8. 3人
レーゼンとの話を終えた後、その足で自分の仕事場に向かい、新人を迎え、教育もそこそこに、ソフィアは国境に向けて出発することになった。
「サラマンダー殿、宰相より伝令です。出立はシルフとウンディーネと共に、また神楽舞の用意を忘れずに持てとのことです」
「分かりました」
神殿は縦社会だ。
トップであるノームの下に、シルフ、ウンディーネ、サラマンダーの3部署が連立する。
ちなみに、この世界で、とかく3が重要視されているのは、古代創造主の神話に由来しているからだ。
今回、ソフィアはサラマンダーからの代表として、公式の呼び名は「サラマンダー殿」となる。シルフ、ウンディーネも同様だ。
今回の派遣では、各部署からの代表である上級神官1名ずつが参加し、歓迎の神楽を舞うことになっていた。
サラマンダーからは女性のソフィアが、シルフとウンディーネからはそれぞれ男性神官が派遣されているため、男女混合の神楽だ。
「あなたのお噂はかねがね。はじめまして。シルフのミハエル・アンドレッティです」
「ウンディーネのネルソン・スチュワートだ。君は小さいな」
二人から挨拶を受け、ソフィアもニコリと微笑んで返した。
「サラマンダーのソフィア・ローズベルグです」
手を差し出すと、ミハエルが目を丸くする。
「わぁ、クールビューティーが微笑んでくれるなんて嬉しいな」
そう言って、サッと手を出して握手してくる。砂糖菓子のようなフワッとした笑みと童顔で細身のため、若く見えるが、実年齢はどうだろう?
「手も小さいな。本当にサラマンダーの杖が使えるのだろうな」
こちらは精悍な顔つきに、決して太くはないが鍛え上げた体躯のネルソンだ。
美女をモチーフとされることの多いウンディーネの神官とは思えない武骨さ。それから遠慮のない物言いときた。
やれやれ。
私もサラマンダーに配属された当初はシルフかウンディーネではないかと、周囲に散々嫌みを言われたから、人のことは言えないけど。
サラマンダーの杖とは、つまり、サラマンダーの上級神官のみが使いこなせる炎の魔術のことだ。術者のレベルによっては誰も逃れることのできないほど素早く、敵全体を焼き尽くし、跡には骨も残らない。
「当然です。戦闘になればご覧入れることも可能でしょうが」
「女に戦わせる趣味はない」
「見た目に騙されると痛い目を見ますよ」
経験則です、と。
バチバチ火花を散らせるソフィアとネルソンに、ミハエルが割って入った。
「まぁまぁ。僕たち仲間なんだし、神楽も一緒に舞うんでしょ?仲良くしようよ」
ね?と、やんわり、周りに視線を促され、2人は思わぬ耳目を集めていることに気付き、サッと態勢を改めた。
それを見てミハエルが本題とばかりに剣を取り出した。
「で、誰が剣の舞を?」
「俺がやろう」
「じゃ、僕が雅楽に、ソフィアが巫女舞だね。ま、妥当かな。じゃ、向こうについてから一度は合わせておこうね」
何とも軽やかに話題転換させる様は、さすがシルフと思わされる。
「だけど、ソフィアって見かけによらず、根っからのサラマンダーなんだね」
クスッと笑うミハエルに、黒いものを感じるが、それも腹黒い者が多いシルフならではか。
「血の気の多い女だな」
ここまで好戦的とは、と。ネルソンが同意するように頷く。チラッとこちらを流し見る目はどこか色気があり、美の女神と称されるウンディーネを彷彿とさせた。
うっ…。
やりすぎたかもしれない。
今更どうしようもないが、そっとソフィアは嘆息し、また、クールな顔に戻る。
とにかく、この3人で神殿の代表なのだ。神楽も舞う。
道中の結界も3人で張る。一団の魔術の要なのだ。
頑張ろう。
そうしてソフィアは婚約解消のことを頭の片隅に追いやった。
「時間だ。行くぞ」
ネルソンの声に残り2人が頷く。
それぞれに身に付けたチョーカーが光を増した。
ソフィアはサラマンダーの青。
ネルソンはウンディーネの赤。
ミハエルはシルフの白。
三色が拮抗して融合し、見事な放物線を描いたかと思うと、フッと3人の姿も光も消えた。
「分裂、しなかったな」
「うん、案外気があうのかもしれないね、彼ら」
「幸先の良いことよ」
それぞれの上司が遠い大神殿から三色の光を見守り、それぞれが嘆息したのを、3人は知らない。




