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9. ネルソン


「シルフ殿、サラマンダー殿、ウンディーネ殿、到着!」




伝令兵の大声で、国境に着いたことを実感する。




ソフィアは静かに胸を撫で下ろした。

今回は神殿の代表として3名一緒の移動だった。

複数名で同時に移動する場合、まず、魔力の釣り合いは取れるか、タイミングは合うか、互いの魔力を融合させられるか等の課題がいくつかある。

上級神官ともなれば凡そ失敗はないが、この3人での移動は初めてな上に、失敗すれば神殿の面目は丸つぶれである。結構、緊張した。




「ソフィアの魔力は柔らかいね。初々しくて女性って感じで僕は好きだな」

何を思ったのか、ミハエルがニコニコと笑いかけてきた。

「そう?自分では分からないけど…」

ドキドキする胸を取り繕いながらソフィアは思わず目を逸らした。なんだろう、この甘さ。油断してる時に心臓に悪いわ。

「初々しいと言うのか、あれを?俺は案外というか案の定、跳ねっ返りだと思ったぞ」

「……」

こっちは安定の塩だ。

「あー、そういうのも感じたね。柔らかくて元気っていうか」

「お前の魔力は気味が悪い」

「失礼だなー。ネルソンの魔力は意外と繊細で、僕は好きだけど」

「…やはりお前も魔力も気味が悪い。それ以上言うなよ」

仲が悪いのか良いのか分からない。




互いの魔力を融合させたからこそ、互いに隠せない一面を知り合うことになる。

ミハエルの魔力は3人の周りを包むように、ネルソンの魔力は意外なことにソフィアをそっと導くように寄り添った。




ミハエルは納得だけど、ネルソンは意外すぎる。

てっきり強引に振り回されるか、先陣を切って飛んでいくかと思ったけど、そんなことなかった。




「まぁいい。無事に着いたなら、結界を張ろう」

ネルソンはそう言ってマントを翻した。

結界を張るのは3人一緒とはいえ、ウンディーネの得意とする分野だ。

ネルソンに先を任せ、2人は後を見守った。



ネルソンが腕を一振りすると、手元に杖が現れる。

静かに呪文を唱え、瞳を閉じると、少し癖のある美しい黒髪が瞼を彩った。

ソフィアは静かにネルソンを観察していた。

黒の詰襟の制服に赤いウンディーネのマントがよく映えた。ネルソンには赤と黒が似合う。黙っていれば、かなりの美形だと言えた。



じきに、ザザン、ザザンと波の音がし始めた。結界の術が立ち上がろうとしている。

それを見た2人は、それぞれに杖を出し、蜃気楼のような霞にむかって魔力を混ぜていく。

ネルソンを基点とした結界が見る見る間に広がり、3人の魔力をもって大きく展開した。



「うわぁ、綺麗な結界だねー」

さすがウンディーネ、とミハエルが声を上げた。

「本当に」

圧巻と言うほかない。それほど見事な術だった。

迅速に、スムーズに、確固たる結界を、これほど広範囲に展開できる技量は、滅多に目にできないだろう。

「そうか?」

だが、当の本人はさして頓着する様子もなく、疲れた様子も見せず、腕を払って杖を消した。





その様子をはたから見ていた周囲の者達は、さすが大神殿の上級神官だと目を見張った。

結界を主導したネルソンの力量はさることながら、助力した2名の上級神官の魔力の扱いの巧みなこと。邪魔することなく、だが豊富な魔力を阿吽の呼吸で融合させていく。

少しでも息が合わないと途端に決壊してしまうだろう。また技量、魔力量ともに拮抗していなければ、これほどスムーズに術を展開できない。




この3人、年若いが紛れもなく大神殿の代表なのだ。

そう周囲からの尊敬の目を集めながら、ソフィアはまたしても人知れず胸を撫で下ろした。

あぁ良かった。危うく集中を切らすところだった。

チラッと見えた人の顔で。

まさかね、こんな所にいるわけない。そう自分に言い聞かせ、ソフィアはかぶりを振った。



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