第七話
巨大なブゼリアンはかがみ込んだ姿勢のまま、左手ををガリガリと地面に走らせるようにして、突如右腕を奪った正体不明の敵を襲う。
しかし、人夢は恐れずに逆にその腕に向かって拳を叩き込む。その拳は瞬時に炎を纏う。
「爆炎拳‼︎‼︎」
豪快な爆発音とともに、巨大なブゼリアンの腕は軽く吹っ飛び、血が吹き出す。
「ぐぎゅぅぁぁぁががが!!」
陽菜は吹き荒れた爆風から彼方を覆いながら人夢の背中を見つめる。どこからどう見ても自分達と同じ人間だ。それも同年代くらいの。
周りのブゼリアン達は一気に人夢に襲いかかるが、人夢は次々に一体ずつ確実に首をはねる。
カイとの一戦を経た人夢にはもう迷いはない。速度も力もあの時よりも遥かに成長している。
「強い、、本当に何が起こってるのか分からない、、、でも、とにかく今はあの人に任せて逃げよう!」
陽菜は倒れ込む彼方のもとに駆け寄り、体を担いでその場を離れようとしていた。
彼方は何とか体に力を入れ、陽菜の肩に手を乗せながら言った。
「陽菜、何かあいつどこかで見た気がしない?」
「え?でも、、確かに、誰かに似てるような、、、?」
最後の一体となったブゼリアンの首をはねて、人夢は倒れ込んだ巨大なブゼリアンを振り返る。
大きな赤い目を光らせて、人夢を睨むブゼリアンに言う。
「まったく、こんなに巨大なやつがいるとはな。またお前達に関して分からないことが増えたぜ。」
両腕を失い、全身を揺らし暴れるブゼリアンは口を大きく開けた。
不審な動きは放って置くのは危険だと、人夢は剣を抜き、とどめを差しに飛び込む。しかし、勢いよく蹴ったその足をピタリと止めた。
その口の方向が自分の方向ではなく、二人の女の子に向けられていることに気づいたからだ。人夢は嫌な予感がした。直後、口から何かが光り始める。
人夢は慌てて振り返るが、二人とはかなりの距離がある。
「ま、まさか‼︎‼︎くそっ、神速‼︎」
人夢は二人のもとに急ぐが、このままでは間に合わない。人夢は爆炎を足から放出し、速度を更に上昇させ、手を伸ばした。
ブゼリアンの口から高出力のエネルギーがその場を動けない女子高生に容赦なく放たれる。
その光線は一直線。地面がえぐりながら進む。
陽菜は咄嗟に彼方を吹っ飛ばし、もう一度エネルギーシールドの展開を試みるが、その盾の影は一瞬で消える。魔力が底をつき、同時に変身も解ける。
ただの女子高生の姿になり、気づけば光線はもう目の前だ。
「や、やば‼︎‼︎」
「陽菜ぁぁぁぁ!!!」
彼方の絶叫が響く。
ガリガリガリガリ!!!
地面に勢いよく亀裂が入り、石が砂に粉砕される音が響いた。
彼方が目を開けると、そこにはえぐられた地面。その先にはぐったりと座り込んだ巨大なブゼリアンがいた。ブゼリアンは最後の力を出した一撃だったのだろう。重力に身を委ねて体制を崩して倒れ込む。
口からはプシューッと煙が漏れていた。
「陽菜、、、、!!」
さっきまで陽菜がいた場所にはもう陽菜の影はどこにもいなかった。完全に消したんでしまったのではないか、彼方は頭が真っ白になりかけた。
しかし、えぐられた地面から離れたところに二人の人間が横たわっているのが見えた。見るとあの助けに来た男が陽菜を押し倒していた。
実は、光線が放たれた時、人夢はギリギリのところで陽菜を抱えて転がった。神速の勢いを何とか弱めて、陽菜の頭を抱え込み、全身で地面の激突を受けた人夢は、体力を消耗し、息を荒げながら陽菜に覆いかぶさった状態で目を開けた。
光線があたる直前、もう駄目だと目を瞑った時、飛び込んできた人夢に強く抱きしめられ、何が起こったかもわからないまま必死にその体にしがみついた。いったい何回転がったのだろうか、ようやく勢いが止まり陽菜は目を開けた。
人夢は、陽菜は、赤面した。二人ともそれはもう真っ赤に。顔の距離は15センチもなかっただろう。
(あ、、あ、赤崎さん!?な、何でここに!!ていうか、さっきのあのフリフリのかわいい姿は、、一体!?)
(な、何!私、、知らない男に抱きしめられて押し倒されて、、ていうか、力入んないし、ちょ、何息遣い荒くしてんのよこいつ!!)
数秒間何も出来ずにお互い見つめ合い、ふと我に帰った人夢は陽菜から飛びのく。
「ご、ごめん!その、助けるのに必死でその、、、、。別にそんなやましい気持ちがあったわけではなくて!!」
クラスの人気者に、片思いの相手にこんなところでばったり会うなんて思わなかった。正直そんなに仲が良い関係という訳ではないが、人夢にとっては憧れの相手なのだ。そんな相手に思わぬところで再開すればびっくり仰天するだろう。
それにさっきまであんなに密着していたのだ。さっきまで、民間人の命を守るために戦ってただけであったが、相手が赤崎陽菜だと知った途端に一気に恥ずかしさが込み上げてくる。
そのあたふたした挙動はもうもはや、異世界の正義のヒーローではなく、現実世界の高校生、野上人夢だ。
チラッともう一人の女子高生を見て、そこにいるのが霧ヶ峰彼方だということにも気づく。その視線は、決して命の恩人に向ける者ではなかった。
「私の陽菜に気安く手を出すな、、、」
言葉ではなく、視線で忠告してくるあたり、やはり自分は、クラスメイト の女子を押し倒し、重罪を犯したのだと確信した。
絶望する人夢の服をくいくい引っ張り、人夢は驚いて視線を陽菜に戻した。
「そ、その、、もしよろしければ、、ですけど、、」
陽菜は髪の毛を指でいじり、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「な、名前を教えてくれませんか!?」
人夢としてはここで本名を言うわけにはいかない、現実世界の自分はここの記憶を持っていないただの高校生だ。
あの時に助けてくれたよね、何て言われても何のことだかわからず、無言でもじもじするだけだ。
そんなことをすれば、あの時人夢が陽菜を抱きしめたことを、ふざけてごまかしていると思われるに違いない。
そして、そこから繰り出される鉄拳制裁は免れない。
陽菜の細い指はまだ人夢の服を力強く掴んでいる。
(ここでは正義のヒーローだ。ここでは正義のヒーローだ。下心は捨てろ。下心は捨てろ。)
人夢は心の中で何度も唱えて気を落ち着かせる。現実では言えない恥ずかしいセリフだってこの世界でなら言えるはずだ。
人夢はごくりと唾を飲み込み、陽菜の肩に手を置いて言う。
「俺は当然のことをしたまでさ、名乗る程の者じゃない。命をかけて人を助けるのが俺の仕事ってだけなんだよ。」
爽やかな笑顔でぽんぽんと陽菜の頭を叩く。
プシューップシューッと陽菜の頭の中で何かが燃え上がる。
しかし、心の中での人夢はまったく邪念を拭い切れていなかった。
(恥ずかしいぃぃぃ!!何言ってんの俺ぇぇ!てか、赤崎さんの髪の毛、、サラサラだ、、って何考えてんだ!)
しかし、心の声は聞こえない。陽菜は何も言わず、ポツンと座っていることしかできなかった。
人夢の体は徐々に消えかけていた。慣れない飛行や全力の神速で体力をかなり消費したのだろう。久しぶりの異世界転移だったのもあってもう時間が残されていなかった。
どうしてこの世界にいるのか、あの姿は何なのか、なぜ戦っていたのか、聞きたいことは山程あったが、時間切ればかりはどうしようもない。
人夢は立ち上がった。
「あ!!俺そろそろ行かないと、誰かが助けを呼ぶ声がする!それじゃ、また!!」
「あ、ありがとう、ございました。」
(か、かわいいいいいいい!!!)
その普段の学校では見たことのない、上目遣いの表情は人夢の心を一撃で撃ち抜きいた。
それと同時に人夢の姿は薄くなり、光となって消えた。
現実世界とこの世界のリンクが強くなってきた。陽菜も彼方も力を使い果たし、更には変身も解けている。この世界に留まる力はもう残っていない。
陽菜は人夢が消えた後、もじもじしたままだったが、彼方はずっと考え込んでいた。
「確かにどこかであった気がする。それもごく身近な人間のような気がする、、、。」
しかし、現実ではあんなに真っ赤な髪の毛の人はいないし、アニメか何かのキャラに似ているだけかも知れない。
陽菜は消える直前、ポツリと呟いた。
「また、、あの人に、、会えるかな。」
人夢に続いて魔法少女の二人も異世界から姿を消し、早朝の駐車場で目を覚ました。疲れ切った体を何とか起こし、陽菜はポケットに入っていた彼方のスマホで時間を確認する。
「朝の六時、、、やばい!急いで帰って学校の支度をしないと!!」
陽菜はポイっとスマホを彼方に返して、走って出口へと向かう。スマホをキャッチして、彼方もその後をふらふらと追いかけながら呟いた。
「陽菜、、あんたぐうすか寝てたけど、私寝てないからね、、、、。」
文句の一つも叫びたい気分だったが、一応最後の力を振り絞って助けてくれた命の恩人。そもそも誘拐されたのは自分なのだ。彼方は仕方なくため息をついた。
朝の学校。朝の学活が始まるチャイム。遅刻ギリギリのチャイムで二人の生徒が飛び込んできた。
居眠り常習犯の野上人夢と、クラスの頼れる委員長赤崎陽菜。
坂道を全力ダッシュ、階段を駆け上がった二人は息を荒げ、汗だくになりながら膝に手をついていた。
陽菜がちらりと彼方のほうを見ると、呑気に手を振っていた。
「彼方、、家が近いからって、、、、ずるい。」
連続の二人同時遅刻ギリギリ登校に、先生もどう対応してもいいのか分からない。
「なんだか良くわからん状況だけど、まぁ早く、座りなさい。」
「「はい、、。」」
二人して肩を落とし、それぞれ窓側、廊下側の自分の席に向かってとぼとぼと歩き、力なく礼をして机に倒れ込んだ。
一時間目のチャイムが鳴り響いてゆっくりと体を起こして陽菜と人夢は呟いた。
「めちゃくちゃ眠い、、、、。」