24. 声
ちょっとファンタジー入ってきました。嬉しい。
国境を超えてまもなく、鬱蒼とした森の中にポカンとあいた穴が1つ現れた。
「あそこだ。ソフィア、降りるよ」
自身の放った影を察知したのだろう。
ギャレットの魔獣が急速に高度を落とし、先陣を切って穴の付近に着地し、次いで他の兵士たちも到着した。
静かな森の魔力を乱すように、強い魔力が乱反射して光っている。
「相手は致命傷を負っている。気が立って凶暴化しているかもしれない。短期決戦でいこう」
ギャレットが身につけた装備を整えながら視線を上にすると、やがてレイバーン皇国の辺境軍を率いたユリウスが空から到着した。
「私も行く」
魔獣から降りるなり、ユリウスが剣を帯刀しながらやって来た。
「不要だ。時間もない。人数を増やすメリットはない」
が、にべもなく拒否するギャレットに、ユリウスは再度言った。
「君に命令権はない。私も行く。その方が色々と動きやすいはずだ」
「どういう意味だ」
訝しむギャレットの言葉を遮るように、薄暗い森を一閃するキラキラした魔力が周囲に飛び散る。
次いで、けたたましい鳴き声。
ハッとソフィアが振り返ると、視界には瑠璃色の羽を大きく広げた古代獣が現れた。
綺麗。
目に入った古代獣の美しさに目を引かれ、途端にゾッとした。魔物の強さと美しさは比例する。この古代獣は手負いとはいえ、壮絶な美しさを保っていた。
これをギャレットは仕留めようとしたのか。改めて兄の強さに驚く。
「お兄様、私は…」
炎で足止めしますか?と、言おうとして。
『下賎な』
脳裏に強烈な言葉が響いた。
「えっ?!」
驚くソフィアに、ギャレットは目を向ける。
「ソフィア?」
「…ごめんなさい」
大丈夫ですとは言えなかった。
『創造神サイラスの僕たる我に無礼な』
ギィィィ!と古代獣の鳴き声がして、羽がバサバサと羽ばたくと、猛烈な風を巻き起こる。
謎の声に気を取られたソフィアが、猛烈な風に気付くのに遅れ、周囲と分断された。
まずい。
そう思う間も無く、刃のような竜巻が目の前に現れた。
瞬間。
「ソフィア、動かないで!」
ミハエルの声と同時に彼の魔力がソフィアの体を包み、古代獣の風を相殺していく。
ゴォォォッと低い唸り声が響いて、風が逆巻いた。
「ソフィア、そのまま伏せて!」
言われるがまま地面に手をつくと、今度は竜巻のような風を切り裂いて、視界を一気に切り開いた。
シルフの魔力が古代獣を圧倒したのだ。
音が鳴り止み目を上げると、周囲の木々がなぎ倒され、ソフィアの周囲にぽっかりと空白空間が広がっていた。
ミハエル、すごい!
あまりの鮮やかさに、ソフィアは息を飲んだ。
「ソフィア、怪我はない?」
未だ落ち着かない風の流れに乗って、ミハエルがひらりとソフィアの横に着地した。
「大丈夫よ。ありがとう」
それよりも、今、風に乗って浮いてませんでしたか?
さすがにサラマンダーの炎に乗ることは出来ないなぁ、などと負けず嫌いなことを考えてしまう。
「ふふ。これはシルフだけの魔術だよ」
風に乗って瞬時に移動が出来るのだという。
一瞬、羨ましい!と言いそうになったのを必死に堪えるソフィアだった。
「それより、皆と合流しよう」
すっと手を差し出され、ソフィアは手を伸ばして立ち上がった。
瞬間。
フワッと体が持ち上がり、風とともに空中に押し出される。髪の毛がフワフワと舞い上がり、ソフィアは目を丸くした。
シルフの魔術って面白いかもしれない。
今までサラマンダーの中でしか生きてこなかったことを少し後悔した。
「ミハエル、これってすごい!」
目を輝かせるソフィアを見て、ミハエルは少し驚いたような顔をして、
「ソフィアって、こんな風に笑うんだね」
眩しそうに目を瞬かせた。
軽やかに地上に着地した先は戦闘の最中だった。ギャレットが自陣に魔法陣を展開している。あれは敵の魔力を奪う陣だろうか。
こうしてみると、剣技も魔術もオールラウンダーな兄は相当優秀な人材なのだと思う。
「ソフィア、無事?」
真っ先に側に駆けつけたのはユリウスだった。翡翠色の目が心配そうにソフィアの顔を見つめてくる。
「ミハエルが助けてくれました」
近いです!ユリウス様。
兄でもない異性の男性には免疫がないのだと説明し、思わず距離を取った。
ふと、ユリウスは複雑そうな顔をして、何か言いたそうにしていたが、飲み込んで頷く。
「先程、何かを気にしていたようだけど?」
鋭い。
返事に困って、ソフィアは眉根を寄せ俯いた。
「少し、気になることがあったので」
曖昧に言って明言を避けたいソフィアの意図を読み取ってくれたらしく、ユリウスはそれ以上は追求しなかった。
ユリウスの視線を感じながらも、ソフィアは前方の古代獣に目を移した。
凄まじい魔力を放っているが、兄の敷いた魔法陣によってだいぶん衰弱して、小刻みに震えている。
『我を殺さば、この地は呪いを受けることになろうに、愚かな人の子よ』
呪い?
相変わらず頭に響いてくる声と内容に、ソフィアはギョッとした。
「呪いってなに?」
「ソフィア?」
ミハエルが不思議そうに問うが、返す言葉がない。ソフィアも何が何だかサッパリ分からないのだから。
隣に立っていたユリウスが目を見張り、ソフィアを振り向いた。
『我らの言葉を理解する人の子がおるのか』
ギロッと魔獣の目が虹色に光った。
『ならば聞くがよい。我が死ねば、この地の魔力は創造神サイラス様へとお返しすることになろう。この地に植物が芽吹くことは未来永劫なく、命の営みは途絶えようぞ』
「えっ!?」
ソフィアは焦って前方のギャレットに目を移した。
魔法陣に手をついて魔力を流している。古代獣の動きを止めているのだろう。
「お兄様、待ってください!ダメです!殺しては!」
「…っ!ソフィア!?」
どうしたらいいのだろう?訳が分からないけれど、あれは古代獣の声だ。だけど、それを今、どうやって兄たちに伝えられるのだろう。
ソフィアは咄嗟に古代獣に向かって守護の結界を張った。
「何をする?」
ネルソンがギョッとしたようにソフィアを振り返って叫んだ。
分かってる。うん、私も普通に考えたら気が変になったんじゃないかって思われることをしてるって自覚あるから、そんな目で見ないで欲しい…。
『小癪な!』
自らに張られた結界を攻撃か何かと勘違いしたのだろうか。古代獣が羽を震わせてソフィアを睨みつけた。
『この小娘が術者か!なんたる不敬!』
えっ、いや、守護の結界なんです!
弁解しようにも咄嗟に言葉が出てこないソフィアに、古代獣の強力な魔力が一閃、一突き。
のはずだった。
「ソフィア!!!」
本気で焦ったギャレットの声をかき消すように、ソフィアの目の前にシルバーのマントが翻る。
「ユリウス様!?」
ハッと顔を上げると、ユリウスは古代獣の魔力を自らの魔力で遮り、あろうことか手元で留めている。
「は?」
「えぇ?」
「ソフィア、怪我はない?」
驚く周囲の声など耳に入らないのか、ソフィアを振り返ってユリウスが心配そうに目を細める。
「全く無事です」
それより、相手の魔力を離さないって、どういうことですか。
あまりの非常識ぶりに、ソフィアは目を瞬かせた。
「良かった。もう少しそこに居てくれるかな?」
あくまで紳士なユリウスの微笑みに、場違いなほど呆然として頷く。
事態が飲み込めない。
よく見ればユリウスは古代獣の魔力を留めるというより、身に引き寄せているようにも見える。
けど。
いずれにしても、非常識なレベルの魔力ですよね。
声にならない声を押し込めて、ソフィアはユリウスの背中を見つめた。




