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35. 男の色気と髪飾り


静まりかえった部屋の中で、ギャレットが組んでいた足を解いて立ち上がる。

「父上、母上、お話はここまでで宜しいですか?」

「ん?ああ。そうだな」

レオナルドは肩苦しい雰囲気を一掃するように軽く首を振り、後ろを振り返った。

「お茶を…」

「父上、せっかくですが時間がありません。ソフィア、行こう」

「え?お兄様?」

突然、手を差し伸べられ、ソフィアは驚いて顔を上げた。

「忘れたのかい?今夜は私と一緒に夜会に出てくれるんだろう。ファーストダンスの約束もね」

パチンとウィンクをして、ソフィアの手を引いて立ち上がらせた。

「ギャレット、ソフィアはレーゼン殿と婚約している身だ。エスコートは…」

「いえ、構いません。私も一緒に行きましょう」

難色を示すレオナルドに、レーゼンが取りなすように手を上げた。

「ソフィア、確か今日の衣装はギャレットとペアで揃えたんだろう?」

アイツが自慢していたのを何度も聞かされたからな、と。

遠い目をしているレーゼンに、ソフィアはその様が容易に想像できて笑ってしまう。

「はい。こんなことになるとは予想していなくて…」

「この歳になってまで、兄妹でペアのドレスを誂えるのもどうかと思うが…」

若干引き気味の父は、それでも仕方ないといった風にため息をついた。

ソフィアはギャレットを見上げて微笑む。

「でも私も、お兄様と一緒の夜会をとっても楽しみにしていました。ファーストダンスは…」

いいですか?と、婚約者の顔を窺うと、

「構わない」

アッサリ了承された。

その様子を微笑ましくも、複雑な表情で見ていたルイーズは、そっと夫に目配せをして目を伏せた。




部屋で執務の後片付けをするというレーゼンと別れて、ソフィアが自室に入ると、

「アメリア様?」

目の前で丁寧にお辞儀をする女性の姿。

「アメリアと呼び捨ててくださいませ、お嬢様」

先日、ソフィア付きの侍女に!と懇願してきたアメリアが、辺境伯家の制服を身に纏っていた。

「では、私のこともソフィアと呼んでくださる?」

戯けて言うと、アメリアは真面目くさった顔で首をブンブン横に振った。

「とんでもないことでございます!わたくしは『お嬢様』と呼ばせてください。ご結婚なさるまでは」

何故かジーンと感動した様子で身をよじるアメリアに、横に立つメイドが苦笑しながら口添えしてくれた。

「お嬢様と呼べるのはご結婚まで。それまでわたくし共も、そう呼ばせてください」

なぜかメイド達には『お嬢様』呼びにこだわりがあるようだ。

「分かりました。あなた達の呼びたいように」

本当は子供扱いされているようで、ちょっとだけ「ソフィア様」と呼ばれたい気持ちもあるのだが、そこはメイド達に譲ることにする。

「アメリアはこちらの家に勤めることになったの?」

レーゼンの口調から神殿への側仕えには難しそうだと思っていた。となると、実家であるココか、王都にあるタウンハウスのどちらか。

「はい、あの後すぐに父を通して辺境伯にご挨拶に伺いまして、こちらで見習いから始めさせていただけることになりました」

パァっと顔を輝かせるアメリアの様子に、ホッと安心する。

「お嬢様、このご恩は生涯かけてお仕え申し上げてお返しします」

生涯かけて…とは、また前のめり加減が凄い。

ま、本人が大層幸せそうなので良いこととしよう…。

「うん、アメリア。こちらこそよろしくお願いします」




*************




お兄様との夜会は正直言って、とても楽しい。ダンスレッスンも一緒に受けているし息もピッタリだ。時々、ソフィアを揶揄うようにステップを変えてきたり、即興で踊ったりできるのは兄とだけだ。

「お綺麗です」

アメリアと他のメイドに着飾られ、鏡の前に立つと、感無量といった風にアメリアが絶賛した。

兄が選びに選んだソフィアのドレスは、確かに美しかった。真珠色の生地に金糸の縁取り、青のリボン。

「ですが、これは…」

うん、言いたいことはわかります。

言い淀むアメリアに、ソフィアは深く息をついて頷く。

「これを作った時は、こんなことになるとは思わなかったの。だからお兄様が暴走していたのは分かっていたけれど、敢えて止めなかったのよね」

金色と青の組み合わせは、となりに兄が並べば完全に彼の色だとわかるだろう。金髪碧眼の美貌はとにかく目立つのだ。

「お兄様のお衣装は私の髪の色が差し色で入っているし…」

曲がりなりにも婚約者のいる身でやりすぎたな…と、ドレスを見下ろして困った顔のソフィアに、アメリアが少し考えてジュエリーボックスを差し出した。

「このブルーサファイアの装飾品を身につけて、レーゼン様の瞳のお色に近づけてみるのはいかがでしょうか?」

苦肉の策だがやらないよりマシな気がすると、頷きかけた時。

コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。




「ソフィア、今いいか?」

「レーゼン様?」

仕事中のはずだけど、と首を傾げながら、アメリアに頷いて扉を開けてもらうと、そこには夜会用の貴族の正装を身に付けたレーゼンが立っていた。

「着替えは済んでいるか?」

「は」

はい、と言おうとして言葉を失った。

神官服以外のレーゼンを見たのは初めてだし、こう言ってはなんだが、貴族的な衣装とレーゼンがしっくりこない気がしていたのだが。

目の前の貴公子っぷりに、ソフィアは心底驚いていた。

綺麗に撫でつけられたヘアスタイルに、鍛え上げた体躯、すらりと引き締まった黒い衣装のラインが、艶かしくも優美だ。

「さっきギャレットの所によってきたが、なるほど」

腕組みをしてドア枠にもたれ掛かると、ふとソフィアの呆けた顔に気付いて眉根を寄せた。

「…どうしたんだ?」

「レーゼン様が、あまりにも格好いいので驚いていました」

普段と違いすぎて本当に同一人物かと二度見していました、って言っていいのだろうか。と、迷った挙句、どストレートに告げると、今度はレーゼンが固まった。

「あぁ…。ありがとう」

小さく苦笑いして目を細める仕草も普段と変わらないはずなのに…

「あぁ…」

跪いてソフィアの裾を直していたアメリアが声低く呻く。

足元に目をやると、アメリアが胸を押さえて身悶えていた。

「アメリア?」

「直視できないレベルの男の色気です…」

「……」




「えーと。レーゼン様、それで何かご用ですか?」

咄嗟に足元で打ち震えるアメリアを庇うようにドレスの裾を捌き、顔を上げる。

「あぁ。…これを」

気を取り直したように胸の内ポケットに手を入れ、手にしたコサージュを差し出した。薄いブラウンとオレンジの宝石が散りばめられたアンティークの花の髪飾りだった。

「お前の髪の色にも映えるだろう」

軽やかに纏めた髪の流れに沿って、耳の後ろあたりにスッと刺す。

「まぁ」

それを見たアメリアがほぉっと感嘆のため息を漏らした。

「あ…、ありがとうございます」

チラッと斜め前にある鏡に目を向け、レーゼンを見上げる。

「似合いますか?」

軽く頬を染めて、はにかむように笑うソフィアに、レーゼンは一瞬だが息を詰めた。

「あぁ。とても。綺麗だ」

ため息混じりに一言一言を刻むように言うと、すっと手を伸ばして微かに頬を撫でる。

ビリっと電流が走ったようにソフィアの体が震えた。

「驚かせたか」

「い、いえ…」

少し呼吸を整え、ソフィアは軽く微笑んだ。

「あの…」

これはレーゼン様とお揃いの色ですね、とか、アンティークに見えますがこれは?とか。気になるけれど、結局何も聞けずに、再び口を閉ざした。




その様子を見て、レーゼンはそっと耳元で囁いた。

「ギャレットか俺のそばを離れないように。万が一のこともある。この髪飾りはお守りだ」

「お守り?」

サラマンダーの上級神官である自分は護る側なのだけど…と曖昧に頷くソフィアの耳元で、レーゼンが低く笑った。

「お前の考えているような攻撃に対する防御という意味のお守りじゃないさ。これは我がザインツ家に代々伝わる魔道具で、望みの花と呼ばれている」

「望み?」

意味深な名前に、ソフィアも小さな声で囁き返した。

「身に付けた者の望むものを引き寄せると言われている。これを身に付けていた祖母は祖父と出会い、さらに遡って我が祖先は公爵領地内に鉱山を見つけさせたと言われている」

「そ、そんな貴重なものを?」

目を丸くするソフィアに、レーゼンは淡く微笑む。

「肌身離さず、身につけていろ」

「はい…」

言い方は柔らかいながらも、どこか有無を言わせない強さに、ソフィアは頷いた。

「この髪飾りは公爵家由来のものだから、魔力も独特のものがある。最初はお前の魔力と反発するかもしれないが、次第に慣れる」

言われてみれば、髪飾りのあたりから微かに自分とは違う魔力がにじみ出ていて、静かにだが着実に色付けられているような感じがした。

「ありがとうございます」

ソフィアがお礼を言うと、レーゼンはニヤッと口端をあげて笑った。

「ギャレットの顔が見ものだな。じきに来るだろう」

「あぁ…」

この髪飾りを見た兄がどんな顔をするか、なんとなく想像はつく。

ソフィアは密かに窓の外に目を向け、嘆息した。





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