
「かわいい、、。」
人夢は、その照れてる陽菜の表情を見て、無意識に言葉を漏らす。
その様子をみて坂上は笑いながら呟いた。
「いやぁ、一瞬お前霧ヶ峰にたぶらかされるんじゃないかと思ったけど、お前の赤崎さんへの愛を疑ってすまなかったよ。」
「ん?今何か言った?」
「いやぁ、別に何でもねぇよ。」
六時間目は文化祭の決め事があった。
「なぁ野上。お前どの役にするよ。」
「とにかくセリフの数が少ないやつを、ナレーターとかよりは村人とかの方がいいかな。」
人夢達のクラスは文化祭で劇をやることになった。劇をやるのは男子達はあまり乗り気ではなかったが、女子達の陽菜のお姫様姿を見たいという主張に押し負け、なんなら俺たちも見たいぞとクラス一丸となって決定したのだ。
クラス委員長の陽菜は、黒板の前に立ち、進行を務める。
「今から劇の役割を決めます。まずはこのストーリーのヒロインであるマーノルドを演じる人、、、」
誰も手を挙げない。は?何言ってるんですかという視線が陽菜に刺さる。
結局陽菜はメインヒロインを命じられてしまった。
「じゃあ主人公をやってくれる人、、。」
陽菜がクラスに問いかけた瞬間、
「高橋くんがいいよ。役柄的にぴったりだと思うな。」
彼方は鬼崎の方をチラッと見た。
彼女の予想通りこちらを睨んでいる。鬼崎が陽菜に気があるのはすぐにわかる。文化祭の会議と名うって二人きりになろうとしているのが見え見えだったからだ。
「お、俺?そんな、他にやりたい人がいなければやってもいいけど。」
高橋、というのはそこまで目立つ性格ではないが、雑用を進んでやったり誰にでも優しく接する簡単に言えばいいやつである。
鬼崎の方が、運動、勉強、ルックスともに優れているが、彼には鬼崎にはないクラスメイトからの心からの信頼がある。
「ちっ。まぁいい、、、、。」
鬼崎はこのまま自身が立候補して主人公の座を奪い取ることが出来るかもしれないと考えたが、人から役を奪ってまで目立ちたいやつと思われる方がお断りだ。
「赤崎、じゃあ俺にラスボスやらしてくれよ。元国王のグランの役。」
「他にやりたい人いないなら、このまま鬼崎くんで行くけど、、。本当にいいの?この役かなりセリフ多いし、アクションとか色々大変だけど。」
陽菜は黒板にチョークを当てて振り返る。
「いいよ、俺一回悪役やってみたかったんだ。それに、高橋とのアクションとか楽しそうだし。」
「お、そうか!最後のバトルシーンだな!」 「剣道部の高橋とボクシング部の鬼崎あの二人なら凄い動きできるんじゃね!?」 「よく言った!頑張れ鬼崎!」
クラスメイトを味方につけ、鬼崎のラスボスの元国王グランは決まった。
この物語は基本的に赤崎陽菜のメインヒロインマーノルド、鬼崎の悪役のグラン、高橋の主人公のマイクの3人の物語。
ようは他は大した役柄はない。その後も残りの役はスムーズに決まった。
「野上、俺は村人Aだけど、お前は?」
坂上の問いかけに、人夢は黒板を指していう。
「俺は村人Bだよ。出番少ないと思って選んだら、なんとここのパートで俺鬼崎にボコボコに殴られることになってるんだよ!!演技とはいえ、なんかあいつ普通に殴って来そうで怖いんだけど?」
「いくらあの馬鹿でも流石に殴るフリだけだろ、所詮文化祭の出し物なんだし。」
坂上が言ったその瞬間、黒板に全ての生徒の役割を書き記し終えた陽菜はクラスのみんなに言う。
「芝居は全力でやりましょう!今年、このクラスが演劇の部優勝よ!!アクションシーンもガチでやるよ!」
委員長の一言にクラス中が湧く。
「「「おおぉぉぉーーーー!!!」」」
どうやら人夢は鬼崎にボクシングの(重要)そこそこの威力で殴られそうだ。
「ねぇ、陽菜。今日こそはどっか遊びに行かない?」
彼方は終礼の後、隣の席の陽菜に言った。
「あ、うん。もう文化祭の決め事の予定はないしいいよ。」
陽菜は予定表を確認しながら言う。
「本当?ならいつものクレープ屋に新しいメニューが、、」
しかし、彼方が目を輝かせてスマホに映る新作メニューを見せようとした時、机と机の間を遮るようにして鬼崎が現れた。
「今から台本の打ち合わせをしたいから、少し残ってもらうぞ赤崎。」
鬼崎の他にもそのグループの連中がいた。
「もう決め事はないはずだけど?」
陽菜はそう言い放つとカバンを肩にかけて立ち上がる。
「台本で特にセリフが多い役割の人は居残り練習をするのは当然だ。お前がヒロインで俺がラスボス。主人公は高橋だが、あいつは何か家の用事とかなんとか言って来なかったけど、、まぁお前は今日こそちゃんと来るよな?」
鬼崎は立ち上がった陽菜の肩に手を乗せて言う。陽菜はその手を振り払う。
「はぁ、、、わかったから。先行って待ってて。」
陽菜は不機嫌そうに仕方なく鬼崎の誘いを受け入れた。しかし、彼方は反対する。
「ちょっと、流石にやりすぎじゃない?休息の時間も必要だと思うけど!?今日までずっと会議して来たんでしょうが!」
つっかかろうとする彼方を手のひらで制すると、陽菜はにっこりと微笑んでいった。
「彼方。ごめん、いいの。私はよく会議欠席したり、早退したりで鬼崎くん達には迷惑かけたから。」
彼方は言葉を失った。
(そうか、魔法少女の仕事、、、、昔はブゼリアンの反応があることなんて滅多になかったけど、最近は頻繁に奴らが来るようになって、、しかも昨日陽菜が会議を早退したことに関しては私のミスだし。)
鬼崎達はそのまま教室の外へと向かって歩いていく。
「そういうことだ。悪いな霧ヶ峰。じゃ、いつもの教室で先行って待ってるからな。赤崎。」
ガラガラと扉を閉めて鬼崎達は出て行った。はぁ、と陽菜はため息をついて言う。
「大変だね。魔法少女との両立は。」
そう言って微笑む陽菜の両肩を彼方は両手で揺する。
「クラスの仕事なんて放っておけばいいよ。もし疲れてるならしっかり休むべきだよ!」
この仕事は他の誰にも真似できない大切な役割。考えてみれば学校生活なんて二の次にするのが当然なのだ。
しかし。
「私ね、嬉しいの。」
「え?」
「みんなに頼られてることが、、、ね。私もカミルンみたいにみんなに頼りにされてるんだって思うと嬉しいから。ま、まぁヒロインの衣装がキラキラ過ぎて着るのに戸惑うけど。」
頭の後ろに手を当てて笑う陽菜に彼方は何も言えなかった。魔法少女をしていることは公表するわけにはいかない。仕方がないことなのだ。
「わかった。でも、無理はしないで、、、じゃ、ばいばい陽菜。」
彼方は一人で教室を出た。陽菜が忙しいなら、自分にできることをしようと彼方は思った。
「昨日の正義のヒーローを名乗る謎の少年。雰囲気こそ違ったけれど、少し彼に似てる。陽菜は気づいてなかったようだけどあの動きはーーー。」
陽菜に抱きついてから飛び退いてあたふたするあの動作があの人にそっくりだったのだ。
「確かめる必要がありそうね。」
彼方は校門へと向かった。
放課後。
坂上は今日もとっとと帰ってしまい、また一人きりになった人夢は職員室に課題を提出してから、家路に着こうとしていた。
「さて、今日は腹減ったし外食にするか。牛丼かラーメンかカレーか、、財布と相談するとこの辺りか?」
頭の中で今晩のディナーを考えながら門をくぐると、そこにはまた彼方の姿があった。にっこり笑顔でこちらを見ている。
「あのさ、昨日に引き続き、今日ももし暇だったら付き合って欲しいんだけど。いい?」
昨日よりも距離を近づけてついには人夢の腕に抱きついて頼んできた。
霧ヶ峰彼方はそのルックスと明るさから学校では結構有名な生徒だ。そんな生徒に体を寄せられている。周囲の生徒が集まる。
人夢は飛び退いて手を前でふりながら言う。
「わ、わかった!行くから、、ちょっと早く場所を変えて頂けるとありがたいかな。」
彼方はそれを見てより一層、野上人夢への疑念が高まる。
(この同様の仕方、やっぱりそっくり。それに近くでみたら顔立ちもそっくりだし。)
「野上くん、ありがとう。じゃあ今日はゲームセンターにでも行きたいな!」
ノリノリで手を引いてくる彼方に恥ずかしさと同時に不信感も多少なりとも覚える。
(いったい、何を考えてるんだ、霧ヶ峰さんは、、、はっ!もしかして、俺のことが、、、す)
人夢の手を笑顔で引きたがらも彼方は頭の中で、ずっとどうやって真実を吐かせるか考えていた。