表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/47

31. 違和感


皇太子の帰国間際で慌ただしい空気の中、シンと静かな部屋に数人。

ソフィアの折伏を確認するために集まっていた。




「ソフィア、体の調子はどう?」

「一日休ませてもらいましたので大丈夫です」

相変わらず優しい声で気遣わしげに訪ねてくるユリウスに、ソフィアは微笑んで返した。

「本当に?顔色が良くないようだけど、何かあった?」

じっと見つめるユリウスの視線にドキッとする。

やっぱり、すごく勘がいいんだ、この人。

「いえ、特に…」

さっきのレーゼンとの会話が頭から離れず、ボーッとしていたのだが、それを話すわけにはいかない。見れば兄のギャレットも物言いたげにソフィアの様子を見ている。

危険だ。

今ここで結婚云々の話になると面倒なことになる。

「魔力の状態は上々だ。今のところ問題は見られない」

状況を見とったのか、後ろからレーゼンが歩いてきて、ソフィアの横に並んだ。

「時間がない。始めよう」

部屋の空気がピリッと張り詰めた。




「そうだね、君達の間に何があったとしても、今はこちらが優先かな」

ユリウスは、すでにソフィアとレーゼンの間に何かがあったと気付いたのか微妙な表情を浮かべ、レーゼンに目を向けた。

「ソフィア、手を」

レーゼンに促され、ソフィアは手を伸ばした。その腕を下から支えるように手を添えて、レーゼンは魔力を流し始めた。

「ソフィア、折伏について知っていることを話せ」

「はい。折伏とは、魔のものを聖なるものに返すことです」

上級神官になって受けた講義の内容を思い出しながら、ソフィアは答えた。

この術は神に仕える神官か、生まれつき闇の属性の者しか行えない。しかも折伏しようとする相手の力が強ければ強いほど、術者にも負担が強いられる。

「使役目的で結ぶ契約とは違って、我が身を神の依り代とするため、折伏した聖獣を我が身の一部とすることになるため、聖獣からの完全なる忠誠を得ることができるのけれども、失敗すれば、主従関係が成り立たず、聖獣が己の力よりも劣ると判断した術者の身を蝕んでいく、ですよね」

視界の端でギャレットの顔が歪んでいくのが見えた。




「そうだ。だから、今回はお前だけでなく俺も共に折伏を受けることにした」

その場にいなかった宰相や皇太子のために、レーゼンが説明するように続けた。

「だが術者はお前で、俺は魔力の一部を負担しているに過ぎない。状況説明はこれで良いか?」

チラッとユリウスに視線を流してレーゼンは手を引いた。

「あぁ。では早速だが、ソフィア。折伏した魔獣を召喚してもらいたいのだが…」

言って、ユリウスはソフィアの耳元で囁いた。

「これは一応、秘術にあたるため、詳しい説明は私と君の間でだけ行うよ」

「はい」

長身のユリウスが身をかがめてソフィアに微笑みかける。

低く艶やかな声が耳をくすぐって、こそばい。少し身を縮めたソフィアを見て、笑みを含ませたユリウスの目元は陰翳を帯び、半端なく色っぽかった。

まさに傾国の笑みだわ。

ソフィアは息を飲んだ。





***************






目の前のソフィアとユリウスの様子に、俺はかすかに眉をひそめる。

ここが戦場ならば真っ先に叩き斬ってやりたい。いや、策を巡らし奴を追い詰めて戦死に持っていく方が…?

「顔に出てるぞ」

俺の隣に移動してきたレーゼンが呆れ顔でこちらを見ている。

俺の妹の婚約者殿が。

「少しは隠せ。…おい、俺もか?」

思わず殺気立った俺に、レーゼンは「まさか」と天を仰いだ。

馬鹿野郎。お前じゃない、俺の方だ。天を仰いで神を呪いたいのは。

「難儀な奴」

ボソッと呟く“友人”兼“憎き妹の婚約者”に、俺は…

「死ね」

「…お前なぁ」

他に何を言えようか。

この友人は、まさに非の打ち所がない“最高の婚約者”なのだ。

頭も切れる、性格も良し、顔もまぁまぁ、家柄は筆頭公爵家、女の噂は全く聞かない清廉潔白さ。

ん?

「お前、ノーマルだよな」

「……何?」

錯乱したのか?と言いたげに眉をひそめ、だが目線だけは目の前のソフィアから離さないレーゼンに、俺は再確認しようと口を開く。

「女が抱けるのか?」

言うなり、隣からジワリと仄暗い魔力が立ち昇った。

熱い。




「女関係が破綻しているお前を基準にするな」

「身分の釣り合わない愛人や、いっそ男娼の類は…」

「死なない程度に焼いてやろうか」

ギロッと睨む奴の顔など微塵も怖くないが、一応、その反応に納得する。

「今まで女の噂なんか聞いたこともないから、念のためだ。ソフィアに不幸な結婚はさせたくないからな」

仕方がなかった。

今までの婚約者とレーゼンとでは格が違う。これまでの婚約なら、なんとか解消に持ち込めないかと画策もできたが、今度こそ無理だ。

「気色悪いこと言うな!俺の方こそ確認だが、お前のそのシスコンは大丈夫なんだろうな」

心底嫌そうな顔をして、だが友人として心配する気持ちもあるのか、レーゼンは思い切って口にした。これまで何度か「シスコンも大概にしろ」と言われてきたが、今日のこれとは違う。かなり本気モードだ。

「言葉を選ばずに言うなら、食べてしまいたいくらいだ」

「…おい…」

本気で焦ったのか、顔をこちらに向けて絶句している。

「妹として、だ。欲情して“食べたい”と思ったことはない」

「…なら、いいが」

「義理の兄妹でなければと思ったこともない。ただ兄として、嫁にいくまでソフィアの一番側で見守ってやりたいと思っただけだ」

「見守る?そんな殊勝なモンじゃないよな」

諦観の笑みで視線を前方に移し、レーゼンは溜息を一つ。

「あれしきのことで人聞きの悪い。降りかかる火の粉からソフィアを守れない程度の男、害虫でしかない。あぁ、害虫といえばアレもだが」

そう言ってギャレットは言葉を切った。

目の前で2人は手を取り合い(ギャレットからはそう見える)仲睦まじく微笑み合い…。




なんなんだとギャレットは短く息をついた。

2人がかなり良い雰囲気なのだ。

それを見守るように隣国の皇太子も口を出さないため、誰も文句の言いようがない。

「縁起の悪い男ってだけじゃない。闇の属性だぞ。幾ら何でも…。しかもあのツラ、絶対女が放っておかないだろ。遊び放題だ」

「ギャレット、気持ちはわかるが、少しくらい隠せ」

嗜めるレーゼンに、ふんっと面白くなさそうにギャレットが笑う。

それを横目で見たレーゼンが「世の中の女を騙してるはお前だろ。どこが王子だ」と呟いたが、当然無視する。

「あの魔獣の扱い、見ただろ?あれは絶対、女の扱いに手慣れてる」

「…魔獣の話だろ」

ん?と眉を寄せるレーゼンは、根が真っ直ぐな男だと思う。

まぁ、神官が女遊びに精を出すわけにもいかないが。そもそも公爵家の跡取りという可能性もあったことから、レーゼンが手を出すのは決まって割り切った女か後腐れのない女で。

「レーゼン、お前、ソフィアに惚れてるか?」

つい、言葉にして聞いてしまった。

「なんだ、いきなり」

落ち着き払ったレーゼンの言葉や態度に、こいつは女に狂ったことなどないのだろうなど、ボンヤリ考えた。




「レーゼン様」

ソフィアが振り返り、レーゼンを呼ぶ。

「あぁ」

召喚が近いのかと、レーゼンはゆっくり歩き出した。

スラリとした長身の体躯がソフィアに寄り添うように立つ。

ヒソヒソと交わされる内容はきっとこれからの儀式のことだろう。レーゼンがいれば大抵のことは心配ないと分かっている。それだけの信頼はある。

まったく。

冗談で交わしたことはあっても、本当にレーゼンが婚約を申し出るとは思いもしなかった。あいつは気さくで親しみやすいように見せて、実は理性的で思慮深い男だ。そして誰にも腹の底は見せない。そんな男が成り行きで婚約するなど、あるはずがないのだが…

考える側から、ソフィアの体からゆらりと魔力が放出されていくのが見えた。

そろそろか。

従えた古代獣は果たしてソフィアを主として認めるのか。

視界の先で、レーゼンがゆっくりとソフィアの手を引き、自分の方を振り向かせたまま、腕を固定していた。

なんだ?あぁ、魔力を流しているのか。

「ん?」

皆は折伏と古代獣に気を取られているが、俺だけは違和感に目を細めた。いや、俺だけじゃないな、死神もだ。

まるでユリウスからソフィアを隠すように顔を寄せ、自分の方だけ見るようにと体ごと固定しているレーゼンの様子は異様だ。上司だとしても、あれだけ見れば独占欲の塊だな。

そしてハッとする。

「まさか」

俺は見過ごしていたのか?

上司だから部下のソフィアを守ろうとしているんだと勘違いしていたのか?




だがしかし。

息を飲む俺の前で、突然、ぽんっと間抜けな音がして、俺の思考はブッツリ途切れることとなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ