5. 4回目のはじまり
「とにかく、今回はこのような結果になり、も」
「申し訳ないのはこちらだ。ソフィア、顔をあげてくれ」
思いのほか真剣な表情をしたレーゼンが、あまり聞いたことのない、本気の謝罪をしている。
「話を聞いて実際に会ってみて好人物だと判断し、お前に紹介した。だが、結果はこうだ。お前の評判を落とすことになってしまったこと、非常に申し訳なく思っている」
頭を下げるレーゼンに、ソフィアは軽くかぶりを振った。
ちがうのだ。
誰が悪いとか、どうしてこうなったとか、言っても仕方ないのだ。
「幸せになってくださるのなら、良かったではありませんか。そう思うことにしています」
どこか達観したような笑みのソフィアを見て、レーゼンが微かに眉をひそめた。
「…できれば代わってやりたいよ」
ポツリと。
呟くレーゼンの顔は、珍しく沈んでいた。
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レーゼンサイド
世界の何大不思議とか何とか、よく聞くが、目の前に座るソフィア・ローズベルグが未だに独身で、しかも4度も婚約解消されたなど、本当に摩訶不思議としか言いようがない。
彼女の上司として数年の付き合いだが、仕事の評価も高く、人柄も信頼の置ける、見目麗しく家柄も申し分ないときた。
なぜ独身なんだ?
謎だ。
1人目の元婚約者は、死んだと思われていた幼馴染が生きていたと判明し、すったもんだの後、婚約解消し幸せな結婚をした。
2人目の元婚約者は、しばらく魔術の研鑽を積みたいと留学し、そこで出会った女性と電撃的に恋に落ち、彼女と一緒になれないなら死ぬと叫び、呆れ果てた相手の両親が婚約解消を申し出た。
3人目の元婚約者は、あぁそうだ、神の啓示を受けたとある日悟り、生涯独身で神に仕えることを決意し、婚約解消。今は布教活動に邁進中だ。幸せらしい。
そして、今回の4人目だ。
この4人目は俺が選んだだけに責任を半端なく感じる。
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時は遡り。
ソフィアの父親である辺境伯から紹介の打診を受けた時、俺は考えた。
可愛い部下だ。今度こそ婚約解消は避けたい。ではどうするか?
あぁそうだ、彼女に心底惚れた男を探せばいいじゃないか。そもそも貴族間の婚約は家同士の利害やお金も絡むので、恋愛感情は二の次だ。だから過去3回の婚約解消が起こり得た。
ならばと、俺はソフィアに懸想している男を探したのだが、いや、これがまた驚くほど大勢いて驚いた。
あいつ、やっぱり人気あるんじゃないか。
これほど多くの婚約者候補がいるなら話は簡単だろうと思っていたのだが…
伏兵がいたのだ。
「この程度の男、俺のソフィアには相応しくない」
試験官よろしく俺の部屋にやってきては相手の釣書を見つけ、難癖をつけまくったのは、ソフィアの兄、ギャレット。俺とは友人関係にあるものだから口調は容赦ない。
だれのソフィアだ、だれの。
このシスコンを誰かつまみ出せと言いたいのは山々だが、そうした後はなおタチが悪い。きっと自宅まで押しかけてくるだろう。
「うるさい。相応しいかどうかの判断は俺がする。お前は何しにここに来たんだ」
「この男はダメだ、過去に女関係で失敗している」
「それくらい俺も知ってる。だから、お前は黙ってろ」
「この男の母は淫売だ。ソフィアの義母に相応しくない」
「……はぁ」
聞いていない。
全く引く気は無いらしい友人は次から次へとダメ出しをする。
よくまぁ情報を集めたもんだと感心するほどだ。
なんでも妹に執着するあまり、彼女の婚約者を探そうとするたびに難癖をつけ、まとまる話もまとまらず、たまりかねた辺境伯が娘の上司である俺に助けを求めることになったとか。
こいつ、モテるんだし、自分の婚約者でも探せばいいのになぁ。
金髪碧眼の甘いマスク、名門貴族の長男で仕事もできるし、当たりも柔らかい。辺境伯の長男として鍛えられているから腕も立つ。普通に考えて優良物件だろ。
ま、シスコンだけどな!重度の!これが致命傷か、ははっ!
まぁいい。
「うるさいぞ。それに適任者がいなければ俺の妻にする手もある。安心しろ」
黙らせるようにグサッと言い放つ。
「……なっ」
「だからお前は安心して妹との残り少ない時間を楽しめ」
絶句したまま二の句の告げないギャレットをつまみ出した。
もちろん冗談だ。
だが…
「ソフィアに婚約者を見つけるより、まずギャレットを結婚させる方が早くないか?」
面倒なことに気が付いた俺は、目の前の釣書の束を見てペンを投げ出した。




