背景話2. 皇太子
古代獣討伐の報を受け、皇太子一団の警備は強化された。
「厳重だな」
そこまで弱くもないのだが、と皇太子は嘆息した。
「諦めろ」
冷たく一言。
側近のユリウスが軽くあたりを見回してあしらった。
まったく。この男の不機嫌の原因は分かっている。
「目の前で彼女が掻っ攫われて」
「殿下」
それ以上言うなよと目付きは凶悪。周りの目があるから「殿下」と言葉遣いを改めているが、態度は仕える者のソレじゃないな。
愛しい女を目の前で恋敵に持っていかれて平然としていられる訳がないのだ。この男は絶対に冷酷な死神ではない。
「やはり君はルクレールなんだな」
欲した女性を一途に求め続けることで有名なルクレール家。
「その様だな」
ユリウスは憮然としながら、諦めるように言った。
先ほどのドルッセン家でのソフィアとレーゼンの様子を思い浮かべているのだろうか。
2人の間には確固たる絆、信頼関係が見られ、婚約関係だと言われれば成る程と頷くほど、親密に見えた。
「あれは妬ける」
「…あれ、とは?」
素っ気ない言葉と裏腹に、ユリウスは実に痛いところを突かれたような顔をした。
普段の無表情はどこへやら、最近の彼は実に表情豊かになった。今は少々、不憫に思えるほどだが。
「あの2人の雰囲気だよ。君も気付いたでしょう?レーゼンはソフィアを早々に自分のテリトリーに匿っていたしね。彼女も抵抗しなかったし」
完璧な美男美女カップルね!と内心フィーバーしていたであろう元妻、アメリアの悶える姿を思い出した。
あれは昔からああだった。変わらないな、彼女も。
「家格も魔力も釣り合っていて、2人の間も親密。どう見ても完璧な婚約関係だ」
こちらとしてはユリウスにソフィアを射止めて欲しい。アメリアのこともあるが、それだけじゃない。
けれど、どうにも分が悪いな。
チラッと横目でユリウスを見ると、無表情で不機嫌オーラを漂わせていた。
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思えば最初から、ユリウスのソフィアに対する態度は異常だった。
会談の場で部屋の片隅に立つ彼女を見たまま微動だにしないのだ。その手に持っている資料を寄越せと散々目で合図したが反応なし。
神楽舞での彼女を見て、執着のままに強力な魔力を一閃、放出する有様。
更にアメリアの元へ出掛ける間際、迎えに行ったソフィア嬢を腕に抱き抱えて現れたユリウスを見て、腰を抜かすかと思った。
誰だ、これは。俺の側近だった男か?本当に?
もともとレイバーン皇国の三大公爵家の嫡男として、彼は周囲から常に熱い視線を受ける存在だった。家格はもちろん、能力に加え容姿まで抜きん出ているのだ。はっきり言って皇太子である自分より人気があるんじゃないかと思う。まぁ、そのおかげで随分と助かっているのだが。
死神という陰口が叩かれるに至った経緯も、半分位以上は嫉妬であると思う。彼自身はクリーンであることは間違いないのだから。
今は「死神」と呼ばれ敬遠されているが、彼にとっては息抜きになって良いのではないかと思う。まぁ、一部の女性からは「死んでもいいから!」と命がけのアピールをもらうことになり、それはそれで彼も苦悩しているようだが、所詮は家格が釣り合わない。ユリウスが心を動かされる相手でない限り、何ら問題はなかった。
そのユリウスが、これほどまでに露骨にハッキリと態度で示したのだ。
「彼女は自分のもの」と。
ルクレール家は数々の逸話を持つ由緒正しい家だが、代々の当主が情熱的な愛妻家であることで有名だ。とにかく一途で熱い。彼の父など、何が何でも結婚は嫌だ!と、逃げに逃げた妻を数年がかりで口説き落としたくらいだ。あれは愛情が芽生えたというより、根負けだろう。
とにかく。
そのルクレール家の次期当主たる彼が言うのだ。恐らく、それは現実のものとなるだろう。
だが、それにしても。
レーゼン・ザインツがユリウスの属性について勘付いた節がある。まったく、あれは油断ならない男だ。火種になりそうなところを真っ先に潰していく。アメリアのこと然り、ユリウスとソフィアについても然り。
果たしてあと3日でどこまでいけるだろうか。
見かけによらず苦労人の皇太子は、物憂げに息をついた。




