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34. そして ビスマルク


「あなたの能力は古代からグランチェスター家に受け継がれてきた巫女の力。グランチェスターの巫女は唯一無二の能力者として、この国では保護の対象になるわ」

「保護?」

自分が珍獣になったような気分で、ソフィアは怪訝そうに眉を寄せた。




「そう、保護よ。だから、…推測に過ぎないけれど、ザインツ公爵はご存知だったのではないかしら、ソフィアがグランチェスターの巫女となる可能性を。あなた達の婚約が一気に進んだのは、巫女を万全に守るため。爵位を譲ろうとなさったのも、その一貫かもしれないわ」

まさか。

母の言葉にソフィアは驚いて、となりに座るレーゼンを見上げた。

「レーゼン様は、ご存知だったのですか」

「いや。そこまでハッキリと聞いたわけじゃないが、…たしかに、辻褄があう点が何点かあるな」

渋い顔でレーゼンは腕を組む。

「お前の能力はとてつもない。使い方によっては国をも滅ぼしかねないから、闇の属性持ちには近づけられないと、父は結論付けたのだと思う」

レーゼンらしいストレートな物言いに、ソフィアはウッと言葉を詰まらせた。

闇の属性とは、つまりユリウスのことで、恐らくこの4日間のアレコレも、公爵には知られているのだろう。




「まぁ、有り体に言えばその通りだろうと、私も思うよ」

ギシッと音を立てて、義父であるレオナルドが身を起こした。

「ソフィア、レーゼン殿の言葉は飾らないから厳しく聞こえるかもしれないが、およそ核心をついていると私は思う。闇の術でお前を取り込まれれば、お前の能力は我が国の脅威となりかねん」

若干の緊張を孕んだ声に、心臓が逸る音がする。

私が、国にとっての脅威となる?

「軟禁とまではいかなくとも、それに近い監視下に置かれる可能性だってあったはずだ。それを、公爵がレーゼン殿との婚姻によって、お前を守ろうとしてくださっていると、我々は考えている。爵位を譲るのは、他方からの横槍を牽制する意味合いだよ」

最後はため息交じりに言って、父レオナルドは再びソファの背もたれに寄りかかった。




「本当に。…この巫女の能力は必ず発現するとは限らないし、もし発現するなら本家筋にあたるアデル様の方だろうと思い込んでいたの。よりによって…ビスマルク家の血筋のあなたが…」

母が頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てる。

「ビスマルク家って、お母様の実家の?」

辛うじて祖父母の顔は覚えているが、あまり接触がなかったせいか朧げな記憶しかない。母はどこか憂鬱そうな顔をしているが。

「お母様の実家が、何か関係があるの?」

「あなたには話したことはなかったけれど、私たちの血筋は元々、確実に能力を次代に繋ぐ役割を担っていたの」

「え?」

訳がわからない。能力を次代に繋ぐ?

「母上、確実にと仰いましたか?厳密にいえば、能力は血筋ではなく生まれ持った魔力の性質によるところが大きいはず」

ギャレットの言葉に、神殿の講義を思い出しながら、ソフィアも頷く。

その家に代々伝わる能力とは、つまり生まれ持つ魔力の性質が似ているからに過ぎず、その家系のものであれば必ず能力を引き継げるわけではない。故にソフィアとアデルのように、能力を引き継いだ者と引き継がなかった者が現れるのだ。

「本来ならそうね、あなたの言うことが正しいわ。だけど、ビスマルクの能力は全く別物なのよ」

そう言うと、そっとソフィアに目を向けた。




「ビスマルクの能力は、その血を受け継ぐ女子であれば必ず引き継がれる。その能力は、一世代限りではあるけれども“確実に”両親の能力を次代に引き継ぐことよ。公にはできない能力なのだけど」

「一世代限り?両親の能力を?」

「そう。生まれた子は両親と自分の能力や属性を併せ持つの。だからソフィアは火の属性であるサラマンダーの神官でありながら、私とフランツから土の属性も引き継いでいるわ。そして、物理的にグランチェスターの血も引き継いでいる」

一度言葉を切ると、目をソフィアとレーゼンに移し、再度口を開く。

「本来は稀にしか発現しないグランチェスターの巫女の能力は、次代に限っては“確実に”子供に引き継がれるでしょう」




「私は初めて聞く話ですが、ビスマルクの能力とは非常に特殊なものですね」

ややあって、黙って聞いていたレーゼンが若干の驚きを声に滲ませて口を開いた。

「一世代限りの継承だし、そこまで重要視されてこなかったのが正直なところなのだけど。ザインツ公爵がビスマルクの能力についてご存知かは分からないわ。だけど、困ったことに、グランチェスターの能力が、ビスマルクの血筋によって今後どうなるか分からないのよねぇ」

最後の一言に、誰もがハッと息を飲んだ。

「グランチェスターに能力が戻らない可能性もあると?」

声を押し殺して、レーゼンが問う。

「戻らないかもしれないわ。だって、これまでグランチェスターの本家筋で継承されてきた巫女の能力が、今度は血筋ではなくビスマルクの能力によって傍系であるソフィアの子に継承されるのだもの。

それに、ソフィアの子にビスマルクとグランチェスターの血が引き継がれることは確実だから、例えば、ソフィアが国外に出れば、その能力は次代までは確実にユーフェリア国から消えてしまうのよ。私が一番心配していることはそこなの、ソフィア」

ぐっと身を乗り出して、ルイーズはソフィアの手に自分の手を重ねた。

「それを阻止したい者や、巫女の力を欲する者があなたを害さないとも限らない」

まるで今にも消えてしまうものを繋ぎ止めるように、ギュッと強くソフィアの手を握った。

「怖がらせてごめんなさい。でも、だからこそ、あなたには、このユーフェリアにいて欲しいの」

微かに震える母の手に、ソフィアは言葉を失う。

知っているのだ。

ユリウスのことを。

知らず知らずのうちに、ソフィアは息を詰めていた。




重苦しい沈黙が部屋を支配すること数分。

ややあって、レーゼンが口を開いた。

「父は、ビスマルク家の能力を知っているのでしょうか」

ポツリと漏らされた言葉に、レオナルドが微かに目を細めた。

「分からぬ。が、我々からレーゼン殿にお願いしたいことは、それだ」

緊張に声が掠れているが、目はジッとレーゼンを見ながら続けた。

「ここまでの話で、ソフィアとの結婚が通常のそれと違って、大変なものを共に背負う覚悟が必要だとお分かりのことと思う。グランチェスターとビスマルクという希少な血を2つも受け継ぐ娘だ。レーゼン殿だけの問題ではない、これはザインツ家の未来にも大きく関わる話だ」

噛んで含めるように、レオナルドは続ける。

「娘との結婚で手にする利も桁外れなら、背負うものも桁外れに大きい。故に、レーゼン殿が婚約を解消したいと仰っても我々は粛々と受け入れよう。ただ、その場合、ソフィアの能力については、生涯、他言無用に願いたい」

最後の言葉に、ぐっと圧を増すレオナルドに、レーゼンは頷いた。

「承知した」

低く抑えられた声色からは何も窺い知ることはできない。

騎士のように精悍な顔を横から見上げて、ソフィアはそっと目を伏せた。




自分との結婚がこんなに大変な重荷になってしまうなんて。

泣き出したい気分だった。

もう2度と会えないかもしれないという想いと、それでも会いたいという想いがせめぎ合う。

何故だか、ソフィアには確証があった。

ソフィアがどんな能力を持っていたとしても、どんなに大変な結婚だとしても、『彼』はきっと静かに笑って受け入れてくれるだろうと。

そして、自分を受け入れて欲しいとも。

今は離れてしまった、たった1人の男性に。




黙り込んでしまったソフィアを窺うように、4人の眼差しが寄せられていることに、ソフィアは気付かなかった。




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