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22. 5度目の


大失敗だ。

サラマンダーの秘術の異空間に入るなり、一気に脱力する。

「レーゼン様?」

言っておくが、俺にもサラマンダーのトップとしてのプライドもあり、建前もあり、こんな姿を晒すのは滅多にない。

だが今は一気に押し寄せる後悔と面倒臭さで、俺はその身を球体の中に投げ出して呻いていた。

「どうなさったのですか、まさか攻撃されたのですか?」

焦って駆け寄ってくるソフィアに、チョップをかます。

「馬鹿野郎。そんな間抜けじゃない」

ギロリと目を上げると、ソフィアがホッとしたように尻餅を付いていた。




「まったく、面倒な奴に気に入られたもんだな」

上体を起こして、不機嫌面を隠すのも面倒くさくてソフィアを見やる。

「言っておくが不可抗力だからな。ついでに原因はお前にもある」

「何がですか?」

ムカついて、キョトンとするソフィアの頬を両手で引っ張ってやった。

「いたたたたっ!レーゼン様!」

「本気で鈍いやつだな。仕事での能力をもう少しプライベートに活かせよ、ほんと。お前の婚約者は俺だってことになっている。当面は」

「はっ!?」

頬を引っ張られて間抜けな顔になっているソフィアに、さらに憂さ晴らしをする。

「ちょっ!何するんですか!」

ついでに鼻を押してブタ鼻にしてやった。

普段のツンと澄ましたクールビューティーが形無しだな、ははっ。

「はースッキリした」

笑うだけ笑うと、涙目になっているソフィアの顔から手を離した。




*************




「皇太子に向かって宣言した内容だ。簡単には取り消せないし今はどうしようもない。よって婚約問題は後でなんとかするしかない。いいな」

有無を言わさず言い切られ、ソフィアは頷いた。

「はい。4度も5度も変わりませんから、ちょうど良い時期に解消してください」

「…あのなぁ」

潔すぎるだろう、とか、ギャレットが面倒だ、とか。ブツブツ呟いて。

「いや、一番の問題は家だな。辺境伯と俺の実家に連絡だけでも入れるか」

と、そこだけは真剣な顔に戻り、手元に杖を出してメッセージ球を生み出した。今回の展開と婚約はいずれ破棄する予定だと説明し、ソフィアの父である辺境伯に対しては幾重にも謝罪を述べていた。




「申し訳ありません」

上司とはいえサラマンダーのトップたるレーゼンに謝罪をさせてしまったのだ。かなり深刻な事態だと言える。

「いいさ。俺にも非はある。まさかあそこまで死神が噛み付いてくるとも思っていなかったからな。他国とはいえ公爵家の嫡男だ。良い縁談なんだが…」

眉をひそめ、言い澱む。

「奴がシロだろうがクロだろうが、死神は死神だ。わざわざ第一選択肢にはなり得ん」

でも。と、ソフィアは思う。

自分も4度の婚約解消を繰り返した身として、どこか割り切れない。

不可抗力を責められても、当人にはどうしようもないというのに。




ふとユリウスの面影が脳裏に蘇る。

無表情の顔、困ったように笑う顔、寄り添った時の香り。

「昨日会ったばかりで何とも言えませんが、死神という噂だけで全てを判断するのは…適当ではないと思います」

ひとりの女性を愛して生涯尽くすと言った時のユリウスの顔は、死神のそれとは全く違って、ひどく真剣だった。

「もちろん、私が好かれているかは。分かりませんけれど」

「好かれているさ」

ズバッと断言するレーゼンに、虚を突かれて顔を上げた。

深淵な色を湛えたレーゼンの瞳に見下ろされ、ソフィアは言葉を失ったまま固まった。




*************




「まぁいい。皇太子の滞在は残り3日だ。私的理由でお前を途中で外すわけにもいかん。それに俺が来た理由は他にある」

「はい」

「前世云々は調べようもないので省く。アメリア嬢のことだが、彼女は皇太子に近い人物だ。しばらくは監視を付けるが、彼女には言うな。お前も監視を怠るな」

ズバッと言われた。アメリアはまだ信頼に足る人物ではないと。

「それから本題だ。レイバーン皇国との国境付近に古代獣が出た。討伐のため既にギャレットが軍を率いて動いている」

「古代獣!」

「あぁ、これに関しては頭が痛いが、ギャレットを追い払えたのは助かったな!」

せいせいした!と。破顔するレーゼンの気苦労を推し量り、小声で「兄が申し訳ありません」と呟いた。




「俺が今回ここまで出張ってきたのは、これが大きいからな、まったく!死神がソフィアに迫っているなんて情報、どこから手に入れたんだか。俺が行って始末してくることを交換条件に、今にもコッチに飛んでいきそうな奴を抑えつけて古代獣討伐にぶん投げた」

「……そういえば」

こちらに来てすぐ結界を張った時、一瞬だけだが兄の後ろ姿を見た気がした。あり得ないと思っていたけど。

「それはギャレットの影だろう」

話を聞いたレーゼンが言い切った。兄には魂の一部を分身として飛ばす術がある。

「相手によっては犯罪だな」

レーゼン様、妹でも犯罪ですが。




「で、古代獣の件ですけど、国境付近ということは…」

「この周辺だ。よって皇太子の警備を強化する。お前も念のため戦闘準備を怠るなよ」

既に思考を切り替えたのか、攻撃の要であるサラマンダーのトップとしてのレーゼンに戻ったようだ。

古代獣とは、創成期に隆盛を誇った魔獣のことで、現代の魔獣に比べて遥かに魔力に富み強力だ。今では種は途絶えているが、何らかの異常により稀に現代の魔獣が古代獣に変異することがあった。

「ギャレットがいるし、そちらは問題ないと思う」

「そうですね」

性格はアレだが、兄は強い。とにかく魔力の量が桁外れで、その上、本人も戦闘訓練を怠らないため、まず心配ないだろう。

心配なのはシスコンの方だ。

「お兄様、カッコ良いしお強いのに」

「女に冷たいからな。その場限りの付き合いなら出来るだろうが」

えっ?!

「お兄様が女性に冷たいのですか」

わたしには甘々なので、てっきり女性には優しい紳士なのかと思っていたのだ。

「表面的には紳士、中身は…妹には言えん」

「えっ?!」

「そこはお前も深入りするなよ」

意味深な一言にソフィアは黙り込んだ。レーゼン様を沈黙させるお兄様の本性って、何なんだろう。




************



「そろそろ行くか」

組んでいた足を解いてレーゼンが立ち上がった。大神官の立場にあるのに、軍人のような服装に身のこなしだ。

「降りた先はどこになるのでしょう?」

このサラマンダーの異空間は、結界がない場所ならどこでも往き来できると聞いている。

「ネルソンとミハエルと合流できる所で出してやるよ」

「ありがとうございます」

御礼を述べて、壁に手を翳そうとするソフィアの腕を、レーゼンはさらっと奪った。

「レーゼン様?」

「婚約の件、ネルソンも聞いていたと思う。が、さっき言った通り、今すぐには取り消せん」

「ネルソンが…」

「その他にも、あの場にいた複数の人間が聞いていたはずだ。お前には迷惑をかける。申し訳ない」

「とんでもないです。レーゼン様こそ、部下の私と婚約なんて、巻き込まれ事故もいいところです。私こそ申し訳ございません」

慌てて頭を下げようとするソフィアを、レーゼンは手で制して止めた。

「それからな、これは俺の推測だが、死神は闇の属性だ。念のため警戒しておけ」

「闇?」

驚いて声が掠れた。闇の属性とは、我が国に存在しないとされるレアな魔力だ。

「これが、俺が死神を警戒する最大の理由だ。会うまでは分からなかったがな」





ミハエルやネルソンと共有しても良い。警戒しろ、と厳しい口調でレーゼンは言った。




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