19. アメリア視点 1
私の目の前には天使が座っていらっしゃいます。
ソフィア・ローズベルグ様は北の辺境伯のご令嬢で、この国でも指折りの﨟たけた美貌ゆえにクールビューティーと皆様から憧れられる存在です。
そのご令嬢と対面し、挨拶まで交わすことができたなんて、なんたる僥倖。私ははじめて、元夫たる隣国皇太子トレバーに心から感謝しました。前世から換算して、こんなに夫を褒め称える気になったのは、今回が初めてでしょうね。
この部屋にはソフィア様と私の2人だけ。
帰る前に私と話したいと仰ってくださったのです。
「今日はじめてお会いするのに、こんな事をお聞きしてごめんなさい」
ソフィア様は目下の者にも優しいお気遣いをお忘れになりません。さすがです。
私はその優雅な所作とお優しい心遣いをしかと心に留めるため、全身に力を入れました。
「とんでもないことでございます。何でも、お尋ねになってくださいませ」
「では、まず確認なのですが……、えっ?」
と、そこでソフィア様がお言葉を止めて、私の右上の空中を凝視なさいました。
「レ、レーゼン様」
「えっ!?」
私はギョッとして後ろを振り返りました。
この部屋には私とソフィア様の2人しかいなかったはずなのです。
なのですが、なぜか、振り返った先には、独特の存在感と威圧感を放った男性が立っていたのです。
驚きました。息もできないほどに。
「レーゼン様、まさか本当にいらっしゃるとは」
「お前がとんでもない報告をするからだ」
一体、どうやってこの部屋に現れたのでしょうか。さっぱり分かりませんが、ソフィア様が敬語を使っていらっしゃることから、神殿のさらに上の方なのかもしれません。
「あの…」
お茶を用意すべきかしら、などと呑気なことしか考えられない私は本当に普通の人間なのです。ソフィア様のように落ち着き払っていられません。
「あぁ、失礼した。私は…」
「何事だ」
と同時に、外で待機していたユリウス様と元夫トレバーが入ってきました。
ああ、これでソフィア様と2人だけの幸せな時間は終わりましたね。
結局、5人で話をすることになってしまいました。残念です。
突然いらした殿方はレーゼン様とおっしゃって神殿の大神官様らしいのです。信じられないほど高位の神官様です。
突然いらしたレーゼン様をみて、ユリウス様とトレバーも同席することにしたそうです。
「では、アメリア様、確認させてください。アメリア様は今、どなたか想う方はいらっしゃらない、そして結婚よりも仕事をして自立をしたいとお考えなのですね?」
「左様でございます」
「殿下との結婚は…」
「考えておりません。それは今世で再会してから一度も、考えが変わったことはございません」
私が皇太子妃など、とんでもないことでございます。
トレバーには元夫としての情はございます。ですから18歳で再会した時から今まで突き放すこともできず、ズルズルと付き合ってきたのです。
ですが、私の気持ちは変わりません。
私は夫を愛していました。この世の終わりまで共にいようと誓い合いました。そして愛情の限りをつくした後、この手には後悔も未練もないのです。
「そうですか」
ソフィア様は一度言葉を切って、周囲の方々の顔を見回し、話を進めても良いかと推し量っていらっしゃるようでした。
「話を進めても構わん。細かいことは今は省く」
細かいこととは、恐らく前世の記憶のことでしょう。神官の方ですのに騎士のように力強いお方だと思いました。
「では、今後について、アメリア様のご希望はございますか?」
「はい、ございます」
力を込めて、私は精一杯、ソフィア様を見上げました。
「教えてくださいますか?」
希望があるという言葉が少し意外だったのか、皆様の視線が痛いほど突き刺さります。
私は負けずに、じっとソフィア様を見つめ、そして口を開きました。
「私をソフィア様の侍女にしてくださいませっ!!」
一世一代の告白でした。
噂で聞いて、舞踏会や夜会でたまに遠くから眺めるだけの存在でした。でもソフィア様はいつでも気品にあふれ、お美しく、いつも隣にいらっしゃるお兄様のギャレット様とまるで美男美女のカップルのようで(実際には兄妹でいらっしゃいますが)私たち下々の貴族の憧れの的でした。
今日目の当たりにした魔力にも驚きました。私は男爵家の者。魔力はありますが、ごく平凡なものです。ソフィア様はさすが大神殿の上級神官でした。このお屋敷全体に守護の結界をかけてくださった後、いとも簡単に防音の魔術もかけてしまわれたのです。この魔術、すごく難しくて私はいまだに使えないのですが。
この憧れのソフィア様が我が家にいらして、そしてあろうことか私の今後についてご助力いただけるなんて。このチャンスを棒に振っては私はなんのために転生したのでしょうか。
私は勇気を出すことにしました。
皇太子(元夫)の愛人なんて、前世よりも笑えない結果です。絶対に回避しなければなりません。
神さま、どうぞ私にお力を。ご加護をお与えくださいませ!




