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26. 説得


「あの、御機嫌よう?」

いざ引き受けてはみたけれど、古代獣と話したことなんかない。どうにか言葉をひねり出したけれど、それはとても場違いに響いた。





「誰に言ってるんだ?あれは」

ネルソンが頭が痛いという風に目を覆った。

む。

分かってるだけに刺さるわ。

どうしていいのか分からないけれど、とりあえず続けてみる。

「聞こえますか?私は…」

『御機嫌もなにも、我をこのような状態にしおって!機嫌など地の果てまで落ちたわ!!!』

カァァァァッ!と火でも吹きかねない剣幕で返事が返ってきた。

ひどい荒れようだ。

が、返事が返ってきたということは会話は可能なようだ。信じられないが。

「お体は、…痛みますよね?」

『忌まわしい術を使いおって!!!』

痛いにきまっておる!とすごい剣幕だ。まぁ、そうだよね。

「でも、お話を聞いていただけるまで、当面は結界を張らせていただきたいのです。古代獣さまのお力は強いので、落ち着いて話もできませんし」

『我に攻撃してきたのはそなた等じゃ!まずは非礼を詫びよ!』

「はい、申し訳ございませんでした」

ここは謝ろう。誰だって突然攻撃されたら怒る。

ソフィアは丁寧に頭を下げ、古代獣の言葉を待った。

『今は火急の時じゃ。謝罪は保留とする。が、そなた何者じゃ?我の言葉を理解し会話ができる人の子など、……とうの昔に廃れたものと思っておったが』

「廃れた?」

『以前は魔獣も人も精霊も共に暮らしておった。あの時代なら珍しくもなかった』

「はぁ」

それは、いつの時代のことだろう。気が遠くなる。

「私も実は今はじめて、この能力に気付いて驚いております」

『そなたの祖先に精霊がおるのか、いや、その力は感じぬ。それより寧ろ、彼の方の方が…』

「彼の方?」

ソフィアが問うと、古代獣はじっと考えるように口を閉じ、

『……よく考えてみれば、今はどうでもよい!人の子よ、早う我を解放せぬか!』

自らの現状に我に返ったのか、再び咆哮を上げた。

チラッと後ろをみると、ユリウスが息を整えながらジッとこちらを見ていた。

そうだ。時間がない。

もう陽が傾き、あたりは暗くなり始めていた。




「古代獣さま、単刀直入に申し上げます。今、結界をほどき、古代獣さまを解放することは出来ないのです。私たちはあなた様を傷つけたり致しません。ただ、会話をさせていただくにあたり、折伏を受け入れていただけませんか?」

言いにくいことはズバリ言うに限る。

ソフィアは一気に言い切ったが、後方からギクリとした雰囲気が伝わってきた。

「単刀直入というより無策すぎる。つくづく、馬鹿だな。呆れ返るほどの馬鹿だ」

「ソフィアって本当、突撃サラマンダーな人だよね」

うん、これはネルソンとミハエルだね。覚えてなさいよ!

「ソフィアにお願いされたら、どんな無茶なことでも叶えてやりたくなるものだけどね」

「お前は喋るな。黙ってろ」

「ミイラ取りがミイラのお前に言われたくないな!だいたい、お前だって似たようなもんだろう」

「俺が…なんだって?!誰と似てると言いたいんだ!」

「俺の影がなんだって?ストーカーじみた真似はやめろと言ったお前が、サラマンダーのエルフをソフィアにつけるとは、どういう国家の非常事態だっていうんだ?」

「…っ!あれは一応、保険のつもりだった」

「保険?へぇ、そう?まるで見ていたかのような絶妙なタイミングで現れて?」

「……」

「…見てただろ」

「上司として見守っていただけだ。ギャレット、それ以上、口を開くなよ。話なら帰ってきてから聞く」

これはお兄様とレーゼン様だろう。レーゼン様の疲れた口調が気になる。お兄様、あまりレーゼン様のご心労を増やすことはおやめください!

「ソフィア、無理はするな」

これはユリウス。

ふと心が温かくなるような、安心するような響きだ。




「お願いします。無茶なことはしないと約束します」

神に祈りを捧げるように跪いて、ソフィアはこうべを垂れた。

『折伏じゃと?まさか、あの、闇の術者にではあるまいな!』

ドクンと心臓が音を立てる。

大きな魔力のうねりを感じる。

「その通りでございます」

『あのような忌むべき力の持ち主に折伏などあり得ぬわ!我を卑しい獣か何かと思うておるのか!!そもそも我と会話すら叶わぬ分際で、不敬じゃ!』

古代獣はギラリと目を光らせ、力を圧縮させている。

これは…

危険を察知して、後ろの面々にも緊張が走った。

「古代獣さま、会話が出来ますよう私が仲介を務めます。どうか、御心を鎮めてくださいませ」

怖い。

この至近距離で攻撃されたら、絶対に死ぬだろうと思った。

「お願いします。これ以上、結界を張り続けていたら、古代獣さまの命が危険です。先ほどのお話を伺うためにも…」

『ならば!折伏するというなら、せめて其方にじゃ!!』




「は?わ、私?」

思わぬ会話の展開に、ソフィアは焦って頭を振った。

「ちょ、ちょっとどころでなく無理だと思います。私はただの神官です」

『神官なら問題あるまい。神に仕える身であれば、我の折伏を受けても神の加護で生き永らえることもできようぞ』

生き永らえる!?

すっごく死にそうなワードだ。

「ソフィア?どうした?」

ユリウスの言葉に、ソフィアは顔だけ振り向いた。

「無理なら引いていい。私が…」

『この不敬な輩が折伏とやらを我に施してみよ。腹わたを引き千切って食い殺してくれるわ!!』

「とても怒っておいでです。折伏するなら私にと仰って…」

「…君に?だが、君は」

「ソフィア、もういい!そこから退くんだ」

ギャレットが険しい顔で剣を引き抜いた。

「お前が折伏など絶対に承服しかねる!そんなことになるくらいなら斬る!」

「お兄様!落ち着いてください!それが出来ないから言っているんです」

「そうだ、ちょっと落ち着け」

と、エルフを介してレーゼンがギャレットを押しとどめた。

「ソフィア、お前になら折伏しても良いと言っているんだな?」

「はい」

「……なら俺も共に受ける。それで良いな」

「レーゼン様が、ですか?」

こちらも思わぬ展開になってきた。

「折伏が何かも知らないお前だけに任せられん。俺が一緒に受ければ衝撃も和らぐ。制御も可能だ。それが条件だ。受け入れられないなら、ギャレットに斬らせる」

ギラリとエルフの目が光った気がする。レーゼンの気迫だろう。





「待て」

と、そこにユリウスの静かな声が響いた。

「折伏は簡単なものではない。本来これは闇の魔術。ソフィアが受けるなら私が共に受ける。私は彼女に忠誠の誓いを立てた身。誓いを破ることは名誉にかけてしないと誓う」

「忠誠の誓い?」

ネルソンが驚いたようにソフィアを見た。彼は武家の出身だから騎士の誓いには詳しいのかもしれない。

「ルクレール公爵の後継が?どんな関係なんだ?忠誠の誓いというのは」

「関係ない」

だが、ネルソンの講釈をレーゼンの冷たい声がぶった斬った。

「神官なら誓いは幾つも立てている。忠誠の誓いはこの際、関係ない。古代獣がソフィアに折伏するというなら、共に受けるのは大神官である俺だ。ルクレール殿、貴殿は後3日で帰国する。後のことはこちらに任せてもらおう」

「折伏が完璧に行われれば問題ない」

「もし折伏に問題があって、ソフィアの身に何かあれば?」

更に冷たいレーゼンの声があたりに響き、ユリウスはギリっと唇を噛んだ。

「ならば古代獣は殺すしかない。ソフィアの命には到底代えられないからな。この地は貴国の管轄。たとえ地の魔力が失われ命が枯れ果てるとしても私には関係ない。だが、ソフィアは私の部下だ。絶対に貴国の駒として使わせん!」

普段は飄々としたレーゼンの、久しぶりに激昂した声を聞いた気がする。

目の前にいたら、もしかして青白い炎が垣間見れたかもしれない。

レーゼン様の机の上にある書類とか諸々のモノは無事だろうか、燃えてないといいけど…。

重く流れる沈黙に、ソフィアは関係ないことを思い、目を伏せた。





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