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27. 折伏


『いつまで待たせるつもりじゃ』

あ。

振り返ると結界の中で古代獣が息を荒くしてソフィアを見据えている。

「お待たせして申し訳ございません。人選に時間がかかっていまして。あの、私一人では折伏を受けることができません。上司である大神官と…さきほどの…」

『そなた一人で十分であろ。我と話が出来るだけの資質はある。そこの闇の術者より余程マシじゃ!』

とことん、ユリウスが嫌いらしい。

というより…

「ユリウス様が闇の術者だから、ですか?」

『そもそも…そなた等は間違えておる。古来、闇の術とは我らの意思に反して折伏したり、使役しようとするものではない。それに、あの者の術は折伏などと生易しいものではないであろう』





折伏ではない?

ソフィアの顔を見て、古代獣は忌々しげに羽を震わせた。

『あれほどの魔力を受け正気を保っていられる者などいまいよ。あの者の折伏は我の意思を殺さんとする術じゃ』

「そんな」

そもそもソフィアには反論できるだけの知識はないのだが、この古代獣がとかくユリウスの術を嫌っているのは分かった。

『更にじゃ。一度、折伏を受けてしまえば、我にはあの胡散臭い術者の匂いが付くことになるのじゃ。真っ平御免じゃ!!』

そこかー。

多分、最後の部分が本音だろうな。

「匂い、ですか。私の上司であるサラマンダーの大神官が私と共に折伏を受けてくださるそうです。…そうでなければ、御身の安全は保証できなくなります」

『男か?』

「男ですが…。匂いは、しなかったと思います」

チラッと後方を見れば、レーゼンの使役するサラマンダーのエルフがパタパタと揺らめきながら、こちらを見ている。

『その者か』

「あれはレーゼン様のエルフです。ご本人は今こちらにいらっしゃいません」

『魔力の匂いは、ふむ』

言うなり、古代獣はレーゼンのエルフに視線を定め、

『ロクな男が居らんのぉ』

心底嫌そうに言った。





「ええ?」

ロクな男が居らんって、レーゼン様もダメなんだろうか。

『まぁ。そなた等の魔力が混じり合えば、あの男よりマシかのぅ』

それでも物凄く嫌そうではあるが。

「ソフィア、どうだ?」

先程からチラチラと視線を感じるのか、レーゼンのエルフが問いかけてきた。

「ええと、良いのでしょうか?古代獣さま?」

『そなた等の魔力、合わせてみよ。それ次第じゃな』

「私たちの魔力を合わせてみよと仰っています」

「!!!」

そのままの言葉を伝えると、微妙な沈黙が広がった。

な、なんだろう?すごく気まずい。

「どうしました?」

「ソフィア、魔力を合わせるってどうやって?やり方まで指定されてるの?」

「ううん、それは言われてないけど」

「ふぅん」

ミハエルまで黙り込んでしまった。

ネルソンとミハエルと3人でこちらに移動してきた時のように、魔力を融合させればいいのではないかと考えていたのだけど。




「ソフィア、エルフに手を翳せ」

「はい」

レーゼンの声が沈黙を破り、ソフィアは素直に手を伸ばした。エルフは暖かくて、触れた指先にレーゼンの魔力を感じる。

「そのまま、魔力を流せ」

頷いて、ソフィアは身体の中の魔力を指先から移動させていった。

魔術具などに流すのと違う。スルッと魔力が引き出されていくと同時に、指先に感じた自分以外の魔力があっという間にソフィアの身体に入り込んできた。

「っ!」

息を詰める。

自分以外の魔力が体内にあるということ。

それが体内を駆け巡り、体温が一気に上がった。

「ソフィア!」

倒れそうになるソフィアの体を、咄嗟にギャレットが受け止めた。

「横になるか?」

「いや、折伏を受けるために上体は起こした方がいい。ソフィア、もっと魔力を流せ。お前の中に俺の魔力が入り込んだ分が余剰だ。容量オーバーで倒れるぞ」




『言うておくが、今のままでは男の魔力が強すぎじゃ。我の好みの匂いではないぞえ』

そんな一気に言われても!

体内の魔力が一気に膨らんで体が震えるのを必死に抑える。

「胸焼けしそう」

お腹いっぱいになって、さらにご飯を詰められたような…。

指先に魔力を集めると、スルリと引き出されるように流れていった。再び体内の魔力が循環し出す。

上体を支えてもらっているとはいえ、体内で2人分の魔力が混じり合って平衡感覚がなくなりそうだった。

「ソフィア、少し力を抜け。魔力の流れを抑えるな。受け入れろ」

教え諭すレーゼンの声が辛うじて耳に入る。

ギャレットに抱えられた陰でソフィアは頷いた。

「受け入れる」

2人分の魔力を。

そう呟くと、ギャレットがピクリと反応した。

「兄様?」

「いや、何でもない。ソフィア、深呼吸をして」

「はい」

そうして少しの時間が過ぎて。

『そろそろじゃな』

古代獣が動いた。





「ネルソン、合図と同時に水の結界を解け」

「はい」

ピリッと場が緊張していくのが分かった。

「ソフィアは私が補助しよう」

ユリウスが後ろからやってきて、ギャレットと交代した。

「通常と違い、今回は相手が了承しての折伏だ。気を楽にして、ただし、決してレーゼン殿との繋がりを断ってはいけないよ」

「はい」

柔らかい声に安心してしまいそうになるのが不思議だった。怖くて仕方ないのに。

「ソフィア、すまない。君を巻き込んでしまった。必ず守ると約束したのに、私は…」

キュッと眉根を寄せてソフィアの顔を覗きこむユリウスに、ソフィアは顔を上げる。

「ユリウス様がお気になさることではありません。それに、今こうして助けていただいています」

ね?と微笑んでみせると、ユリウスは困ったように笑った。

この人はどうして、いつもこんな顔をして笑うのだろうと、ぼんやり思った。

その表情が、いつまでも頭から離れない。





『そなた死ぬつもりかの』

「えっ?!」

突然の言葉に、ギョッとして思考を中断して見上げた。結界の中の古代獣は、きっと、人間でいうと半目になってジトーっと見ていそうな雰囲気だ。

『気をぬくでない。そなたの魔力は男のものより弱い。我は男の匂いを付けて生きるのは御免じゃ。折伏してやるからには心して魔力を流すのじゃ!』

キンキンと声がして、頭に響く。

「わ、分かりました!」

先程より落ち着いた体内の魔力に集中すると、途端に何かの力に引き寄せられるように、体が持ち上がった。





「ウンディーネ殿、解放しろ!」

ギャレットの声と同時に、パァン!とネルソンの結界が解かれる音がした。

圧倒的な古代獣の魔力を感じ、一瞬だけ持っていかれそうになると、レーゼンの魔力がソフィアを支えた。

古代獣の目が正面に、ソフィアを見据える。

『我が折伏を受けし者、我は神の理に従い、そなたの忠実なる聖獣となろう』

その言葉を受けて、ソフィアの口から自然と言葉が出てきた。

「我、神の理に従い、御神の化身と契約す」




日がとうに傾いた薄暗い森の中。

魔力がキラキラと輝いて、古代獣に降り注いだ。瑠璃色の羽が光を受けて輝いている。

「我に折伏せよ」

途端、ソフィアのチョーカーの青磁が強く光り、ソフィアを包んだ。グッと押し込まれるように強い魔力を胸に感じたかと思うと、それは次第に強さを増していく。

「はっ…!」

思わず声が漏れ、無意識に魔力を最大限引き出していた。

「ソフィア」

頭の中でレーゼンの声がした。

そして。

そのまま暗転。

ソフィアは気を失った。




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