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4. 上司との会話


この世界は魔力に満ちている。

古代、創造主と3人の子供によりこの地が創られた際は、大地が魔力に満ち、世界はその力を使って繁栄してきたとされている。

古代より遥かに時が過ぎた今でも、王侯貴族には魔力が色濃く遺伝しているし、平民でさえも魔力を持って生まれる子がいると、その子は神殿に上がって国のために尽くすことになる。



魔力によって創造されたこの地を治めるには、当然魔力を持った統治者が必要で、未来の王は、代々、この大神殿で厳しい教育を受けることになっている。

ちなみに、大神殿は古代よりこの国を見守るかのように王都の上、空中にあり、この地の魔力のバランスを取る、いわゆる魔力の中枢部としての機能を果たしていた。



そして。



その大神殿で働くソフィアは、サラマンダーの上級神官である。

淡いブルーの髪にシルバーの瞳を持つソフィアはクールビューティーとして名高く、水のウンディーネか風のシルフの神官と間違われがちだが、入殿した時から生粋のサラマンダー、火の神官だ。

青々と燃え上がる炎の魔術を使うソフィアを見て、かえって肝を冷やす者も多いという。陰ではギャップ萌えと言われ、密かなファンも多かった。




***********




厳かな雰囲気ただよう神殿内の、青を基調とする廊下に突如あらわれたソフィアは、そこから歩みを進め、一つの豪奢な扉の前で立ち止まった。



「レーゼン様、しつれ…」

「入れ」



コンコンとノックする前からまるで分かっていたかのように、ソフィアの声を遮って、ドアが静かに開かれた。

やれやれ、せっかちなことだ。

そっと心の中でだけ嘆息すると、ソフィアは気を取り直して部屋に進み出た。



「お呼びと伺いました」



奥の執務机には1人の男性が見えた。目の前に書類は少ないが、変な物体があちこち積まれている。巨大な真緑のコケ岩だったり、西洋人形だったり。

ん?西洋人形なんて、ここにあった??

違和感のあるものばかりを目にして、ソフィアはどこまで突っ込んで聞いてみるべきか迷って、そして全部を飲み込んだ。

聞いても仕方ない。

素直に教えてくれるはずないし、教えてくれるとしたら厄介ごとだろう。


それより話を進めよう。

ここまで待たれているのだ。何か急用かもしれない。


と。

一を知って十を知るような、クールに用件を切り出す部下に、レーゼン大神官は机から目を上げた。



「朝から呼び出してすまない」

「いえ、執務には早い時間ですからかまいません」

「そうか」



そう言って、手を止めると、ギシッと音を立てて椅子を回転させた。

そのまま言葉を選ぶように、二、三、ふむ、うーん、と言いながら、しかし、その先は続かない。



珍しい、とソフィアは思った。



この上司、クールと言われるソフィアと違って、外見も内面もサラマンダーそのもの。薄茶色の髪は騎士のように短く、青色の眼は敵を威圧するかのように鋭く、豪放磊落な物言い、戦闘となれば先陣を切って敵陣に突っ込む。

もちろん、貴族であるため品はあるものの、貴公子というより騎士だ。



そんな上司が、ソフィアを見るなり困った顔で言葉を選んでいる。婚約解消ぐらいで(ぐらい、ではないが、4回目なので慣れてしまった感がある)こんな態度を取るとは思えない。



なんだろう、不吉な予感がする。



「ふむ。お互い時間が惜しいな」

そう呟いて、レーゼンは口火を切った。

瞳にはいつもの強気が戻ってきている。

「急な話だ。明後日、隣国の皇太子が隠密で我が国にやってくる」

「はい?」

相槌を打ちながら、ずいぶん急な話だと思った。隣国の皇太子がそんな急にやって来ることなど、あり得るのだろうか。聞いたこともない。

「我が国としても急な話で警備も受け入れ体制も整わないが、断りたくても既に国境付近まで来ていると連絡が来た」

「はい?」

それはないだろう。本当だとしたら、えらく非常識な皇太子だ。帝王学を叩き込まれた次代の統治者がする行動だとは思えない。

「本当だ」

「はい」

だがしかし、嘘だろうと思ったのが顔に出ていたのか、ソフィアの心を読んだかのように、レーゼンはニヤリと笑って付け加えた。

「俺も同じことを思ったが、国境近くの神殿から映像が届いている。間違いなく隣国の皇太子一団だった。あり得ないよな、殺してくれって言いたいのか」

「…はぁ」

「隣国、リトハルト皇帝にも連絡済みだ。詳細は省くが、二国の友好の証に皇太子を受け入れて欲しいそうだ。少しの間、視察という形で。その代わり、受け入れ体制は国賓対応でなくとも構わないそうだ」

「えぇ?」

「明後日の朝、皇太子を出迎える一団に、お前を推薦した」

「え」

「承認されたので、サラマンダーからの代表として行ってこい」

「は」

「以上だ」



はぁ?



さすがに「はい」とは言えず、ソフィアは固まった。「え」とか「は」の後につく疑問符に気づかないフリか。

えーと、どこから突っ込もうかなと逡巡していると、ふとレーゼンが話題を変えるように口調を和らげた。




「ところで昨日の件だ」

「はい」

急にそっち??と思いながらも、本来ならソフィアから報告すべきことだっただけに、話を合わせる。

「相手の父親、アロンソ公から申し訳ないと謝罪があったよ。なんでだろうなぁ、お前、モテるのになぁ」

「いえ、特に」

「嘘つけ。相手からは息子にもったいない令嬢だと両手をあげて喜ばれていたぞ。クールビューティーに、辺境伯の愛娘だからなぁ。ま、シスコンの兄だけは余計だが」

と、レーゼンはニヤリと笑った。




レーゼンはギャレットと仲の良い友人で、シスコンのギャレットをいつも揶揄っては遊ぶという悪い趣味の持ち主だった。

「シスコン男は喜んでたんじゃないか?」

「いえ、そこまでは」

確実に喜んでいたが、それを言うと面倒くさそうだ。

「妹の相手には相応しくないと、紹介者の俺に再三文句をつけてきた男だぞ。潰すとか飛ばすとか五月蝿かった」



えぇ…。

お兄様、やっぱり…。

ガックリと肩を落としたソフィアを見て、レーゼンは声を上げて笑った。



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