18. 報告
皇太子には前世の記憶があって、元妻のアメリアを今も愛している。
要約するとそういうことだ。
「いや、報告しようにも、これ、相手を選ぶよね」
前世云々の話を誰が信じようか。いやでも、その話を省略して、皇太子とアメリアの関係の清さだけを報告すべきだろうか。
うーん。
悩みに悩む。
そもそも、どうして私はこの話を聞かされたのだろう。
部屋を出たソフィアは、警備を兼ねて庭の隅から隅までを歩き回っていた。
「それにしても皇太子が強引にやって来た理由って何だったのかな?」
愛人に会いたくてという建前は、これでかなり微妙になった。アメリアは結婚の意思はないとハッキリ言っているわけだし。
すると後方の生垣から足音がして、ソフィアは振り返った。
「見つけた」
淡く微笑んで、ユリウスが歩いてやってきた。
「1人にしてしまって済まない。こちらの用事は終わったから迎えにきたよ」
「ありがとうございます」
長身の彼を見上げる。聞いてみてもいいだろうか。館に戻るまでの短い間だけでも。
「ルクレール様、お伺いしても」
「ソフィア、ユリウスと呼んで欲しい」
ええ?!
「…無理です」
呼べる訳がない。会ったばかりの他国の皇太子の側近だ。
時間が惜しいので無言で反論もスルーする。
「ルクレール様、教えてください。なぜ殿下は私に事情を明かされたのですか?」
「側近のルクレールなら殿下にお聞きくださいと答えるよ」
クスッと笑うユリウスに、仕方ないとソフィアは小さく頷いた。
「ユリウス様、教えていただけませんか」
「敬語も」
「……教えて?」
ええい!お兄様だと思おう!
ギャレットにするようにソフィアは下から顔を覗き込んで微笑むと、ユリウスは一瞬、呻くように息を飲んだ。
「ソフィア。その……君は随分と慣れているように見えるけど」
ユリウスの顔が動揺しているが。
無視します。
お兄様だと思えば恥ずかしくありませんから。
無言でニッコリ笑った。
「その仕草、いつも誰にしてるの?って聞いてもいい?」
「ユリウス様だけ質問できるのは不公平です」
笑顔で黙殺した。
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「今回ソフィアに同行をお願いした理由は幾つかあるけど、一つはアメリアのことがある。彼女はさっきの話の通り、一貫してトレバーとは結婚しないと言っているけれど、彼女はユーフェリア国では既に皇太子との関係が噂されているだろう?」
「ええ」
真偽のほどは定かではないが、なかなか縁付きにくいだろうと思う。
「彼女は聡明な女性だ。結婚が難しいなら仕事をして自立したいと言っている。そこで、ひとまず上流階級の家へ行儀見習いに行き、その後側仕えや女官として仕える道が一番早いと思う」
「アメリアさんの魔力は?」
仕事をするなら、まず魔力が安定して十分あることが重要だ。それによって就ける仕事も変わる。
「普通程度には問題ないはずだよ。ただ、皇太子との噂もあって、仕える先の貴族はどこでもいい訳ではないんだ。彼女だけでなく周りも危険に晒す可能性があるから」
「そうでしょうね」
この話の行き着く先が、何となく見えた気がした。
「彼女を引き受けてくれる先に心当たりは?」
ユリウスは眉根を寄せてかぶりを振った。
「正直に言うと厳しい。彼女は素晴らしい女性だけど、男爵とはいえ貴族の令嬢だし、結婚適齢期だ。自立のために仕事をしたいと言っても、扱いに困るからね」
ハッキリ言えばそうだ。
扱いに困る令嬢を引き受ける貴族はいない。その上、隣国の皇太子絡みとなると更に扱いは難しい。
かと言って安易に事情は明かせない。
殿下…。
もっとうまく立ち回るとか、出来なかったのでしょうか。
「アメリアさんには、その、想いを寄せる男性はいらっしゃらないのですか?」
「恐らく」
はぁ。と溜息をついて、ユリウスは言った。
「ソフィア、君にアメリアを預かってほしいとは言わない。ただ、相談に乗って貰えないだろうか。事情を明かせる貴族で、彼女が話しやすい女性は、そういない。もし協力して貰えるなら、我がレイバーン皇国から非公式ながら色々と便宜を計らせて貰うよ」
「それは…」
もはや一人で決められる範囲を超えていた。
うーん。
『レーゼン様、皇太子とアメリアさんは前世で夫婦でしたが、今世では別の道を歩むことで本日合意しました。そして非公式ながら皇国からの便宜と引き換えに彼女の身柄を預かりました』
簡潔に報告したら、飛んできたりして。いや、まさかね。
そう思いつつ、それ以上考えるのをやめた。私も色々とキャパオーバーだ。
早々にレーゼンに報告してしまおうと、杖を出し、青白い炎を出すと、魔力を丸く成形する。
サラマンダーのメッセージ球だ。
中に報告を込めて大神殿まで飛ばすと、瞬時にレーゼンに確認して貰えるはずだ。
さて。
あとは帰る前にアメリアさんに話を聞かなきゃ。
ソフィアは腐ってもサラマンダーの上級神官。仕事はできるのだった。




