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背景話1.レーゼン

21話 宣戦布告 の投稿が抜けていました。申し訳ありません!


「やぁ、元気?」

「父上?!」

それは突然やって来た。

俺が父と辺境伯に伝言を送って、僅か数時間の後。

神殿で仕事に忙殺されていた最中のことだった。



「わざわざお運びいただかなくとも、お呼び頂ければ伺いましたが?」

「うん、久しぶりに息子の顔が見たかっただけだよ」

相変わらずだ。

突然やって来て、優雅にティーカップに口をつける。父はこれでも一応、多忙を極める公爵家当主なのだが。

「ところで、伝言は受け取ったよ」

やはりその件か。

だが早すぎないか?さっき送った伝言だぞ?

「今回の件、公爵家には…」

異例の父上の反応の速さに戸惑いを隠せないが、まずは伝えるべきことを伝えなければならない。

今回の件はあくまで俺個人の範囲で処理すると伝えようとして、遮られた。

「うん。ローズベルグ伯のお嬢さんとの婚約の件でしょう?」

「ご迷惑をお掛けし…」

「僕は反対だよ」

ふわふわと笑う父上の顔を見て、その言葉に目を剥いた。

「父上…?ですが、既に婚約の件は白紙にするには遅く」

「うん。そっちじゃなくて、婚約を解消する方に反対だよ」

「は…?」




「レオナルドとも、さっき話したんだ。僕ら、ウッカリしてたんだけど、そういう手もあったんだよねー。さすがレーゼン」

レオナルドとは、ソフィアの父、ローズベルグ辺境伯当主のことだ。

「いえ、今回のことは緊急措置です」

「今度、婚約解消したら5回目になっちゃうよ、さすがに酷いでしょ。レーゼン、お前が結婚すれば丸く収まる」

父上はふわふわしているようで不思議な迫力があり、正直言って俺の最も苦手とするタイプだ。

「だが、ソフィアも俺も結婚しようと思っていません」

あれは部下だ。妹のような娘のような感覚で、オンナとして見たことはないし、あれも俺と同じだろう。お互い、真剣に結婚する相手として認識していない。



「はぁ?じゃ、誰となら結婚したいの、キミは」

グサっと痛い所を突いてくる。

「それは…」

「キミだって、これ以上ソフィアちゃんが行き遅れるようなら妻にしちゃおうかなって思ってたんじゃないの。確実にそうなるよ、彼女」

「それは…積極的に求婚したかった訳ではなく、あくまでセーフティネットのような気持ちでいたのであって」

恋とか愛とかじゃない。敢えて言うなら『親心』のような。

4回目の婚約解消の条件のこともあって、とにかく自分が何とかしてやらなければと思いすぎていた節もある。

「ソフィアちゃんのこと、絶対結婚したくないほど嫌いなの」

「そうではなく、あくまで牽制として婚約を持ち出しただけです」




「牽制って言ってもねぇ。キミの名前は牽制どころか最終決定打だよ。公爵家の長男なんだから」

しかも独身の28歳。

じとーっとした目で見てくる父上に、言葉を詰まらせる。まさしく、その通りだ。

だから、大失敗だと思ったんだ。

俺との婚約話で一気に流れが傾いた気がする。

「あのねぇ、キミとの婚約の話を聞きつけて、どこの誰がソフィアちゃんに求婚すると思ってるの」

またしても、その通りだ。

三大公爵家に喧嘩を売るような真似、どこの貴族がしようか。

「キミとの婚約を解消したら、彼女、あとは王族しか残る道はないよ、知っての通り、この国の王族は40代の国王と、その10歳の息子。どっちか選べる?」

分かってる。

それは事実上ナイ。




「いっそ婚約期間を短縮して来月にでも結婚するかい?」

「まさか、いくらなんでも早すぎます」

まるで逃げ道のない要塞で、一方的に責め立てられているようだ。

畜生。一見ユルユルな父は、実は鉄壁の守りと随一の攻撃力の持ち主だったりする。

「婚約期間が長ければ長いほど、婚約解消のリスクが付き纏うわけだし。さっさと結婚して、子供を作ったらどう?結婚祝いとして、爵位と領地なら与えられるよ」

お茶美味しかったよ、ご馳走さまと。

父は一方的に言い置いて席を立った。

「父上!」

待て!言い逃げか!

父は言い募る俺を目の端に捉え、わざとらしくため息をついた。

「キミは貴族でしょう?なら、政略結婚は織り込み済みじゃないの?」

「…そうですが、今回は政略結婚というより事故に近いでしょう」

「不思議だねぇ。キミはヨシュアが産まれるまで、自分が公爵家の跡取りになる可能性も考えて、女性にはかなり慎重だったよねぇ」

「…その通りですが?」

公爵家の跡取りなら相応の教育を受けた令嬢を。跡を継がなくて良いのなら、自分と相性の良い女を。立ち位置が分からないうちは動けない。そう割り切って結婚など毛頭考えもしなかった。

「そもそも、キミは父親の僕に似て、貰い手がなかったら拾ってやろうとか、セーフティネットになってやろうとか考えるような、優しい人間じゃないでしょう」

「…まぁ、そうですね。ですから、これは完全に成り行きです」

相手が死神でなかったら。しかも、その死神が闇の属性でなかったら。

俺が婚約者だ、手を引け!なんて、時代錯誤も甚だしい、小っ恥ずかしい台詞、誰が吐くか。

悶々としながら、俺は頭を抱えた。




「笑わせてくれる」

突如、父上がハハッと笑って言い切った。

残念な子供を見るような目で見られて、俺は思わず顔をしかめる。

「何がですか」

「仮にも公爵家の跡取りとして教育を受けたキミが、成り行きとか事故で伴侶を決めるわけがない。そんな軟弱な教育はしていないよ」

グググっと父の圧が上がった気がする。

と同時に、俺も愕然として息を詰めた。

「………」

「言葉が出てこない?これでも祝福しているんだよ、父として。後継のプレッシャーがなくなった途端、キミは真っ先にソフィア嬢を選んできたんだ。家もシガラミも関係なく、本当に彼女自身が好きだからだろう?」




かろうじて表情は変えていない。感情は読ませなかったはずだ。

一言も返せない俺の沈黙が何を意味するのかは明白だったけれど。




少しの沈黙の後、父はニヤリと笑った。

「僕もそろそろ引退したいなあ。奥さんと生まれたばかりの息子と3人で隠居生活がしたいよー」

「…ご冗談を」

どの口がそれを言うんだ。

この狸め。

「まだヨシュアが成人するまで18年あるからねー。それまでキミとソフィアちゃんに公爵家を任せて僕は領地に引っ込みたいよ」

後継となる3番目の息子が生まれたのは数ヶ月前。たしかに、彼が成人するまでの道のりは長い。

だが、俺はようやく後継のプレッシャーから解放され悠々自適の神官ライフを送り始めたばかりだ。手放してなるものか。

「絶対いやだって顔してるね。キミはわかりやすい」

ジトッとした目をして俺を見る父に、俺は仏頂面で返した。

「ようやく生まれた3番目の息子です。大事になさってください」

「別に後継がほしくて作ったわけじゃないけどね」

サラッと言う父に、俺は目を剥いた。

「嘘だろう?じゃなきゃ、何でこの年で子供作ったんだ」

「僕と奥さんはラブラブだからさ。キミもソフィアちゃんと山のように子供作ったらいいよー」

いっそキミの息子に後を継がせてもいいんじゃない?と。簡単に言ってくれる。

「俺とソフィアの結婚を既定路線のように言うのはやめていただきたい」

「キミも頑固だねぇ」

クスッと笑って父上は口の端を上げた。

「いずれにせよ、キミが蒔いた種だよ。責任は自分で取りなさい。彼女にはキミと結婚するか、後ろ指をさされて一生独身かのどちらかしかない。彼女の気持ちがどうのこうの言う暇があったらハグでもして愛情を育む努力でもしたらどうだい?結婚まで清い関係でいろとも言わないよ。経験がない訳じゃないよね、さすがに」




じゃあねー、と。

父は去っていった。

そして俺は恒例のごとく、人知れず深くため息をついた。




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