第五話
赤崎陽菜と霧ヶ峰彼方、魔法少女の二人は、仲良く二人で手を繋ぎながら自由落下運動の真っ最中である。
「陽菜!二人でシールド展開するよ!」
「わかった!行くよ!」
二人は繋いだ手を固く握りあい、手を前に構える。
「「エネルギーシールド!!」」
現れたエネルギーの塊は盾の形をしており、衝突の瞬間、二人の落下の衝撃を一気に吸収する。
しかし、二人の魔力量もそこまで残ってはいなかった。付け焼き刃のその魔法は徐々に光となって薄れていく。落下の勢いを吸収し、限界を超えて盾にヒビが入る。ピキピキと嫌な音が二人の耳に届く。
「「あ?」」
二人揃って間抜けな声を出す。
盾は光となって砕け散り、二人は海に勢いよく飛び込んだ。
二人は落下によって大きく水しぶきをあげて、近くにいた水鳥は驚いて飛び去る。
ドッパーン!!
二人は海に沈み込み、しばらくしてプハッと顔を出す。ここは昔の地球の環境。未知の世界。ここにはどんな生物がいるかもわからないし、このまま海に止まるのは危険だ。
ブゼリアンではなく、普通にサメのような生物にぱっくりいかれてしまうのはあっけなさすぎる。
彼方が手で目の周りの水を拭き取り、辺りを見回すと、そう遠くない場所に陸が見えた。
「陽菜…あそこに………って。あっ…」
陽菜は水面であっぷあっぷしている。クラスでは完璧な立ち位置だが、唯一の欠点とされているものがあるそれは、泳げないことだ。普段から授業には積極的に取り組む陽菜だが、水泳の時間だけは憂鬱になるのだ。
「こほっ、、、彼方、、たす、、け、、ぶぼぼ!!」
あっぷあっぷしてる姿は少し子供っぽくて可愛いかったため、このまま見ておきたかったが流石に可哀想なので助けに向かう。
「ちょ、、げほっ遅いよ彼方。私が泳げないの知ってるのに!」
「あはは。ごめんごめん、あそこに陸があるからとりあえず向かおう。」
彼方は陽菜の魔法スーツの襟をつかんで泳いで近くの陸地を目指す。
さっきまでいた研究施設からどれほど離れただろうか、かなり飛行したし、やつらといえども流石にここまで追跡は出来ていないだろう。
「ぷはー。しゃ、しゃむい!」
陽菜は陸に上がるとくしゃみを始めた。体が全身びしょ濡れ状態で風が吹くたびにかなりの寒さが襲う。
彼方は陽菜の肩を叩き、木々を指差す。
「このままじゃ冷えるから、焚き火をして体を温めよう。服は濡れてるけど、変身解除して、制服に戻れば大丈夫。」
枯れ木を集め、少し魔法を使い、火をつけてから二人は変身をとき、制服に戻りただの女子高生、赤崎陽菜と霧ヶ峰彼方となった。
「今何時だろう……ああ、お腹すいたね。」
陽菜はお腹を撫でながら言った。
「この世界と現実の世界は時間が全くあってないから、時間感覚がおかしくなるよねぇ。」
彼方は言った。
この世界は現実世界との位置関係が密接になる時がある。つまり、時空の穴がある時だ。
「時空の穴がある状態でこの世界に来たら私たちは来訪者として存在するけど、穴が閉じればこの世界の住人になる。時間感覚がおかしくなるのも仕方ないよ。頼りになるのは腹時計くらい、、、」
陽菜は鬼崎との打ち合わせの途中、アラームが鳴ったのを確認しそのまま飛び出してきた。
昼食も、今日は文化祭関係の用事があり、ほとんど食べていない。
「あれ?彼方はお腹減ってないの?…あっ!!」
彼方が今日、野上人夢と出かけていたというのを思い出した。
「彼方、あんた野上くんとどっかてがけたでしょ。何してたの?」
じりじりと迫りくる陽菜に彼方は笑いながら両手を振る。
「いやいや、事件について聞こうと思っただけだよ。そのついでに駅前の喫茶店に行ってただけで、、」
「もう!男子と二人で出かけるなんて、何があるかわかったもんじゃないんだからね。」
はぁとため息をついて陽菜は内股で座り込む。
「野上くんなんだけど、、、、やっぱり如月春の名前に聞き覚えがあるみたいだった。」
「え!?じゃああの事件のことも何か知ってたの?」
「いや、聞き覚えがあるだけで顔は愚かその人がどういう人なのかすら心当たりはないらしいの。」
彼方は人夢の辛そうな顔を思い出す。苦しそうに頭を押さえていた。何かを必死に思い出そうとしていた。
「それは何か変ね……」
陽菜は腕組みして、考える。
「もしかして、ブゼリアンに取り憑かれて記憶を操作された….…とか?」
「確かにブゼリアンは人に乗り移る例があるけど、それは別世界の魂が現実世界の人間に一時的に憑依するだけだと思う、、でも、昨日の授業中といい、喫茶店での様子といい、とにかく何か抱え込んでいるみたいだった。」
自分達は頑張ってブゼリアン退治に取り組み、日々パトロールもしている。しかし、知らないところでブゼリアンの手が現実に伸びてきている可能性はゼロではない。
「まぁ確かに。私達、結局あのブゼリアンについてまだ何もわかってないもんね。喋る個体に翼を生やした個体。これから先、どんな種類に遭遇してもおかしくない。」
二人がたどり着いた陸地は波が打ち付ける音以外には、静かな場所だった。
「陽菜、今この世界ではまだ明るいけど、現実世界じゃ夜だよね。いつやつらの手が届くかも分からないし、睡眠を取ろう。交代で見張っていれば大丈夫だと思うし。」
陽菜はふわぁ〜とあくびして申し訳なさそうに手をあげる。
「ごめん、私先に寝てもいい?魔力は空っぽだし、文化祭関係であんまり寝れてなくて、、、」
「オッケーオッケー。私は授業中に結構睡眠取ってるからまだ大丈夫。お先にどうぞ。」
「彼方、、、今月のクラスの目標は授業中しっかり集中することだったよね?」
「すみません委員長!どうしても数学、古典がつまらなかったのです!許して、、、ね?」
陽菜は、ペロッと舌を出した彼方の頬に指をぐりぐり突き刺す。
「今度寝てたら引っ叩いて起こすから!!」
パチリと、少年は、野上人夢は目を覚ました。腰には剣。赤いスカーフ。そして、真っ赤な髪。
澄んだ空を見上げながら人夢は呟いた。
「あれからしばらく夢の中でもこの世界に来れることはなかったけど……ついに来れたぜ。」
如月春。この世界で出会った笑顔で明るい女の子。本当は自分が怖いはずなのに心配させまいと振る舞える強い女の子。
人夢はずっと現実世界を守るために戦って来た。もう一人も泣かせたくない、死なせたくないと。しかし、一人の女の子の命が理不尽に奪われた。
「春。お前の仇は絶対にとるからな。俺、強くなるから……もう二度と誰かが死ぬのは見たくない。」
ゆっくりと体を起こして硬く右拳を握り、その手から火の粉が飛び散る。
嫌でもあのブゼリアン、カイを思い出す。全力の一撃を避けられて、二度も殺された相手。
「とはいっても、今もう一度カイとやり合っても勝てる自信は正直ない。情報が必要だ。そのためにはこの世界の探索を進めよう。」
人夢は走り出し、しばらくして不自然にブゼリアンの死体が転がっていることに気づく。
翼が生えたブゼリアン。その死体の腕や脚のパーツが辺りに散らばっていた。
「これは、、一体?これは焼け焦げた後か、それにこの血の飛び散りかた、、おそらく何者かに、撃ち落とされたんだろう。」
この先にはこのブゼリアン達を仕留めたやつがいるかも知れない。
死体の状態を見るにかなりの威力の電撃か、炎か。
恐れて退くという選択肢はない。如月春の死が人夢の志を何倍にも強くした。この世界ではヒーローでなくてはならない。
もし、カイのように強い敵で殺されるとしても、何度倒れても立ち上がり、戦うと決めたのだ。
人夢は遠くを見据える。
「この先にこれをやったやつがいるとして、、、確かめに行かない手はないな。」
死体の道はしばらく続いていたため、人夢はその道を辿っていたが、ある地点でそれは途絶えた。
「この先は、海か。このままじゃ先へは進めないか。よし……やってみるか。」
人夢は陸上スタートの構えに入る。
足にエネルギーをゆっくりと伝える。バチバチと足の裏から音が漏れる。
「エネルギー充填、、、、!」
試したことはないが、できないことはないだろう。人夢は思い切って、足を振り上げて海に向かって走り出した。
「ロケットブーストォォォォ!!」
爆炎弾の要領で足で爆発を連続させることで空中で前に進む力を加える。
「うぉぉぉぉぉ!あぶねぇ!」
コントロールが効かず、耐性を崩しながらも前に進む。上に行ったり下に行ったり繰り返す。途中勢い余って水中にダイブすることもあったが、なんとか体制を整えて一定の速度、高度での飛行を成功させる。
「待ってろよ、、ブゼリアン!!」
人夢がしばらく直進すると、少しずつ陸地が見えて来た。エネルギーの消費も激しい途中休憩を挟む必要がある。
「そろそろどこかに着陸したいところだが、、、ん?」
人夢は目の前にぼんやりと見える陸地を見つけ、さらにそこに誰かがいるのに気づく。
いつもの憎たらしき黒い影。
そして、
「普通のブゼリアンと、、あそこにいる二人は誰だ?」