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43. 今晩



「この数年、我が皇国の一部の土地の魔力が枯渇する現象が続いている。失われた土地の魔力は二度と戻ることはなく、草木どころか雑草すら生えない。土は灰となり、命が芽吹くことはない。そういった土地が少しずつではあるが、着実に我が皇国を蝕んでいる」

告げられた言葉に私は言葉を失った。




魔力が枯渇した大地とは、つまり、「死の大地」なのだ。

衝撃すぎて先が読めないんですが…。

視線の先でユリウスが憂い顔で続ける。

「数年前より神官や学者、魔術師を含め、様々に検討されているが原因は掴めないでいる。ただ、…恐らく古代獣が関係しているのではないかと……最近になって結論が出つつある」

「古代獣?」

とすれば、もしかしてギャビーにも関係があるのだろうか。

ユリウスは僅かに眉根を寄せ、重々しく頷いた。

「そこに、君の、その古代獣と意思疎通が出来る能力。我が皇国の連中が喉から手が出るほど欲しがるに決まっている。さらに君は古代獣の折伏にも成功している。闇の属性の私をはるかに凌ぐ、あの精度の高さ。まったくレーゼン殿が君にそんな髪飾りを贈るわけだよ」

悩ましげに最後は囁くように終えたユリウスの瞳が翳りを帯びた。





「髪飾り?この、望みの花、ですか?」

「あぁ。そう、君がザインツ家の掌中の珠だと誰が見てもハッキリ分かるように、レーゼン殿が付けさせたんだ」

「え?」

ギョッと目を丸くする。

そんな効果があるなんて知らなかったけど!?レーゼン様!?

「その髪飾りを付ける者は、当主の「望む者」であるという印。つまり、君がレーゼン殿の想い人だって宣伝でもある」

衝撃で固まる。

そうか、この髪飾りを見た時の兄の嫌な顔はこういう理由があったからなのだ。

お兄様…教えてください!

「知りませんでした」

「まぁ。君たちが魔力を同調させているのを見れば今更と言えばそうなのだけど…。とにかく今の状況は甚だ不本意ではあるけれど、それだけの守護が君には必要なんだ」

内容が内容なのだけど、不貞腐れたように眉根を寄せるユリウスが何だか可愛らしい。

そのキラキラしいルックスとのギャップに目を瞬かせると、ユリウスが小さく苦笑した。

「酷いよ、ソフィア。こんなに嫉妬で身を焦がしている私を笑うなんて」

「え?」

ユリウスは優雅にソフィアに手を取り、じっと目を覗き込んだ。

鮮やかな翡翠の瞳にハラリと長めの前髪が落ちる。

「こんな状況にもかかわらず君を妻にと願う私は、君にとっての死神かもしれない。それでも、ソフィア、私は君を必ず護り抜くと誓う。だから今度は本気で君を攫っていきたい」

「…は、…」

「今晩に」

「え」

プツリと声が切れた。




瞬間、国に留まって欲しいといった母の顔やレーゼンのこと、貴族や神官としての義務が頭をよぎり、ソフィアは息を詰めた。

「今晩?」

「これを逃せば貴国は我が国との国境警備を強化し、君はレーゼン殿と婚儀を挙げてしまう。それが分かっていたから、兄たちは私に付いて来たがったのだ。そして私が、最後には君の意志を尊重することを願うだろうことも、分かっていたのだろうね」

最後は哀しそうに言う。

「ユリウス様は、私の意志を尊重してくださるのですね」

その優しさが嬉しくも愛しくもあり、同時に身体中がグラグラと震えるような気がした。

全てを捨てていくのだ。いや、国を裏切って出ていくのだ。国に忠誠を誓った自分が。

「わ…」

ソフィアが緊張で声が掠れるのを振り払って顔を上げると、同じように真剣な翡翠の瞳が見えた。

「私は…」

「無粋な男じゃ。その手を離すがよい」

刹那、ソフィアの渾身の言葉を遮って響く高飛車な声に、2人は目を丸くした。





「聖獣…なぜ今ここに?」

「ギャビー!」

ギョッとする2人の前に現れた可憐な女の子は、尊大な仕草で髪を払った。なんとも似合う仕草に、ユリウスは何とも言えぬ顔をして硬直している。

「我が主に求婚など身の程知らずも良いところじゃ。心配せずとも主のことは我が守るゆえ、その方らの守護など要らぬ。疾う失せよ」

けんもほろろの対応とはこのことか。

「ギャビー、…見てたの」

それでも出てくるのはありふれた言葉で、さっきの勢いとシリアスさはどこへ行ってしまったのか。

目の前に突如現れた聖獣ギャビーは、相変わらず可愛かった。

ほんと、誰の趣味なんだろう。

「当然じゃ。主を護るは我の務め。我らは一心同体ぞ」

え。一心同体なんだ、そうなんだ。

ソフィアは呆然としながら、曖昧に頷いたまま沈黙した。

いまいち折伏について分からないけれど、こういうものなのだろうか。

首を傾げるソフィアからユリウスに目を移し、聖獣は腰に手を当て口を開いた。

「だいたい気に入らぬ。なんじゃ『諦めきれないから結婚して欲しい』とは情けない。主が払う代償に比べて、そなたがどれほどのものを提供できるのか、それほどの覚悟があるのか、まったくわからぬ。守護者として見ていて腹立たしいほど、そなたにばかり利のある婚姻よ」

まさに一刀両断だった。

えーと。

えーと、ギャビー?




あまりに苛烈な言葉に静まりかえる中、ユリウスがぴくりと唇を動かした。

「確かに、彼女が被る不利益については承知している」

ピリッとユリウスを纏う空気が変わり、ギャビーと睨み合う。

「ソフィアが私の求婚を受けてくれるなら、私は彼女に忠誠の神誓を立てるつもりだ。私は命に代えても彼女を護る」

「軽いと言うておるのじゃ、それが。命をかければ何でも出来ると思うておるのか。浅はかな。主を奪わんとする者どもは真っ先にそなたとそなたの家を狙うであろう。そなたが死んだ後、加護を失った国に、我が主を一人捨て置くことがどれほど危険なことか、分からぬのか」

「それは…」

「そなたの頼みの綱の皇太子など、全く当てにはならぬぞ。あれは皇国を護らねばならぬからの。そのために主を利用することなど厭わぬじゃろう。そなたは祖国の全ての者を敵に回しても、主を護るだけの力があるのかと聞いておるのじゃ」

ビシッビシッと威圧してくるギャビーに、ソフィアは声を詰まらせた。

えーと。

正論なんですが、ますます私の結婚が遠のいていく気がします…。

ギャビー?





いつも読んでいただいて、ありがとうございます。更新がマイペースすぎて申し訳ありません!

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