無実の罪で処刑された公爵令嬢が転生して鍛えに鍛えぬいた身体で理不尽を許さないお話
ヴェイル・ウェンディアには前世の記憶がある。
それは公爵家の令嬢としての記憶――無実の罪をきせられ、処刑されてしまった少女の記憶だった。
今世では男として生まれたヴェイルであったが、その理不尽な死にヴェイルは怒り以上にあることを学ぶ。
慎ましく生きたとしても、誰かに嵌められたら結局捕まって殺される可能性がある話だ。
そんなことまで気にしていては新しい人生を真っ当に生きていくことなどできない。そこで、ヴェイルは考えた。考えに考え抜いた結果――
「んふふ、アタシの筋肉は今日も素晴らスィわね……」
鏡の前に立つのは長く美しい髪をロールさせ、筋骨隆々な身体でマッシヴなポーズを取る男……この男こそヴェイル・ウェンディアである。
そう、必要なことは圧倒的な強さである。
仮に何か罪を着せられたとして、牢獄を破ることができる力があれば何も問題はない。
鉄の枷を引きちぎり、鉄格子をへし折るだけの力……すなわち、圧倒的な筋肉である。
ヴェイルのマッシヴパワーは『10000』を超える――平均的な男性で約100であることを考えれば、その強さは成人男性の百倍。
彼は鍛えに鍛えぬき、たった一人で国を相手取れるほどのパワーを手に入れたのだ。
もちろん、ただ筋肉を鍛えるだけではない。
彼は確かにマッシヴな男であるが、前世は公爵令嬢……美しさの追求にも余念はない。
割れた顎を撫でながら、ヴェイルは今日一番の決め顔を鏡に決める。それだけで、鏡は音を立てて崩れ去った。
圧倒的なまでの『美』と『筋肉』が、鏡を破壊してしまったのだ。
これこそが、ヴェイルという男――《ヴァリテウルム王国》の《騎士団長》であり、自称《美の伝道師》の姿である。
ちなみに彼と相対した者達は皆、《神代の怪物》、《武神の転生体》、《筋肉達磨》など散々な呼び方をするが……彼はあくまで乙女であり漢である。
そんなヴェイルが自室で朝の筋肉体操をしていると、
「ウェンディア騎士団長!」
「んふふっ、そんなに大きな声を上げないの。アタシは鼓膜も鍛えているから戦場の端からでも聞こえているわ。それに、朝は筋肉体操の時間だと言っているでしょう」
やってきた青年に対して、ちらりと視線を向ける。
青年もまた騎士であるが、その圧に息を飲む。だが、青年は絞り出すように声を上げた。
「も、申し訳ありません! で、ですが……例の件のことで」
「例の件……? ああ、王族に貴族の娘が毒を盛った、というお話ね」
「はっ、逃走していたリア・ベルティについて今朝方発見し、捕らえたとのことです」
「そう、それは吉報ね。早速あたしが会いに行くわ」
「! 騎士団長自ら、ですか……?」
「そうよ。王族を暗殺しようとしたんでしょう? アタシが出る幕ではなくて?」
バサリと、真っ白なシャツに身を包み、紅に輝く鎧に身を包む。
朝の化粧はすでに終えている――《美の伝道師》、ヴェイルの一日が始まるのであった。
***
「こ、困ります! ウェンディア騎士団長……! 今は尋問の時間で……!」
「だからぁ、アタシが直接話を聞くと言っているでしょう?」
「そ、それはすでに他の者が……と、とにかく止まってください!」
ザッ、ザッとヴェイルは力強く地下牢を進む。
すでに数名の騎士達が連なってヴェイルを止めようとしているが、鍛え抜かれた圧倒的な筋肉を持つヴェイルを止めることは誰もできない。
魔物の牙も爪も通さず、剣を振るえばへし折られる――まさに鋼の肉体であった。
密室の地下牢の前に、鎧を着込んだ衛兵が二人いる。
ヴェイルは騎士団長という立場ではあるが、罪人の尋問については管轄が異なる。
すなわち、ここに物言いをする権限は持っていないのだ。
だが、そんなことを気にするヴェイルではない――彼は、その圧倒的な強さを持ってして、騎士団長という立場になったのだ。理不尽を許さぬ彼は、圧倒的な力を持って、
「そこを退きなさい、死にたくなければね。彼女とはアタシが話をするわ」
どこまでも理不尽なことを口にする。
だが、やがてヴェイルに逆らう者はいなくなった。彼の強さは誰もが知っている――騎士団長という立場でありながらも、彼に対してはこの国の法すら、通用しない。
ガチャリと鉄製のドアを引くと――バキリと音が鳴る。
「あら、内側に押す方だったのね。外側だと思っちゃたわ。アタシったら……」
いやん、というポーズを取りながらドアの枠ごと外して中に入る。
そこには、鎖に繋がれて痛めつけられた少女の姿と、まさに鞭を持って『尋問』をする男の姿があった。
男が目を見開いて、ヴェイルを見る。周囲の騎士達も、怯えた様子でヴェイルを見た。
ヴェイルはとてもにこやかな笑みを浮かべている。
「んっふっふっ、アタシを止める意味が分かったわぁ。昔から言っていたものね。こういうやり方は誰よりも嫌いだって。だから捕まえて手早く『拷問』して吐かせようって話だったわけ。アタシが動く前に」
「ウェン――」
「お黙りなさいッッッ」
ゴウッ――と、大気が震える。ヴェイルの声と共に壁にひびが入り、上半身の服が破れて紅の鎧まで弾きとんだ。その鎧の破片が、拷問官の顔にぶつかって昏倒させる。
他の騎士達にも、鎧の破片が突き刺さっていた。
「どうやらこの国も、アタシという存在が分かっていない者がいるようね」
嘆息しながら、ヴェイルは鎖につながれた少女――リアの下へと向かう。
素手で軽く鎖を引きちぎると、リアが驚きの表情でヴェイルを見た。
「あ、あなたは……騎士、団長様……? ど、どうして……?」
「んふふっ、確認したいことは直接確認する主義なの。ねえ、貴女……王族に毒を盛ったって話、本当?」
「っ! そ、そんなこと、私がするはずありませんっ! だって、あの方が、私のことを、親友だって、言ってくれて……っ」
リアが言葉を詰まらせながら言う。その悲痛な表情を見て、ヴェイルはすぐに理解する――彼女はまさに、かつて自分が置かれた状況と同じなのだと。
それでも誰にも理解されずに、これから死ぬ運命が待ち受けるだけの、哀れな少女。
(いいえ、ここにはアタシがいるものね)
スッと、ヴェイルは破れた真っ白なシャツをリアにかける。
リアが涙を浮かべながら、ヴェイルの顔を見た。
「騎士、団長様……?」
「心配なんていらないわ。アタシが貴女を信じてあげる。この国で――否、この世界で最も強く美しい、このアタシがね」
決め顔でウィンクをするヴェイル。
鏡を破壊してしまう彼の決め顔は、今の状況では少女の心の壁を破壊するだけのものであった。
泣きながらヴェイルに抱き着くリアをなだめながら、ヴェイルは堂々と牢獄を後にする。
その後――リアに罪をなすりつけて、王族の暗殺を企てた者達は全て、ヴェイルの圧倒的な筋肉によって抹殺されることになる。
これは、全ての理不尽を許さないために鍛えぬいた彼女の物語。
恋愛要素薄いけどこのあと助けた令嬢とのうふふな生活があるはずなので、すなわりこれは精神的GLの可能性があります。
圧倒的な筋肉こそ、この世の理不尽を粉砕玉砕大喝采してくれるのである。