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23. 妹離れって何ですか


闇の属性とは、相手の意思を奪うもの。

ユーフェリア国では存在しないが、上級神官となってから受けた講義で、そう教育された。限られた者しか知らない事実だ。

もちろん全ての生物の意思に干渉できるわけではない。相手が魔力を持っていたり、結界で守られている場合は難しい。

ユリウスは、その闇の属性だという。そして、それをまだ、ソフィアは誰にも打ち明けられずにいた。




*************




困った。

今、ソフィアは二重の意味で困っていた。

「お兄様、少し暑いのですが」

彼女の体を頑なに抱きしめて離さない一人の男。位の高さを示す武具に制服、豪奢な金髪。

「お兄様」

何度目かの催促で、ようやく力が緩められた。が、まだ離してくれない。

「君と兄上は、生き別れの何とかなの?」

キョトンとした顔をして見守っているのはミハエル。

「話が先に進まん」

腕組みしたまま、苦々しい顔をしているのはネルソン。

2人とも指揮官であるギャレットには強く出られないらしく、遠巻きに見ているしかできない。





「ソフィア、私が少し離れていた間に一体何があったんだい?」

くぐもった声で、ギャレットがソフィアに問いただす。

「一体何が、ですか?」

「可愛い僕の天使にたかる害虫駆除にレーゼンを差し向けたのに」

「害虫?」

ギャレットの言葉に、ピクリと反応する者あり。

さっと横目で見れば、呆れた顔の皇太子と眉根をキュッと寄せたユリウスがいた。

「お兄様。ちょっと説明したいので離してくださいな」

これ以上はまずい。

パンパンと背中を叩いて促すと、ギャレットが渋々ながら顔を上げた。




「なぜかレーゼンがソフィアの婚約者に収まっている。何故だい?」

耳元で囁いたのち、脱力している。兄はごねるだろうなと思っていたけれど、ここまで派手に落ち込むとは。過去4回の婚約でも、ここまではなかったのに。

「妹はいつか結婚するものだろ?なんで落ち込むんだ?」

「ネルソン、シスコンって知ってる?」

ミハエル、今日は随分とぶった切っていくなぁ。

「レーゼン大神官のどこが不服だというのだ?最高の結婚相手だろう」

「まぁ。確かに人望も厚いし、実力者で。公爵家の長男で容姿端麗。女性関係もクリーン。2人とも上司と部下って以上に仲良いし、婚約者として申し分ないよね」

「うっ…」

ミハエルの言葉がまたどこかの誰かに刺さったようだ。うめき声がする。

「別に結婚しなくてもいいんだよ、ソフィア」

ずっとずっと家に居てくれてもいいんだよと、ギャレットが縋るように言った。

お兄様、それを世間では「身も蓋もない」というのです。




「お兄様、その話は置いておいて、今は古代獣のことについて話し合いましょう」

「古代獣。…あぁ、それか」

既に「それ」扱いである。

まぁ、分かってはいたけれど。

武に優れたギャレットの手におえない訳ではない。ユーフェリア国の領地からレイバーン皇国の領土へと逃げ込んでしまったのだ。

さすがに国境を越えるわけにもいかないし、そのまま放置もできない。

そこで丁度やって来ていた皇太子に白羽の矢が立った。このままレイバーン皇国の領地へ討伐に入れるかどうか、調整を兼ねて皇太子と護衛だけでやってきたのだ。





で、今に至る。

「皇太子の許可があれば、こちらは直ぐにでも討伐に入れる。致命傷ともいえる傷も負っていることだし、早い方がいい。民に被害が出かねない」

「こちらの辺境軍にも連絡している。合同での討伐にした方が穏便だろう」

先程からのギャレットの様子を見て、呆然としていたユリウスが再起動したらしい。有能な側近らしくキリッと答えた。

「……」

が、ギャレットは半目になってユリウスを見たまま沈黙した。いや、ジーッと観察している。

「私が何か?」

不審げに尋ねるユリウスに、ギャレットはソフィアの手を引いて背後に匿った。

「無駄に色男すぎて面倒な匂いがプンプンする」

「それは貴殿も同じでは?」

慌てたようにソフィアを見た。

「ソフィア、私はそんな事は決して…!」

「現に、さっきから周りが煩い」

ほら、と目で促すと、周囲の女性兵士がユリウスの圧倒的な美貌に目が釘付けになっていた。辺境軍には割と多くの女性兵士が所属していて、皆サバサバした気持ちのいい性格の女性が多い。

お兄様の美貌で慣れていると思ったのだけど。

金髪碧眼の王子のような兄とは趣向が違って、こちらは翳りのある美男子だからか。色気もあるし。

「絶対に妹に近付くなよ」

「…っ!」

ユリウスが盛大に顔を引きつらせた。





「はいはい。それで古代獣はどうするのかな」

うちの軍はすぐそこに来てるよ、と。

皇太子がパンパンと手を打って場を引き締めた。

「それに今から捜索して、日が暮れないかい?」

改めて空を見上げると、既に日が傾きかけていた。

「ターゲットには影をつけた。場所は分かっている。時間は問題ないさ」

あっさり言うと、ギャレットはソフィアの手を引いて自らの魔獣に同乗させた。

ギャレットの魔獣は、普段は輝くような白馬の形をしている。昔、ソフィアが「お兄様は白馬の王子様みたい」と言った一言が原因だとか何とか。ソフィア自身はまったく見に覚えのない話だが。





「ちなみに、彼女は我々の護衛のはずなのでは?」

チラッと見えた皇太子が、やれやれという顔をして言った。

「うちの軍もいて、そちらの軍もいて、護衛騎士もいて、結界も張っていて、何が問題なんだ?」

「むしろ、指揮官の君の魔獣に騎乗させて問題はないのか?」

「もちろん。何度、一緒に魔獣討伐に出掛けたと思ってる?妹は私の片腕だよ」

ね?と。最後はソフィアにウィンクをして、ギャレットは魔獣を舞い上がらせた。

「ソフィア、あとでレーゼンとの婚約の件、聞かせてね」

と、念を押すのを忘れずに。







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