7. 4回目の決着
そうして、結果から言えば、4回目も破談となってしまった。
深夜に訪れたアロンソ公は平身低頭で謝り倒してきた。大変珍しいことだが、アロンソ公はその名の通り、辺境伯と大公の爵位を2つ持ち合わせている。このように誰かに一方的に謝罪するようなことは、まずしない。
公は今回の婚外子を実子として遇すること、そこには政治的な判断があり避けられないこと、もし後継とするなら辺境伯を4男に、大公位はジョシュアに譲りたいと述べた。
なるほど、それが一番混乱ない選択だろうと思わされた。それに、ソフィアなら大公妃も問題なく務められる。そう主張しようとしたら、公が先を続けた。
実は大公妃として娘を迎え入れて欲しいと、いち早く、某公爵から申し入れがあったと。
身分差を考えると、辺境伯の娘と公爵令嬢とでは太刀打ちできない差があることも、レーゼンは分かっていた。だから唇を引き結び、沈黙した。
黙するしかなかった。
なんでも、元々、その公爵令嬢は一方的にジョシュアに好意を抱いていたらしい。ただ、辺境伯の息子とはいえ、後継者でもないジョシュアに嫁ぐのは無理があるとして周囲が止めていたところ、今回の話が飛び込んできた。
伯爵の二男ならいざ知らず、次期大公なら問題ないと、父親である公爵も乗り気らしい。しかも、令嬢は27歳。貴族の適齢期としてはギリギリだ。
うーん。
正直言って、この雲行きは怪しいなと俺は思う。
経験から、女が男に惚れ込んで結婚に持ち込むより、男が女に惚れに惚れて結婚に持ち込む方がうまくいくケースが多い。
しかも、この公爵令嬢、俺の記憶の通りならば、良くも悪くも全てが平均的で、身分以外はソフィアに遠く及ばない印象だったはずだ。
そして、やはりというべきか、ジョシュアも目下、強く抵抗しているという。
「ジョシュアが…ソフィア嬢をいたく気に入っておりまして」
事情が事情でもあり、また俺は公爵家の長男の立場にあるので公も礼儀として俺に敬語を使うのだが、それ以上に公は恐縮して言葉を切った。
「とても素晴らしい令嬢であるから、私もそれはよく分かるのですが。この婚約解消によってソフィア嬢に不利益が生じるのを、許せないと。それならば自分は家を出て継承権を棄て、ソフィア嬢と結婚すると」
「うーん…」
気持ちは分かるが、それではどうしようもない。
家を出ればジョシュアはただの人。悪いわけではないが、それではローズベルグ伯爵や、何よりあのシスコンがソフィアを嫁に出すわけがない。言語道断だ。
俺としても忸怩たる思いだった。
だが家を棄てた男にソフィアを嫁がせようとも思わない。
仕方がない。
少なくとも、そこまで誠意ある男だったことが唯一の救いか。
そして深夜の会談の後、公はジョシュアには思いとどまるよう言い含め、その間に俺はローズベルグ伯に婚約解消の伺いを立てることとした。
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結果、4回目も婚約解消となってしまったことを、ソフィアはどう考えているのだろうか。
あの後、ジョシュアは最後まで婚約解消に抵抗した。そして承諾する条件として、決してソフィアに不利益にならないようにすること、それから、何より自分以上の男をソフィアの夫として欲しいと、幸せになって欲しいと、そう言ったのだ。
ソフィアに惚れてる男がいいと思ったものの、こうなってしまっては、すこぶる後味が悪い。シスコン馬鹿のギャレットは、あんな男は認めないとかなんとかホザいていたが、俺は同じ男としてジョシュアを好人物だと思っているし、婚約解消になっても良かったなどとは到底、思えなかった。
ジョシュアは、恐らく、最後のデートでソフィアに謝り倒したのだろう。
本当に心から好いていたと。
自分が幸せにしたかったのだと。
伝えられるような、器用な男ではない気がした。
ソフィアもソフィアで、幸せになってくだされば良いではありませんか、と達観した笑みを浮かべるし。
あれから俺は本気で、ソフィアを自分の妻とすることも考えた。
俺は一応、三大公爵家の長男で、後継でもないし、かと言って財政的に窮することもない。ソフィアが神殿に勤めたいと言えば、それを許してやることもできる。多分、ソフィアから嫌われてはいないはずだ。俺もソフィアのことは気に入っている。
うん、ま、その時がきたら、そう打診してみるか。
さすがに婚約解消となった今の今、言うべきことではないだろう。
そう腹を括って、俺はとりあえず神殿の中で情報統制を行い、ソフィアの噂をかき消す間、隣国の皇太子を迎える一団としてソフィアを送り出したのだった。




