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36. ジョシュア



その数刻後、煌びやかな照明と緩やかに流れる音楽、交わされる人々の社交の中、ソフィアとギャレットは仲良く腕を組んで佇んでいた。

「こうしてお前と一緒に夜会に出るのは、本当に久しぶりだ」

「えぇ。お兄様もお忙しかったですし…」

「お前との夜会のためなら私はいつだって時間をあけるのだが…」

「まぁ、それではお父様がお許しにならないでしょう」

クスクスと苦笑する妹に、若干うんざりした顔でギャレットが呻く。

「辺境伯家の務めは理解しているが…。我が家にも後継ぎが産まれないものか」

ボヤく姿も物憂げで眼福ものだ。

お兄様、性格はアレだけど、外見は王子様みたいに素敵だから…。

「跡継ぎって、お兄様、いくらなんでも…」

「レーゼンのところにも産まれただろう?」

「まぁ…。でも結局はレーゼン様がお継ぎになるのでしょう?」

「そうだな」

嘆息するギャレットが、辺境伯家の後を継ぐことはほぼ決まっている。

「お兄様はお父様の後を継がれるのはお嫌ですか?」

「もちろん嫌ではない。そのつもりでいる。が、諸々が面倒だな」

苦笑いして、手にしたシャンパンを口に含んだ。





「何が面倒だ。お前はさっさと結婚して子供を作れ」

と、後ろからグサッと一言。

「レーゼン。なんて薄い友情なんだ」

「お前の婚約者候補の視線がさっきから痛い。不義理なことばかりしているからだ」

不義理って…。

「婚約者候補など要らん。父上と母上に子を産んでいただければ良い」

「えっ?」

さっきの発言はそういう意味で?と驚いていると、レーゼンはソフィアの持つシャンパングラスを取り上げ、通りがかったウェイターに渡した。

「このシスコンは放っておけ。ソフィア、父上がいらしている。挨拶にいこう」

「えっ?」

突然のことにソフィアは絶句して固まった。

「お、お父様って公爵様のことですか?」

「そうだ。父とは初めてだったか?」

スムーズにソフィアの手を引きエスコートするレーゼンの背中に、ギャレットが忌々しげに舌打ちするが、さすがに公爵への挨拶を邪魔するわけにもいかず諦めたようにグラスを傾けた。





「父上」

レーゼンが声をかけると、談笑していた男性が優雅に振り返り、談笑に興じていた人々がピタリと口を閉じてチラッとだが確実にレーゼンと隣にいるソフィアに目を向けた。

「やぁ、レーゼン。それから、ソフィア嬢」

腰まである長い薄茶色の髪を揺らして、金色の瞳を柔らかく細め笑みを浮かべる。

「息子の婚約者殿は今日も麗しい。それに…君の魔力は不思議と懐かしい感じがするのは何故かな」

ふふふ、と含み笑いをする公爵の目はソフィアの髪飾りを捉えていた。

「下手な口説き文句のような真似はおやめください」

うんざりした口調でレーゼンが言うと、それさえも面白そうに公爵が笑った。

「やぁ、失礼した。さっそく花を送ったのだね、レーゼン」

意味深な公爵の発言に、レーゼンはさらっと頷く。

「えぇ。先日、母上からソフィアにと譲り受けましたので」

「あぁ、懐かしいな。私も婚約時に妻に贈ったのだよ」

スッと目を和らげると、公爵は長身の体躯をかがめ、ソフィアに笑いかけた。

「私はザインツ公爵家当主、アウグストだ。ソフィア、君のお父上とは旧知の仲でね。今回の婚約は2人とも願っても無い慶事だよ」

「ソフィア・ローズベルグと申します」

サラリと優雅に身をかがめ、ソフィアは貴族の礼を取った。いくらレーゼンの父とはいえ、相手は筆頭公爵その人だ。父と旧知の仲だとは初めて知ったが。

「拝謁賜り…」

「あぁ、いいよ、ソフィアちゃん。そういう型苦しいのは」

正式な挨拶をしようとカーテシーを取るソフィアに、公爵は軽く手を振って苦笑した。

「それよりは、君に父上と呼んでもらいたいものだよ」

「えっ?」

さすがにそれは…と目を泳がせると、くくくっと楽しそうな笑みが上から漏れて来る。

「そうか、改めてだが、レオナルドの気持ちが今分かったよ。娘ができるというのは存外嬉しいものだね」

そう言って公爵はくつくつと笑い続けた。

物腰も口振りも何もかも違うのに、やはり目の前の公爵はレーゼンの父なのだと思わされた件だった。





「父上、その辺で」

やんわりと言って、レーゼンはソフィアを庇うように立ち位置を変えた。

「おや、まだいいじゃないか」

言いながらも公爵はすんなりソフィアから目を離し、スッと身を起こした。

「君たちに挨拶したくても出来ないでいる青年がいる。まぁ、気が向いたら2人で会っておいで」

ほらと後ろを促され、振り向いた先に。

「あ…」

「ジョシュア・アロンソ」

それぞれ呟いて言葉を失った。






短いので、停電しなければ明日、更新します。

読んでいただいてありがとうございます。

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