20. アメリア視点 2
私の渾身の告白を聞いたソフィア様は、虚をつかれたように固まっていらっしゃいました。私は一生懸命、続けます。
「私は魔力も普通です。貴族ですが底辺の男爵家の者です。そんな私が何か大それたことができるとは到底思えません。ですから、せめて、心からお仕えしたいと思うソフィア様の侍女になりたいのです」
「皇太子をふってソフィアの侍女になりたい、とはねぇ」
くつくつと楽しそうにレーゼン様がお笑いになりました。
当の私は必死すぎて、反応することもできませんが。
「それがアメリアの望みなの?」
トレバーが聞いてきました。こちらは少し疲れたような顔をして。
「そう。結婚しなくても構いません。生涯、ソフィア様にお仕えさせていただきたいのです」
「なんとなく、アメリアの気持ちは分かっていたけどね」
はぁ、と少し寂しそうにため息をつくトレバーのことは今は後回しです。酷いですか、えぇ、前世から散々色々とありましたから。良いことも悪いことも。お互い様です。そう割り切りました。
「でも、生涯って言っても、ソフィアだって結婚するだろうし、そしたらアメリアはどうするの?」
小憎たらしいことを。
ですが、トレバーの言うことにも一理あります。
「ソフィア様には、もう婚約者の方がいらっしゃるのでしょうか?」
「え?」
ハッとしました。そうでした、ソフィア様は4度目の婚約を解消されたばかり。なんと浅はかな質問をしてしまったのでしょう。
「い、いえ、その、もし結婚してどちらかに嫁がれるのなら、一緒に連れていってくださればと…」
だんだん尻すぼみになっていく私を見て、ソフィア様は困ったように笑みを浮かべ仰いました。
「えと、婚約者はいませんし、恐らくこのまま独りかもしれませんけれど。それでもアメリア様は気にせず、どなたか良い方がいらっしゃったら…」
「そんなこと!」
絶対にあり得ません。ソフィア様ならそれこそ皇太子妃でも王妃でも!
「で、でも、もしそうなっても私は生涯ソフィア様にお仕えします」
そう覚悟を決めて言うと、呆れたようにトレバーが横目で私を見ていました。何を考えているのか大体分かるのですが。えぇ夫婦でしたから。
「まぁ、さすがにそこまで独り身ではいないだろうが」
くっくっと笑いを含ませて、レーゼン様は仰いました。
「あと1〜2年の間とは思うが、 貴女もそれまでに身の振り方を決めればいいんじゃないか」
と。
その一言に、私のセンサーがピッと反応しました。
それはまるで、もう次の婚約者の方が決まっている、と暗に仰っているような気がしたのです。
「恐れながらレーゼン様、それではソフィア様の婚約者の方はもう既にお決まりでいらっしゃるのでしょうか?」
私の一言に、ユリウス様がピシッと固まりました。わかります。ユリウス様はソフィア様に好意を寄せていらっしゃいますから。それなりに長い付き合いですから、見ればわかります。
「…………」
何とも微妙な顔でレーゼン様が私を見ていらっしゃいます。なんと不躾な質問をと身が縮む思いですが、ここは引けません。
「私のような使用人を連れていくのを許してくださるような、大貴族の方でしょうか」
通常の貴族間の結婚では、実家の使用人はほんの一握りだけ、連れていけるのです。それ以外の大凡の使用人は婚家で用意されます。
「…………」
無言で頭を抱え込むレーゼン様を見て、ソフィア様がやっと我に返ったように目を瞬かせていらっしゃいます。
「レーゼン様、本当ですか?」
まさか、とか。もう?とか。仕事が早いですねとか。ブツブツ呟くソフィア様を見て、レーゼン様も仕方がないといったご様子です。
「使用人の件は…問題ないだろう」
「そうですか!」
ホッとする私と正反対にピシッと固まる男性が2人。ユリウス様とトレバーです。
「アメリア、そんな軽い言葉に乗せられて…いざ結婚したら置いていかれるかもしれないよ」
トレバーは何が言いたいのでしょう。イラッとしますが無視です。ここで言い返したら完全に夫婦喧嘩の再燃です。そんな恥ずかしいこと、ソフィア様の前でできません。
そんな私たちの険悪な空気を見取ったのか、レーゼン様が若干引き気味に仰いました。
「そのくらい、ソフィアの希望通りで構わない」
この話はこれで終わりだと。
え?
今、なんと仰いましたか?
その言葉で、私はピンときました。
恐らくソフィア様の婚約者はレーゼン様なのだと。勘ですが。
そして、恐らくユリウス様もお分かりになったのでしょう。男らしくない元夫トレバーとは違い、ユリウス様はじっと沈黙なさいました。
もともと寡黙な方ですが決して大人しい方ではございません。その証拠にユリウス様を取り巻く空気がピリピリと痛いくらいです。
ユリウス様は本当に気の毒なお方です。ご本人には全く瑕疵のない4度の婚約解消で世間から死神と呼ばれることになってしまい、一時は深く心を閉ざされてしまいました。
私は前世での記憶があるからか、ユリウス様にはどこか息子を見守る母のような気持ちになってしまいます。
その暗く沈んでしまっていたユリウス様が、今日はこちらにいらしてから、驚くほど微笑んでいらっしゃるのです。吸い寄せられるよう何度もソフィア様の方へ身を寄せられ、お耳に何事かを囁いていらっしゃるお姿は、見ているこちらがキャー!と叫びたくなるほど麗しく、元より美男子だったユリウス様の美貌がさらに輝きを増していました。あの、『死神』と陰で囁かれていたユリウス様が、です。
ですが、そのユリウス様とライバルとなるレーゼン様もかなりの美男子です。整った顔立ちに年齢相応の男の色気が漂うお姿は眼福ものです。
あぁやはり。
わたくし、ソフィア様に生涯ついて参りとうございます。




